クラウディオ・アラウ(1903~91年)は神童といわれた10歳代から晩年まで長く活躍したので多くの音源がある。たとえば、ショパンではエチュード(Op.10-4、Op.25-1、Op.25-2)など1920年代の記録も聴くことができるが、本集は1938~62年の収録(50年台中心、多くの演奏はモノラル録音)でいわば壮年期のアルバム。
ただし、主力のベートーヴェンでは、本集のあとに収録が開始された1962~1966年のピアノソナタの全曲盤がいまや廉価入手が可能であり、また、協奏曲では晩年のコリン・デイヴィス/ドレスデン・シュターツカペレなどの清々しい演奏を好む向きもあろう。
一方、ブラームスの協奏曲では、ハイティンク/コンセルトへボウなどの別録音はあるものの、本集のジュリーニ/フィルハーモニア管の見事な追走は魅力(やはりジュリーニは巧い)。
アラウは、堅牢さ一本でもなく、柔な心情派でもないいわば中庸の大家。どの演奏を聴いても作品の核心部分に触れ、それを最良の感性に訴えるように弾きこなしていく印象。よって、ベートーヴェンを聴いても堅苦しさは感じさせず、逆にシューベルトでは、むしろ逞しい叙情性がときに浮き彫りにされる。豊富な経験による安定感と自信に裏打ちされた演奏には、華麗さはないけれど、数を重ねて聴き込みたくなる慣性がある。
【収録情報、カッコ内録音時点】
<協奏曲>
◆ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集
第1番、第2番(1958年5月&10月)、第3番(1958年6月)、第4番(1955年5月)、第5番『皇帝』(1958年6月):ガリエラ/フィルハーモニア管
◆グリーグ:ピアノ協奏曲(1957年4月)同上
◆シューマン:ピアノ協奏曲(1957年5月)同上
◆チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(1960年4月)同上
◆ヴェーバー:コンツェルトシュテュック(1960年4月)同上
◆ブラームス:ピアノ協奏曲第1番(1960年4月)、第2番(1962年4月)、ジュリーニ/フィルハーモニア管
<ピアノソロ>
◆ベートーヴェン:ピアノソナタ集
第7番(1958年10月、1959年10月)、第21番『ワルトシュタイン』(1956年12月、1957年5月)、第22番(1960年4月)、第23番『熱情』(1960年4月)、第24番(1958年4月)、第26番『告別』(1958年4月)、第28番(1956年11月、12月)、第31番(1957年5月)、第32番(1957年5月)、32の変奏曲(1960年4月)
◆シューベルト:
即興曲第1番~第3番(1956年9月)、幻想曲ハ長調『さすらい人』(1957年10月)、アレグレット、行進曲ホ長調(1959年10月)、6つの楽興の時(1956年9月)
◆ショパン:
ピアノソナタ第3番(1960年4月、6月)、幻想曲へ短調 作品49(1960年6月)
タランテラ変イ長調
作品43(1938年)、12の練習曲 作品10、12の練習曲 作品25、3つの新しい練習曲、協奏曲のアレグロ イ長調 作品46(1956年6月、9月)
◆シューマン:謝肉祭(1939年4月)
◆ドビュッシー:スティリー風タランテッラ、雨の庭(版画 第3番)(1939年4月)
【以下は引用】
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集(9CD)
クラウディオ・アラウ名ピアニスト、クラウディオ・アラウ[1903-1991]は、5歳で初リサイタルをおこない、8歳で政府の援助によりベルリンに留学、同地でフランツ・リストの高弟だったマルティン・クラウゼに師事して腕を磨き、11歳で『超絶技巧練習曲』を演奏するほどのヴィルトゥオーゾとして有名になった天才少年でした。
その後、メンゲルベルクやニキシュ、フルトヴェングラーといった指揮者たちと共演を重ねてさらなる名声を確立、22歳で母校シュテルン音楽院の教授に就任し、24歳のときにはジュネーヴ国際ピアノコンクールで優勝してもいます。
第二次世界大戦中の1941年にはアメリカに移住し、以後、アメリカを拠点に世界各国で活躍し88歳で亡くなる直前まで旺盛な活動を展開していました。
