今日、世界中のどこかでさまざまなコンクールが行われており、ピアニストは登竜門をもとめてエントリーしている。しかし、1950年代はその機会はきわめて限られていた。1957年、ブゾーニおよびジュネーブの国際ピアノコンクールであいついで優勝したアルゲリッチの登場はまさに「彗星のごとく」であったろうし、それ以前にアルゼンチン「国家」期待のミューズであり、その後も周到に研鑽を積んで1960年に満を持してのデビュー。小生はアルゲリッチいまだ20歳代、1970年の初来日でライヴに接して圧倒されて以来のファンだが、その強烈な個性と美貌をもって日本でもすでに大人気であった。
本集は1960年7月のデビュー盤だが、強固な打鍵、楽々とパッセージを弾ききる技巧よりも、曲毎に目くるめく変化する多彩な表現ぶりとそれを支える迸るような音楽的な直観力に改めて驚く。音はいささか古くなったが、豊かな感性の発露は今日聴いても十分に挑戦的ですらある。
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調/プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
➡ アルゲリッチ & アバド 鋭敏なリズム感、表現の拡張性に挑戦
1970年1月22日アルゲリッチ初来日のライヴでプロコフィエフの「戦争ソナタ」を聴いた。当日の最後の演目だったが、音の大きさ、両腕が機械のように律動したときの目にもとまらぬ鍵盤上の指の動き、なによりその強烈な迫力に驚嘆した。いかに彼女がプロコフィエフを手中の演目にしているかを知る機会であった。
本盤はその3年前の録音だが、上記の特質とともに、特にリズム感が鋭敏で、表現の拡張性に挑戦しているような大胆さを感じる。アバド/ベルリン・フィルは、ピタリと寄り添いつつ、アルゲリッチと共同実験をしているような一体感がある。全体に生硬さはあるが、それが切れ味の良さにすべて転化しているような溌剌たる演奏。
アルゲリッチのラヴェルの旧盤。色彩感あふれ抜群の巧さのベルリン・フィルゆえにバックは水も漏らさぬ構え、一方でアルゲリッチはそうした点で気おくれなど一切している風情なく、真っ向からむきあって自分の音楽を丁寧に表現している。特に、アバドの差配でオケの音量をミニマムに絞った第2楽章での、アルゲリッチの透明で緻密でありながら深い感性をたたえたピアニズムに酔う。26歳の女性ピアニストの演奏とは思えぬ落着きと一種の威厳すらを感じる。
ショパン&リスト:ピアノ協奏曲第1番
➡ アルゲリッチ & アバド 半世紀前、そしていまも名盤
ショパン第1楽章の長いオケだけのイントロ部分、アバドの才覚が見事に光る。曲想の全体像を明確に示し、醸す高貴なる雰囲気で十分にお膳立てし、そしてアルゲリッチが華麗に登場する。この冒頭部分だけで名演の予感は十分である。
1968年2月の録音。新進気鋭の若きピアニストと指揮者による「新風」を吹きこむ1枚という触れ込みは、約半世紀の間しっかりと聴き継がれ、いまもトップの名盤の座にある。アルゲリッチは1965年ショパン国際コンクールに弱冠24歳で優勝、その3年後の収録ながら、いま聴いても感動はかわらない。第2楽章の濃やかな表現ぶりには直観的にして女性的、豊かな感性が満ちている。終楽章、高音部の速く、力強く、美しいパッセージ処理には感嘆を禁じ得ない。
リストも圧倒的な迫力。技巧的には悪魔的難曲とも言われるが、アルゲリッチはこれをサラリと弾きこなしている印象で、その底知れぬ力量に驚かされる。
リスト:ピアノ・ソナタ/シューマン:ピアノ・ソナタ第2番
➡ 大きな音楽的構成力リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調について。思いっきりデモーニッシュな部分が、信じられない快速とパワフルな打鍵によって強調される。こんな演奏を続けていたら、ピアニストとしての生命を縮めるのではないかといらぬ心配をするくらい強烈な線条的演奏。一方で、叙情的な部分では、ギリギリまで減速して弱音の繊細なニュアンスをふくんだ表現に磨きをかける。そのコントラストの振幅により音楽そのものの構成が実に大きく感じる。アルゲリッチらしい個性的な名演。
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番/ハイドン:ピアノ協奏曲第11番
➡ アルゲリッチ、はち切れんばかりの表現力
アルゲリッチのショスタコーヴィチ、ピアノ協奏曲第1番の旧録音を聴く。本盤のはち切れんばかりの表現力は迫力抜群で、その身体的能力の高さには驚きを禁じ得ない。トランペットがときにシニカルな語部になったり(ちょっとムソルグスキー/ラヴェル版「展覧会の絵」を連想させる)、ときに警笛のような亀裂的な役割を果たすが、アルゲリッチの強力な表現力は、これを呑み込み、なお最大限に生かしつつも、ピアノが絶対的な優位のなかで存分の働きをする。古典的な親しみやすい曲に思えて、なかなか晦渋な表情もあるこの曲の特性を完全に見切っているかのようだ。併録のハイドンは一転軽快な好演。
