日曜日, 4月 28, 2013

クーベリック マーラー交響曲5番(1951年)

Mahler: Symphony No.5
http://www.amazon.co.jp/Mahler-Symphony-No-5-Concertgebouw/dp/B00006347Z/ref=sr_1_9?s=music&ie=UTF8&qid=1367206288&sr=1-9&keywords=Kubelik++Mahler+Symphony+5

  クーベリックには、バイエルン放送交響楽団とのマーラー交響曲全集(録音:1967-71年、ミュンヘン、ヘルクレスザールにおけるステレオ録音)があり代表盤のひとつである。
 5番では1971年のスタジオ録音のほか、10年後、同メンバーによるライヴ盤(録音:1981612日)もあり、双方とも名演の評価が高い。さて、本盤は71年からさらに約20年遡ったクーベリック37才にコンセルトヘボウを振ってのライヴ録音。若きクーベリックはシカゴ交響楽団の音楽監督を務めていた頃だから客演での収録であったろう。

 これは大変、貴重な記録である。コンセルトヘボウの演奏が実にすばらしい。メンゲンベルク、ベイヌムに鍛えられマーラーをこよなく得意とするこの楽団の当時の実力をあますところなく表現している。たとえば第3楽章、導入部のホルンからスケルツォ主題へとつながる木管楽器の乗りの良さ、ピッツィカートの弾んだ楽しさといい満喫できる。一転、第4楽章のハープと弦楽器の美しく切ない響きも素直に心にとどく。その音質はほのかに耀(あかる)さをたたえ少しも諦観的ではない。終楽章はリズミックに次々にめまぐるしく展開する第1、第2、コデッタ主題との掛け合いが聴きもので、まるで名人芸の競い合いを楽しんでいるかのように表情は大らかで豊かだ。全般にクーベリックらしい熱きオケ・コントロールがゆきとどきその秀でた力量に感心する。録音の古さは否めないが演奏の充実ぶりはそれをはるかに凌ぐだろう。

ワルター Bruno Walter

Conductor of Humanitiy
http://www.amazon.co.jp/Conductor-Humanitiy-Bruno-Walter/dp/B007LKHP00/ref=cm_cr-mr-title
 
ワルターの比較的古い音源の廉価盤集である。ただし、モーツァルトに限定すれば、すでに Bruno Walter Conducts Mozart (6枚組)があり、またマーラーでも同様に Bruno Walter Conducts Mahler (7枚組)などもある。

本セット(10枚組)はほかにベートーヴェン、ブラームス、ワーグナーなどの演目が一部入っている点が特色。より網羅的にはぶ厚い集積の韓国版セット ブルーノ・ワルター エディション 39枚組 もありいまや選択肢は実に多様。小生、最近下記 マーラー:交響曲第9番 を買い換えたが本セットのほうがはるかにお得で複雑な思い。近時、価格があまりにも安いので思わず食指が動くが、「重複排除」のためには好みをよく考えて慎重な判断も必要だろう。
 

【収録情報】
・マーラー:交響曲第5番
 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
 録音:1947年(原盤:SONY)

・マーラー:交響曲第9番
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1938年ライヴ(原盤:EMI)

・マーラー:大地の歌
 キャスリーン・フェリアー(アルト)
 ユリウス・パツァーク(テノール)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1952年(原盤:DECCA)

・モーツァルト:交響曲第40番
・モーツァルト:交響曲第41番
・モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク
・モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
・モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番
 ジノ・フランチェスカッティ(ヴァイオリン)
 コロンビア交響楽団
 録音:1958~1960年(原盤:SONY)

・モーツァルト:レクィエム
 イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)
 ジェニー・トゥーレル(メゾ・ソプラノ)
 レオポルト・シモノー(テノール)
 ウィリアム・ウォーフィールド(バス)
 ウェストミンスター合唱団
 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
 録音:1956年(原盤:SONY)

・ベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』
・ベートーヴェン:交響曲第5番『運命』
・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番『皇帝』
 ルドルフ・ゼルキン(ピアノ)
 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
 録音:1941年(原盤:SONY)

