土曜日, 4月 04, 2015

ベートーヴェン トスカニーニ  Beethoven Toscanini























クラシック音楽を本格的に聴きはじめた1960年代後半、当時の指南書のようなものを貪り読んだ。今とは異なり、評論家筋では、フルトヴェングラーが神格化されていた時代で、人気のカラヤン、バーンスタイン如きはまだ軽い、ワルター、ベーム、ライナーなどが良いという評価が多かったように記憶している。もちろん、トスカニーニを押す向きもあったが、モノラル録音は過去のもの、擬似ステレオであっても、これからはステレオ録音でないと・・・というオーディオ・ブームもあってか、エンジェルのフルトヴェングラー盤が鎮座していた。よって、駆け出しのクラシック・ファンがフルトヴェングラーの楽聖ベートーヴェンから聴くのは、いわば常識であった。

時代は下って、先入主なしでトスカニーニに親しむようになる。1930年代から晩年にいたるベートーヴェンの交響曲全集を聴いて、その斬新さに驚き、強烈にこれを意識し、いわば淵源として、ライナーもカラヤンもバーンスタインもセルも、自らの解釈を組み立てているのではないかと思うようになる。以下はその概要。

疾駆するベートーヴェンの1,2番 (amazon.co.jp)

【第1番】 ハイドンの古典的な交響美をよりいっそう厳しく追求したような本曲第1楽章の冒頭から、トスカニーニはいきなりトップ・ギアを入れるような発進である。以降、全般に斧を正確に振り下ろし均一に薪を割っていくような運動を連想させる。第2楽章では効果的に木管を響かせ、第3楽章のメヌエット(というよりもスケルツォ)はとにかく早く、終楽章は音量を一段上げて、歌舞伎の大見得のごとくビシッと極める。
Recorded: No. 1: 21/12/1951 (Session) Carnegie Hall, New York

【第2番】 第1楽章のアレグロ・コン・ブリオの本曲のはじめの聴かせどころの明瞭な処理の「スカット」感から引き込まれる。第2楽章のラルゲットは上質の抒情をたたえ木管楽器の伸び伸びとした響きが気分を寛がせる。後半2楽章は、高性能なスーパー特急に乗っているような抜群の疾走感が味わえる。

Recorded: No. 2:7/11/1949,5/10/1951 Carnegie Hall, New York


【第3番】 スピードとダイナミズムを重視し、緊迫感に満ちた「エロイカ」である。瞑想的なフルトヴェングラーの演奏とは対極に、一切の観念を振り払って、即物的にベートーヴェンの交響曲のもつ造形美を彫刻せんとするような解釈。第2楽章葬送行進曲も感傷的ではなく表情はあくまでも抑制的。しかし、原曲のもつ深い心象は不思議なことに自然に浮かび上がってくる。大家トスカニーニの至芸だろう。ここではティンパニーの思い切った使い方にも注目。第3楽章スケルツォは1番同様、圧倒的な快速感があり、終楽章で緊張感は頂点に達して、終演後「天下の名曲」を堪能した爽快な充足感に満たされる。

Live Recording: 06/12/1953 at Carnegie Hall, New York JVC K2 24 BIT

【第4番】第1楽章の長い導入部はトスカニーニとしては遅いテンポ、じっくりと奏でた後の主部の転換は、強烈な音響の炸裂で劇的に盛り上げる。第2楽章アダージョも緩徐楽章というイメージよりは二度目の転調といった風情で生気に溢れた明るさが身上。第3楽章のメヌエット(というよりもスケルツォに近い)は快速かつハイテンションで一気に疾駆する。終楽章は大きな構えとくっきりとした隈取りで光輝あるエンディングである。シューマンは本曲を「二人の北国の巨人(第3と第5)の間の窈窕(ようちょう)のギリシアの乙女」にたとえたが、トスカニーニの演奏は、どうして乙女ではなく活力に満ちた青年を連想させる。


