天下のウィーン・フィル。指揮者列伝でも数え上げていったら星の数ほどキリがない。ここは独断と偏見(小生の好み)で、5人を選んでみた。
“ウィーン子”クレメンス・クラウスはやはり外せない。ニューイヤーコンサートでもウィーン国立歌劇場の主力演目でもこの人のひいた路線はいまも健在である。
クナッパーツブッシュは、フルトヴェングラー、トスカニーニよりもウィーン・フィルでは人気があったとか。なにしろ練習しないでいきなり本番、でも聴衆は大喝采なのだから嫌われるはずはない。ここではお家芸たるワーグナーとブルックナーを選んだ。
ワルターはナチスの台頭で欧州から志半ばで退いて渡米した。しかし、ウィーン・フィルとの1930年代の古い録音はその時代を反映してか凄い演奏。ここではモーツアルトとマーラーを選んだ。
クーベリック、ちょっと歴史の歯車が違っていたら、ウィーンでもっと多くの名演を紡いだかもしれないが、重鎮ベーム、カラヤンに押しのけられてしまった感もある。ここでは、得意のスラブものを聴き直してみたい。
さて、カルロス・クライバー。父エーリッヒはクレメンス・クラウスと双璧の巨匠といわれたが、父子鷹の息子は、演目によってはときにベーム、カラヤンを凌ぐ切れ味をみせた。ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスをここでは掲げた。
クレメンス・クラウス
古き良きウィーンの時代、巨匠にしてその薫り高き立役者の一人が、クレメンス・クラウスであった。”ウィーン子”としては珍しく、ワーグナー指揮者としても著名で、クナッパーツブッシュとともに『指輪』、『パルジファル』のバイロイト全曲録音(1953年)にくわえて、『オランダ人』(1944年)、『マイスタージンガー』(抜粋、1933年)などもバイエルン、ウィーンの両歌劇場オケと残している。
両シュトラウスも独壇場。R.シュトラウスはオペラの初演はもとより、主要演目のほとんどを手がけており、作曲家本人の信任がすこぶる篤かった。最小タクト・コントロールでもご両人は共通していたようだ。
ドン・ファン、大胆なドライブ感 (amazon.co.jp)
ヨハン・シュトラウス一家の演奏でもはやくから膨大なる記録があるが、若きボスコフスキーなどウィーン・フィルの名手にして後継者を自らの手で”巣立ち”させたほか、定例のニューイヤーコンサートの輝かしい初代指揮者でもあった。
その一方、ウィーン・フィルのメインロードたるモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスなどの交響曲では、好敵手エーリッヒ・クライバーにくらべて体系的な録音は行っていないが、ワーグナー、R.シュトラウス以外の歌劇や宗教曲でも数多くの成果が知られており、そのレパートリーの広さからも当代一流の大家であったことがわかる。
過酷なスケジュールが災いしてかメキシコでの客死が惜しまれるが、フルトヴェングラーと同様、この時代の巨匠指揮者の宿命であったかも知れない。この二人はあと5年、存命していたら、ステレオ録音でその鮮烈なる成果を後世に問えたのにと残念である。
ちなみに100枚近くの以下の集大成があるが、同一演目の複数録音があまりに多く、あくまでもディープなファン向けであろう。
クレメンス・クラウス/クレメンス・クラウス・コレクション ~1929-1954 Recordings (tower.jp)
ウィーンの巨星 クレメンス・クラウス (shokkou3.blogspot.com)
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クナッパーツブッシュ
クナッパーツブッシュのウィーン・フィルとのコラボ集。J.S.バッハからワーグナーまで、ドイツ音楽の正統にくわえて、モーツァルト、シューベルト、ブルックナー、ヨハン・シュトラウス2世といったオーストリア所縁の演奏も充実、これは相性の良かったウィーン・フィルならではだろう(ここでは、ワーグナーとブルックナーを以下記載 ★は同一演目の複数録音)。
(収録情報)
【ワーグナー】
★「リエンツィ」序曲 (1)Rec: 1940、(2)Rec:June 1950
「タンホイザー」~ 序曲とヴェヌスベルクの音楽 Rec:May 1953
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲 Rec:September 1951
「さまよえるオランダ人」序曲 Rec:May 1953
「トリスタンとイゾルデ」から1.前奏曲 Rec:,September 1959
「ワルキューレの騎行」 Rec:May 1953
★「ジークフリート牧歌」(1)Rec:1 April 1955、(2)21 May 1963
★「神々の黄昏」~ジークフリートのラインへの旅 (1)Rec: 12 May 1940、(2)Rec:31 January 1942、(3)Rec:,June 1956
★「神々の黄昏」~葬送行進曲 (1)Rec:31 January 1942、(2)Rec:,June 1956
「パルジファル」~第1幕への前奏曲と第1幕「舞台転換の音楽」 Rec:June 1950
