日曜日, 6月 29, 2008

サイモン・ハルシー(Simon Halsey) ブルックナー ミサ曲第2番

 今日はSimon Halsey/CBSO(バーミンガム市交響楽団)合唱団で、ブルックナーのミサ曲第2番ほかを聴く。 以下は関連サイト(ベルリン放送響)からとったものの簡易意訳で正確ではないが概要はわかろう。
 本盤は1990年、彼が32才の時の録音だが、ブルックナーの心情の吐露を無理なく表現しようとしているような感じ。ミサ曲2番は合唱と管楽器のみで演奏される<変則>ながら、その違和感がまったくない。合唱の柔らかな響きが弦楽器に見事に代替しているように聞こえる。実に自然な一体感である。
 なお、「2つのエクアーレ ハ短調」(1847年)、「アヴェ・マリア」(1861、1882年)、「乙女らは王の御前に導かれ ヘ長調」(1861年)、「この所は神がつくり給いぬ ハ長調」(1869年)なども所収されているが、演奏されるのが珍しい曲も含まれている。


(lifepr) Berlin, 06.03.2008 - Kaum sind die Grammy-Freudenwogen verklungen, gibt es erneut Anlass zu feiern: Der Rundfunkchor Berlin gratuliert seinem Chefdirigenten Simon Halsey zum 50. ( lifepr )ベルリン、 2008年6月3日 –ベルリン放送響合唱団の首席指揮者サイモン・ハルシーが2008年3月5 0才の誕生日を迎えた。

  2001年4月以来、サイモン・ハルシーは、8年間にわたってベルリンフィルハーモニー管弦楽団、ベルリンドイツ交響楽団およびベルリン放送交響楽団などと緊密で、ベルリンにて活動する一方多くの国際的オーケストラとも共演。「合唱音楽」というフィールドで素晴らしい活躍をしてきた。最近ではブラームスの「ドイツ・レクイエム」(サイモン・ラトル/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団)の合唱などは最高のパフォーマンスを示している。  
 サイモン・ハルシーは1958年ロンドン生まれ。 オックスフォード、ケンブリッジおよびロイヤルカレッジ・オブ・ミュージックで学び、ロンドン、スコットランド、グラスゴー、ウォーウィック大学などでオペラの合唱指導を行う一方、バーミンガム市交響合唱団とは、 25年以上の友好的な関係を保っている。

土曜日, 6月 07, 2008

クナッパーツブッシュ ブルックナー

(掲載ジャケットはベートーヴェン第3番です)
 今日はクナッパーツブッシュを聴いている。ミュンヘン・フィルを振った1959年3月19日の5番のライヴ盤を聴きながら、このブログと別ブログで書いたものの一部を整理してみた。

2006年9月にこう書いた。

クナッパーツブッシュ ブルックナー第4番

 1955年録音。レーヴェとシャルクの監修版という<オリジナル重視派>にとっては、おそらくは批判すべきバージョンによる演奏でしょう。また、最近の優れた録音に慣れたリスナーにとっては、壁1枚隔てて聞いているような、言われぬもどかしさが部分的にあるかも知れません。  
 しかし、以上の要素を考慮したとしても、この4番は「名演」です。どの版を採用するか以前に、作曲者への共感がどれくらいあるかが根本的に重要でしょうし、レーヴェもシャルクもブルックナーの忠実な使徒でした。「師匠」の音楽をなんとか多くの聴衆にわかってもらいたいと念じて奔走しました。そうした改訂者の思いを全て「込み」で受けて、クナッパーツブッシュが指揮台に立ったとしたら・・。  
 そうしたことを想起して本盤を聴かれたら、まずは素朴な演奏だなと思われるのではないでしょうか。テンポは遅く、メロディはとても美しく(特に弦楽器のふくよかな音の響きはウイーンフィルならではです)、曲の組み立てのスケールは大きく、蕩々と音楽が奏でられます。想像の世界ですが、古き良きウイーンの息吹が底流に脈々と流れてくるような駘蕩とした感があります。  
 多少の音の荒さは無視して、少しだけ音量を上げて楽しんで下さい。指揮者もオケもブルックナーに深く没入しているのが伝わってきます(一部割愛) 。
http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A185EQOC8GHUCG?ie=UTF8&display=public&page=4