トスカニーニ的スタイリッシュな演奏 (amazon.co.jp

【第5番】第1楽章、序奏部なしに突然提示される4音の運命動機をこれほど強調し激烈に繰り返し表現する演奏はめずらしい。しかも疾風のようにテンポは速く、金管の被せ方が完璧で全体がひとつの響きに統一されて迫ってくる。第2楽章以降もトスカニーニは手綱をまったく緩めない。木管のパートも表情はむしろ控えめな吹奏で、統一感にいささかの乱れもない。第3楽章はクレッシェンドとディミヌエンドが自在に按配され低弦の迫力が強調される。終楽章は強靭な合奏を楯に、コントロールされた存分の音の奔流で圧倒する。

  【第6番】全般に速度早く固有の表題性をあまり感じさせない。よって、楽章ごとのト書きにそって緩やかに聴きたいリスナーには、なんとせかせかと気ぜわしいことかと感じるだろうが、その実、滋味、潤いは欠かさないトスカニーニ的スタイリッシュな演奏。カラヤンが本盤を徹底的に研究していることがよくわかる。第2楽章の抒情性も甘さはなく微かに芳香する上質な香水のような感じか。第3楽章以降の連続楽章も情景描写よりも激しい内的パッションのほうが勝る雄雄しき「田園」である。


格闘技の如きオケを一瞬も休ませない凌ぎ方 (amazon.co.jp)

【第7番】トスカニーニのリズミックで気迫にすぐれた演奏スタイルからはもっともふさわしいのが本番だろう。叩きつけるような強打のリズムと切り込み鋭い音の彫琢によって激しい展開が最後まで一貫してつづく。第1楽章、オケを一瞬も休ませない凌ぎ方で、まるで格闘技を演じるかのように、よくここまで戦闘的な演奏ができるものだという驚きが走る。その緊迫感は第2楽章のアレグレットでも持続するが、音色の明るさが増しテンポを緩めたメロディアスな部分ではリスナーの別の抒情の感性を刺激する。後半2楽章は、威厳をもって堂々たる「舞踏の聖化」(ワーグナー)のなんたるかを語りかける。

【第8番】第1楽章の冒頭の全合奏からカラリとした晴天に注ぐたっぷりの明光をイメージさせる。第7番の姉妹編のようなリズムの饗宴の一方で、第2、3楽章ではハイドンやモーツァルトの古典に模したような遊び心の展開があり、ここではトスカニーニもベートーヴェンの演奏ではめずらしく実に洒脱な表情をみせる。第4楽章のアレグロ。ヴィヴァーチェは、ふたたび第1楽章の緊張感貫くアプローチに回帰し、引き締まって終結する。

ベートーヴェン : 交響曲 第9番 ニ短調 Op.125 「合唱」 (Ludwig van Beethoven : Symphony No.9 ''Choral'' / NBC Symphony Orchestra | Arturo Toscanini)


最高峰の「第9」 (amazon.co.jp)

【第9番】 フルトヴェングラーのバイロイト盤と双璧をなす最高峰の演奏。演奏時間はフルトヴェングラー盤(約74分)より10分も短く、とにかく速くそして切れ味が鋭い。これよりも速い第9は大所ではミュンシュ(約61分)くらいではないか。

 音にさまざまな「想念」が付着し思索的で粘着度の強いフルトヴェングラー盤に対して、こちらは明燦でかつ「からり」と乾いた感じの音楽であり、純粋な音響美を彫刻していく印象である。しかし、その集中度、燃焼度は凄まじくリスナーは音の強靱無比な「構築力」に次第に圧倒されていく。そこからは「第9とはこういう曲だったのか」という新鮮な発見がある。どの音楽も最高に聴かせるトスカニーニ流とは、スコアから独自の音を紡ぎ出す専門的な技倆と言ってもいいかも知れない。なればこそ、高度な音楽技能者として、その後の指揮者に与えた影響は絶大だったのだろう。