アラウのレパートリーは幅広いものでしたが、中でも特に評価の高かったのがベートーヴェンの作品。造形美の見本とも言うべき堅固な構築性に貫かれたもので、そのうえで示される微妙なフレーズの味わい、落ち着きはらった風格の奥深さは実にみごと。独特のごつい演奏ながら気持ちのこもった表現によって、作品の魅力を引き出しています。(HMV)
【収録情報】
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集
Disc1
・第1番ヘ短調 Op.2-1
・第2番イ長調 Op.2-2
・第5番ハ短調 Op.10-1
・第24番嬰ヘ長調 Op.78『テレーゼ』
Disc2
・第3番ハ長調 Op.2-3
・第4番変ホ長調 Op.7
・第19番ト短調 Op.49-1
Disc3
・第6番ヘ長調 Op.10-2
・第7番ニ長調 Op.10-3
・第8番ハ短調 Op.13『悲愴』
・第9番ホ長調 Op.14-1
Disc4
・第10番ト長調 Op.14-2
・第11番変ロ長調 Op.22
・第12番変イ長調 Op.26『葬送』
・第25番ト長調 Op.79
Disc5
・第14番嬰ハ短調 Op.27-2『月光』
・第15番ニ長調 Op.28『田園』
・第18番変ホ長調 Op.31-3
・第22番ヘ長調 Op.54
Disc6
・第17番ニ短調 Op.31-2『テンペスト』
・第16番ト長調 Op.31-1
・第21番ハ長調 Op.53『ワルトシュタイン』
Disc7
・第13番変ホ長調 Op.27-1
・第23番ヘ短調 Op.57『熱情』
・第26番変ホ長調 Op.81a『告別』
・第27番ホ短調 Op.90
Disc8
・第20番ト長調 Op.49-2
・第28番イ長調 Op.101
・第29番変ロ長調 Op.106『ハンマークラヴィーア』
Disc9
・第30番ホ長調 Op.109
・第31番変イ長調 Op.110
・第32番ハ短調 Op.111
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
録音時期:1962~1966年
録音場所:アムステルダム
録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
原盤:PHILIPS
クラウディオ・アラウ名ピアニスト、クラウディオ・アラウ[1903-1991]は、5歳で初リサイタルをおこない、8歳で政府の援助によりベルリンに留学、同地でフランツ・リストの高弟だったマルティン・クラウゼに師事して腕を磨き、11歳で『超絶技巧練習曲』を演奏するほどのヴィルトゥオーゾとして有名になった天才少年でした。
その後、メンゲルベルクやニキシュ、フルトヴェングラーといった指揮者たちと共演を重ねてさらなる名声を確立、22歳で母校シュテルン音楽院の教授に就任し、24歳のときにはジュネーヴ国際ピアノコンクールで優勝してもいます。
第二次世界大戦中の1941年にはアメリカに移住し、以後、アメリカを拠点に世界各国で活躍し88歳で亡くなる直前まで旺盛な活動を展開していました。
アラウのレパートリーは幅広いものでしたが、中でも特に評価の高かったのがベートーヴェンの作品。造形美の見本とも言うべき堅固な構築性に貫かれたもので、そのうえで示される微妙なフレーズの味わい、落ち着きはらった風格の奥深さは実にみごと。独特のごつい演奏ながら気持ちのこもった表現によって、作品の魅力を引き出しています。(HMV)
【収録情報】
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集
Disc1
・第1番ヘ短調 Op.2-1
・第2番イ長調 Op.2-2
・第5番ハ短調 Op.10-1
・第24番嬰ヘ長調 Op.78『テレーゼ』
Disc2
・第3番ハ長調 Op.2-3
・第4番変ホ長調 Op.7
・第19番ト短調 Op.49-1
Disc3
・第6番ヘ長調 Op.10-2
・第7番ニ長調 Op.10-3
・第8番ハ短調 Op.13『悲愴』
・第9番ホ長調 Op.14-1
Disc4