【ブルックナー】
交響曲第3番 (1889-90,Schalk-Loewe edition) Rec:April 1954
★交響曲第4番 (1888,Loewe edition) (1)Rec:April 1955、(2)Rec:12 April 1964
交響曲第5番 (1894,Schalk edition) Rec.May 1956
交響曲第7番 Rec:30 August 1949
交響曲第8番 (1892,Schalk version,Oberleithner edition) Rec:29 October 1961
クナッパーツブッシュを聴く
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クナッパーツブッシュの芸術 with ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 (shokkou3.blogspot.com)
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ワルター
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古きワルター/ウィーン・フィルのモーツァルト。1936年、1938年の録音で、1876年生まれのワルターは知命を迎えており気魄充実の記録といえるだろう。一般には録音状況がよく、すべてを廉価盤で聴くことができる Bruno Walter Conducts Mozart を選択すべきであろうが、ウィーン・フィルの響きで是非聴いてみたいというワルター・ファンには一聴の価値はあるだろう。音は良くないが、「プラハ」は豪胆な演奏で後半にいくほど苛烈さがましていく。一方で「ジュピター」はこれにくらべると標準的な響きに聴こえる。
小生は、一切の技巧を排した、ワルターらしい自然体の『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』が楽しめた。
→ Wiener Philarmoniker 10 CD-Set で廉価入手可能
マーラー:交響曲第9番
マーラー逝去の翌年1912年6月にワルター/ウィ−ン・フィルによって初演された本曲。本盤は約四半世紀後、同じ組み合わせでの歴史的なライヴ演奏(SP録音の復刻)。その後、ワルターは初演から約半世紀後、晩年の1961年にもコロンビア響 Bruno Walter Conducts Mahler で再録を行っている。
初演者ならではの「絶対価値」的な呪縛からか、本38年盤以降、9番の録音はながく封印されていた。その呪縛を解いたのもワルター自身であり、氏没後、バーンスタイン(1965年)Complete Symphonies、クレンペラー(1967年)Mahler: Symphony No 9 らの非常な名盤の登場によって一気に本曲の普及がすすむ。
38年盤、61年盤とも、それぞれの個性と価値をもつが、第3楽章までの解釈には基本的に大きな相違は感じない。その一方、38年盤第4楽章の速いテンポと感情表出には強い驚きがある。いまと違って、長大なマーラーの9番に聴衆の集中力を途切らせないために、「きわめて反抗的に」盛り上がる第3楽章ロンド・ブルレスケ(戯れの曲)のあと、ワルターはあえてこうした斬新なアプローチをとったのかも知れない。対して61年盤では「さらば、わが糸のすさびよ」(マーラー草稿最終ページ)の如き、滔滔たるマーラー最後のアダージョである。
一般には録音状況がよく、かつ細部まで目届きされマーラー解釈が濃縮されている61年盤を選択すべきだろうが、本盤の独特な緊張感にも比類ない感動がある。
Mahler: Das Lied von der Erde / Bruno Walter
キャスリーン・フェリアーのマーラー演奏はいまに聴き継がれている。第2番(クレンペラー)Mahler/ Symphony No.2 、第3番(ボールト)Symphony No.3 Kindertotenlieder のほか、第4番Mahler: Symphony No.4 とこの「大地の歌」( Gustav Mahler: The Symphonies, Das Lied von Der Erde(The Song of The Earth) 所収)はワルターとの共演である。
フェリアーは翌年、41才の若さで病没するので、結果的に彼女の晩年の貴重な音源となり、しかも本曲第6楽章は「告別」なので、そのアナロジーからも伝説になった録音である。
けっして美声とは言えないだろうが、芯の通った独特の声であり、かつ低音部の迫力がオーケストラに負けていないことがフェリアーの特質であり、偶数楽章はバリトンでも演奏可の本曲において、フェリアーに最もふさわしい演目であったかも知れないと思う。
ワルター/ウィーン・フィルの響きは(ワルター/ニューヨーク・フィル1960年盤に比べても)思いのほか重いのだが、その重みに耐えているような悲痛な詠唱である。その迫力と説得力は余人を寄せつけない。
