カール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団によるバッハ集。同団は、バイエルン放送響、ミュンヘン・フィル、バイエルン国立管の団員などの精鋭から編成され、なによりも当代のバッハの使徒とでもいうべきリヒターに対する尊敬の念と忠誠心をもっていたといわれる。その演奏の均一性、精神的な統一感はいま聴いても新鮮な驚きがあるだろう。
その典型が「音楽の捧げもの」※1であり、また「ミサ曲ロ短調」※2である。1969年来日時、ミサ曲ロ短調を聴いたが、一致団結した統一感とストイックとしか言いようのない敬虔、厳格な音楽づくりは、その後同様な演奏を聴くことを至難としている。
一方、リヒターは当時にあって、バッハについて深い学識ある研究者であるとともに、最高のチェンバロ奏者&オルガニストであり指揮者であった。チェンバロ、オルガンなどの独奏の高次性も並外れており(本集の協奏曲をふくむチェンバロ、オルガン曲集)、しかもすぐれた即興性に魅力がある。いまだこの崇高な成果は独自の光彩をはなっている。
※1「音楽の捧げもの」:カール・リヒター(cemb、指揮)、(fl)ニコレ、(vn)ビュヒナー、グントナー、(va)マイネッケ、(vc)キスカルト、(cemb)ビルグラム(1963年)
※2「ミサ曲ロ短調」:マリア・シュターダー、ヘルタ・テッパー、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、キート・エンゲン、ミュンヘン・バッハ合唱団(1961年)
【収録情報】
<1>ゴルトベルク変奏曲Goldberg
Variations BWV 988
<2>イタリア協奏曲 ヘ長調Concerto italiano BWV 971
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調Chromatic Fantasie
BWV 903
トッカータToccata and Fugue BWV 915
パストラーレ ヘ長調Pastorale BWV 590
幻想曲とフーガ ハ短調Fantasia BWV 906
<3>ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番~第3番Sonatas for Violin and Harpsichord BWV
1014, 1015, 1016
<4>ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番~第6番Sonatas for Violin and Harpsichord BWV 1017, 1018, 1019
<5>フルートとチェンバロのためのソナタSonatas
for Flute and Harpsichord BWV 1020, 1030, 1031, 1032
<6>ブランデンブルク協奏曲第1番~第4番Branderburgh concertos BWV 1046, 1047, 1048, 1049
<7>ブランデンブルク協奏曲第5番~第6番Branderburgh
concertos BWV 1050, 1051
オーボエ・ダモーレ協奏曲 イ長調 Concerto per
d'amore, archi e continuo BWV 1055 (Y1980)
オーボエとヴァイオリンのための協奏曲
ハ短調Concerto per violino, oboe, archi e continuo BWV 1060 (Y1963)
<8>チェンバロ協奏曲第1番、第2番、第5番Concerto per
clavicembalo, archi e continuo BWV 1052, 1053, 1056
チェンバロと2つのリコーダーのための協奏曲Concerto per clavicembalo, 2 flauto dolce, archi e continuo BWV 1057
<9> 2台のチェンバロのための協奏曲第2番Concerto per 2 clavicembali, archi e
continuo BWV 1061
3台のチェンバロのための協奏曲第1番Concerto per 3 clavicembali, archi e
continuo BWV 1063
4台のチェンバロのための協奏曲Concerto per 4 clavicembali, archi e continuo BWV 1065
<10>チェンバロ協奏曲第3番、第4番、第7番Conc. per
clavicembalo, archi e continuo BWV 1054, 1055 (Y1971), 1058
2台のチェンバロのための協奏曲第1番Conc. per due clavicembali, archi e
continuo BWV 1060 (Y1972)
3台のチェンバロのための協奏曲第2番Conc. per 3 clav., archi e continuo BWV
1064 (Y1973)
<11>2台のチェンバロのための協奏曲第3番Concerto per 2 clavicembali, archi e
continuo BWV 1062
三重協奏曲 Concerto per flauto, vl, clavicembalo e archi BWV 1044
3台のチェンバロのための協奏曲第2番Concerto 3 violini, archi e continuo BWV
1064 (Y1981)
<12> 2台のチェンバロのための協奏曲第1番Conc. per due clavicembali, archi e
continuo BWV 1060 (Y1963)
2つのヴァイオリンのための協奏曲Concerto
per 2 Violini, archi e continuo BWV 1043
音楽の捧げものMusical Offering BWV 1079
<13>オルガン協奏曲第1番~第6番Organ concertos BWV 592, 593, 594, 595,
596, 597
<14>トッカータとフーガ『ドリア調』Toccata
und Fuge d-moll BWV 538