・ワーグナー:『ワルキューレ』第1幕
 ラウリッツ・メルヒオール(テノール:ジークムント)
 ロッテ・レーマン(ソプラノ:ジークリンデ)
 エマヌエル・リスト(バス:フンディング)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1935年(原盤:EMI)

・ブラームス:交響曲第1番
 コロンビア交響楽団
 録音:1959年(原盤:SONY)

・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調
 ナタン・ミルシテイン(ヴァイオリン)
 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
 録音:1945年(原盤:SONY)

Bruno Walter Conducts Mozart
http://www.amazon.co.jp/Bruno-Walter-Conducts-Mozart/dp/B0056K4VRM/ref=pd_cp_m_1
 
昔から慣れ親しんできたワルターのモーツァルト集(記載がないもののオケはコロンビア交響楽団。Sはステレオ、Mはモノラルで括弧内は録音時点)。ワルター以降も星降るほど幾多の音源はあるが、モーツァルト演奏の規範的演奏として多くのリスナーから圧倒的な支持をえてきた歴史的名盤。その魅力を簡潔に言えば、独特の品位と秘めた、しかし確固たる自信にあふれた解釈にある。しかも、かつて1枚を入手する価格で、いまや以下のほぼ全成果(6CD)を聴くことができる。

(収録内容)
【交響曲】
・第25番ト短調K.183(1954年12月M)
・第28番ハ長調K.200(1954年12月M)
・第29番イ長調K.201(1954年12月M)
・第35番ニ長調K.385『ハフナー』(1959年1月S)
・第36番ハ長調K.425『リンツ』(1960年2月S)
・第38番ニ長調K.504『プラハ』(1959年12月S)
・第39番変ホ長調K.543(1960年2月S)
・第40番ト短調K.550(1959年1月S)
・第41番ハ長調K.551『ジュピター』(1960年2月S)

【レクイエム】
・レクィエム ニ短調K.626(1956年3月M)

 イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)
 ジェニー・トゥーレル(アルト)
 レオポルド・シモノー(テノール)
 ウィリアム・ウォーフィールド(バス)
 ウェストミンスター合唱団
 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
 
【序曲】
・歌劇『劇場支配人』序曲K.486(1961年3月S)
・歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』序曲K.588(1961年3月S)
・歌劇『フィガロの結婚』序曲K.492(1961年3月S)
・歌劇『魔笛』序曲K.620(1961年3月S)

【ヴァイオリン協奏曲】
・第3番ト長調K.216(1958年12月S)
・第4番ニ長調K.218(1958年12月S)

 ジノ・フランチェスカッティ(ヴァイオリン)

【その他】
・セレナード第13番ト長調K.525『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』(1958年12月S)
・フリーメーソンのための葬送音楽ハ短調K.477(1958年12月S)
・6つのメヌエットK.599より第5番ヘ長調(1954年12月M)
・12のメヌエットK.568より第12番ハ長調(1954年12月M)
・3つのドイツ舞曲K.605(1954年12月M)

マーラー:交響曲第9番
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC9%E7%95%AA-%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E/dp/B00A6EILV0/ref=cm_cr-mr-title

 
マーラー逝去の翌年19126月にワルター/ウィ-ン・フィルによって初演された本曲。本盤は約四半世紀後、同じ組み合わせでの歴史的なライヴ演奏(SP録音の復刻)。その後、ワルターは初演から約半世紀後、晩年の1961年にもコロンビア響 Bruno Walter Conducts Mahler で再録を行っている。

 初演者ならではの「絶対価値」的な呪縛からか、本38年盤以降、9番の録音はながく封印されていた。その呪縛を解いたのもワルター自身であり、氏没後、バーンスタイン(1965年)Complete Symphonies、クレンペラー(1967年)マーラー:交響曲第9番 らの非常な名盤の登場によって一気に本曲の普及がすすむ。

38年盤、61年盤とも、それぞれの個性と価値をもつが、第3楽章までの解釈には基本的に大きな相違は感じない。その一方、38年盤第4楽章の速いテンポと感情表出には強い驚きがある。いまと違って、長大なマーラーの9番に聴衆の集中力を途切らせないために、「きわめて反抗的に」盛り上がる第3楽章ロンド・ブルレスケ(戯れの曲)のあと、ワルターはあえてこうした斬新なアプローチをとったのかも知れない。対して61年盤では「さらば、わが糸のすさびよ」(マーラー草稿最終ページ)の如き、滔滔たるマーラー最後のアダージョである。

一般には録音状況がよく、かつ細部まで目届きされマーラー解釈が濃縮されている61年盤を選択すべきだろうが、本盤の独特な緊張感にも比類ない感動がある。
 
マーラー:交響曲「大地の歌」
  
ワルターには数種の「大地の歌」の録音がある。1938年のSP復刻のもの、1952年にウイーン・フィル盤、そしてこのニューヨーク・フィルとの1960年のスタジオ録音盤(唯一のステレオ収録)などである。 

 当盤はワルター逝去の2年前の記録であり、「告別」が最後のテーマ(第6章)になっていることから象徴的なものを感じる。ワルターは1911年本曲を初演した。マーラーの弟子・後継指揮者として、この曲を35才のワルターが世に問うたことは、彼自身が述懐しているように実に大きな飛躍のステップであった。 

 そうした点を一応、措くとしても当盤はその演奏の気高い品位、クリアな録音において、いまもウイーン・フィル盤とともに代表的名作である。ワルターの説得力に富むアプローチにくわえ、とくに、エルンスト・ヘフリガー(テノール)の独唱が他に代えがたい深い詠嘆を湛えており、心に染み入るものである。第一楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」の出だしから、ワルターと完全に融合し、マーラーの心境にひしと寄り添っているような一体感を醸している。至芸といえよう。 

ブラームス:交響曲第1番&3番
ブラームス:交響曲第1番&3番

最近のリマスター技術の飛躍的な進歩によって、古い演奏の良さが再評価される傾向にある。ワルターのブラームスもその一つであり、晩年のコロムビア響とのステレオ録音ブラームス交響曲全集よりも、剛毅、大胆なニューヨーク・フィルとのモノラル演奏Brahms: The Symphoniesを評価する向きも多い。 


 1番と3番のカップリングだが、録音は3番(19531221,23日)、[2番(1228日)]、1番(1230日)と一気呵成に行われた。1958年に心臓発作で倒れる以前、高齢なるもなおエネルギッシュなワルターの元気な姿を彷彿とさせる記録である。

それにしても、なんとも思い切りのよりブラームスであり、リズムの刻み方、メロディの明確なる彫琢、熱気あるオケの操舵とも実に魅力的である。このワルターの成果は、先行録音をよく研究していたカラヤン/ウイーン・フィルの両曲の名演Legendary Decca Recordingsの下敷きになっているように感じた。交互に比較するのも一興。

Classique-La Discotheque Idealeでの購入も一案

ブルックナー:交響曲第4番
ブルックナー:交響曲第4番


ワルターの4番ではNBC響との1940210日のライヴ録音 Bruckner もある。これは思いがけず「剛の者」の男性的な突進力ある稀有な記録だが、対して20年後の晩年の本盤は、はるかに緩やかで落ち着きに満ちている。

特に第2楽章の諦観的なメロディの奥深さは感動的で、永年この曲に親しんできた大指揮者自身のあたかも送別の辞を聴いているような感もある。第3楽章「狩のスケルツォ」は軽快だが、中間部では一転テンポを落とし、むしろその後の安息や過去の追想を楽しんでいるかのようだ。終楽章は引き締まった秀演。メロディが流麗で胸に響く一方、終結部ではNBC響盤を彷彿とさせる渾身のタクトも連想させる。

発売後、「ロマンティック」の定番の評価がながく続いたが、今日聴きなおしてみると、オーケストラの統制が折々でやや弱く緊迫感に一瞬空隙があるように感じる。されど、老練な大家らしく過度な強調を一切排除した、安定感ある自然体のブルックナーが好きな向きには、ヴァントや朝比奈隆とも共通し、いまも変わらぬ訴求力があろう。

 The Original Jacket Collection:Bruno Walter Conducts Famous Mahler & Bruckner にて聴取

Bruckner<Sym.No.4
http://www.amazon.co.jp/Bruckner-Sym-No-4/dp/B000027H3P/ref=cm_cr-mr-title


ワルターのブルックナーの4番。これは、コロンビア響を振った1960213,15,17日スタジオ録音盤を遡ること約20年前のNBC響との1940210日のライヴ録音である。


録音はレコードの復刻であろうか、雑音、ヒスが多く「凄まじく悪い」が、この演奏の迫力はそれを凌駕して貴重な4番の記録となっている。比較的ヒスが少なく音がきれいに録れている3楽章から聴いてみると良いと思う。このスケルツオのメロディのなんとも暖かな素朴さ、リズムの躍動感、次第に強烈なパッションが表出するオーケストラの高揚感、そしてブルックナー休止そのままの突然の楽章そのもののエンディング。こんな演奏にはめったにお目にかかれない。

 
かつてブルックナー:交響曲第9番でも書いたが、一点の曇りもない明快な解釈に裏打ちされ、しかも緊張感ある迫力十分の4番の名演である。
 この4番の演奏は、「ロマンティック」といった感傷性とはまったく異質な、「剛」のものの行進であり、晩年の柔らかなワルターのイメージとも一致しない。管楽器は輝かしく咆哮し、ティンパニーの連打は前面で多用されて全体の隈取りはくっきりと強い。

テンポは全般にはやく(16:44,14:45,8:29,18:48/58:48)、しかも大胆に可変的である。とても男性的できわめてパッショネイトな演奏。いまでは、評論家が許してくれまいが、原典版、改訂版といった厳密さとは無縁な大指揮者時代の貴重な遺産である。


ブルックナー:交響曲第7番
ブルックナー:交響曲第7番




抑揚はあるが透明な響きとともに第1楽章は開始される。低弦と金管は重厚に、ヴァイオリンと木管のメロディはクリアに奏され、これが見事に融合される。色調は暗から明に、悲から喜に、そしてその逆へと変幻自在に変化するが、基本線はしっかりとしているので聴いていて安定感は揺るがない。第2楽章は意外にも恬淡としておりテンポも遅くない。ワーグナーへの葬送音楽というよりも、ブルックナーの代表的な美しきアダージョを、丁寧に力感をもって再現している感がある。


3楽章 スケルツォは律動感がありそれなりにドラマティックながら終始オーバーヒートはしない抑制のきいた冷静さが滲む。経験のなせる落ち着きだろう。終楽章、第1楽章同様、オーケストラを誘導しつつ旋律の明晰さ、豊かさが際立つ。自然で無理のないテンポ設定、重畳的で素晴らしいハーモニーには、背後に大家の差配を感ぜずにはおかない。全体として、一切思わせぶりのない、堂々とした正攻法のブルックナーである。
 

 
 

ブルックナー:交響曲第9番
 
195911月の録音。きびきびとした運行、しかし厳格なテンポは維持されている。つややかにフレーズは磨かれながら全体の構成は実にしっかりとしている。弦楽器の表情豊かな色彩に加えて、管楽器は節度ある協奏でこれに応えている。9番の良さを過不足なく引き出している。しかも、演奏の「アク」をけっして出さずに澄み切った心象のみを表に出そうとしているように見受けられる。 

ワルターはかって「ブルックナーは神を見た」とコメントしたが、そうした深い心象がこの演奏の背後にあるのだろう。ワルターにせよ、クレンペラーにせよ演奏に迷いというものがない。己が信じる作曲家の世界をできるだけ自分の研ぎ澄まされた耳を武器に再現しようと試みているように感じる。この時代のヴィルトオーゾしかなしえない技かも知れないが注目されてよい歴史的名演だろう。