なお、ワルターのマーラー演奏のラインナップについては、The Original Jacket Collection:Bruno Walter Conducts Famous Mahler & Bruckner も参照。また、ワルターの「大地の歌」については、前述の マーラー:交響曲「大地の歌」 も重要で、録音の良さも加味して一般的に選ぶのならこちらに軍配を上げるべきかも知れない。
クーベリック
ブラームス交響曲全集は、第4番(1956年3月24-25日)、第2番(1957年3月4-8日)、第1番(同年9月23-24日)、第3番(同年9月28-29日)の順で、ウィーン・ゾフィエンザールにてDECCAによってステレオ初期収録されたもの。フルトヴェングラー亡き後、カラヤンのウィーン席巻までの空隙を埋めるかのように、俊英クーベリックがいかに当時注目されていたかの証左。演奏は作為性のないストレートな解釈だが、ときに凝縮されたパッショネイトさもあって第2番、第4番など実に好演(但し、音は籠もってややクリアさに欠ける)。その後、同じDECCAで斬新なカラヤン盤(第1番、第3番)が出たので、いわば本全集はお蔵入りになってしまったが、クーベリック後継全集盤(バイエルン放送響)と聴きくらべても遜色のない出来映えである。若きクーベリックのウィーン・フィル操舵の見事さは刮目に値するだろう。その確かなメモリアルである。
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ドヴォルザークでは前年にいれたスラヴ舞曲集(Op.46、Op.72)の抜群の切れ味にくわえ、さらに音に磨きをかけるような交響曲第7番&第9番のカップリングである。1956年初期ステレオ録音ながらDECCA特有のほのかな艶やかさはある。第7番は濃厚に表情をつけて陰影ふかき音を奏でている。いまふうに言うなら中期のマーラーを聴いているような錯覚すらある。一方、第9番は一切の虚飾も小細工もなく正攻法の演奏。それでいて、否、それゆえにウィーン・フィルの音のふくよかさと奏者の技量が前面にでている。並入る『新世界から』の録音でいまも現役盤を維持しているのは、いかにこの演奏がリスナーの心に響いてきたかの証しだろう。暗さがない。希望と共にある、といった屈託のなさと胸をはって前をみる矜持がそれを支えているのではないかと感じる。
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ウィーン・フィルがこんなに火のついたような”熱い演奏”をするのか!しかも演目はスラヴ舞曲集。クーベリックはものの見事に“じゃじゃ馬”ウィーン・フィルを乗りこなしている。この1点においては、ベーム、カラヤン以上かも・・・。
それは、本曲へのクーベリックの指示の周到な的確さとなによりも”迸るような熱意”によるのだろう。シカゴ響で詰め腹を切らされて欧州に戻って2年後、1953年にウィーン・フィルと入れた本録音の“吹っ切れた”ような演奏の凄味はなんとも異質である。ウィーン・フィルがときにこんなトリッキーな烈しい演奏もするんだという驚きとともに、録音は良くないことはあらかじめ覚悟して一聴をお奨めしたい。思いきり楽しめますよ。
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クーベリックには、バイエルン放送交響楽団とのマーラー交響曲全集(録音:1967-71年、ミュンヘン、ヘルクレスザールにおけるステレオ録音)があり代表盤のひとつである。
第1番ではほかに数種のライヴ盤が残されている。バイエルン放送響との1979年2月11日の録音 Mahler Symphony 1 、20年前のRAIトリノ交響楽団とのもの(録音:1959年4月24日) Mahler/Janacek: Symphony No 1 に加えて、本盤はRAI盤からさらに約5年前の1954年6月にウィーン・フィルを振っての音源で、クーベリック40才頃の録音。シカゴを去って、コヴェント・ガーデン王立歌劇場の音楽監督に就任する前年にあたり、ウィーン客演時の記録である。
1951年の5番(コンセルトヘボウ)のライヴ演奏 Mahler: Symphony No.5 もすばらしかったが、本盤もそれに負けない魅力をたたえる。なんといっても音響のみずみずしさが新鮮だ。第1楽章、弦のフラジオレット、郭公の鳴き声からホルンに続く、柔らかで包み込まれるような弦と木管の融合には至福感がありこれが途切れることなく終楽章まで続行する。全体に自然体な構え、素直で伸び伸びとし奇を衒うことなき運行、ウィーン・フィルの最良のものを引き出している。
ワルター/ニューヨーク・フィル盤が世にでたのが同年の1954年。ワルター/コロンビア響盤が1961年、バーンスタイン/ニューヨーク・フィル盤が1966年のリリースであったことを考えると、このクーベリック盤の先駆性に思いはいたる。
クーベリックとウィーン・フィル(1950年代の邂逅) Rafael Kubelík (shokkou3.blogspot.com)
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