金曜日, 4月 08, 2016

ドビュッシー Claude Achille Debussy






















最近、フランス音楽を集中的に聴いている。何年かぶりにフランス哲学の本を手にとり、読むうちに音楽もフランスものを聴きたくなったからである。

ドイツは論理、フランスは心理。ドイツは演繹的、フランスは帰納的。ドイツは体系好み、フランスは構造好み。ドイツは知識から認識へ、フランスは感覚から知覚へ。あまりに二分法的だが、フランスにおける「論理」は柔構造的だと思うし、「演繹」をする場合でもアプリオリな直観がその前提にあるような気がするし、固い、詰まった「体系」よりもスケルトン(空間に余裕をもった)構造に目が向くように思う。
柔構造、アプリオリな直観、空間的余裕は、音楽にも投影されているように思う。形式を破壊し、感性を重視し、空間的・時間的な広がりに価値をおく。その最たるもの、先鋭的な取り組み、天才的な閃きにおいて、ドビュッシーは卓越している。

ドビュッシー:「遊戯」、「映像」(SACDハイブリッド)
ドビュッシー:「遊戯」、「映像」(SACDハイブリッド

ドビュッシーには明らかに現代音楽の先駆の顔がある。しかも、一筋縄ではいかない狷介さもあわせもっている。「遊戯」や「映像」という標題性や具体的な楽曲につけられた解説を読んで、イメージをふくらませることはできるが、聴後に、それだけでは得心できないものを感じるリスナーも多かろう。

ドビュッシー音楽のこのような複雑な構造を、クリュイタンスは「あるがまま」に描き出そうとしているようだ。標題性の強調よりも、斬新なパーカッションの使い方や、弦楽器のデフォルメされたグラマラスな響きなどを実に慎重に扱いながら、魅力的な音楽空間をそこに創り出している。たとえば、フォーレのレクイエムでみせた「非作為」のスタンスから導かれる自然の美しさの表出をここでも感じる。

クリュイタンスという秀でた指揮者は、どんな音楽でも、彼のもつ抜群の平衡感覚で素材の良さを最大限に引き出せるところにあるのでないか。クリュイタンスの手によって、ドビュッシー音楽の先駆性を考えさせられた1枚である。

ボレロ~ラヴェル&ドビュッシー..
ボレロ~ラヴェル&ドビュッシー..

1960~70年代、日本でのオーマンディの評価は不当に低かったと思う。それはさらに一時代前、かのカラヤン/フィルハーモニー管弦楽団の清新溌剌たる演奏についてすら、音が「軽い」と一刀両断に評論家からいわれたくらい、「重厚なドイツ的な響き」、「艶やかなウィーンの響き」こそ最上といったステロタイプ化された価値観が、当時の日本では根強かったからかもしれない。

それゆえ1967年のオーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団の初来日ライヴをはじめて聴いた人は、その響きの明耀さと技量の確かさに舌をまいたという。それは1970年のセル/クリーヴランド管弦楽団の来日公演でも音色、アンサンブルこそフィラデルフィアとは異なれ同様の驚きがあったことだろう。今日からは隔世の感があるけれど、これは海外来日クラシック音楽界揺籃期の出来事である。

さて本盤。いま虚心坦懐に耳をかたむけると、この曲集の完成度が実に高いことがわかる。特に「ダフニスとクロエ」の色彩感あふれる表現ぶりー水に反射する陽光に似たりーにはぞくぞくするような感動がある。それはオーマンディが巷間いわれるように技術的に「巧い」からだけではなく、曲の本質をしかと掴み、フィラデルフィア管弦楽団と完全共有していたからこそではないかと思わせる。ドビュッシー、ラヴェルといえばミュンシュLa Merやブーレーズラヴェル:作品集(SACD)の演奏も好きだが、この曲集には真似のできないオーマンディ流の自然体の構えと独立の美意識があろう。
 