・第10番ト長調 Op.14-2
・第11番変ロ長調 Op.22
・第12番変イ長調 Op.26『葬送』
・第25番ト長調 Op.79
Disc5
・第14番嬰ハ短調 Op.27-2『月光』
・第15番ニ長調 Op.28『田園』
・第18番変ホ長調 Op.31-3
・第22番ヘ長調 Op.54
Disc6
・第17番ニ短調 Op.31-2『テンペスト』
・第16番ト長調 Op.31-1
・第21番ハ長調 Op.53『ワルトシュタイン』
Disc7
・第13番変ホ長調 Op.27-1
・第23番ヘ短調 Op.57『熱情』
・第26番変ホ長調 Op.81a『告別』
・第27番ホ短調 Op.90
Disc8
・第20番ト長調 Op.49-2
・第28番イ長調 Op.101
・第29番変ロ長調 Op.106『ハンマークラヴィーア』
Disc9
・第30番ホ長調 Op.109
・第31番変イ長調 Op.110
・第32番ハ短調 Op.111
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
録音時期:1962~1966年
録音場所:アムステルダム
録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
原盤:PHILIPS
クラウディオ・アラウ/未発表音源集(3CD)
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番
ベートーヴェン:月光ソナタ、他巨匠クラウディオ・アラウの、ドイツ・エレクトローラとパーロフォン・レーベルに録音された未発表音源集。ジュネーブ国際ピアノコンクール1位入賞(1927年)の翌年に録音された音源や、ブラームスの協奏曲の正規盤としての初登場など、若かりしアラウの名演が最新リマスターで蘇ります。(WARNER)
【収録情報】
・ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調 Op.15(録音:1947年1月20-21日)
・モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番変ロ長調 K.570(録音:1951年)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番ニ長調 Op.10-3(録音:1951年、第3,4楽章の別テイク録音付)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調 Op.27-2『月光』(録音:1950年、アビー・ロード・スタジオ)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 Op.31-3(録音:1947年、アビー・ロード・スタジオ)
・ショパン:スケルツォ第4番ホ長調 Op.54(録音:1950年)
・リスト:私のいとしい人(録音:1950年)
・ドビュッシー:ヴィーノの門(録音:1951年)
・グラナドス:マハと夜鳴きうぐいす(録音:1951年)
・ショパン:バラード第3番変イ長調 Op.47(録音:1939年)
・ショパン:スケルツォ第3番嬰ハ短調 Op.39(録音:1939年)
・ショパン:練習曲 嬰ハ短調 Op.10-4(録音:1939年、ベルリン)
・ショパン:練習曲 変イ長調 Op.25-1(録音:1939年、ベルリン)
・ショパン:練習曲 ヘ短調 Op.25-2(録音:1929年、ベルリン)
・ショパン:前奏曲 ヘ長調 Op.28-23(録音:1929年、ベルリン)
・ショパン:ワルツ第4番ヘ長調 Op.34-3(録音:1928年)
・シューベルト/リスト編:セレナーデ(録音:1928年)
・リスト:憂鬱なワルツ(録音:1928年)
・リスト:エステ荘の噴水(録音:1928年)
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
フィルハーモニア管弦楽団(協奏曲)
ベイジル・キャメロン(指揮:協奏曲)
録音方式:モノラル
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番
