日曜日, 5月 31, 2015

フォーレ『レクイエム』 クリュイタンス 名盤

フォーレ:レクイエム≪クラシック・マスターズ≫



フォーレの『レクイエム』、あまりに有名なのだが、その良さに本当に気づくには相応な時間もかかるように思う。普段、ipotに入れて聴いているのだが、嫋々とした音楽は朝の出勤時には向いていない。朝に元気をもらう(というのもレクイエムでは変だが・・・)ということだと、ヴェルディの『レクイエム』がいい。 

しかし、夜の帳が降りてから、じっくりと耳を傾けるなら、この美しく、思索的な音楽は高ぶった神経を鎮静化する効果がある。フォーレのしっとりとした、しなやかで、品位のある響きをクリュイタンスほど見事に表現した演奏をいまだ知らない。


以下はHMV レビュー 引用

クリュイタンス/フォーレ:レクィエム多くの名演奏が残されているフォーレのレクィエムのなかでも、別格的な評価を受けているのが広く長く愛聴されてきたクリュイタンス盤です。フィッシャー=ディースカウ、ロス・アンヘレスという最高級の歌手が加わったことで、収録以来半世紀が経過しても輝きを失わない記録が誕生したのです。
 2012年リマスター。歌詞対訳付き。(Warner Classics)

【収録情報】
・フォーレ:レクィエム

 ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(ソプラノ)
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 アンリエット・ピュイグ=ロジェ(オルガン)
 エリザベート・ブラッスール合唱団
 パリ音楽院管弦楽団
 アンドレ・クリュイタンス(指揮)

 録音時期:1962年2月14-15日、5月25-26日
 録音場所:パリ、サン=ロシュ教会
 録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
 2012年リマスタリング


【クラシック・マスターズ】
クリュイタンス/フォーレ:レクィエム


多くの名演奏が残されているフォーレのレクィエムのなかでも、別格的な評価を受けているのが広く長く愛聴されてきたクリュイタンス盤です。フィッシャー=ディースカウ、ロス・アンヘレスという最高級の歌手が加わったことで、収録以来半世紀が経過しても輝きを失わない記録が誕生したのです。
 2012年リマスター。歌詞対訳付き。(Warner Classics)

【収録情報】
・フォーレ:レクィエム

 ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(ソプラノ)
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 アンリエット・ピュイグ=ロジェ(オルガン)
 エリザベート・ブラッスール合唱団
 パリ音楽院管弦楽団
 アンドレ・クリュイタンス(指揮)

 録音時期:1962年2月14-15日、5月25-26日
 録音場所:パリ、サン=ロシュ教会
 録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
 2012年リマスタリング
 歌詞対訳付き
(参考)
◆"André Cluytens / A Collection of His Best Recordings
http://www.amazon.co.jp/Andr%C3%A9-Cluytens-Collection-Best-Recordings/dp/B00FQ0VNLE/ref=pd_cp_15_2?ie=UTF8&refRID=1NXY5VCR8T1RW5EKN8PA

Andre Cluytens - Noble Maitre de Musique
http://www.amazon.co.jp/Andre-Cluytens-Noble-Maitre-Musique/dp/B0041OM7RU/ref=sr_1_4?s=music&ie=UTF8&qid=1433082822&sr=1-4&keywords=Cluytens

クリュイタンス ラヴェルほか

 ◆クリュイタンス
http://shokkou3.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html

◆ベルリオーズ:幻想交響曲、他
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-%E5%B9%BB%E6%83%B3%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E3%80%8C%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%81%AE%E8%AC%9D%E8%82%89%E7%A5%AD%E3%80%8D-%E5%BA%8F%E6%9B%B2%E3%80%8C%E6%B5%B7%E8%B3%8A%E3%80%8D-%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC/dp/B00JGIYHQ0/ref=sr_1_13?s=music&ie=UTF8&qid=1433082822&sr=1-13&keywords=Cluytens

 

水曜日, 5月 06, 2015

シノーポリ ルー・サロメ





 
19世紀中葉のドイツに時代の寵児とでも言うべき魅惑的な女性がいた。「魅惑的」と書いたが、多くの知的男性が釘付けとなったという事実からは「蠱惑的」といった方がいいかも知れないし、また、それ以外に接した多くの男性をも魅了したという意味では、類稀な妖艶の相ある女、いわゆる「妖女的」、「魔女的」な能力があったのかも知れない。

 ルー・アンドレアス・ザロメLou Andreas-Salomé1861年2月12日 - 1937年2月5日)は、サンクトペテルブルク生まれのドイツの著述家、エッセイスト。ロシア語名ルイーザ・グスタヴォヴナ・サロメЛуиза Густавовна Саломе)。