→ Eugene Ormandy Conducts 20th Century Classics

La Mer
La Mer

 ミュンシュのドビュッシーは最晩年のミュンシュ&パリ管/ドビュッシー:交響詩「海」 他 (Berlioz:Symphonie fantastique&Debussy:La Mer / Munch & Orchestre de Paris (14/11/1967)) があまりにも有名だが、慣れ親しんだボストン響を振った本盤の秀演も甲乙はつけがたいだろう。なによりも豊かな表情と高音部の伸びやかさに特色のあるボストン・サウンドはミュンシュが磨いたものであり、このフランスものの1枚はその到達点を示している。

全般にテンポがはやく、曖昧さのない歯切れの良いサウンドで、しかもその質量は軽からず重からずの程よさ、ドビュッシーのきらきらと揺らめくような色彩感が幽玄郷にあるごとく示される。こうした至芸はミュンシュの独壇場ともいえるだろう。

→以上はClassique-La Discotheque Idealeでの聴取による。

【収録情報】は下記のとおり。
・ドビュッシー:交響詩『海』La Mer(1956年)
・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲Pr'lude ' l'Apr's-midi d'un faune(1962年)
・ドビュッシー:交響組曲『春』Suite symphonique 'Printemps'(1962年)
・ドビュッシー:夜想曲Nocturnesより(雲Nuages、祭りF'tes)(1962年)
・イベール:交響組曲『寄港地』Ports of Call(1956年)

ドビュッシー:管弦楽曲集
ドビュッシー:管弦楽曲集

ドビュッシーは、詩(マラルメ)や絵画(印象主義絵画や浮世絵)からの啓示をもって、天才的な感性でこれを音楽化せんとした作曲家である。その試みは、風景描写(交響詩『海』、夜想曲:雲、祭り、海の精)や季節感の表現(交響組曲『春』)、静的なものから動的なものへの転換(バレエ音楽『遊戯』)そして、抽象的挿話の語り部(牧神の午後への前奏曲)までとどまるところを知らない。

そうした創作の技法を同じ作曲家として追体験し、解剖学的にはじめて世にだしたのが、このブーレーズの本集である。

また、ラヴェル同様、ドビュッシー音楽の魅力は、管と弦の<完全融合>のえもいわれぬ<愉悦感>にあると思うが、ブーレーズは実にブレンダー能力の高いシェフである。音量よりも特有の柔らかなリズムと研ぎ澄まされた絶妙な音質に耳を傾ける見事な成果である。
 
Ravel:Bolero/Debussy:La Mer
 

シノーポリ/フィルハーモニア管による「ラヴェル, ドビュッシー」集。「ボレロ」、「ダフニスとクロエ第2組曲」から無言劇、全員の踊り、「海 3つの交響的スケッチ」海の夜明けから真昼まで、波の戯れ、風と海との対話を収録。1988年8月ロンドンでのデジタル録音。

シノーポリがこの曲集が苦手の訳がない。ラテンの血はイタリアもフランスも共通するものも多い。イタリアオペラで鍛えた感性表現は当然、フランスものでもしっくりとくるものもあろう。さて、それに加えて、である。フランス的理詰め、エスプリ、哲学的直観―これらは、いずれもシノーポリの得意とするところ。フランス人はイタリアオペラを好みつつも、安普請なところはちょっと低くみるような「意地悪」もあるが、その優越感のなせるところは、自分たちの文化の背後に、理詰め、エスプリ、哲学的直観があるという自負によるからかも知れない。しかし、シノーポリは最高度にそれらを持っている。

まず「ボレロ」を聴いて参る。わずかに音に混濁があるようにも感じるが、理知的な名演。対して、「ダフニスとクロエ」と「海」は鷹揚としたスタイルであくまでもメローディアスな音楽空間にたゆたうような錯覚がある。しかし、それは単に「上手い」のではなく、音楽(作曲家)のツボを1点、迷うことなく瞬時にぴたりと押さえたような演奏をイメージさせる。
 