ベートーヴェン:月光ソナタ、他巨匠クラウディオ・アラウの、ドイツ・エレクトローラとパーロフォン・レーベルに録音された未発表音源集。ジュネーブ国際ピアノコンクール1位入賞(1927年)の翌年に録音された音源や、ブラームスの協奏曲の正規盤としての初登場など、若かりしアラウの名演が最新リマスターで蘇ります。(WARNER)
【収録情報】
・ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調 Op.15(録音:1947年1月20-21日)
・モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番変ロ長調 K.570(録音:1951年)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番ニ長調 Op.10-3(録音:1951年、第3,4楽章の別テイク録音付)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調 Op.27-2『月光』(録音:1950年、アビー・ロード・スタジオ)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 Op.31-3(録音:1947年、アビー・ロード・スタジオ)
・ショパン:スケルツォ第4番ホ長調 Op.54(録音:1950年)
・リスト:私のいとしい人(録音:1950年)
・ドビュッシー:ヴィーノの門(録音:1951年)
・グラナドス:マハと夜鳴きうぐいす(録音:1951年)
・ショパン:バラード第3番変イ長調 Op.47(録音:1939年)
・ショパン:スケルツォ第3番嬰ハ短調 Op.39(録音:1939年)
・ショパン:練習曲 嬰ハ短調 Op.10-4(録音:1939年、ベルリン)
・ショパン:練習曲 変イ長調 Op.25-1(録音:1939年、ベルリン)
・ショパン:練習曲 ヘ短調 Op.25-2(録音:1929年、ベルリン)
・ショパン:前奏曲 ヘ長調 Op.28-23(録音:1929年、ベルリン)
・ショパン:ワルツ第4番ヘ長調 Op.34-3(録音:1928年)
・シューベルト/リスト編:セレナーデ(録音:1928年)
・リスト:憂鬱なワルツ(録音:1928年)
・リスト:エステ荘の噴水(録音:1928年)
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
フィルハーモニア管弦楽団(協奏曲)
ベイジル・キャメロン(指揮:協奏曲)
録音方式:モノラル
ショパン:ピアノ作品集(7CD)
クラウディオ・アラウピアノ協奏曲第1番&第2番に、前奏曲全26曲、即興曲全4曲、ワルツ全19曲、バラード全4曲、舟歌、幻想曲、スケルツォ全曲、夜想曲全21曲、幻想ポロネーズを収録。しぶく底光りするようなアラウのショパンは聴きごたえがあります。
クラウディオ・アラウ[1903-1991]は、5歳で初リサイタルをおこない、8歳で政府の援助によりベルリンに留学、同地でフランツ・リストの高弟だったマルティン・クラウゼに師事して腕を磨き、11歳で『超絶技巧練習曲』を演奏するほどのヴィルトゥオーゾとして有名になった天才少年でした。
その後、メンゲルベルクやニキシュ、フルトヴェングラーといった指揮者たちと共演を重ねてさらなる名声を確立、22歳で母校シュテルン音楽院の教授に就任し、24歳のときにはジュネーヴ国際ピアノコンクールで優勝してもいます。
第二次世界大戦中の1941年にはアメリカに移住、以後、アメリカを拠点に世界各国で活躍し、88歳で亡くなる直前まで旺盛な活動を展開していました。
アラウのレパートリーは幅広いものでしたが、中でも特に評価の高かったのが独墺ものとリスト、ショパンなどで、気持ちのこもった独特の演奏によって、作品の魅力を引き出しています。(HMV)
【収録情報】
CD1
ショパン:
・24のプレリュード op.28
・プレリュード第25番嬰ハ短調 op.45
・プレリュード第26番変イ長調
・即興曲 第1番変イ長調 op.29
・即興曲 第2番嬰ヘ長調 op.36
