◆まず、関連ブログからの引用で、ハンス・ロスバウト、その人となりを転載。
ハンス・ロスバウト(1895年7月22日~1962年12月29日)はオーストリアのグラーツ生まれ、同時代人のなかでも現代音楽への造詣が深いことで知られる。
その指揮活動は、1921年マインツを皮切りに1928年にはフランクフルトのヘッセン放送響(Hessicher Rundfunk)の音楽監督に就任する。当時からシェーンベルク、バルトークらの作品の紹介に尽力するが、ナチ政権下で活動が制約され、1937年には政治的理由からフランクフルトを追われ、ミュンスターの音楽総監督を務め、その後3年間をストラスブール(Orchestre philharmonique)で過ごした後終戦を迎える。
戦後は早くも1945年、アメリカ占領統治下、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任。以降、バーデンバーデンに新設された南西ドイツ放送交響楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の指揮者として活動した。
1954年には、シェーンベルクのオペラ「モーゼとアロン」を初演、また、ドナウエッシンゲン音楽祭(現代音楽のフェスティバル)をSWR交響楽団を率いて再興した。
古典の演目では、エクサン・プロヴァンスのモーツァルト・オペラやグルックやラモーの初期作品の紹介でも功績があった。収録された遺産において卓越しているのは、ブルックナー、マーラー、ストラヴィンスキーおよびブーレーズなどといわれる。指揮者としては円熟期にある67歳、ルガノ(スイス)で逝去。
http://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Rosbaud
ハンス・ロスバウト Hans Rosbaud (ブルックナー・ブログ)
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◆次に、いま聴いているブルックナー選集のデータ一覧を。
交響曲第2番 ハ短調 WAB 102 (1877年稿・ハース版)
Symphony No. 2 in C Minor, WAB 102 (1877 version, ed. R. Haas)バーデン・バーデン南西ドイツ放送交響楽団 - South West German Radio Symphony Orchestra, Baden-Baden
- ハンス・ロスバウト - Hans Rosbaud (指揮)
- 録音: 10 and 13 December 1956, Baden-Baden, Germany
Symphony No. 5 in B-Flat Major, WAB 105 (1878 version, ed. L. Nowak)
- バーデン・バーデン南西ドイツ放送交響楽団 - South West German Radio Symphony Orchestra, Baden-Baden
- ハンス・ロスバウト - Hans Rosbaud (指揮)
録音: 21 October 1953, Baden-Baden, Germany
交響曲第7番 ホ長調 WAB 107 (1885年稿・ハース版)
Symphony No. 7 in E Major, WAB 107 (original 1885 version, ed. R. Haas)
- バーデン・バーデン南西ドイツ放送交響楽団 - South West German Radio Symphony Orchestra, Baden-Baden
- ハンス・ロスバウト - Hans Rosbaud (指揮)
録音: 27 and 30 December 1957, Loffenau, Germany
交響曲第8番 ハ短調 WAB 108 (1887年稿および1890年稿・ハース版)
Symphony No. 8 in C Minor, WAB 108 (ed. R. Haas from 1887 and 1890 versions)
- バーデン・バーデン南西ドイツ放送交響楽団 - South West German Radio Symphony Orchestra, Baden-Baden
- ハンス・ロスバウト - Hans Rosbaud (指揮)
録音: 17 November 1955, Baden-Baden, Germany
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◆以下、全体の印象と各番別に若干の感想を。
ブラームスにせよブルックナーにせよ、ドイツの田舎で自前の管弦楽団で聴く演奏には滋味溢れたいわゆる土着の魅力がある。そうした意味ではバーデン・バーデンはドイツ有数の保養地で富裕層も集まりちょっとニュアンスは異なるが、そこを本拠とする南西ドイツ放送交響楽団には、温浴療法のあとコンサートで心身ともにリフレッシュしたいといった潜在的なニーズは高いだろう。
ここで最高の音楽を!とまではさすがに期待はしないだろうが、耳の肥えたリスナーに満足のいく一定のレヴェルは要求される。永らく初代シェフを務めたロスバウトは、現代音楽の第一人者で幅広いレパートリーを誇った手堅き匠であり、ブルックナー演奏にも定評があった。
以下は本集で初出の第2番(1956年12月10日、13日)について。録音が悪く音がやせている(特に管楽器が弱い)のだが、弦楽器の響きは比較的きれいに録れている。全体として落ち着いた演奏である。ともすれば平坦な演奏になりがちで、聴かせどころの処理の難しい第2番だが、第2楽章の生き生きとした表現ぶりは好感がもて、細かく気をつかいながら一時も飽きさせない。第4楽章に入るとオーケストラのノリが俄然良くなり、陰影に富み濃淡のはっきりとついた豊かな表現が迫ってくる。これで管楽器の質量があって録音がもう少し良かったら本当に素晴らしいのにと惜しまれる。
野太いブルックナーで骨格線が透視できるような演奏。低弦の厚みある合奏が強調されて全体に重量感がある。
第2楽章はコラール風の親しみやすいメロディよりも、リズムの切れ味のほうが先立つ感じ。音に弛みがない。ヨッフム同様、オーケストラにエネルギーが徐々に蓄積されていくようなブルックナー特有の緊張感が次第に醸成されていく。南西ドイツ放送交響楽団はけっして上手いオケではないが、一徹にブルックナー・サウンドづくりに集中していく様が連想され好感がもてる。
思い切り明るい色調の第3楽章はテンポをあまり動かさず、小細工を用いずに「素」のままのブルックナーの良さを自信をもって提示しているかのようだ。
第4楽章もリズムの切れ味のよさが身上で、フーガ、二重フーガ、逆行フーガといった技法も、リズミックな処理と自然な「うねり」のなかで生き生きと息づく。最強音の広がりは本録音の悪さでは実は十分には把捉はできないのだが、以上の連続のなかでフィナーレの質量の大きさは想像しうるしそれは感動的。ロスバウトの根強いファンがいることに納得する1枚。
これは卓越した演奏である。はじめはなにげなく聴いていたのだが、徐々に引き込まれロスバウトのブルックナーのアプローチに強い魅力を感じた。
沈着冷静にして、細部をゆるがせにしない丹念な演奏である。その一方で、曲想を完全にわがものとしており、その表現ぶりに曖昧さがない。第1楽章の終結部の音量の規則的リニアな増幅の効果、第2楽章アダージョのきらめきを感じさせつつも滔々たる流れ、第3楽章の厳格なテンポのうえでの凛としたスケルツォ(実に気持ちの良い整然さ)、終楽章も小細工なく、ある意味恬淡にキチンとこなしていくが、ニュアンスは豊かでブルックナーらしい律動感が保たれて心地よい。聴き終わったあとの爽快感がひとしおである。
しかし、そればかりではない。大指揮者時代を生きたロスバウトの演奏には、音楽の霊感といった技術を超えるものの自覚ももちろんあったと思う。8番ではそれを強く感じさせる。それはブルックナーの8番が宿している「天上と地上の架け橋のような音楽」でこそ顕著にあらわれる。
諦観的、瞑想的な第3楽章ははるかに「天上」を仰ぎ見ているかのようだが、第4楽章は、ふたたび「地上」に舞い戻り、激しくも強靭なブルックナー・ワールドがそこに展開される。好悪を超えて、優れた演奏成果であることはブルックナー・ファンなら誰でも首肯するだろう。現代の若手指揮者にも聴いてほしいブルックナー音楽の真髄に迫ろうとする内容の豊かな演奏である。
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