 

 
Art of Charles Dutoit (Coll)
 
 
【CD4】 
 ・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(1989年)
 ・イベール:交響組曲「寄港地」(1992年)
 ・イベール:バッカナール(1992年)
 ・ラヴェル:バレエ「マ・メール・ロワ」(1983年)
→ ラヴェル:マ・メール・ロア、クープランの墓、他
 ・ガーシュウィン:パリのアメリカ人
 
Icon: Claudio Arrau-Virtuoso Philosopher of the Pi
 
◆ドビュッシー:スティリー風タランテッラ、雨の庭(版画 第3番)(1939年4月)
 
Piano Recital
 
・ドビュッシー:喜びの島
 
 
Pollini Edition (Bonus CD)
 
CD9:ドビュッシー&ブーレーズ/ピアノ作品集ードビュッシー:練習曲集(1992年)、・ブーレーズ:ソナタ第2番(1976&1977年)
 
Art of Maurizio Pollini
 
4. ドビュッシー:雪の上の足跡、西風の見たもの、沈める寺
 
ドビュッシー & ラヴェル:弦楽四重奏曲集(クラシック・マスターズ)
 
アルバン・ベルク四重奏団は、その名前のとおり新ウイーン学派演奏の旗手として登場した。しかし、たとえばベートーヴェンの弦楽四重奏曲集を聴いて、その完璧な構成力に魅了されたリスナーも多かろう。

本集は「フランスもの」が中心のプログラムだが、弦楽四重奏曲に関して、ドイツ的とか、ウイーン風とか、プロ・フランスといった区分自体、あまり意味がないようにも思える。この演奏を聴いていると、いわゆる分析的な演奏であり、あらゆるフレーズの<有意>な意味をあまねく表現しうる方法論を彼らが希求しているのではないかと感じる。

秀でた音楽家が、楽曲を分析し最高の「ひとつの響き」に昇華するために徹底して統一感を追究するといった場をここに実感する。ドビュッシーやラヴェルの見事な楽曲構成やメロディの華やぎに驚くことからはじまり、それを紡ぎ出す本団の深い解釈と技術に脱帽する。それは、真のユニバーサルさの模索と言っても良いように思う。
 


 

日曜日, 4月 03, 2016

ショーソン Amédée-Ernest Chausson


http://operaworld.net/chausson-ernest/


◆交響曲

ショーソン唯一の交響曲。第1楽章、荘厳な出だしから全奏の悲痛なテーマにひきつがれていく。その後、嵐が過ぎ去ったあとのように転調し、ドヴォルザーク似のメローディアスな展開となる。第2楽章では、情感に富んだ音楽がつづくが、終楽章はショスタコーヴィチ張りの行軍的表現、大音響で締めくくられる。1939年の録音で、高音が割れ音域、音量とも貧弱なのがとても残念だが、そうした中でも、この起伏の大きい劇的な変化を演出するミトロプーロスのタクト裁きは並々ならぬものを感じさせる。
 

◆弦楽四重奏曲
ショーソンとルーセルの弦楽四重奏曲。ともに19世紀中葉にフランスで活躍した作曲家。ショーソンの本作は、絶筆であり遺作(第3楽章)をヴァンサン・ダンディが補筆したとのこと。しかし、違和感なく最後までもっていかれる。全楽章、あくまでも優しく、繊細で、夾雑音がなく約30分の安寧の時間を過ごすことができる。対して、ルーセルの弦楽四重奏曲は、屈折した心情がときに頭をもたげる。第2楽章では、重く深いメロディを陰影のように巧みにからませ、音楽に独自の立体感をあたえている。ペシミスティックな表情をみせながら、それがギリギリの一線で苦痛に落ち込まないような心の振幅を感じる。こうした静かなスリリングさは悪くない。第3楽章は細かく心情のディテールを描きこみ、終楽章では主要なメロディとリズムの反復的な音楽構成で全体を通観しているようだ。こちらも20分強、全体の基調は暗くはない。