 
◇ヘンドリック・ギロート
少女時代にヘンドリック・ギロートという牧師と出会い、彼は信仰に悩んだルーの師となるものの、ルーに魅せられ結婚を申し込む。ルーはこれを拒否した。

◇パウル・レー
1880年、19才の彼女は、チューリッヒ大学で宗教学、哲学、そして芸術史の勉強を始めた。1882年彼女は、パウル・レーと出会う。1882年のイタリア旅行の際に、レーは共通の友人からルーと知り合うがルーに強く惹かれる。数ヶ月の間、ニーチェとのルーとの三角関係の軋轢の後、レーは結局ニーチェと仲たがいする。ルーとレーは、その後も1885年まで一緒にベルリンで生活を共にしたが、恋人同士の関係には至らなかったという。

◇ニーチェ
 パウル・レーを介して、ルーはフリードリッヒ・ニーチェと知り合う。ニーチェから求婚の申し出を彼女は拒絶した。ニーチェは、その失礼による傷心、病気による発作の再発、ザロメをめぐって母や妹と不和になったための孤独、自殺願望にとりつかれた苦悩などの一切から解放されるため、イタリアのラパッロへ逃れ、そこでわずか10日間のうちに『ツァラトゥストラはかく語りき』の第1部を書き上げる。

◇カール・アンドレアス
 ルーが結婚相手に選んだのは、イラン学者のフリードリッヒ・カール・アンドレアスであった。1887年、ルー26才で結婚している。
 彼女はベルリンでは、フリードリッヒスハーゲン・グループに近づき、当時の著名人たちの知遇を得る。たとえば、ゲアハルト・ハウプトマン(織工(Die Weber、1892年)では下層階級の生活を描写した。この戯曲はハウプトマンの代表作の一つとされている)、フランク・ヴェーデキントベルクの「ルル」の原作「地霊」を書いた人。ルーに拒絶され、ルーをモデルとしたとされる「地霊」を書いた)
ヨハン・アウグスト・ストリンドベリアルトゥル・シュニッツラーヤコブ・ヴァッサーマン、などである。こうした特別の交友関係を通して、彼女はライナー・マリア・リルケと知り合い、彼とは2度ロシア旅行を共にしている。

◇リルケ
 リルケは、1897年にルーと知り合う。ルー結婚後10年後でルーは36才。同年10月にザロメ夫妻の後を追ってベルリンに移り、夫妻の近くの住居に住みベルリン大学に学んだ。またこの頃にライナー・マリア・リルケに改名している。彼女はライナー・マリア・リルケからの求婚もやはり断っている。
1911年、彼女はワイマールで開催された国際精神分析会議に参加した後、フロイトの下で精神分析の知識を深めようとする。その後、彼女の夫がゲッティンゲン大学に招聘を受けたため、そのゲッティンゲンで彼女も精神分析の分析家として開業をする。彼女はゲッティンゲン尿毒症により亡くなった。
彼女の広範囲にわたる学問的、文学的名著作は、20世紀後半に入って初めてその全体が収集、編集、校閲されて出版の運びにいたった。その文学作品や物語の中で、彼女は、伝統的な世界の中で自分自身の道を歩み始めようとした近代的な女性たちのさまざまな問題を取り上げている。


http://www.staylace.com/gallery/gallery05/lou_%20andreas_salome/2.jpg
フリードリッヒ・カール・アンドレアスと妻ルー・アンドレアス・ザロメ

ルー・アンドレアス・ザロメ(Lou Andreas-Salome, 1861-1937)というロシア系ドイツ人の作家は、フロイトに師事して女性精神分析家になったことで知られるが、哲学者のフリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』を書くインスピレーションを与えた恋愛関係でも有名である。ルー・アンドレアス・ザロメはユダヤ系ロシア人の将軍の娘としてサンクトペテルブルクで生まれたが、本名をルイーズ・フォン・ザロメ(Louise von Salome)といい、1880年からチューリッヒ大学で宗教学、哲学、芸術史などを学んでその知的基盤を固めた。
ザロメの人生は多くの偉大で著名な哲学者や思索家との出会いに満ちていたが、魅惑的なザロメと知り合って恋に落ちた男性たちは、豊かな発想力や鋭い思索力、新規な創造性を強く刺激されて多くの優れた作品を後世に残すことになった。ザロメは1882年に、経験主義の道徳哲学者で後に医師となるパウル・レー(Paul Ree, 1849-1901)と知り合い、パウル・レーの紹介でフリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844-1900)にも出会うことになるが、レーとニーチェはザロメに惚れこんで『三角関係の葛藤』を体験することになる。ニーチェとレーはどちらもザロメに求愛するが、ニーチェはあっけなくザロメに振られてしまい『失恋の苦悩』に沈み、ザロメとベルリンで同棲したパウル・レーも遂に恋人になることは出来なかった。


http://www.karnacbooks.com/covers/33098.jpg

ザロメは類稀な知性を持つ男性を魅了してやまない『インテリジェントな美しい女性(知的な魔性の女)』としての魅力に満ちていたが、ニーチェの実存主義的なニヒリズムの思想に『ザロメとの失恋の痛手・耐え難い孤独感』が与えた影響は相当に大きいと言われている。ザロメへの『情熱的な恋愛』に敗れて打ちひしがれたニーチェは、イタリアのラパッロへと逃れて、その土地でわずか10日間で『ツァラトゥストラはかく語りき』の第1部を書き上げたとされるが、この時代のニーチェは恋人・友人・家族すべてと疎遠になって絶望的な孤独状況にあったと言われている。
ザロメがニーチェを恋愛の苦悩と絶望の泥沼に引きずり込んだことによって、ニーチェが『神の死』というニヒリズムの地平を見出したのかもしれないが、魔性の女であるザロメは失恋して孤独にはまり込んだニーチェのことを意識することさえ無かったのかもしれない。
独立心と知的好奇心に恵まれた勝気で魅力的な女性ルー・アンドレアス・ザロメは、ニーチェとレーという哲学者の求婚をさらりと断って、結局、1887年にイラン学者のフリードリッヒ・カール・アンドレアス(Friedrich Carl Andreas, 1846-1931)との結婚を決めた。ザロメは『独立自尊の野心的・誘惑的な女性』としての側面と『男性の能力を刺激して成長させる太母』としての側面を併せ持っていた。フリードリヒ・ニーチェやパウル・レーと出会い、フリードリッヒ・カール・アンドレアスと結婚してから後も、多くの偉大で魅惑的な哲学者や芸術家と知遇を得ており、ドイツ文学最高の詩人として知られるライナー・マリア・リルケ(Rainer Maria Rilke, 1875-1926)ともロシア旅行に一緒に行くほどの付き合いをしていた。


http://images.fembio.net/las_1.jpg

リルケの代表的著作である『新詩集』『マルテの日記』『フィレンツェ日記』などにも、リルケとザロメとの知的・情熱的な交遊が大きな影響を与えているとされるが、精神分析の始祖であるS.フロイトも文化論・社会論・宗教論を著述する過程で、ザロメの文学的・抽象的なエロス論から何らかの影響を受けていた可能性がある。1911年に、ザロメはワイマールで開催された国際精神分析会議に参加して、兼ねてから深い興味関心を寄せていたフロイトの精神分析を本格的に学習して教育分析(スーパービジョン)も受けることになる。フロイトはザロメのことを『感動的な楽天主義者』として好意的に高く評価していたが、ザロメ独自の『観念的・抽象的なエロス論』に重点を置いた精神分析理論の記述・展開は、フロイトが構築した正統派精神分析と対立する部分も少なくない。
ルー・アンドレアス・ザロメは、ニーチェの『権力への意志』に強固で刺激的なインスピレーションを与えた可能性があるように、彼女自身が自分の人生をポジティブに意欲的に楽しむ活力に満ちた女性であった。ザロメのエロスと生命を積極的に尊重する文学的・哲学的な思想は、精神分析に個性的な彩りを加えており、ザロメの伝統・慣習に囚われない自由奔放で情熱的な生き方は、さながら一つの芸術作品(精神分析の対象)のように妖しげに輝いているのである。
日本でも以文社から『ルー・ザロメ著作集』という著作集が出ているが、この記事で書いたザロメの自由闊達な異性遍歴(恋愛経験)については『ルー・ザロメ : ニーチェ、リルケ、フロイトをめぐって』という章の著作がある。自立的で誘惑的なザロメという女性の恋愛と人生が、哲学や精神分析の歴史に与えた影響は大きいし、彼女の著作は一つの『思想的な文学』として読み応えのあるものになっている。

以上の参考資料は以下のとおり。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%AD%E3%83%A1
http://wanderer.way-nifty.com/poet/2012/02/post-9870.html
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/knowledge/biblio/biography008.html

Lou Andreas-Salomé (1861 - 1937)
https://systemcrash.wordpress.com/2013/11/09/das-hohe-und-der-abgrund-eins-in-der-liebe/

 Sinopoli: Lou Salomé - Suites Nos. 1 & 2
http://www.amazon.co.jp/Sinopoli-Lou-Salom%C3%A9-Suites-Nos/dp/B00IXZLKWQ/ref=sr_1_cc_2?s=aps&ie=UTF8&qid=1430897400&sr=1-2-catcorr&keywords=Sinopoli++lou+salom%C3%A9