 第4楽章を聴いていて、ベートーヴェンが管弦楽法の究極を追求するために、「楽器としての人声」を独唱と合唱をもって置いたのではないかという仮説をトスカニーニ盤ほど実感させてくれるものはないだろう。第3楽章までの完成されたポリフォニーでリスナーは十分に管弦楽曲の粋を聴き取り、それが第4楽章ではじめて肉声と融合しさらに一段の高みに到達する瞬間に遭遇する。しかもそれは宗教曲の纏のもとではなく世俗的な詩を語ることによって表現される。そうしたアプローチは、ドイツ精神主義とは対極のものかもしれない。しかし、そこには作曲家のひとつの明確な意図が伏在していると感ぜずにはおかない強い説得力がある。トスカニーニ盤は、その意味でも普遍性を意識させるし今日的な輝きをけっして喪っていないと思う。

Beethoven: The 9 Symphonies


規範的名演 (amazon.co.jp)

 トスカニーニのベートーヴェン、指揮者にとってはいまも一種の教則本的な演奏といわれる。初期のカラヤンがこの演奏を強く意識していたことは有名だが、とりわけアメリカで活躍した指揮者にとっては(1950年代以降、否応なく比較の対象になっていたわけだから)、トスカニーニ/NBCの演奏はひとつの「規範」であった。ライナーやセル、バーンスタインらに、殿堂カーネギーホールでの本録音が与えた影響は計り知れない。

 最近、ベートーヴェンの交響曲全集がとても安い価格で市場にでるようになった。有名指揮者の全集を2〜3千円で入手できるのだからオールド・ファンには隔世の感があるが、その中にあっても本全集は、その高質さから抜きんでた「買い物」といえる。1949〜53年の録音であることは明記しておかねばならないが、はじめて聴くリスナーにとって、演奏そのものには、古さを感じるよりもおそらく新鮮な驚きがあるだろう。堅牢な楽曲アプローチ、明快かつ曖昧さのない解釈、専用オケたるNBCの忠誠と集中力ーそこから導かれる完璧なハーモニー、独特のダイナミズムと軽快なリズム・速度感。数多あるベートーヴェン交響曲全集中、今日でも最高峰の記録といえる。

(参考)トスカニーニ ベートーヴェンの演奏 主要各番別レビュー
第1番、第2番:ベートーヴェン : 交響曲第1番ハ長調Op.21
第3番:ベートーヴェン:交響曲第3番(XRCD)
第5番、第6番:ベートーヴェン : 交響曲第5番ハ短調Op.67 「運命」
第7番:ベートーヴェン:交響曲第1番&第7番[XRCD]
第9番:ベートヴェン:交響曲第9番「合唱」(XRCD)
    
トスカニーニ1939年のベートーヴェン:交響曲全集


 トスカニーニ ベートーヴェン「旧盤」(1939年) (amazon.co.jp)

1939年10月28日から12月2日まで、ニューヨークのNBC8Hスタジオ(9番のみカーネギー・ホール)で集中的に録音された記念碑的なベートーヴェン交響曲全集。

一般には1949〜53年に録音された Beethoven: The 9 Symphonies がより廉価で録音も聴きやすくこちらがお奨めですが、トスカニーニのファンには本集も捨てがたい魅力があります。

1937年12月、トスカニーニのために組成されたNBC交響楽団の初期における渾身の録音であることが第1の理由です。翌年の十八番の名演 ヴェルディ:レクイエム&テ・デウム(トスカニーニ指揮1940年ライヴ) も聴きものですが、人口に膾炙したベートーヴェン交響曲全集ゆえ、当時のインパクトは現在では考えられないくらい大きなものがあったでしょう。

 放送用録音ゆえに、聴取環境が悪くても、ある程度クリアに聴くことができるような配慮でしょうか、隈取のはっきりした演奏です。金管の強調されすぎや低音部の音痩せには忍耐がいります。演奏の特色としては、アポロン的明燦さときわめて明確な解釈を強く感じます。全体として短めにフレーズを処理し、きっちりと音束を揃えた歯切れのよさが身上です。しかし、迸る情熱は凄まじく、2,4,6番などの緩徐楽章は快速で小気味よく展開し、その一方、3,5,7番の終楽章などの追い込みの迫力は圧倒的です。真の歴史的名演です。