ヴィア・ノヴァ四重奏団の演奏にはお家芸を感じさせる。音に勢いがあり表現に艶がある。

http://www.amazon.co.jp/dp/B009Y030B8/ref=pdp_new_dp_review

ミヨー Darius Milhaud


http://www.veroniquechemla.info/2010/07/darius-milhaud-et-sa-musique-de-la.html


◆屋根の上の牡牛 Op.58 

陽気なブラジル民族音楽の断片が散りばめられ、明るい太陽の輝きが管楽器によって派手に奏されるミヨー「屋根の上の牡牛」(Le Boeuf sur le Toit)。古き無声映画のバックミュージック向けに作曲された経緯から、全体に浮き浮き感とちょっと切ない哀感が交錯し、とても親しみやすい曲である。

http://www.amazon.co.jp/Milhaud-D-Alsaciennes-Mitropoulos-1941-1952/dp/B0051I9JZ8/ref=cm_cr-mr-title 



◆バレエ音楽『世界の創造』Op.81

◆プロヴァンス組曲Op.152b
 
「世界の創造」とはいかにも大仰な名前であり、近づきがたい重い内容を連想しがちだが、豈図らんや、バレエ音楽で大規模ジャズバンドがいささかまじめにクラシックに取り組んだような(内容的には逆で、オーケストラがジャズ的音楽を演奏する)曲。ガーシュインの「パリのアメリカ人」に曲想が似ているのだが、ミヨーが渡米でインスピレーションを受けたので、「ハーレムのフランス人」とでも呼ぶべき作品。

「プロヴァンス組曲」は、美しいメロディとおどけたリズムが魅力的なファンタジックな曲。プロヴァンス地方の民族音楽が取り入れられており、色調が明るくディズニーの映画音楽を連想させるような展開。

2曲ともに、ミュンシュ/ボストン響の妙技が冴える。録音は色あせたが内容は立派であり、一度でリスナーを虜にするような訴求力がある。
 
 
ミヨー:世界の創造&プロヴァンス組曲【Blu-spec CD】


◆交響曲第4番 Op.281

◆交響曲第8番 Op.362『ローヌ河』

◆ピアノ協奏曲第4番 Op.295

◆ピアノとオーケストラのためのバラード Op.61

 交響曲第4番は、二月革命100年記念として、1947年に作曲され、翌1948年に作曲者自身によって初演された。作曲経緯と目的から、ショスタコーヴィチの諸作を連想させる一種の凱旋曲的なもの。交響曲第8番『ローヌ河』は、対して現代音楽の風合いが強く、複雑な調性で外延的に広がる管弦楽の音響は、背後に掴みにくい心理を暗示させる。以上は作曲家自身の指揮による。

後半2曲はピアノが入って、より表情に厚みが加わる。ピアノ協奏曲第4番は劇的な要素も前面にでて聴かせどころがある(特に第2楽章)。ロバートソン/フランス国立管はなかなかの巧者である。

 
<収録情報>

ミヨー:

・交響曲第4番 Op.281

・交響曲第8番 Op.362『ローヌ河』

ダリウス・ミヨー/フランス国立放送管(1968年)

 
・ピアノ協奏曲第4番 Op.295

・ピアノとオーケストラのためのバラード Op.61

クロード・エルフェ(ピアノ)

デイヴィッド・ロバートソン/フランス国立管(1991、1992年)

http://www.amazon.co.jp/dp/B00008UVBX/ref=pdp_new_dp_review

ルーセル Albert Charles Paul Marie Roussel




http://alchetron.com/Albert-Roussel-1224049-W


ルーセルの音楽は、いい意味でストラヴィンスキーの激しいリズム感とドビュッシーの馥郁たるメロディをあわせもっている。その一方、両者ほどの独創性はないものの、音楽が古典的な調性にのっとり聴きやすい一方、単なる折衷的なものを超える心理的屈折性や彼独自のパッション(表現のアクセント)の強さもある。

本アルバム所収の「バッカスとアリアーヌ」(第1、2組曲:1930年作曲)と「くもの饗宴」(1913年)では、前者はストラヴィンスキーを、後者はドビュッシーの音楽との近似を実感させるが、両曲ともにバレエ音楽であることから、ストーリーに沿って聴くことで受容もしやすいだろう。

マルティノンの演奏は微細に神経のゆきとどいた規準版ともいえる、こよなく見事なもの。なお、「くもの饗宴」では古いトスカニーニの演奏も驚くほどの切れ味である。

 
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【以下は引用】

バレエ ≪バッカスとアリアーヌ≫ 作品43 第1組曲 Allegro con brio - Allegro molto - Andante - Meno allegro 

バレエ ≪バッカスとアリアーヌ≫ 作品43 第2組曲

バレエ ≪くもの饗宴≫ 作品17 

録音:1969年、1971年

 
(内容紹介)

ルーセルは厳しい自己批判の精神を持った作曲家で、遅咲きながらずっしりとした内容のある曲を残しました。ギリシャ神話に基づくバレエ「バッカスとアリアーヌ」は60歳を過ぎてからの作品ですが、躍動的なリズム感と推進力に満ち溢れたルーセルの面目躍如とした音楽。マルティノン指揮のフランス国立放送管弦楽団の多彩な音色も、このアルバムの大きな魅力です。

土曜日, 4月 02, 2016

ブーレーズ Pierre Boulez

管弦楽曲集、ピアノ協奏曲 ブーレーズ(5CD)
Ravel: Pierre Boulez Conducts

ブーレーズのラヴェル集5枚組。ただし、ベルリン・フィル盤 ラヴェル:ボレロ、スペイン狂詩曲、他 などもありこれは旧録音である。

ラヴェルの音楽は、誇り高き本場フランスのオケで・・・といった先入主も(一部には)あるが、早くから米国などで受容された事実が示すように、本来、現代性、コスモポリタン性に富む。しかし、管弦楽曲に関する限り、超一流のオケであることは必須要件だろう。本集の太宗をしめるクリーヴランド管、ニューヨーク・フィルはその点では申し分のない技量である。

また、ラヴェルの魅力は、管と弦の<完全融合>のえもいわれぬ<愉悦感>にあると思うが、ブーレーズは実にブレンダー能力の高いシェフである。音量よりも特有の柔らかなリズムと研ぎ澄まされた絶妙な音質に耳を傾ける見事な成果である。

ブーレーズ・コンダクツ・シェーンベルク(11CD)
Pierre Boulez Conducts Schoenberg

ブーレーズ壮年期から円熟期の1974~86年にかけてセッション録音されたシェーンベルク集。この価格でほとんどの作品をカヴァーでき、かつ多くの演奏は首席指揮者を務めたBBC交響楽団との共演。小生は1970年大阪万博で『モーゼとアロン』を見て衝撃をうけ、また1975年来日時にこの組み合わせで、ブーレーズ「リチュエルーマデルナの追悼の為に」ほかを聴いたが、その前日演奏された5つの管弦楽曲も絶賛されたもの。ブーレーズはのちにシェーンベルクから距離をおくが残された本録音の質の高さはいまだに最高峰のもの。

【収録内容】

・歌劇『モーゼとアロン』 
ギュンター・ライヒ(Br/モーゼ)、リチャード・キャシリー(T/アロン)、フェリシティ・パーマー(Sp/少女)、ジリアン・ナイト(Ms/病める女)、ジョン・ウィンフィールド(T/若い男、裸の若者)、ジョン・ノーブル(Br/もう一人の男)、ローランド・ヘルマン(Br/エフライムの徒)、リチャード・アンガス(Bs/祭司)ほか オルフェウス少年合唱団
 