2007年2月にこう書いた。

クナッパーツブッシュ ブルックナー第8番 

 今日聴いているのは1951年1月7~8日にかけて録音されたベルリン・フィルとの演奏(1892年改訂版)です。ジャケットはひび割れCD自体もかなり痛んできてそろそろ買い換え時期にある1枚です。
 1963年のミュンヘン・フィルとのライヴ演奏があまりにも有名で、かつ録音時点も本盤は古いことから一般にはあまり注目されませんが、これも素晴らしい演奏です。 
 クナッパーツブッシュの魅力は、うまく表現できませんが、独特の「節まわし」とでもいうべきところにあるのではないかと感じます。特に変調するときのリズムの刻み方などに彼特有のアクセントがあるような気がします。それがいまはあまり演奏されない「改訂版」の採択と相まって、通常の演奏とかなり異なった印象を醸す要因となっていると思います。 
 ベルリン・フィルの演奏は今日の精密機械にも例えられる機能主義的ではなく、もっとプロ・ドイツ的な古式の響きを感じさせますが、しっかりと8番の「重さ」を受け止めて質感あるブルックナー像を浮かび上がらせています。

クナッパーツブッシュ ブルックナー第5番
 これもジャケットが傷だらけの古い友人のようなCDです。1956年6月。ウイーン・フィルとの演奏(改訂版)。先に記した51年のベルリン・フィルとの8番との比較では、レーベルの違いももちろんありますが、この5年間で録音もオーケストラの質量もはるかに豊かに聴こえることに気づきます。
 ブルックナーの演奏では抑揚感というか、ダンスのステップを踏むような軽快さが心地よく気持ちを盛り上げてくれるスケルツオも楽しみの一つです。5番の第3楽章のモルト・ヴィヴァーチェは早いテンポのなか、畳み込むようなリズム感にあふれ、かつ特有の明るい和声が身上ですが、ここでクナッパーツブッシュ/ウイーン・フィルはなんとも見事な名人芸を披露してくれます。
 第4楽章はシャルクの手が大幅に入り、原典版に比して100小節以上のカットがあるといわれますが、峨々とした峡谷をいく流量の多い大河の流れにも似たクナッパーツブッシュの運行では、そうした割愛の不自然さをあまり意識させません。あるいは、自分がこの演奏に慣れすぎているせいかも知れませんが、これはこれで納得し良いと思ってしまいます。
そこも大家の腕かも知れません。聴き終わって実に充足感が味わえる1枚です。 

2007年12月にこう書いた。

クナッパーツブッシュ ブルックナー選集
・交響曲第3番(録音:1954年10月11日)バイエルン国立歌劇場管弦楽団
・交響曲第4番(1944年9月8日)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第5番(1956年6月)ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第7番(1949年8月30日)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第8番(1951年1月8日)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第9番(1950年1月28日)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

 この選集が良いのは3番から9番までのラインナップに加えて、録音時点ではもっとも早い4番(1944年)から5番(1956年)までの12年間の軌跡を追えること、そして3つの楽団での演奏が聴けることだろう。 

 3番についてはウイーン・フィル盤(1954年4月スタジオ録音)と同年の演奏、その後ウイーン・フィルとは有名なライヴ盤(1960年2月14日、ムジークフェライン大ホール)がある。このライヴ盤についてのHMV レビュー が両者を比較しているので以下、参考までに引用しておこう。 

 「有名なDECCAのスタジオ盤の6年後におこなわれた演奏。一連のクナッパーツブッシュのブルックナー録音と同じく、ここでも改訂版が用いられていますが、この作品の場合、小節数が最も一般的なノヴァーク第3稿と同じこともあり、さほどの違和感はありません。第8番と同様に原典版との差が比較的少ないため、安心してクナの音楽に浸ることが可能です。 
 拍手嫌いのクナらしく、ここでも聴衆の拍手が鳴り止まないうちに演奏が開始されます。冒頭からリズムの良い実にクナらしい進行で、ウィーン・フィルの弾力ある弦と味のあるウィンナ・ホルンの絡みが絶妙。音質が生々しいため、荒々しく巨大な第1主題部と、気持ちのこもった美しい第2主題部のコントラストも強烈で、クナッパーツブッシュの第3が特別な存在であることをすでに十分過ぎるくらいに印象付けてくれます。 
 第2楽章と第3楽章は、スタジオ盤に較べて少々テンポの速くなっている部分で、演奏に独特の勢いの良さがありますが、第2楽章第2主題部などの美しい旋律は徹底的に歌いこまれているため、ここでもやはり強いコントラストが感じられます。スケルツォ主部での豪快かつパワフルな演奏も見事。トリオも実に愉快です。 第4楽章は、スタジオ盤に較べて、より柔軟なアゴーギクが印象的。しかもウィーン・フィルの豊麗なサウンドが非常に効果的に作用しており、第4楽章第2主題でのとろけるような美しさや、コーダの圧倒的なスケールなどこのコンビでなければ不可能な深い味わいがたまりません」。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1918899 

 なお、3番についてはこのほかにミュンヘン・フィルを振ったライヴ盤(1964年1月16日)もある。本収録盤はバイエルン国立との協演であるところが聴き所だろう。4番はベルリン・フィル(1944年)だが、これはウイーン・フィル盤(1955年3月)のほうが一般的には有名。5番はウイーン・フィル(シャルク改訂版、1956年ステレオ録音)で比較的新しい。その後、ミュンヘン・フィルとのライブ盤(収録:1959年3月19日 ミュンヘン)がリリースされ大きな話題となった。これもミュンヘン盤について、HMV レビュー を一部引用しておこう。 