◆ベートーヴェン/交響曲全集&序曲集

第1番(1939年10月28日)
第2番(1939年11月4日)
第3番『英雄』(1939年10月28日)
第4番(1939年11月4日)
第5番『運命』(1939年11月11日)
第6番『田園』(1939年11月11日)
第7番(1939年11月18日)
第8番(1939年11月25日)
第9番『合唱』(1939年12月2日)※

『エグモント』序曲(1939年11月18日)、『レオノーレ』序曲第1番 (1939年11月25日)、同第2番(1939年11月25日)、同第3番 (1939年11月4日)

※ジャルミナ・ノヴォトナ(ソプラノ)、ケルステン・トルボルイ(アルト)、ジャン・ピアース(テノール)、ニコラ・モスコーナ(バス) ウェストミンスター合唱団(於:カーネギー・ホール)

Beethoven: Symphony No.1 & 4
http://www.amazon.co.jp/Beethoven-Symphony-No-1-Ludwig-van/dp/B00006L3W3/ref=sr_1_5?s=music&ie=UTF8&qid=1428168375&sr=1-5&keywords=toscanini+beethoven+bbc

Toscanini & The BBC Symphony Orchestra
http://www.amazon.co.jp/Toscanini-Symphony-Orchestra-Mary-Jarred/dp/B0006DTZV6/ref=sr_1_2?s=music&ie=UTF8&qid=1428168375&sr=1-2&keywords=toscanini+beethoven+bbc

Beethoven: Symphony No 6
http://www.amazon.co.jp/Beethoven-Symphony-No-Arturo-Toscanini/dp/B0001FYQZY/ref=sr_1_3?s=music&ie=UTF8&qid=1428168375&sr=1-3&keywords=toscanini+beethoven+bbc

Icon
http://www.amazon.co.jp/Icon-Arturo-Toscanini/dp/B00AFARIZA/ref=cm_rdp_product_img

 トスカニーニ/BBC交響楽団(ロンドン、クイーンズ・ホール)による録音集。トスカニーニのためにNBC交響楽団がアメリカで組成されたのが1937年12月なので、この時代のNBC音源をすでに持っておられたら、同時期、海をわたった米英の2つの代表的放送用管弦楽団の聴き比べができるのがひとつの魅力。固い一方ではなく、ロンドンっ子を前に、エニグマ Mer/Enigma Vars Op. 36/Invitation to the Dance/& などのライヴでは洒脱な棒さばきも楽しめます。ただし録音を気にされる向きは1950年代、晩年のNBC響収録のものが言うまでもなく良いでしょう。

【収録情報】
<ベートーヴェン>
交響曲第1番(1937年10月25日&1938年6月2日)
交響曲第4番(1939年6月1月)
交響曲第6番 『田園』(1937年6月17日、10月21-22日)
交響曲第7番 (1935年6月14日ライヴ)
序曲『レオノーレ』第1番(1939年6月1日)
序曲『プロメテウスの創造物』(同上)

<ブラームス>
交響曲第2番(1938年6月10月ライヴ)
交響曲第4番(1935年6月3&5日)
悲劇的序曲 (1937年10月25日)

<ワーグナー>
『ファウスト』序曲
楽劇『神々の黄昏』より『ジークフリートの死〜葬送行進曲』
楽劇『パルジファル』より『前奏曲〜聖金曜日の奇跡』(以上、1935年6月5日ライヴ)

<ロッシーニ>
歌劇『絹のはしご』序曲(1938年6月2日ライヴ)
歌劇『セミラーミデ』序曲(1935年6月12日ライヴ)

<その他>
・モーツァルト:歌劇『魔笛』序曲(1938年6月2日ライヴ)
・メンデルスゾーン:『夏の夜の夢』〜ノクターン、スケルツォ(1935年6月14日ライヴ)
・ウェーバー:舞踏への招待 Op. 65 <ベルリオーズ編>(1938年6月2日)
・ドビュッシー:『海』(1935年6月12、14日ライヴ)
・シベリウス:交響曲第2番 (1938年6月10日ライヴ)
・エルガー:創作主題による変奏曲『エニグマ』(1935年6月3日ライヴ)

0 件のコメント: