ブラームス:ドイツ・レクイエム [2017]
カラヤンはドイツ・レクイエムにこよなく愛着を感じており、晩年にいたるまで幾多の音源を残している。管弦楽の劇的な展開、合唱の妙なる響き、独唱者の情感あふれた詠唱、たしかに様々な要素をもった総合芸術といえる作品である。しかし、この作品は深き悲しみをたたえ、ながき詠嘆が続き、それを十全に表現する以上、オペラなどとは異なり一定の忍耐力を聴き手にしいる。
かつてハンブルクの教会でホルスト・シュタインの指揮で本曲を聴いたことがあるが、ドイツ(プロテスタント)的宗教的なバックグランドがなければ本当の理解はできないのでないかと一種の諦観を感じたことがある。
ブラームスは苦心惨憺してドイツ・レクイエムを書き、その経験をふまえて後、4曲の交響曲を世にだした。そうした意味ではその後のブラームスらしさがこの1曲に凝縮されているとも言える。カラヤン盤は約77分を要し、ほぼ交響曲2曲分相当のボリュームである。この大曲、美しさの強調だけで乗り切れる作品ではなく、カラヤンは、管弦楽と合唱の統一感ある緊張の持続こそが弛みなき道行きを約束すると言わんばかりの演奏である。
<収録情報>
・ブラームス:ドイツ・レクイエム Ein deutsches Requiem op.45
~聖書の言葉による、独唱、合唱とオーケストラのための~
グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)
エーベルハルト・ヴェヒター(バリトン)
ウィーン楽友協会合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
録音時期:1964年5月
録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール
➡ The Young Karajan - The First Recordings, Vol. 9 も参照
Brahms: The Symphonies Box set
Karajan Symphony Editionにて聴取。カラヤンの70年代のブラームス。1970年大阪万博でカラヤン/ベルリン・フィルは大阪ではベートーヴェンの交響曲全曲演奏、一方、東京ではざまざまな演目を取り上げたが、ブラームスの第2番、第3番をライヴで聴いた。強烈なインパクトであった。
カラヤンは、大宗において初期から後期に至るまで、その演奏スタイルは一貫している。その一方、初期は並々ならぬ気迫に満ちており、後期は同時代の先頭を走るがごとく音響学的に充実している。しかし、両者は時とともにいわばトレードオフの関係にある。
一例としてブラームスの交響曲ではカラヤン、現存する最初の録音記録である第1番(1943年9月6〜11日、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との演奏 Maestro Vol. 1: Herbert von Karajanにて入手可能)を比較の上で取り上げよう。
第1楽章冒頭の重くパセティックな出だしから、基本的にカラヤンの解釈は後年のあまたの録音と変わっていないことに驚く。テンポは遅くじっくりと音を積み上げていく。一方、フレーズは短く艶やかに処理していく。
第2楽章のアンダンテ・ソステヌートは、明暗交錯する複雑な心理の綾を表情豊かに描いてみせる。やや濃厚な味わいという気もするが、この時代のコンセルトヘボウの音色ゆえかも知れない。
第3楽章に入ると速度を上げ陰から陽への移行提示がこめられる。終楽章の劇的な展開も後年の録音と共通し、すっきりと機敏な進行は思い切りがいい。全般に、なお荒削りながらもブラームス解釈を概成していた若き日のカラヤン像がそこにあり、後年はこれに老練の技が加わっていったという感想をもつ。
小生は初期カラヤンの「斬新さ」に強い魅力を感じる一人だが、カラヤンを評価するという共通の立ち位置から、どの時代のカラヤンを聴くかはリスナーの嗜好如何と言えよう。70年代のカラヤンは(それはもちろんブラームスに限らないが)、覇気、音響両ファクターで丁度「中庸」の時代と言えるかも知れない。
Karajan Bruckner: 9 Symphonies Box set
≪カラヤンのブルックナー≫
1950 年代、日本でいまだブームが胎動するまえだが、ブルックナーのレコードはなかなか入手できなかった。フルトヴェングラー、ワルター、クナッパーツブッシュ、コンヴィチュニー、ヨッフムらが先鞭をつけたが、カラヤン/ベルリン・フィル盤の8番 Bruckner: Symphony No.8 - Overtures by Mendelssohn, Nicolai, Wagner & Weber が1959 年頃にリリースされ、名演の誉れ高しとの評価を得た。
1930 年代から幅広い演目で多くのレコードを精力的に録音してきたカラヤン Herbert von Karajan in Berlin The Early Recordings だが、ブルックナーの取り上げについては実は慎重な印象があった。いまでは全く考えられないことだが、「カラヤンはブルックナーが実は苦手なのでは・・」といった勝手な風説すら当時の日本ではあった。
1970 年頃を境に、この「風説」が一吹される。順番は別として、4,7,9番が相次いでリリースされ、その録音がベルリンの教会で行われたことから残響がとても豊かで美しく、ブルックナーのシンフォニーに見事に適合しており、これを境にブルックナーはカラヤンのメインのレパートリーと認識されることになった。
その後、この全集がでて、カラヤンの評価は決定的となる。1,2,3,5,6番の正規録音(ライヴ盤を除く)はこの全集所収のみである。再録の多いカラヤンにあって、これは記憶にとどめておいていいだろう。いずれも非常にレヴェルの高き演奏で、カラヤンは3,5番は別の機会を考慮していたかも知れないが、概ね「これで良し」と一応の評価をしていたのではないかと考える。5番および6番については1楽章を欠いているがフルトヴェングラーの音源があるけれど、他はフルトヴェングラーの記録はない。カラヤンは密かに独壇場と思っていたかも知れない。