・即興曲 第3番変ト長調 op.51
・即興曲 第4番嬰ハ短調 op.66『幻想即興曲』
CD2
・ワルツ第1番変ホ長調 op.18『華麗な大円舞曲』
・ワルツ第2番変イ長調 op.34-1『華麗な円舞曲』
・ワルツ第3番イ短調 op.34-2
・ワルツ第4番ヘ長調 op.34-3『華麗な円舞曲』
・ワルツ第5番変イ長調 op.42『大円舞曲』
・ワルツ第6番変ニ長調 op.64-1『小犬』
・ワルツ第7番嬰ハ短調 op.64-2
・ワルツ第8番変イ長調 op.64-3
・ワルツ第9番変イ長調 op.69-1『別れ』
・ワルツ第10番ロ短調 op.69-2
・ワルツ第11番変ト長調 op.70-1
・ワルツ第12番ヘ短調 op.70-2
・ワルツ第13番変ニ長調 op.70-3
・ワルツ第14番ホ短調 遺作
・ワルツ第15番ホ長調 遺作
・ワルツ第16番変イ長調 遺作
・ワルツ第17番変ホ長調 遺作
・ワルツ第18番変ホ長調遺作
・ワルツ第19番イ短調 遺作
CD3
・バラード第1番ト短調 op.23
・バラード第2番ヘ長調 op.38
・バラード第3番変イ長調 op.47
・バラード第4番ヘ短調 op.52
・舟歌 嬰ヘ長調 op.60
・幻想曲 ヘ短調 op.49
CD4
・スケルツォ第1番ロ短調 op.20
・スケルツォ第2番変ロ短調 op.31
・スケルツォ第3番嬰ハ短調 op.39
・スケルツォ第4番ホ長調op.54
・ポロネーズ第7番変イ長調 op.61『幻想』
CD5
・ノクターン第1番変ロ短調 op.9-1
・ノクターン第2番変ホ長調 op.9-2
・ノクターン第3番ロ長調 op.9-3
・ノクターン第4番ヘ長調 op.15-1
・ノクターン第5番嬰ヘ長調 op.15-2
・ノクターン第6番ト短調 op.15-3
・ノクターン第7番嬰ハ短調 op.27-1
・ノクターン第8番変ニ長調 op.27-2
・ノクターン第9番ロ長調 op.32-1
・ノクターン第10番変イ長調 op.32-2
・ノクターン第11番ト短調 op.37-1
CD6
・ノクターン第12番ト長調 op.37-2
・ノクターン第13番ハ短調 op.48-1
・ノクターン第14番嬰へ短調 op.48-2
・ノクターン第15番ヘ短調 op.55-1
・ノクターン第16番変ホ長調 op.55-2
・ノクターン第17番ロ長調 op.62-1
・ノクターン第18番ホ長調 op.62-2
・ノクターン第19番ホ短調 op.72-1
・ノクターン第20番嬰ハ短調 遺作
・ノクターン第21番ハ短調 遺作
CD7
・ピアノ協奏曲第1番ホ短調 op.11
・ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 op.21
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(CD7)
エリアフ・インバル(指揮:CD7)
録音時期:
1970年10月(協奏曲集)
1973年4月(プレリュード集)
1977年4月(バラード集、幻想曲)
1978年3月(ノクターン集)
1979年3月(ワルツ第1-14番)
1980年8月(即興曲集、舟歌、ワルツ第15-19番)
1984年4月(スケルツォ集、幻想ポロネーズ)
録音方式:ステレオ(アナログ:CD1-3,5-7、デジタル:CD4/セッション)
音源:PHILIPS
クラウディオ・アラウピアノ協奏曲第1番&第2番に、前奏曲全26曲、即興曲全4曲、ワルツ全19曲、バラード全4曲、舟歌、幻想曲、スケルツォ全曲、夜想曲全21曲、幻想ポロネーズを収録。しぶく底光りするようなアラウのショパンは聴きごたえがあります。
クラウディオ・アラウ[1903-1991]は、5歳で初リサイタルをおこない、8歳で政府の援助によりベルリンに留学、同地でフランツ・リストの高弟だったマルティン・クラウゼに師事して腕を磨き、11歳で『超絶技巧練習曲』を演奏するほどのヴィルトゥオーゾとして有名になった天才少年でした。
その後、メンゲルベルクやニキシュ、フルトヴェングラーといった指揮者たちと共演を重ねてさらなる名声を確立、22歳で母校シュテルン音楽院の教授に就任し、24歳のときにはジュネーヴ国際ピアノコンクールで優勝してもいます。
