イギリスの女優ハリエットへの熱愛、挫折をへて後のベルリオーズの社会的成功とともに、思いが叶い幸福の絶頂となるが、実はこれが生涯の心労のはじまり。後半生、男女愛憎乱れる複雑な人間関係に発展していくことになる。作品が作曲家の実生活と関係しているかどうかは、音楽を聴くうえでさして重要でない場合も多い。しかし、標題音楽をかかげ一種の私小説的なストーリー性をもった「幻想交響曲」の場合は別である。あのなんとも魔的でおどろおどろしい世界は、毒をふくんだような強烈な刺激をもっているし、ベルリオーズの創作の秘密(懊悩をスコアにぶつける方法論)もそこにあると言ってよいと思う。
「幻想」での悲恋はその後、紆余曲折をえて実り、ベルリオーズは憧れのハリエット・スミスソンと結ばれる。しかし、実はここからが新たな男女の縺れのはじまりであり、 ベルリオーズは社会的な名声をえる一方でスミスソン、そして若い愛人との婚姻、恋愛関係では一生悩むことになる。つまり、「幻想」はその後現実に雲散霧消したのではなく終生、ベルリオーズにメフィストのように纏わりつくのである。 彼は死の床で第5章を反芻していたかも知れない。
さて、その「幻想交響曲」をいかに演奏するか。シャルル・ミュンシュの書いた『指揮者という仕事』(福田 達夫訳、春秋社1994年)は、この点でとても参考になる本である。ミュンシュは、ある意味、気まぐれで空ろぎやすい聴衆に、いかに音楽を聴かせるかに意を砕くが、「彼は音楽のドラクロアであるが、それは彼が厳密な計画にしたがって組み立てているからではなく、大きな色斑をまき散らした大壁画(フレスク)によってやっているからだ。すべてが自然よりも壮大であり行き過ぎている」(p.73)と言う。
ミュンシュ/ボストン交響楽団による幻想交響曲。「幻想」では、クリュイタンス、マルケヴィッチやベイヌムも良い演奏だが、ミュンシュのちょっと真似のできないスケール感はやはり大書しておくべきだろう。ミュンシュには多くの録音があるがこれは旧盤。
構えが大きく立派で、全般に運行早く軽快なテンポを保ち、熱っぽく汗が迸るような演奏であることがミュンシュの特色である。
クラシック音楽を聴きはじめた頃、1968年11月6日にミュンシュは逝去した。直後の11日に追悼記念コンサートのテレビ放映があり、その演目は「幻想」であった。当時は、こうした映像自身がめったに紹介されることがなかったから、この貴重な記録を食い入るように魅入った思い出がある。十八番を演じる千両役者の風格があった。
【以下は引用】
情熱とドラマが持ち味だったミュンシュのトレードマーク、幻想交響曲。
フランスの大指揮者、シャルル・ミュンシュのボストン交響楽団音楽監督時代の録音。ベルリオーズの「幻想交響曲」は、広い守備範囲を誇ったミュンシュのレパートリーのなかでも中心的な作品で、生涯に5回も録音している。そのうち2回はボストン交響楽団とのもので、本作はその最初の方。54年というステレオ最初期の録音ながら圧倒的な鮮度を保ち、華麗なサウンドを構築するミュンシュの手腕に名門ボストン響が十全に応えている。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00SRVBTK4/ref=cm_cr_asin_lnk
ミュンシュらしい大書揮毫のような思いきった迫力の演奏。しかし、力押しばかりではなく、たっぷりと叙情の旋律をふくませた懐の深さも特質。テンポは緩急自在、全般には速く凝縮された緊張感が支配するが、第3楽章冒頭や中間部などでは大胆に減速しボストン響の木管の名手の腕も最大限アピールしている。このあたりの差配のうまさこそ老練さのなせる技だろう。また、弦楽器には濃やかな表情づけをほどこし、饒舌なささやきぶりは、一途な純情と抑えきれない情念の内面的確執の見事な語り手となっているようだ。管楽器のボリューム感も十分、終楽章では2音階の鐘も立役者として前面にでる。
【以下は引用】
シャルル・ミュンシュ指揮、ボストン交響楽団演奏によるアルバム。巨匠ミュンシュの十八番であった「幻想交響曲」にはいくつもの録音が残されている。本作はその中で、より大きな起伏の描き方がさえる1962年録音を収録。
ベルリオーズ:幻想交響曲
ーーーーーーーーーーー→
<以下はHMVからの引用>
1967年、フランス文化相アンドレ・マルローの提唱により創設されたパリ管弦楽団は「諸外国にパリおよびフランスの音楽的威信を輝かすこと」を使命とされた、まさにフランスが世界に誇ることを目指したオーケストラでした。その初代音楽監督に選ばれたのが、70歳を越えたフランスを代表する指揮者、シャルル・ミュンシュ。この『幻想交響曲』はミュンシュが最も得意とした曲のひとつであり、パリ管弦楽団の記念すべき最初の演奏会での演目。熱のこもった力溢れる名演です。
ーーーーーーーーーーーーー
当時、アンドレ・マルローの威令はゆきとどき、小生もご多聞にもれず流行していた彼の小説を何冊か読んだ(いまはほとんど内容を忘れているが、人の顔の抉るような描写のうまさに感心したことだけは覚えている)。
マルロー閣下主導、鳴り物入りのパリ管だったが、結果的にミュンシュは無理がたたり命を縮めてしまったような気がする。1967年の「幻想」はまさにパリ管への悲しき置き土産となった。
この演奏は、けっして「美しく」はない。むしろ、ベルリオーズのもつおどろおどろしさも垣間見えるし、腺病質的な危うさもときに顔をだす。「幻想」のもつ複雑な心理描写をトータルとしてもっとも的確に表現しているように思う。
ボストン時代から手中の演目だが、ミュンシュは録音にあたって吟味し直し考えぬき、表現しつくしてやろうとの気概のようなものを感じる。
なお、パリ管への管弦楽の統制は緩めで、パート演奏がややデフォルメされる傾向もある。ここを次に音楽監督についたカラヤンは気にいらず鍛えなおしたエピソードは有名。その意味では、ミュンシュ/ボストン響の完成度の高い演奏を第一とする見方もある。
ベルリオーズ 幻想交響曲
ミュンシュ
織工 の選ぶ 幻想交響曲 10選
0 件のコメント:
コメントを投稿