商品の詳細
http://www.amazon.co.jp/Lou-Salom%C3%A9-Giuseppe-Sinopoli/dp/8831712640/ref=sr_1_cc_1?s=aps&ie=UTF8&qid=1430897400&sr=1-1-catcorr&keywords=Sinopoli++lou+salom%C3%A9

<HMV レビュー>
シノーポリ:組曲《ルー・サロメ》

ルチア・ポップ(ソプラノ)、ホセ・カレーラス(テノール)
シュトゥットガルト放送交響楽団、指揮:ジュゼッペ・シノーポリ


録音:1983年11月、1987年2月 シュトゥットガルト〈デジタル録音〉
 
 

火曜日, 5月 05, 2015

シノーポリ 思索的な天才の煌き


ワーグナー:序曲・前奏曲集 他

<プロフィール>

 ジュゼッペ・シノーポリGiuseppe Sinopoli1946112日~ 2001420日)は、存命していればいまだ60才台後半。指揮者としては真っ盛りの円熟期であり、間違いなく現在のクラシック音楽界の風景を大きく変えたであろう逸材である。戦後の1946年イタリアのヴェネチア生まれ。ユダヤ系移民と言われるが、若き日より天才肌の音楽家として活躍。 

 ヴェネチア音楽院で音楽を、パドヴァ大学で精神医学と人類学を、ドイツのダルムシュタットでマデルナ、シュトックハウゼンから現代音楽を学び、1972年弱冠26才にして母校のヴェネチア音楽院で現代音楽・電子音楽の教授に就任。同年、ウィーンでハンス・スワロフスキーから指揮法を学び、31才にパリ音楽院で指揮を教えるようになる。 

 1978年ヴェネチアでアイーダを振ってヴェルディ指揮者として本格デビュー(因縁めくけれど、2001420日、ベルリン・ドイツオペラで同じアイーダを演奏中、第3幕に心筋梗塞で倒れ不帰の人となった)。 

 1980年にはマクベス(ベルリン・ドイツオペラ)、アイーダ(ハンブルク国立歌劇場)、アッティラ(ウィーン国立歌劇場)のヴェルディの3オペラを、83年マノン・レスコー(コベントガーデン王立歌劇場)、85年タンホイザー(バイロイト音楽祭)を指揮するが未だ39才だった。また、同時期に作曲家として、1981年自作「ルー・サロメ」をバイエルン国立歌劇場にて初演。 

 オーケストラ指揮者としては、1984年にフィルハーモニア管弦楽団(カラヤン、クレンペラーらが手塩にかけた時代を経て、前任ムーティエの後を継いでの就任)、1992年からはドレスデン国立管弦楽団(ドレスデン・シュターツカペレ、以下、ドレスデンと略記)の首席を務めたほか、当代一流のオケと組んだ多彩な名演を送り出した。
 
★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆ 
 
まず、主要なフィールドについては、以下を参照されたい。
 

★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆

以下、いくつか個別の録音について 。ブルックナーについては以前、書いたのでそれ以外を掲載したい。



















マーラー:交響曲第1番



第1楽章、慎重にも慎重すぎるような細心の出だしである。それがリラックスした主旋律に引きつがれていく絶妙な展開からも並々ならぬシノーポリの技量をみてとることができる。遅めのテンポのなかで、一音とても揺るがせにしない、全てをクリアに再現せんとするような意欲的で緻密な演奏である。
第2楽章、リズミックさと管弦楽の色彩感が映える。テンポを可変に動かし表情つけも巧みで、音楽にあわせて思わず身体が反応してしまうような触媒効果がある。
第3楽章、一転して昏い闇夜を歩くかの場面転換。ただし、無暗な陰影ではなく、後半は明るさを取り戻しインテンポでアコースティックな響きはシノーポリのラヴェル「ボレロ」の名演を連想させるところもある。
終楽章、大きなスケールで強弱に落差をつけた劇的な表現。前3楽章の特質を再現しつつ、この歯切れのよい、曖昧さのないマーラー解釈こそシノーポリ演奏の魅力である。

★☆ ★☆

マーラー:交響曲第5番


本盤は1985年1月ロンドンの教会での録音ですが、残響が豊かでマーラー特有の音の「奔流」が存分に味わえます。1904年のマーラー自身による初演もケルンの会堂でしたから残響はもしかすると当時も意識されていたかも知れません。

 演奏そのものはシノーポリらしい分析癖、「理詰め」が随所で感じられ、あらゆる音が明瞭に再現されますが、それをうるさく感じさせないのは、この残響効果との絶妙なマッチングゆえかも知れません。激しいダイナミズムと腺病質なリリシズムが常に交錯しますが、見事な統一感は保たれ堂々とした名演です。シノーポリの抜群の才覚を知るうえでも必須の1枚だと思います。