 The Original Jacket Collection:Bruno Walter Conducts Famous Mahler & Bruckner
The Original Jacket Collection:Bruno Walter Conducts Famous Mahler & Bruckner

日曜日, 4月 07, 2013

東京春の音楽祭 マイスタージンガー




 上野で音楽の春の到来を告げる、オペラ演奏会式全曲演奏を頂点とする多彩な音楽祭。新人、新鋭発掘の登竜門的な意図もあるようだ。第2回目から参加する。といっても2年前は東日本大震災直後で、《ローエングリン》の上演が中止となり、かわってメータの第9が別の日に演奏された。昨年は《タンホイザー》を聴いた。そして今年は《ニュルンベルクのマイスタージンガー》、来年以降は、4年にわたって《指輪》がかかることになっている。      

本日(47日)参上。ヴァイグレの指揮は、オーソドックスな解釈、几帳面な演奏で好感をもった。妙に盛り上げるよりはるかに深く染みいる気がする。ベックメッサーはこのオペラの名脇役である。アドリアン・エレートは発声もきれい、よく通る声で好演。折々の登場が待ち遠しく楽しめた。

ささやかな注文だが、長丁場で集中してみるので、できれば来年は翻訳の字幕をもう少し大きく、バックの画像とのコントラストをより見やすくしてもらえるとありがたい。さあれど、昨年同様、関係者のご努力に深く敬意。

 

<以下は引用>
 

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.4《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭ワーグナー・シリーズ第4弾は、数あるワーグナー作品の中でも珍しく、人気も高い喜劇作品を。バイロイト音楽祭で同作品を指揮し喝采を浴びたヴァイグ レ、人気の歌手陣、N響、オペラシンガーズという最高の組み合わせで贈ります。
 

■日時・会場

 4.4 [] 15:00開演(14:00開場)

 4.7 [] 15:00開演(14:00開場)←大風の影響で10分、開始を遅らせる配慮があった。

 東京文化会館 大ホール
 

■出演

 指揮:セバスティアン・ヴァイグレ

 ハンス・ザックス:アラン・ヘルド

 ポークナー:ギュンター・グロイスベック

 フォーゲルゲザング:木下紀章

 ナハティガル:山下浩司

 ベックメッサー:アドリアン・エレート

 コートナー:甲斐栄次郎

 ツォルン:大槻孝志

 アイスリンガー:土崎

 モーザー:片寄純也

 オルテル:大井哲也

 シュヴァルツ:畠山

 フォルツ:狩野賢一

 ヴァルター:クラウス・フロリアン・フォークト [メッセージ動画]

 ダフィト:ヨルグ・シュナイダー

 エファ:アンナ・ガブラー ←出演者がかわったが巧かった。正解。
 
 マグダレーネ:ステラ・グリゴリアン

 夜警:ギュンター・グロイスベック

 管弦楽:NHK交響楽団

 合唱:東京オペラシンガーズ

 合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀

 音楽コーチ:イェンドリック・シュプリンガー

 ※当初マグダレーネ役で出演を予定しておりましたミヒャエラ・ゼリンガーおよび

エファ役ガル・ジェイムズは本人の都合により出演できなくなりました。
 

■曲目

 ワーグナー:楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

 (全3幕/ドイツ語上演・字幕付) [上演時間:約5時間30分(休憩2回含む)]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 ストーリー&聴きどころ

文・岡田安樹浩(音楽学)

【登場人物】

 ハンス・ザックス:靴職人

 ファイト・ポークナー:金細工師

 ジクストゥス・ベックメッサー:市の書記

 フリッツ・コートナー:パン屋

 ヴァルター・フォン・シュトルツィング:フランケンの若い騎士

 ダフィト:ザックスの徒弟

 エファ:ポークナーの娘

 マグダレーネ:エファの世話役

 ワーグナー自身が《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を「バッハの続編」と呼んでいたように、彼の創作理念の中心は、古い音楽技法を自身の新しい技法の中に取り込み、溶け合わせることにあった。そのことは、劇中のザックスの言葉「古い響き、それでいて新しい響き」(第2幕)に集約されている。