トッカータとフーガToccata und Fuge BWV 565
前奏曲とフーガ 変ホ長調『聖アン』Preludio e fuga BWV 552
トリオ・ソナタ第5番Triosonata BWV 529
幻想曲とフーガFantasia And Fugue In G Minor "Great", BWV 542
シュープラー・コラール第6曲『主を頌めまつれ』Kommst du nun, Jesu…. BWV 650
シュープラー・コラール第1曲『目覚めよとわれらに呼びわたる物見らの声』Wachet auf, ruft
uns… BWV 645
<15>パッサカリアとフーガPassacaglia
c-moll BWV 582
コラール変奏曲『慈しみ深きイエスよ』Choral Variat. I-XI (Partite su: Sei gegrusset, Jesu) BWV 768
カンツォーナ Canzona in D minor, BWV 588
コラール前奏曲『装いせよ、おおわが魂よ』Schmucke dich, o liebe Seele… BWV 654
管弦楽組曲第3番Suite orchestra BWV 1068
<16>管弦楽組曲第1番、第2番、第4番Suites orchestra BWV
1066, 1067, 1069
<17-18>ミサ曲 ロ短調Mass in B minor BWV 232
たまに興がのると宗教曲を聴きたくなる。どういった心境か自分でもよくわからないが、そうしたときに真っ先に思いつくのはリヒターだ。しかし、今回はリヒターのまえに、マルケヴィッチで「天地創造」を聴いた。
■ハイドン:オラトリオ《天地創造》
イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)
リヒャルト・ホルム(テノール)、キム・ボルイ(バス)
ベルリン聖ヘトヴィヒ大聖堂聖歌隊
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮:イーゴル・マルケヴィッチ
CD:UCCG-4213/4(2枚組) \2,400(\2,286) ドイツ・グラモフォン
ゼーフリート等、当時の名歌手を配して録音された天地創造、日本初CD化。モノラル
次にリヒターでどこを聴くかを悩む。やはりマタイかな。
■J.S.バッハ:マタイ受難曲
エルンスト・ヘフリガー(福音史家、アリア:テノール)
キート・エンゲン(イエス:バス)
アントニー・ファーベルク(第1の女、ピラトの妻:ソプラノ)
イルムガルト・ゼーフリート(アリア:ソプラノ)
ヘルタ・テッパー(第2の女、アリア:アルト)
マックス・プレープストル(ユダ、ペテロ、ピラト、司祭の長:バス)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アリア:バス)
ミュンヘン少年合唱団
ミュンヘン・バッハ合唱団
ミュンヘン・バッハ管弦楽団
指揮:カール・リヒター
録音:1958年6-8月 ミュンヘン、ヘルクレスザール(ステレオ)
リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団の歴史的名盤。歌手は、エヴァンゲリスト:ヘフリガー(テノール)、イエス:プライ(バリトン)、ペテロ、ピラト:キート・エンゲン(バス)、イヴリン・リアー(ソプラノ)、ヘルタ・テッパー(アルト)。1964年2月ミュンヘンにて収録。
1969年、日本でのこのメンバーによる公演があった。マタイもヨハネもロ短調ミサも集中的に演奏された一大ページェントだったが、本曲は5月4日一度だけ取り上げられ、エヴァンゲリスト:ヘフリガー、イエスは、バリトンではなくキート・エンゲン(バス)が担当した。この公演自体がいまだに語り草になっているが、この5年前に収録された本盤はリヒターの厳しくも神々しいバッハ解釈を完璧に表現したものとして当時、大きな話題となった(レコードも3枚組で6,600円と実に高価だった)。
本曲は、聖書の引用が多く、エヴァンゲリスト(福音朗読者)の役割がとりわけ大きいが、エルンスト・ヘフリガーは規範的な第一人者。イエスは若きヘルマン・プライが力演、全篇の合唱もダイナミックで劇的な迫力に富む。リヒターという不世出の敬虔なバッハ使徒が全力を注いだ記録という意味からも、本盤は今後も歴史的名盤の地位をけっして失わないだろう。
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チェンバロの地味な曲集と思って手に取ると、その強烈な質量にたじろくだろう。ピアノにくらべて、音の強弱やニュアンスはレジスター・ストップを巧みに使わない限り表現できないチェンバロは、その独特の金属的な響きのなかに近代建築をイメージさせるような新鮮さももっている。冷徹無比な客観性(イタリア協奏曲)と激烈なパッション(幻想曲ハ短調)を感じさせる音楽が共存し、それは各曲のなかでも見事に交錯する。リヒターの演奏には、あたかも現代建築のなかで演じられる緊張感あるドラマを観るがごとき感があり、かつそのダイナミズムには比類がない。
グールドのいわゆる旧盤(55年モノラル盤)、新盤(1981年録音)があまりに有名で、リヒターについて語られる機会も少なくなったが、本盤は彼が系統的にバッハを録音していた時代の後期、周到な準備のすえいわば満を持しての収録であり、リリース当時の衝撃は大きかった。特に、1970年録音の前年には、ミュンヘン・バッハの総勢を引きつれ来日、マタイ、ヨハネ、ロ短調の三大作品などにくわえて一夜、リヒターソロで本曲も披露し日本の聴衆に深い感動を与えた。小生もその一人である。
バッハの優秀な弟子、ゴルトベルクにちなんで命名された本曲演奏には非常に高度な技法を必要とするとされるが、後半になればなるほどカノン、フーガ、トリルなど複雑な構成と多彩な展開には劇的ともいえる変化がある。リヒターの演奏は鷹揚として堅牢で、縦横な変化にも自然体で臨み少しの力みもテクニックの難度も意識させない。むしろバッハ晩年の境地に寄り添うような滋味にあふれている。まぎれもなく歴史に残る名盤である。
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