★☆ ★☆

マーラー:交響曲第9番


シノーポリの演奏の特質は、ワルター、バーンスタインやテンシュテットなどにみられる、マーラーが9番という曲にどのような思いを込めるのかといった主意主義的なアプローチではないと感じる。

作品を一度、徹底的に解剖し、要素分解してのち緻密に組み立て直したかのような演奏で、怪奇的、腺病質的、耽美的、激情的な表現が、場面によってカメレオンのように変化しつつ、あくまでも「音の素材」として十全に表現される。
しかも、シノーポリの高度な技法だがオーケストラから全放射される音が千変万化する。ドレスデン・シュターツカペレの音はフィルハーモニー管(1993年、セッション録音)にくらべて重く、かつテンポはさらに遅く演奏時間は93分を超えて長大だ。

マーラーの9番は現代音楽の秀でた先駆といったアプローチだが、ライヴならではの緊張感と凝縮感は十分で、シノーポリはここで、いままでにない斬新なるマーラー像を提示している。

★☆ ★☆

Mahler / Sinopoli: The Complete Recordings Philharmonia Orchestra


★☆ ★☆ ★☆ ★☆  

シューマン:交響曲第2番
http://www.amazon.co.jp/review/R2MVOX6UY9LHPP

・シューマン交響曲第2番について 

第1楽章、まず驚くのは各フレーズがお互い反応するように重畳的に響くことで、複雑で起伏の大きい感情表出が企図されている。上昇、下降の音階がめまぐるしく交錯するが、ハーモニーよりも激しいリズムを強調している。第2楽章もテンポを上げ、リズムの跳躍により緊迫感を持続させる。ただし中間から人恋しき整ったメロディも見え隠れする。

第3楽章は一転、大きく減速しメロディにたっぷりと浸る展開。トーンは哀愁よりもほの耀(あかる)さがいささか優る。終楽章、テンポが上がり、リズムと主題のメロディが絡まる。

シノーポリは各楽章の性格づけをはっきりとさせ、終楽章で全体をハーモナイズせんとしているように思う。スケールの大きな満ち足りたエンディングである。
 
★☆ ★☆ ★☆ ★☆  

Symphony 4 Italian
http://www.amazon.co.jp/dp/B000001GNF/ref=cm_cr_asin_lnk

・メンデルスゾーン交響曲第4番について

若き駿馬が晴天の草原を全力で駆け抜けるような躍動感のある第1楽章、つづく第2楽章は一転して古典的な典雅な響き。第3楽章では弦楽四重奏曲の中間楽章を連想させる完璧なアンサンブル、中間2楽章は減速しメロディの美しさを強調しているように思う。温存していたエネルギーを全開し奔流を高みから一気に放つような第4楽章。管楽器の短き強奏が飛沫のように発散する。シノーポリがおそらく周到に考え抜いた劇的な「イタリア」である。

★☆ ★☆ ★☆ ★☆ 
 








ベートーヴェン: 交響曲第9番《合唱》


気力充実、堂々たる演奏である。シノーポリは、ベートーヴェンの録音は自身円熟してからと思っていたかも知れない。残念ながらその道程で急逝し、いまある公式音源は多くない(この第9番と第3番くらいか)。

 第3楽章までの演奏スタイルは、トスカニーニに似ている。機能主義的で速度もはやい(トスカニーニ64分)。しかし、そのフレームのなかで緻密な音づくりに全力傾注し、かつ出来たてのエスプレッソを一気に注ぐような熱き思いもある。
 第4楽章の独唱部分がやや後景に引いて聴こえる。あるいは、ライヴ録音ゆえ、後日あえてそうしたチューニングを行っているのかも知れないが、結果的に迫力が減殺された感じ。全くの私的趣味だが、そこもトスカニーニ流、ヴェルディのレクイエムのような激甚さでやってくれたら、とてつもない名演になったのではないかとも思う。

→  
Art of Giuseppe Sinopoli  にて聴取

★☆ ★☆ ★☆ ★☆ 








Pines of Rome / Fountains of Rome


Art of Giuseppe Sinopoli  からの1枚。シノーポリの大胆な演奏。音のテクスチャーを深く掘り下げ、それを再構成して新境地をみせるシノーポリ流が遺憾なく発揮されている。レスピーギの「ローマ三部作」の表題性は曲者で、無理に表題に沿って聴こうとすると途中で飽きて、最後までいきつかない場合もあるのだが、この演奏のスリリングさはそれとは無縁。