シューマン:ピアノ協奏曲/ショパン:ピアノ協奏曲第2番
➡ アルゲリッチ & ロストロポーヴィチ ライヴさながらのショパン第2番
アルゲリッチは1957年ブゾーニ国際コンクールで16歳にして1位をとるが、その衝撃が大きすぎたか、同コンクールではその後3年間1位がでなかった。同年ジュネーヴ国際コンクールでも1位をさらい、そして1965年ショパン国際コンクールで優勝し、驚異的、鮮烈な世界デビューを果たす。
本集は、1978年1月ワシントン、ジョン・F・ケネディ・センターで、地元のワシントン・ナショナル交響楽団を、当時シェフになったばかりのロストロポーヴィチ(1977~1994年音楽監督)が振っての演奏。アルゲリッチ36歳のときの収録だが、これがいまも名演として燦然と輝く。アルゲリッチらしく完璧な技巧とそれを感じさせないくらいパッション溢れた演奏だが、ロストロポーヴィチが同じ波長で、全体を情熱的に包み込んでいる。
シューマンもさることながら、ショパンの第2番をライヴさながら、一瞬も弛緩せずにこれほど集中して聴かせる演奏は稀である。
Piano Concerto 1 / Piano Concerto 3
➡ アルゲリッチ & デュトワ ピアノとオケの融合感に配慮した正統派の演奏
草創期のチャイコフスキー国際コンクールは1958年が第1回(第1位:クライバーン)、62年が第2回(第1位:アシュケナージとオグドン)であった。
この間、アルゲリッチは1957年ブゾーニとジュネーヴの両国際コンクールで16歳にして1位をとり、65年ショパン国際コンクールで優勝している。因みに、同コンクールでは、55年(第1位:ハラシュヴィチ、第2位:アシュケナージ)、60年(第1位:ポリー二)だった。この演奏を聴きながら、アシュケナージとの比較において「もしもアルゲリッチがチャイ・コンに出場していたら」と考えるのも楽しい。
本盤は、1970年12月ロンドンで収録されたデュトワ/ロイヤル・フィルとの共演。第1楽章中間部まではテンポが緩くアルゲリッチらしい快速、パワーフルな演奏を期待すると意外感がある。あえて、情感豊かに弾き込むスタイルをとろうということかも知れない。第2楽章も大人しい、落ち着いた演奏で他の録音に比べても、管弦楽の音が前面に出ている。終楽章はテンポを上げて、シンフォニックさは強調されるがピアノがですぎないように制御されているようにも感じる。全体としてはメロディの美しさを際だたせた、ピアノとオケの融合感に配慮した正統派の演奏。
バッハ:パルティータ第2番、イギリス組曲第2番、トッカータ
➡ 自由なファンタジーを作品に投影
楷書的なバッハではないが、最良の墨をたっぷりと含んだ筆で一気に揮毫したような力強さと独特の品位がある。自己流の崩し字ではなく作法はキチンと踏まえたうえで書き上げた後世に残る作品に似たり、ここでのアルゲリッチは現代の名筆といった風情である。
類まれな技巧に裏打ちされてこそ、自由なファンタジーを作品に投影することができる。バッハの既成の概念を超えて、その作品の深奥にひそむ生き生きとした精神にふれるようなアプローチは、一脈グールドと通じるものを感じる。
1941年生まれのアルゲリッチ10代から42才頃までのソロ・アルバムの集大成。以下の7人の作曲家の名曲がラインナップされている。1970年の来日公演(バッハ、ベートーヴェン、ショパン、プロコフィエフ)を聴いて以来のファンだが、彼女の名演がこの価格でマーケットに出ること自体に正直、戸惑いと憤りすら感じる。
彼女の凄さは、リリー・クラウス、ハスキルやへブラーなどそれ以前の「女流ピアニスト」という言葉を、文字通り鍵盤の迫力で叩き潰したことにあると思う。リリックな部分の音感も秀抜だが、その一方、ベートーヴェンでもプロコフィエフでも大きな構えと強烈な音量で堂々と聴衆を圧倒する。語弊のある言い方で恐縮だが当時「女リヒテル」の異名すらあった。しかも若く美しい20代前後から、である。
そうした点では、この選集は彼女の個性の全てを網羅はしていないが、これだけの名演をこの価格で入手できることは特質に値する。自分は録音年代順に再トレースするつもりで多くのダブり覚悟で買ったが、これからライヴラリーを揃えたい向きにも最適な選択だろう。
<作曲家別収録曲>
■ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、第3番、スケルツォ第2番、第3番、ポロネーズ第6番、第7番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、マズルカ第36番、第37番、第38番、24の前奏曲、前奏曲嬰ハ短調、前奏曲変イ長調(遺作)、舟歌 嬰ヘ長調
■リスト:ハンガリー狂詩曲第6番、ピアノ・ソナタ ロ短調
■シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、子供の情景、クライスレリアーナ