・『グレの歌』 
ジェス・トーマス(T/ヴァルデマール)、マリタ・ネイピアー(Sp/トーヴェ)、イヴォンヌ・ミントン(Ms/山鳩)、ジークムント・ニムスゲルン(Bs/農民)、ケネス・ボウエン(T/道化クラウス)、ギュンター・ライヒ(語り) BBCコーラル・ソサイエティ ゴールドスミス・コーラル・ユノン ロンドン・フィル合唱団の男声メンバー
 
・オラトリオ『ヤコブの梯子』 
ジークムント・ニムスゲルン(ガブリエル)、ケネス・ボウエン、イアン・パトリッジ、ポール・ハドソン、ジョン・シャーリー=カーク、アンソニー・ロルフ・ジョンソン、オルトルン・ヴェンケル、マディ・メスプレ

・『月に憑かれたピエロ』Op.21 
イヴォンヌ・ミントン(シュプレシシュティンメ)、ダニエル・バレンボイム(P)、ピンカス・ズッカーマン(Vn)、リン・ハレル(Vc)、ミシェル・デボスト(Fl)、アンソニー・ペイ(CL)

・モノドラマ『期待』 Op.17  ジャニス・マーティン(Sp)
・音楽劇『幸福の手』 Op.18  ジークムント・ニムスゲルン(Bs)
・4つの歌曲 Op.22  イヴォンヌ・ミントン(Ms)
・ワルシャワの生き残り Op.46 ジョン・シャーリー=カーク ギュンター・ライヒ(語り) ロンドン・シンフォニエッタのメンバー  BBCコーラス
・混声合唱のために編曲した3つのドイツ民謡  ジョン・シャーリー=カーク(語り)
・『地には平和を』 Op.13
・5つの管弦楽曲 Op.16
・4つの混声合唱曲 Op.27
・3つの諷刺 Op.28
・管弦楽のための変奏曲 Op.31
・『映画の一場面への伴奏音楽』 Op.34
・6つの無伴奏男声合唱曲 Op.35
・『コル・ニドライ』 Op.39
・3つのドイツ民謡 Op.49
・千年を三たび Op.50a
・詩篇第130番『深き淵より』 Op.50b
・現代詩篇 Op.50c
・2つのカノン
 
 (演奏)BBC交響楽団 BBCシンガーズ

・『浄められた夜』Op.4(六重奏版)
・室内交響曲第1番ホ長調 Op.9
・室内交響曲第2番変ホ短調 Op.38
・室内管弦楽のための3つの小品
・組曲 Op.29
・セレナーデ Op.24 ジョン・シャーリー=カーク(Bs-Br)
・『ナポレオンへの頌歌』 Op.41  デイヴィド・ウィルソン=ジョンソン(語り)
・『山鳩の歌』  ジェシー・ノーマン(Sp)
 
(演奏)アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバー

・『浄められた夜』Op.4(弦楽合奏版)

(演奏)ニューヨーク・フィルハーモニック

『ペトルーシュカ』(1911年版)、『春の祭典』 ブーレーズ&クリーヴランド管弦楽団
ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ 春の祭典            

春の祭典とペトルーシュカなどストラヴィンスキー解釈について、ブーレーズ「以前」と「以降」では指揮者に再考を促したともいわれる音源。ブーレーズにはほかの録音もあるが、クリーブランドを振った本盤が規準版といっていいと思う。初演以来、スキャンダルさをもって登場した「春の祭典」では、それに引きずられ演奏も過度にアクセントをつけたものも多いが、ブーレーズは、緻密な構成と音楽の純度を高め、冷静に劇的な叙事詩としてこれを表現しているように感じる。一方、「ペトルーシュカ」も同様なアプローチだが、細部をゆるがせにせず、リズムとメロディの最適バランスをもって、管弦楽の精華とでもいうべき高みに達している。いまだベスト盤の一角を占める名演である。