表題性を一切無視して、楽曲そのものへ身を委ねると、別のイマジネーションが沸いてくる。イタリア音楽の天真爛漫さ、フランス音楽的あざとい分析癖、ロシア音楽的な荒々しい自然の息吹、それらがときに直接顔を出し、ときに混在として音の奔流となる。こんなに多様性豊かな面白い作品だったのかと膝を打つ。曖昧さのない明快な解釈とメリハリの利いた演奏ゆえであろう。この作品を世に出したトスカニーニの名演を思わず連想させる成果。


★☆ ★☆ ★☆ ★☆  







Debussy;La Mer


シノーポリ/フィルハーモニア管による「ラヴェル, ドビュッシー」集。「ボレロ」、「ダフニスとクロエ第2組曲」から無言劇、全員の踊り、「海 3つの交響的スケッチ」海の夜明けから真昼まで、波の戯れ、風と海との対話を収録。1988年8月ロンドンでのデジタル録音。

シノーポリがこの曲集が苦手の訳がない。ラテンの血はイタリアもフランスも共通するものも多い。イタリアオペラで鍛えた感性表現は当然、フランスものでもしっくりとくるものもあろう。さて、それに加えて、である。フランス的理詰め、エスプリ、哲学的直観―これらは、いずれもシノーポリの得意とするところ。フランス人はイタリアオペラを好みつつも、安普請なところはちょっと低くみるような「意地悪」もあるが、その優越感のなせるところは、自分たちの文化の背後に、理詰め、エスプリ、哲学的直観があるという自負によるからかも知れない。しかし、シノーポリは最高度にそれらを持っている。

まず「ボレロ」を聴いて参る。わずかに音に混濁があるようにも感じるが、理知的な名演。対して、「ダフニスとクロエ」と「海」は鷹揚としたスタイルであくまでもメローディアスな音楽空間にたゆたうような錯覚がある。しかし、それは単に「上手い」のではなく、音楽(作曲家)のツボを1点、迷うことなく瞬時にぴたりと押さえたような演奏をイメージさせる。

★☆ ★☆ ★☆ ★☆  


Pictures at an Exhibition / Night on Bald Mountain


ボレロで名演を残したシノーポリは、あたかもその「姉妹曲」としてこの展覧会の絵を取り上げたのではないかと思わせる。楽器の奥深い表現力の可能性を知ることができるテキスト(ラヴェルの管弦楽編曲の妙)として、シノーポリらしい音の多重性を楽しめ、全体としては重厚な演奏となっている(低弦の威力を強調)。

一方、(シノーポリと外見上似ているとも言われた)ムソルグスキーの荒ぶる魂よりも、ここでは音が千変万化するラヴェル・テイストを強く感じる。ただし、テンポは遅め、かつ大きく動かさずを基本方針としているようで、それが本曲のもつスリリングな展開の魅力をいささか減殺しているようにも思う。同じラヴェル・テイストであれば、デュトワ盤   
ムソルグスキー:組曲《展覧会の絵》、リムスキー=コルサコフ:《ロシアの復活祭》序曲、他   の方がよりエスプリもユーモアも効いており飽きさせないと感じる。

→  
Art of Giuseppe Sinopoli  も参照

The Russian Masters of Great Emotions in Music (10CD)  ボーナス盤を聴く

The Russian Masters of Great Emotions in Music
https://www.blogger.com/blogger.g?blogID=38657695#editor/src=sidebar



このセットは古い音源だが優れもの。いわばボーナスCDともいえる10枚目の小品集を聴く。ここ数日、リヒターのバッハ三昧(18枚組)で、いささか気が張ったので、手元にあった本集からの気分転換の聞き流しであったが、思わず、これは見事という演奏に接して、誰が振っているかを確かめる。

アンセルメとカラヤンの演奏が一頭群を抜く。アンセルメのツボにはまった技量は、いま聴くとちょっと管弦楽の厚みの足りない印象もあるスイス・ロマンド管をフルに動かして、「音による映像錯覚」とでもいうべき感性豊かな場面を眼前に提供してくれる。

カラヤンは、オケの操舵の上手さもあって 飽くまでも、まろやかで、柔らかな響きのなかに、質量十分なシンフォニックな世界を包み込み、飛び切りに上質である。

若きショルティも集中力にあふれ元気いっぱいだが、ちょっと力押しの部分が鬱陶しい。それ以外の演奏には、どこか難があり綻びも目立つ。小品なればこそ、その差は歴然とわかる。


【Disc10】 

・グリンカ:『ルスランとリュドミラ』序曲

 ゲオルグ・ショルティ指揮、ベルリン・フィル

 録音:1959年(DECCA

 