■ラヴェル:水の戯れ、夜のガスパール、ソナチネ、高雅にして感傷的なワルツ
■ブラームス:2つのラプソディ第1番、第2番
■プロコフィエフ:トッカータ ハ長調
■J.S.バッハ:トッカータ BWV.911、パルティータ第2番、イギリス組曲第2番
アルゲリッチの協奏曲集(1967~2004年にかけて収録期間は34年間に及ぶ)を7枚に収めた廉価版セット。ベートーヴェン2番、チャイコフスキー1番、ラヴェルの3曲は新旧で収録。いずれの再録分(ラヴェルは初録、再録とも)の指揮者はアバドである。また、それ以外のハイドンからショスタコーヴィチまでの10曲中、4曲がアバドとの共演であり、いかに彼との相性が良いかがわかる。その他、シノーポリ、デュトワ、ロストロポーヴィチなど個性的な大物との共演が聴けるのも本アルバムの魅力だろう。
プロコフィエフ、ショパン、シューマン、ラヴェルなどは秀演で知られるが、以下では、小生が特に気に入っている演奏を取り上げた。ご参考まで。
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調/プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
ショパン&リスト:ピアノ協奏曲第1番
シューマン:ピアノ協奏曲/ショパン:ピアノ協奏曲第2番
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/ラヴェル:ピアノ協奏曲
BEETHOVEN: PIANO CONCERTOS NO. 1 & 2
Martha Argerich: Complete Recordings On Deutsche Gramophon
➡ アルゲリッチ、同時代最高のピアニストの演奏記録
マルタ・アルゲリッチという同時代最高のピアニストの演奏記録として得難いBOXである。興味深いのはデビュー当時のショパン、ラヴェル、リストといった演目での鮮烈な印象とは別に、その後時代をへるにつれ、下記の作曲家別<収録情報>で見ても芸域を系統的に広げていった軌跡がわかることである。
協奏曲では一部再録(※で表示)もあるが、ソナタ、室内楽では一意入魂の録音で一回性を重視している演奏家である。しかも1960年から今日までそれが全て秀逸なる記録であることは驚異的と言っていいだろう。
作品への取り組み姿勢は、ときに慎重で、盟友クレーメルとのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ集では10年を要し丹念に作品番号順に録音している。一方で全集づくりといった観点からは距離をおき、自分の納得した演目のみに専心している点も個性的である。ベートーヴェンのコンチェルトでは、1,2番には親しんでいるが4,5番はいまだ収録外である。
1980年代からは室内楽に傾倒し、特定の演奏家との共演に力を入れるが、これが芸域の拡大と深まりに寄与しているように思う。シューベルト、バルトーク、ショスタコーヴィチなどはその典型であろう。
なお、曲種によって好みがあるリスナーにとっては、以下の別売のBOXもあり、購入にあたって比較考量されたい。
Martha Argerich: The Collection 1: The Solo Recordings
Martha Argerich Collection 2: The Concerto Recordings
Martha Argerich The Collection 3
Martha Argerich Collection 4: Complete Philips
5 Classic Albums
類まれな技巧に裏打ちされてこそ、自由なファンタジーを作品に投影することができる。バッハの既成の概念を超えて、その作品の深奥にひそむ生き生きとした精神にふれるようなアプローチは、一脈グールドと通じるものを感じる。
Martha Argerich: The Collection 1: The Solo Recordings
➡ 若きアルゲリッチの衝撃1941年生まれのアルゲリッチ10代から42才頃までのソロ・アルバムの集大成。以下の7人の作曲家の名曲がラインナップされている。1970年の来日公演(バッハ、ベートーヴェン、ショパン、プロコフィエフ)を聴いて以来のファンだが、彼女の名演がこの価格でマーケットに出ること自体に正直、戸惑いと憤りすら感じる。
彼女の凄さは、リリー・クラウス、ハスキルやへブラーなどそれ以前の「女流ピアニスト」という言葉を、文字通り鍵盤の迫力で叩き潰したことにあると思う。リリックな部分の音感も秀抜だが、その一方、ベートーヴェンでもプロコフィエフでも大きな構えと強烈な音量で堂々と聴衆を圧倒する。語弊のある言い方で恐縮だが当時「女リヒテル」の異名すらあった。しかも若く美しい20代前後から、である。