Various: Un Siecle De Musique
Various: Un Siecle De Musique

<ブーレーズ>

・ドビュッシー:交響詩『海』、夜想曲、交響組曲『春』、牧神の午後への前奏曲、バレエ音楽『遊戯』、ニュー・フィルハーモニア管(1966年、1968年)

・同:管弦楽のための『映像』、神聖な舞曲と世俗的な舞曲、クリーヴランド管(1967年)

・ラヴェル:『シェエラザード』序曲、高雅で感傷的なワルツ、バレエ音楽『マ・メール・ロワ』、『ジャンヌの扇』~ファンファーレ、組曲『クープランの墓』、 海上の小舟、ボレロ、ニューヨーク・フィル(1971-1976年)

・同:スペイン狂詩曲、道化師の朝の歌、亡き王女のためのパヴァーヌ、クリーヴランド管(1969-1970年)

・ブーレーズ:『ル・マルトー・サン・メートル(主のない槌)』、イヴォンヌ・ミントン(メゾ・ソプラノ)、アンサンブル・ミュジーク・ヴィヴァント(1966年)

・同:弦楽のための書、ニュー・フィルハーモニア管弦楽アンサンブル(1972年)

・デュカス:『ラ・ペリ』、ニューヨーク・フィル(1975年)
 
エラート名演コレクション(50CD)
 
【Disc6】
 
ブーレーズ
・婚礼の顔
・水の太陽
・フィギュール=ドゥーブル=プリズム

ピエール・ブーレーズ(指揮)BBC交響楽団
 
【Disc24】

メシアン:
・天国の色彩
・われ死者の復活を待ち望む
イヴォンヌ・ロリオ(ピアノ)
ストラスブール・パーカッション・グループ
アンサンブル・ドメーヌ・ミュジカル
ピエール・ブーレーズ(指揮)
 
【Disc42】

・ストラヴィンスキー:『プルチネッラ』全曲
アン・マレイ(メゾ・ソプラノ)
アントニー・ロルフ・ジョンソン(テノール)
サイモン・エステス(バス)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
ピエール・ブーレーズ(指揮)

・ストラヴィンスキー:交響詩『うぐいすの歌』

ピエール・ブーレーズ(指揮) フランス国立管弦楽団

録音時期:1980~1981年(ステレオ)

 
『パルジファル』全曲 ブーレーズ&バイロイト、キング、ジョーンズ、他(1970 ステレオ)(4CD)
 

マーラー:交響曲第3番


ブルックナー:交響曲第8番
ブルックナー:交響曲第8番

ブルックナー没後100年記念として1996年9月、ザンクト・フローリアン教会でのウィーン・フィルとのライヴ録音。ハース版による演奏。それまでブーレーズがブルックナーを振った音源が一般に知られておらず、この記念すべきコンサートにブーレーズが起用されたこと自体、その話題性は十分だった。

 ブーレーズは周到に準備をしたと思う。驚くべき解析力であり、さすがにスコアを読み尽くし音楽を再構成するという、自身も現代音楽の代表的な作曲家であるブーレーズならではアプローチの演奏である。

 残響効果も巧みに計算に入れて全体構成を考えており、ウィーン・フィルの持ち前の木管楽器の世界最高水準の美しさは絶品。その分、金管の咆哮はかなり抑え気味で(実際の臨場感は別、こちらは録音テクニックかも知れないが)、全体のバランス感が見事に統御されている。

 アゴーギクなどは抑制されほとんど感じないレベル、いわゆる「激情型」とは無縁の理知的な運行ながら、しかしクールな計算だけでない、音楽へのブーレーズ流の渾身の「入れ込み」は確実に伝わってくる。特に、テンポの微妙な変化、フレーズの絶妙な融合、両者のシンクロナイズ化によって、長い楽章も休止や転調を区切りとする「局所変化」が多様でまったく飽きさせない。好悪はあろうが、ブルックナーでもこうした「知的」演奏スタイルは実に有効といった見本のような演奏。