・ハチャトゥリアン:『ガイーヌ』~剣の舞

・グリエール:『赤いけしの花』~中国の踊り

 カーメン・ドラゴン指揮、ハリウッド・ボウル管弦楽団

 録音:1959年(CAPITOL

 

・リムスキー=コルサコフ/ハイフェッツ編:熊蜂の飛行

 マイケル・レビン(ヴァイオリン)

 フェリックス・スラトキン指揮、ハリウッド・ボウル管弦楽団

 録音:1959年(CAPITOL

 

・ボロディン:『イーゴリ公』序曲

・ムソルグスキー:『ホヴァーンシチナ』第1幕への前奏曲『モスクワ川の夜明け』

・ムソルグスキー:『ホヴァーンシチナ』~ペルシャの奴隷の踊り

 ゲオルグ・ショルティ指揮、ベルリン・フィル

 録音:1959年(DECCA

 

・ストラヴィンスキー:『ペトルーシュカ』~ロシアの踊り(抜粋)

 レオポルド・ストコフスキー指揮、ベルリン・フィル

 録音:1957年(EMI

 

・ストラヴィンスキー:『マヴラ』~パラシャのアリア

・ストラヴィンスキー:『妖精の口付け』~パ・ドゥ・ドゥ

 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)

 アレクサンドル・テデューヒン(ピアノ)

 録音:1960

 

・ストラヴィンスキー:サーカスポルカ

 アンドール・フォルデス(ピアノ)

 録音:1951

 

・プロコフィエフ:『ロメオとジュリエット』~マスク

 ユーリ・シモノフ指揮、ロイヤル・フィル

 録音:1993年(TRING

 

・チャイコフスキー:『くるみ割り人形』~行進曲

 レオポルド・ストコフスキー指揮、交響楽団

 録音:1957

 

・チャイコフスキー:『くるみ割り人形』~花のワルツ

 エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団

 録音:1959年(DECCA

 

・チャイコフスキー:『くるみ割り人形』~トレパーク

 フィリップ・ヴァンドー指揮、フランス・フィル

 録音:1960

 

・チャイコフスキー:『眠りの森の美女』~ワルツ

・チャイコフスキー:『白鳥の湖』~情景

 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮。フィルハーモニア管弦楽団

 録音:1955年(EMI

 

・チャイコフスキー:『白鳥の湖』~4羽の白鳥の踊り

 エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団

 録音:1959年(DECCA

 

・チャイコフスキー:『エフゲニ・オネーギン』~ワルツ

 フェリックス・スラトキン指揮、ハリウッド・ボウル管弦楽団

 録音:1958年(CAPITOL



ーーーーーーーーー
 
 ロシアの14名の作曲家の名曲集。1950年代の古い録音、ジャケットはいかにも地味ながら演奏家の陣立ては立派で掘り出し物も多い。 

 チャイコフスキーでは交響曲2番(ショルティ)、6番(ムラヴィンスキー)を所収。ヴァイオリン協奏曲(ハイフェッツ、ライナー/シカゴ響)も歴史的名演。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲も重布陣で、2番(リヒテル)、3番(ホロヴィッツ)、4番(ミケランジェリ)と並べ、プロコフィエフでもヴァイオリン協奏曲1番(オイストラフ)、ピアノ協奏曲5番(リヒテル)と絢爛豪華。

 ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲2曲は作曲家のピアノ自演。ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲(オイストラフ)では作曲家が指揮台に立つ。

 このほかムソルグスキーやストラヴィンスキーでも個性的な名手が登壇。小品集も丹念に拾っておりこの価格なら大いに楽しめる。


(収録情報)

◆チャイコフスキー:

・交響曲第2番『小ロシア』:ショルティ/パリ音楽院管(1956年)

・同第6番『悲愴』:ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル(1956年)

―――――――――

・ピアノ協奏曲第1番:カーゾン(ピアノ)、ショルティ/ウィーン・フィル(1958年)

・同第2番:チェルカスキー(ピアノ)、リヒャルト・クラウス/ベルリン・フィル(1955年)

・ヴァイオリン協奏曲:ハイフェッツ(ヴァイオリン)、ライナー/シカゴ響(1957年)

・ロココの主題による変奏曲:ロストロポーヴィチ(チェロ)、ロジェストヴェンスキー/ソ連国立交響楽団(1960年)

―――――――――

・『くるみ割り人形』〜行進曲:ストコフスキー/同交響楽団(1957年)

同〜花のワルツ:アンセルメ/スイス・ロマンド管(1959年)

同〜トレパーク:フィリップ・ヴァンドー/フランス・フィル(1960年)

・『白鳥の湖』〜情景:カラヤン/フィルハーモニア管(1955年)

