日曜日, 2月 23, 2025

テレサ・テン

 テレサ・テン

テレサ・テン
BS朝日『ザ・偉人伝 テレサ・テン 30年目の歌声~時の流れに身をまかせ~』
2025年2月23日(日)よる9:00~10:54放送

番組を堪能した。美しく伸びやかな声で音程が抜群。声量の大きさよりも無理のない発声法により、難しいパッセージもなんなく歌い上げ、表現力の豊かさが際立つ。番組では美空ひばりとの共通点についてふれていたが、天才少女歌手が歌姫に成長、開花していく点で二重写しに見える。語学的な才能と美貌に恵まれ、その魅力は、実際接した関係者には計り知れないものがあったことだろう。

【以下は引用】
BS朝日『ザ・偉人伝 テレサ・テン 30年目の歌声~時の流れに身をまかせ~』は2月23日(日)放送。没後30年を迎えるにあたり、テレサ・テンの足跡と彼女の壮絶な人生を辿り、アジアの懸け橋となった歌声の魅力に迫る。

<内容>
『日本中を虜にした不世出のアジアの歌姫』歌手・テレサ・テン

「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」など、せつない女心を美しくも情念を感じさせる声で歌い上げ、アジア全域を魅了したテレサ・テン。その透き通った歌声は、想像を絶する波乱の道のりを歩んだ人間だからこそ出せる、唯一無二の歌声なのかもしれません。
●日本の歌姫に触れた幼少期――中国大陸出身の両親が戦後、台湾に渡り、各地を転々とするなかで生を受けたテレサ。ラジオから流れてきた美空ひばりの「リンゴ追分」が幼心に刺さり、歌手を志す。テレサは家計を支えるため、中学を2年で退学し、13歳で歌の道へ。
●瞬く間にアジアのスターへ――台湾テレビの専属、中国テレビの専属などを経てその人気はアジアに拡大。18歳で東南アジアツアーを開始し、1972年、19歳で香港10大スターに選出される。翌年、日本デビューを果たし、「空港」で日本レコード大賞新人賞を手にする。
●日本からの国外退去――東南アジアでの人気を不動のものにしたテレサを予期せぬトラブルが襲う。不正なパスポート取得を理由に1年間の国外退去処分がくだる。日本での活躍が期待されるなか不運に見舞われてしまう。
●恋人との別れと「つぐない」の誕生――しかし、テレサの苦境は彼女の歌が打ち破っていく。彼女の人気は留まることが無く、見事、復活。日本では「つぐない」が大ヒットするが、この曲はテレサが恋人と別れ、歌い続ける道を選んだがゆえに生まれた作品だった。
●あまりにも早過ぎる旅立ち――荒木とよひさ作詞、三木たかし作曲による「つぐない」を皮切りに、テレサは二人が手掛けた「愛人」「時の流れに身をまかせ」などヒットを連発し、日本での人気を不動のものに。しかし1995年、42歳という若さでこの世を去ってしまう。
戦後の影響が色濃く残る時代に、台湾、中国、日本など同じアジアながら文化の違う国で、それぞれの国民を魅了してやまなかったテレサ・テン。没後30年を迎えるにあたり、その足跡と彼女の耐え難いほどの壮絶な人生を辿り、アジアの懸け橋となった歌声の魅力に迫る。
番組ページ
https://www.bs-asahi.co.jp/the_ijinden/#20250228

テレサ・テン

プロフィール

1953年台湾雲林県に生まれ。14歳の時に台湾で歌手デビュー。映画にも進出、アジアを代表するスターへと成長。74年に「今夜かしら明日かしら」で日本進出。2ndシングル「空港」が大ヒットし、同年の日本レコード大賞で新人賞を獲得。84年に再来日、「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」と連続ヒットを飛ばし、日本歌謡曲史に大きな足跡を残したが、95年に滞在先のタイで気管支喘息の発作による呼吸困難により42歳で客死。

2012/07/30 (2019/07/30更新) (CDジャーナル)

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