 作者は、第1幕の前奏曲の冒頭主題を発展させることによって、前奏曲全体どころかオペラ全体を作曲してしまう、という大胆な試みに打って出た。他方、前奏曲中間部の変ホ長調の楽節における「転回可能対位法」(フーガを作曲するための基本的な技法)など、古い技法の意図的な使用も数多く見られる。

1幕 カタリーナ教会の中

 幕が開くとそこは、16世紀半ばニュルンベルクのカタリーナ教会。会衆の最後列に金細工師ポークナーの娘エファと世話役のマグダレーネの姿がある。16世紀の宗教歌としては新しすぎる4声コラールが響きわたり、各節の間には、エファと柱の陰から彼女を見つめる騎士ヴァルターの感情の高ぶりが間奏としてクラリネット(女性の象徴)やチェロ(男性の象徴)によって演奏される。

 礼拝が終わると、ヴァルターは意中の娘に「ひと言だけ」と声をかける。彼のエファへの問いは、彼女が許婚か、というもの。エファに代わってマグダレーネが、「歌くらべの場でマイスターたちの意にかなった人」が花婿になる権利を得ることができる、と答える。

 そこへ、靴職人の徒弟ダフィトが歌の資格試験の会場設営のためにあらわれる。マグダレーネはヴァルターの相手をダフィトに委ね、エファとともにこの場を去る。ダフィトはヴァルターに「マイスターゲザンク」の詳細を伝えるが、彼はその複雑さと堅苦しさに辟易してしまう。

 会場の準備が整うと、教会の聖具室からポークナーと、エファを娶ることに躍起になっている市の書記ベックメッサーが出てくる。マイスタージンガーたちが続々と集まると、ポークナーはヴァルターを彼らに紹介し、資格試験の受験者として推薦する。しかし、ヴァルターの歌唱はマイスターゲザンクの規則から大きく逸脱していたため、記録係(審判)のベックメッサーは歌唱の途中で「歌い損ね」を宣言する。だが、靴職人のハンス・ザックスはヴァルターの歌の新しさに気づき、先を歌うよう求める。ヴァルターは歌い続けるが、マイスターたちは「歌い損ねで落第!」を宣言し、徒弟たちは踊り歌い、場面は混乱の坩堝と化す。個々の発言はまったく聞き取ることができない。しかしその音楽は、4分の6拍子=2分の2拍子の舞曲風動機の反復と、非常に規則的な楽節構造から成り立っており、混乱の音楽は実は整然と作曲されている。

2幕 通りに面したザックスとポークナーの家の前

 オーケストラの短い序奏に、徒弟たちの合唱「ヨハネ祭」が続く。同じ日の午後、マグダレーネは、ダフィトからヴァルターの落第を聞き知る。夕暮れ時、ザックスは昼間のヴァルターの歌を思い起こし、その調べを「古い響き、それでいて新しい響き」と評す。この「ニワトコのモノローグ」と呼ばれる独白は、ザックスがヴァルター支持を決意する転換点である。「駒の近くで」トレモロする弦楽器の霞んだ響きに、ホルンの響きが浮かび上がり、ニワトコの独特の香りよろしく、響きが匂い立つ。

 ヴァルターの試験結果をマグダレーネから聞き及んだエファは、細事をザックスから聞き出そうと、彼の家を訪ねるが、ザックスは言葉巧みにはぐらかし、逆にエファの心中を推し量ろうとする。彼女が家に戻るところにヴァルターがあらわれ、二人は駆け落ちを企てる。しかし、最初は夜回りの夜警の笛の音(音色的にも和声的にも異化されている)と、二人の企てに気づいたザックスよって阻まれる。そこへ、求婚の歌を歌いにベックメッサーがやってきてしまう。