第二次世界大戦中の1941年にはアメリカに移住、以後、アメリカを拠点に世界各国で活躍し、88歳で亡くなる直前まで旺盛な活動を展開していました。
アラウのレパートリーは幅広いものでしたが、中でも特に評価の高かったのが独墺ものとリスト、ショパンなどで、気持ちのこもった独特の演奏によって、作品の魅力を引き出しています。(HMV)
【収録情報】
CD1
ショパン:
・24のプレリュード op.28
・プレリュード第25番嬰ハ短調 op.45
・プレリュード第26番変イ長調
・即興曲 第1番変イ長調 op.29
・即興曲 第2番嬰ヘ長調 op.36
・即興曲 第3番変ト長調 op.51
・即興曲 第4番嬰ハ短調 op.66『幻想即興曲』
CD2
・ワルツ第1番変ホ長調 op.18『華麗な大円舞曲』
・ワルツ第2番変イ長調 op.34-1『華麗な円舞曲』
・ワルツ第3番イ短調 op.34-2
・ワルツ第4番ヘ長調 op.34-3『華麗な円舞曲』
・ワルツ第5番変イ長調 op.42『大円舞曲』
・ワルツ第6番変ニ長調 op.64-1『小犬』
・ワルツ第7番嬰ハ短調 op.64-2
・ワルツ第8番変イ長調 op.64-3
・ワルツ第9番変イ長調 op.69-1『別れ』
・ワルツ第10番ロ短調 op.69-2
・ワルツ第11番変ト長調 op.70-1
・ワルツ第12番ヘ短調 op.70-2
・ワルツ第13番変ニ長調 op.70-3
・ワルツ第14番ホ短調 遺作
・ワルツ第15番ホ長調 遺作
・ワルツ第16番変イ長調 遺作
・ワルツ第17番変ホ長調 遺作
・ワルツ第18番変ホ長調遺作
・ワルツ第19番イ短調 遺作
CD3
・バラード第1番ト短調 op.23
・バラード第2番ヘ長調 op.38
・バラード第3番変イ長調 op.47
・バラード第4番ヘ短調 op.52
・舟歌 嬰ヘ長調 op.60
・幻想曲 ヘ短調 op.49
CD4
・スケルツォ第1番ロ短調 op.20
・スケルツォ第2番変ロ短調 op.31
・スケルツォ第3番嬰ハ短調 op.39
・スケルツォ第4番ホ長調op.54
・ポロネーズ第7番変イ長調 op.61『幻想』
CD5
・ノクターン第1番変ロ短調 op.9-1
・ノクターン第2番変ホ長調 op.9-2
・ノクターン第3番ロ長調 op.9-3
・ノクターン第4番ヘ長調 op.15-1
・ノクターン第5番嬰ヘ長調 op.15-2
・ノクターン第6番ト短調 op.15-3
・ノクターン第7番嬰ハ短調 op.27-1
・ノクターン第8番変ニ長調 op.27-2
・ノクターン第9番ロ長調 op.32-1
・ノクターン第10番変イ長調 op.32-2
・ノクターン第11番ト短調 op.37-1
CD6
・ノクターン第12番ト長調 op.37-2
・ノクターン第13番ハ短調 op.48-1
・ノクターン第14番嬰へ短調 op.48-2
・ノクターン第15番ヘ短調 op.55-1
・ノクターン第16番変ホ長調 op.55-2
・ノクターン第17番ロ長調 op.62-1
・ノクターン第18番ホ長調 op.62-2
・ノクターン第19番ホ短調 op.72-1
・ノクターン第20番嬰ハ短調 遺作
・ノクターン第21番ハ短調 遺作
CD7
・ピアノ協奏曲第1番ホ短調 op.11
・ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 op.21
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(CD7)
エリアフ・インバル(指揮:CD7)
録音時期:
1970年10月(協奏曲集)
1973年4月(プレリュード集)
1977年4月(バラード集、幻想曲)
1978年3月(ノクターン集)
1979年3月(ワルツ第1-14番)
1980年8月(即興曲集、舟歌、ワルツ第15-19番)
1984年4月(スケルツォ集、幻想ポロネーズ)
録音方式:ステレオ(アナログ:CD1-3,5-7、デジタル:CD4/セッション)
音源:PHILIPS
歴史的ベートーヴェン・チクルスからの貴重な記録!