そうした点では、この選集は彼女の個性の全てを網羅はしていないが、これだけの名演をこの価格で入手できることは特質に値する。自分は録音年代順に再トレースするつもりで多くのダブり覚悟で買ったが、これからライヴラリーを揃えたい向きにも最適な選択だろう。
<作曲家別収録曲>
■ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、第3番、スケルツォ第2番、第3番、ポロネーズ第6番、第7番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、マズルカ第36番、第37番、第38番、24の前奏曲、前奏曲嬰ハ短調、前奏曲変イ長調(遺作)、舟歌 嬰ヘ長調
■リスト:ハンガリー狂詩曲第6番、ピアノ・ソナタ ロ短調
■シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、子供の情景、クライスレリアーナ
■ラヴェル:水の戯れ、夜のガスパール、ソナチネ、高雅にして感傷的なワルツ
■ブラームス:2つのラプソディ第1番、第2番
■プロコフィエフ:トッカータ ハ長調
■J.S.バッハ:トッカータ BWV.911、パルティータ第2番、イギリス組曲第2番
Martha Argerich Collection 2: The Concerto Recordings
➡ アバドとの相性抜群、加えてシノーポリ、デュトワなど個性的な指揮者との共演も魅力アルゲリッチの協奏曲集(1967~2004年にかけて収録期間は34年間に及ぶ)を7枚に収めた廉価版セット。ベートーヴェン2番、チャイコフスキー1番、ラヴェルの3曲は新旧で収録。いずれの再録分(ラヴェルは初録、再録とも)の指揮者はアバドである。また、それ以外のハイドンからショスタコーヴィチまでの10曲中、4曲がアバドとの共演であり、いかに彼との相性が良いかがわかる。その他、シノーポリ、デュトワ、ロストロポーヴィチなど個性的な大物との共演が聴けるのも本アルバムの魅力だろう。
プロコフィエフ、ショパン、シューマン、ラヴェルなどは秀演で知られるが、以下では、小生が特に気に入っている演奏を取り上げた。ご参考まで。
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調/プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
ショパン&リスト:ピアノ協奏曲第1番
シューマン:ピアノ協奏曲/ショパン:ピアノ協奏曲第2番
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/ラヴェル:ピアノ協奏曲
BEETHOVEN: PIANO CONCERTOS NO. 1 & 2
Martha Argerich: Complete Recordings On Deutsche Gramophon
➡ アルゲリッチ、同時代最高のピアニストの演奏記録
マルタ・アルゲリッチという同時代最高のピアニストの演奏記録として得難いBOXである。興味深いのはデビュー当時のショパン、ラヴェル、リストといった演目での鮮烈な印象とは別に、その後時代をへるにつれ、下記の作曲家別<収録情報>で見ても芸域を系統的に広げていった軌跡がわかることである。
協奏曲では一部再録(※で表示)もあるが、ソナタ、室内楽では一意入魂の録音で一回性を重視している演奏家である。しかも1960年から今日までそれが全て秀逸なる記録であることは驚異的と言っていいだろう。
作品への取り組み姿勢は、ときに慎重で、盟友クレーメルとのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ集では10年を要し丹念に作品番号順に録音している。一方で全集づくりといった観点からは距離をおき、自分の納得した演目のみに専心している点も個性的である。ベートーヴェンのコンチェルトでは、1,2番には親しんでいるが4,5番はいまだ収録外である。
1980年代からは室内楽に傾倒し、特定の演奏家との共演に力を入れるが、これが芸域の拡大と深まりに寄与しているように思う。シューベルト、バルトーク、ショスタコーヴィチなどはその典型であろう。
なお、曲種によって好みがあるリスナーにとっては、以下の別売のBOXもあり、購入にあたって比較考量されたい。
Martha Argerich: The Collection 1: The Solo Recordings
Martha Argerich Collection 2: The Concerto Recordings
Martha Argerich The Collection 3
Martha Argerich Collection 4: Complete Philips
5 Classic Albums
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