 窓辺に立つエファ(実はマグダレーネの変装)に向けて、ベックメッサーがいよいよ歌い始めようとすると、ザックスが大声で仕事歌を歌い始める。ベックメッサーは、ザックスに靴仕事の歌をやめてもらうための口実に、彼に歌を習いたいと申し出る。ザックスは、仕事道具のハンマーを叩きながらベックメッサーの歌に判定を下す。ハンマーの打撃音は、最初は単なる誤りの判定だが、徐々にわざと誤りへ導くようなタイミングへと移行してゆく。ここに、ザックス=ワーグナーによるベックメッサーへの意地悪い音楽的攻撃が見て取れよう。

 この出来事に気づいたダフィトは、ベックメッサーがマグダレーネに向けて歌っていることに怒り、殴りかかる。三者のやり取りは次第に深夜の騒音となり、騒ぎを聞きつけてあらわれた周辺住民たちを巻き込んでの乱闘騒ぎへと発展する。ここから、「殴り合いのフーガ」と呼ばれるオーケストラと合唱によるフィナーレへと突入するが、音楽の実態は本当の「フーガ」ではない。ベックメッサーの歌の主題をバス声部に置き(定旋律)、その上に複数の動機を、それぞれが声部を入れ替えても同時に演奏可能なように組み合わせる転回可能対位法という技法を用いたものである。そして、楽節構造も完全なシンメトリーを形成しており、第1幕フィナーレと同様に混乱の音楽は緻密な計算に基づいて構成されているのである。

3幕 ザックスの工房/ペグニッツ河畔の広々とした野原

 第3幕の前奏曲は、古い音楽を象徴する対位法とコラールで作曲されている。すなわち、第2幕でザックスの仕事歌にあらわれた動機とその模倣(対位法)、そして第3幕の後半において大合唱で唱和される「目覚めよ!」の主題(コラール)である。

 幕が開くと、舞台は翌朝のザックスの工房。今しがたマグダレーネに思いを打ち明けたばかりのダフィトは、ザックスの求めに応じて「ヨハネの歌」を披露する。ザックスはヴァルターに、彼が見たという夢を詩にして今日の歌くらべの場で歌うよう提案する。ヴァルターはザックスのコメントを参考に歌を仕上げ、ザックスは詩を書きとる。

 二人が部屋へと引き取ると、ベックメッサーがあらわれ、工房の中へと侵入する。ミュートしたトランペットとホルンによるグロテスクな響きは、昨夜の乱闘騒ぎによって負傷したベックメッサーの姿を描写しているだけでなく、この後の彼の運命をも予感させる。詩が書き留められた紙を見つけたベックメッサーに、ザックスはこの詩で歌ってもよいと紙を差し出すが、詩の作者がヴァルターであることはあえて伝えない。

 小躍りしながら出て行くベックメッサーと入れ替わりに、めかし込んだエファがあらわれ、着替えを終えたヴァルターも姿を見せる。さらにマグダレーネとダフィトもそろい「五重唱」となる。

 場面転換を経て、舞台はペグニッツ河畔の野原となり、エファを褒賞とした歌くらべが始まる。ベックメッサーは、自分の旋律に他人の詩を無理に合わせようとしたがゆえに、歌詞を暗記しきれず、歌い損ねる。彼の歌唱は聴衆の爆笑を誘い、赤恥をかいたベックメッサーは、この詩の作者をザックスだと公言する。しかし、真の作者であるヴァルターが「正しい言葉と旋律」(ザックスの言葉)で歌い、満場一致で栄冠を勝ち取る。ヴァルターは、「あなたをマイスター組合に迎えよう」というポークナーの言葉を拒否するが、ザックスに「マイスターをないがしろにせず、その芸術を敬いたまえ」と説き伏せられ、これを受け入れる。ザックスの演説に呼応した民衆の大合唱「ザックス万歳!」とともに、全オーケストラが第1幕前奏曲の音楽を大々的に再現して幕となる。

~関連公演~
東京春祭ワーグナー・シリーズvol.4《ニュルンベルクのマイスタージンガー》[演奏会形式・字幕映像付]
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_1035.html