クレンペラー&アラウ、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲集
1957年、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールにおいてクレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団がおこなったベートーヴェン・チクルスは空前の成功を収め、11月15日の交響曲第9番のCDや、数多く残る新聞評、エピソードなどからもその様子を伺い知ることができます。
『英雄』終演後、カラヤンが楽屋までやってきて「私はただあなたに感謝します。そして自分にもこのような葬送行進曲が振れるときが訪れることを願っています」と語ったとか、「第九」の後、ジョージ・セルが、「残念ながら・・・あまりに素晴らし過ぎる!」と評したとか、11月の寒さにもかかわらず数百人のファンがクレンペラーに一言お礼を言うためだけに、ホールの外で1時間半以上も待っていたとか・・・。
この年の10月11日から11月15日にわたる一ヶ月間、ロンドンが(もしかすると世界中が!)クレンペラーのベートーヴェンに熱狂していた様を思い描くことができます。
クレンペラーとアラウの関係は、戦前、1930年代にベルリンでおこなったシューマンのピアノ協奏曲での共演にまでさかのぼります。そのときは若手のアラウに対してクレンペラーが徹底的に自分の解釈を押し付けたため、アラウは不快な思いをしたと述懐していますが、戦後、1954年10月にケルンでショパンの第1番で共演した際には、関係は非常に良好で、その成果はユニークかつ素晴らしい演奏として結実していました。(廃盤)
この演奏はそれから3年を経ておこなわれたものですが、ロマンティックなアラウに対して、即物的な傾向の強いクレンペラーの芸風の齟齬は相変わらずだったようで、たとえば前述したエピソードの記載されているJ.ホロヴィッツ著の「アラウとの対話」の中にはこんなくだりもあります。『皇帝』第2楽章の25小節目でした。「そこで君はなにをしているのかね?」と尋ねたクレンペラー、こうあるべきだと思う方法でトリルを演奏していたアラウ。「彼のような偉大なアーティストが、すべてのトリルは速いべきと考えているなんて、驚きだ!」
しかしながら、ヘイワースの'Otto Klemperer:his life and times'第2巻において、アラウはこのときの演奏をこう回想しています。「あの、真に格別のオープニングの和音!生涯で経験したなかで最高の伴奏だった」と。個性と個性がぶつかりあう中にも、確固たる信頼関係があったことが十二分に想像できます。そしてそのなによりの証拠として、この録音は存在しています。フェスティヴァルの熱狂ぶりを、ふたりの音楽家の深遠な駆け引きを、存分にご堪能いただけるアルバムの登場と言えるでしょう。
なお、音質はモノラルながら良好な水準にあり、優れた演奏を十分に味わえるクオリティとなっています。マスタリングはいつものようにポール・ベイリーが担当。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
■ピアノ協奏曲第3番ハ長調 op.37
1957年10月24日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
■ピアノ協奏曲第4番ト長調 op.58
1957年11月3日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
■ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 op.73「皇帝」
1957年11月8日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
■ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調 op.78
1958年6月8日、アビー・ロード・スタジオ
■ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 op.110
1957年5月18日、アビー・ロード・スタジオ
クレンペラー&アラウ、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲集
1957年、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールにおいてクレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団がおこなったベートーヴェン・チクルスは空前の成功を収め、11月15日の交響曲第9番のCDや、数多く残る新聞評、エピソードなどからもその様子を伺い知ることができます。
『英雄』終演後、カラヤンが楽屋までやってきて「私はただあなたに感謝します。そして自分にもこのような葬送行進曲が振れるときが訪れることを願っています」と語ったとか、「第九」の後、ジョージ・セルが、「残念ながら・・・あまりに素晴らし過ぎる!」と評したとか、11月の寒さにもかかわらず数百人のファンがクレンペラーに一言お礼を言うためだけに、ホールの外で1時間半以上も待っていたとか・・・。
この年の10月11日から11月15日にわたる一ヶ月間、ロンドンが(もしかすると世界中が!)クレンペラーのベートーヴェンに熱狂していた様を思い描くことができます。
クレンペラーとアラウの関係は、戦前、1930年代にベルリンでおこなったシューマンのピアノ協奏曲での共演にまでさかのぼります。そのときは若手のアラウに対してクレンペラーが徹底的に自分の解釈を押し付けたため、アラウは不快な思いをしたと述懐していますが、戦後、1954年10月にケルンでショパンの第1番で共演した際には、関係は非常に良好で、その成果はユニークかつ素晴らしい演奏として結実していました。(廃盤)
この演奏はそれから3年を経ておこなわれたものですが、ロマンティックなアラウに対して、即物的な傾向の強いクレンペラーの芸風の齟齬は相変わらずだったようで、たとえば前述したエピソードの記載されているJ.ホロヴィッツ著の「アラウとの対話」の中にはこんなくだりもあります。『皇帝』第2楽章の25小節目でした。「そこで君はなにをしているのかね?」と尋ねたクレンペラー、こうあるべきだと思う方法でトリルを演奏していたアラウ。「彼のような偉大なアーティストが、すべてのトリルは速いべきと考えているなんて、驚きだ!」