晩年、ウィーン・フィルとの7,8番が出る。特に7番は、ブルックナーの作曲時のエピソード(ワーグナーへの葬送)に加え、死の3ヶ月前の最後の録音であったことから、カラヤン自身への「白鳥の歌」と大きな話題を呼んだ。オーストリア人カラヤンにとって、故国の大作曲家たるブルックナーは、むしろ特別な存在であったのかも知れない。なお、7,8番に関しては、この新録音よりも本全集所収の旧録の迫力を小生は評価している。
全番に一貫するカラヤンらしい明晰な解釈、流麗な音の奔流、なによりもその抜群の安定感からみて、ヨッフムとともに全集決定盤の最右翼である。
シューベルト:交響曲第8番「未完成」&第9番「ザ・グレイト」
<第9番について>
この演奏がリリースされた時の衝撃は大きかった。同曲、ベルリン・フィルを振っての録音時間は、フルトヴェングラーが55:17(以下は全てNAXOSベース)、ベームが51:10に対して、カラヤンは46:43と超特急である(ちなみに、後年のラトルは57:42でフルトヴェングラーよりも遅く、カラヤンと真逆の路線をとった)。
はじめ聴くと特に第4楽章が速く感じるのだが、フルトヴェングラー11:45、ベーム11:27に対して、カラヤンは11:33で実は決して際立っていない(ちなみに、この楽章、遅い典型のクナッパーツブッシュ/ウィーン・フィルは13:57)。
煩瑣に演奏時間を記したが、カラヤン盤の衝撃とは、全体の「超速」感と終楽章のファナティックさにある。録音の工夫も当然あろうが、8番(1964年10月収録)での重い響きを一転開放して、9番(1968年9月)では色調もぐっと明るくし管楽器とベルリン・フィルの分厚い低弦を強烈に前面に立てている印象。その明るさと迫力が、あくまでも荘重に演奏するスタイルを疑わなかった当時の常識を覆した。カラヤン面目躍如の記録である。
Legendary Decca Recordings Box set
晩年、カラヤンはベルリン・フィルと決別して、ウィーン・フィルに回帰した。しかし、そこには残念ながら、往時のカラヤンらしい抜群の切れはない。しかし、この壮年期の選集は別である。驚くべきほど充実し、その音楽の<純度>、爽快な<迫力>には得難い魅力がある。
帝王カラヤンのもっとも充実した時期の記録であり、ウィーン・フィルは、このカリスマとの邂逅に、持てる力を出し切っている。ベルリン・フィルの隙のない完璧な演奏スタイルとは異なり、ウィーン・フィルらしい流麗さ、時に統制を緩めたようなパッショネイトな表情もあり、いずれも生き生きと息づく音楽である。どれも甲乙つけがたい出来だが、特に『惑星』、『ジゼル』そして、もっとも録音の早い『ツァラトゥストラはかく語りき』の斬新な解釈には現代のリスナーにも新鮮な驚きがあるだろう。廉価盤の多いカラヤンのなかではいささか値が張るがその価値は十分。推奨したい。
<ライン・ナップ(録音年)>
CD 1
・ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68 (1960年)
・ハイドン:交響曲第103番変ホ長調『太鼓連打』 (1963年)
CD 2
・ハイドン:交響曲第104番ニ長調『ロンドン』 (1960年)
・ブラームス:悲劇的序曲作品81 (1962年)
・ブラームス:交響曲第3番ヘ長調作品90 (1962年)
→ ベートーヴェン:交響曲第7番/ブラームス:交響曲第3番
CD 3
・モーツァルト:交響曲第40番ト短調K550 (1960年)
・モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K551『ジュピター』 (1963年)
→ モーツァルト:交響曲第40番&第41番「ジュピター」
・チャイコフスキー:幻想序曲『ロミオとジュリエット』 (1961年)
CD 4
・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調作品92 (1960年)
・ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調作品88 (1965年)
CD 5
・チャイコフスキー:『白鳥の湖』組曲(1965年)
・チャイコフスキー:『胡桃割り人形』組曲 (1962年)
・チャイコフスキー:『眠れる森の美女』組曲 (1965年)
→ チャイコフスキー:3大バレエ
CD 6
・アダン:『ジゼル』 (1962年)
CD 7
・グリーグ:『ペール・ギュント』作品23より (1962年)
→ グリーグ:ペール・ギュント、他
・ホルスト:組曲『惑星』作品32 (1962年)
→ ホルスト:組曲「惑星」
CD 8
・J.シュトラウス2世:喜歌劇『こうもり』序曲
・J.シュトラウス2世:喜歌劇『こうもり』よりバレエ音楽
・J.シュトラウス2世:『アンネン・ポルカ』作品117
・J.シュトラウス2世:喜歌劇『ジプシー男爵』より序曲
・J.シュトラウス2世:『狩にて』作品373
・J.シュトラウス2世:『ウィーンの森の物語』作品325
・ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ『うわごと』作品212 (以上1960年)
・R.シュトラウス:『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』作品28 (1961年)
・R.シュトラウス:『サロメ』より7つのヴェールの踊り(1961年)
→ ヨハン・シュトラウス・コンサート
CD 9
・R.シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』作品20 (1961年)
・R.シュトラウス:交響詩『死と変容』作品24 (1961年)
・R.シュトラウス:交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』作品30 (1959年)
→ Strauss: Also sprach Zarathustra, etc / Herbert von Karajan, Vienna Philharmonic Orchestra
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン 録音:1959-1964年、ウィーン(ステレオ)
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