同〜4羽の白鳥の踊り:アンセルメ/スイス・ロマンド管(1959年)

・『眠りの森の美女』〜ワルツ:カラヤン/フィルハーモニア管(1955年)

・『エフゲニ・オネーギン』〜ワルツ:スラトキン/ハリウッド・ボウル管(1958年)

・弦楽セレナード〜ワルツ:ミュンシュ/ボストン響(1957年)

・イタリア奇想曲、序曲『1812年』:ドラティ/ミネアポリス響(1954年)

・スラヴ行進曲:メニューイン/ロイヤル・フィル(1994年)

 

◆ラフマニノフ:

・ピアノ協奏曲第2番:リヒテル(ピアノ)、ヴィスロツキ/ワルシャワ・フィル(1959年)

同第3番:ホロヴィッツ(ピアノ)、ライナー/RCAビクター響(1951年)

同第4番:ミケランジェリ(ピアノ)、グラチス/フィルハーモニア管(1957年)

・パガニーニ主題による狂詩曲:ルービンシュタイン(ピアノ)、ジュスキント/フィルハーモニア管(1947年)

・前奏曲ト長調 op.32-5、同ト短調 op.23-5:ゲザ・アンダ(ピアノ)(1956年)

 

◆プロコフィエフ:

・ヴァイオリン協奏曲第1番:オイストラフ(ヴァイオリン)、マタチッチ/ロンドン交響楽団(1954年)

・ピアノ協奏曲第5番:リヒテル(ピアノ)、ロヴィツキ/ワルシャワ・フィル(1959年)

・『ロメオとジュリエット』〜マスク:ユーリ・シモノフ/ロイヤル・フィル(1993年)

 

◆ショスタコーヴィチ:

・ピアノ協奏曲第1番:ドミトリー・ショスタコーヴィチ(ピアノ)、サモスード/モスクワ・フィル(1955年)

・同第2番:同上(ピアノ)、ガウク/モスクワ放送交響楽団(1958年)

2台のピアノのためのコンチェルティーノ:同上+マクシム・ショスタコーヴィチ(ピアノ)(1956年)

 

◆ハチャトゥリアン:

・ヴァイオリン協奏曲ニ短調:オイストラフ(ヴァイオリン)、ハチャトゥリアン/ソ連国立交響楽団(1956年頃)

・『ガイーヌ』〜剣の舞:カーメン・ドラゴン/ハリウッド・ボウル管(1959年)

 

◆ムソルグスキー:

・管弦楽組曲『展覧会の絵』:カラヤン/フィルハーモニア管(1955年)

・同ピアノ組曲『展覧会の絵』:リヒテル(ピアノ)(1958年)

・交響詩『禿山の一夜』、『ホヴァーンシチナ』第1幕への前奏曲「モスクワ川の夜明け」、同〜ペルシャの奴隷の踊り:ショルティ/ベルリン・フィル(1959年)

 

◆ストラヴィンスキー:

・『ペトルーシュカ』〜ロシアの踊り(抜粋);ストコフスキー/ベルリン・フィル(1957年)

・『マヴラ』〜パラシャのアリア、『妖精の口付け』〜パ・ドゥ・ドゥ:ロストロポーヴィチ(チェロ)、アレクサンドル・テデューヒン(ピアノ)(1960年)

・サーカスポルカ:アンドール・フォルデス(ピアノ)(1951年)

 

◆スクリャービン:

・ピアノ協奏曲嬰ヘ短調:ソロモン(ピアノ)、ドブロウェン/フィルハーモニア管(1949年)

・練習曲第11番ロ短調、炎に向かってop.72:ソフロニツキー(ピアノ)(1958年)

◆ボロディン:

・『イーゴリ公』〜だったん人の踊り:マルケヴィチ/フランス国立放送管(1957年)

同序曲:ショルティ/ベルリン・フィル(1959年)

・交響詩『中央アジアの草原にて』:フリッチャイ/RIAS交響楽団(1954年)

◆カバレフスキー:ヴァイオリン協奏曲ハ長調:オイストラフ(ヴァイオリン)、カバレフスキー/ソ連国立交響楽団(1956年頃)

◆グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調:ミルシテイン(ヴァイオリン)、スタインバーグ/RCAビクター響(1949年)

◆グリンカ:『ルスランとリュドミラ』序曲:ショルティ/ベルリン・フィル(1959年)

◆グリエール:『赤いけしの花』〜中国の踊り:ドラゴン/ハリウッド・ボウル管(1959年)

◆リムスキー=コルサコフ/ハイフェッツ編:熊蜂の飛行:マイケル・レビン(ヴァイオリン)、スラトキン/ハリウッド・ボウル管(1959年)