しかしながら、ヘイワースの'Otto Klemperer:his life and times'第2巻において、アラウはこのときの演奏をこう回想しています。「あの、真に格別のオープニングの和音!生涯で経験したなかで最高の伴奏だった」と。個性と個性がぶつかりあう中にも、確固たる信頼関係があったことが十二分に想像できます。そしてそのなによりの証拠として、この録音は存在しています。フェスティヴァルの熱狂ぶりを、ふたりの音楽家の深遠な駆け引きを、存分にご堪能いただけるアルバムの登場と言えるでしょう。
なお、音質はモノラルながら良好な水準にあり、優れた演奏を十分に味わえるクオリティとなっています。マスタリングはいつものようにポール・ベイリーが担当。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
■ピアノ協奏曲第3番ハ長調 op.37
1957年10月24日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
■ピアノ協奏曲第4番ト長調 op.58
1957年11月3日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
■ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 op.73「皇帝」
1957年11月8日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
■ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調 op.78
1958年6月8日、アビー・ロード・スタジオ
■ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 op.110
1957年5月18日、アビー・ロード・スタジオ
クラウディオ・アラウ名演集(10CD)
【収録情報】
・ショパン:12の練習Op.10、Op.25
・ショパン:演奏会用アレグロ イ長調
・ショパン:3つの新しい練習曲
・ショパン:幻想即興曲
・ショパン:舟歌
・ショパン:ピアノ協奏曲第2番
フリッツ・ブッシュ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
録音:1950年、53年、56年(モノラル)
R.シュトラウス:ブルレスケ
デジレ・デフォー指揮、シカゴ交響楽団
録音:1946年(モノラル)
・シューマン:ピアノ協奏曲
アルチェオ・ガリエラ指揮、フィルハーモニー管弦楽団
・シューマン:クライスレリアーナ、謝肉祭
・ヴェーバー:ピアノ・ソナタ第1番
録音:1939年、46年、57年(モノラル)
・リスト:ピアノ協奏曲第2番
グィド・カンテッリ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
・リスト:ハンガリー幻想曲
ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団
・リスト:ハンガリー狂詩曲第9番、第11番
録音:1951~53年(モノラル)
・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番~第5番
オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニー管弦楽団
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第24番、第31番
録音:1957、58年(モノラル)
・グリーグ:ピアノ協奏曲
アルチェオ・ガリエラ指揮、フィルハーモニー管弦楽団
録音:1957年(モノラル)
・ヴェーバー:小協奏曲
デジレ・デフォー指揮、シカゴ交響楽団
録音:1946年(モノラル)
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
【収録情報】
・ショパン:12の練習Op.10、Op.25
・ショパン:演奏会用アレグロ イ長調
・ショパン:3つの新しい練習曲
・ショパン:幻想即興曲
・ショパン:舟歌
・ショパン:ピアノ協奏曲第2番
フリッツ・ブッシュ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
録音:1950年、53年、56年(モノラル)
R.シュトラウス:ブルレスケ
デジレ・デフォー指揮、シカゴ交響楽団
録音:1946年(モノラル)
・シューマン:ピアノ協奏曲
アルチェオ・ガリエラ指揮、フィルハーモニー管弦楽団
・シューマン:クライスレリアーナ、謝肉祭
・ヴェーバー:ピアノ・ソナタ第1番
録音:1939年、46年、57年(モノラル)
・リスト:ピアノ協奏曲第2番
グィド・カンテッリ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
・リスト:ハンガリー幻想曲
ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団
・リスト:ハンガリー狂詩曲第9番、第11番
録音:1951~53年(モノラル)
・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番~第5番
オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニー管弦楽団
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第24番、第31番
録音:1957、58年(モノラル)
・グリーグ:ピアノ協奏曲
アルチェオ・ガリエラ指揮、フィルハーモニー管弦楽団
録音:1957年(モノラル)
・ヴェーバー:小協奏曲
デジレ・デフォー指揮、シカゴ交響楽団
録音:1946年(モノラル)
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
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