 「・・演奏は全体に、ライヴのクナッパーツブッシュならではのアクティヴな音楽の表情、強烈なコントラストと味のあるアゴーギクがたいへんに効果的なもので、第1楽章冒頭のピツィカートから、ドスの効いた低音と動的な表情がたまりません。第3主題も素朴な逞しさと無垢な美しさが並存する見事な演奏であり、絶妙すぎるテンポ・ルバートと共に忘れがたい感銘を与えてくれます。 
 クナッパーツブッシュが愛好した『シャルク改訂版』による演奏のため、原典版に慣れた耳には驚く個所もいくつかありますが、第4楽章フーガおよび二重フーガにおけるティンパニ追加や、コーダでの賑やかな打楽器追加など、演奏が良いためむしろ効果的と思える部分も少なくないのが面白いところです」。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1259358 

 7番もウイーン・フィル(収録:1949年8月30日、ザルツブルク[ライヴ])。7番では新しいケルン放送交響楽団盤(収録:1963年5月10日)もあり。 さて8番だが、有名なのはなんと言ってもミュンヘン・フィル盤(1963年)。スタジオ録音とライヴ盤の2種がある。本収録盤はベルリン・フィル(1951年)とだが、ほかにバイエルン国立(1955年12月)とのコンビ盤もあり8番はいろいろな演奏が楽しめる。本8番と次の9番のカップリング盤についてのHMV レビュー を以下、引用しておきたい。 

 
「クナッパーツブッシュ/ブルックナー第8&9番 1951&1950年録音。 正規の音源によるため、モノラルながら年代の割に音質が良いのが朗報(特に8番)。演奏の最大の特徴は、両曲ともに、改訂版を用いているという点。周知のように、ブルックナーの取り巻きたちによって、後期ロマン派風に変質させられたこのヴァージョンは、劇的な効果を追求した結果としての“改変”が随所に見受けられ、原典版に慣れた耳には楽しい驚きの連続ですが、骨の髄からワグネリアンであったクナッパーツブッシュには、あるいは自然なことだったのかも知れません。何しろ、残された数多くの録音のすべて(第3・4・5・7・8・9番)が、改訂版使用による演奏なのですから。 
 そのクナ自身も、後年、ミュンヘン・フィルとの第8番(ライヴ、スタジオ共に)では、ここまで過激なことは行っておらず、終楽章第3主題部など、実に大きな差があります。ちなみに、曲尾のティンパニは、ミュンヘン盤が、クナ独自仕様の三和音叩き分け型、ベルリン盤は、楽譜通りのトレモロ型です」。 http://www.hmv.co.jp/product/detail/503940 

 最後は上記でもコメントされているベルリン・フィルとの9番(1950年)。これもミュンヘン・フィル盤(収録:1958年2月10日)やバイエルン国立盤(1958年2月録音)もある。

2008年1月にはこう書いた。

ブルックナー/メモランダムⅩ③ークナッパーツブッシュ
 クナッパーツブッシュという指揮者は、エピソードを読む限り、人間的な魅力に富んでいたようです。ナチスに対してはぎりぎりまで節を曲げずに一定の距離をおきますが、それがゆえに戦時中は「干されて」苦労します。が、戦後は逆に比較的早くから音楽活動を再開することができました。 
 練習嫌いでは「名うて」ながら、それがゆえに一回の演奏に燃え上がる「ライブ派」からは、絶対の評価があります。オケも練習に血道をあげて成果がいまいちのうだつの上がらない指揮者に比べ、事前に「楽して」、本番勝負で名演なのですから人気があったこともわかります。
 お顔はどちらかと言えば、魁偉な風貌で取っつきにくい印象ですが、茶目っ気があり気さくな人柄が愛されたとの多くの証言があります。 フルトヴェングラーと同時代を生きながら、暗い苦闘の時代のマエストロといったパセティックな雰囲気とはほど遠く、結構、人生の楽しみ方を心得ていた達人といったイメージを醸し出してもいます。
 しかし、その音楽の構成力の「桁違い」の大きさや、ズービン・メータをして「ここまで遅くしてもダレない演奏ができるのは、音楽の本質を深く捉えていたからだ」と賛嘆させた、時に超スローな演奏スタイルといい、また、突然の急降下・急上昇ができる戦闘機の高度なパイロットのような(オケの)操縦術といい将に「天衣無縫」な偉丈夫ぶりです。

 トスカニーニが抜群の記憶力を誇り、暗譜で指揮することを旨としていたことー実は強度な近眼だった!ーを皮肉って「俺は眼が見えるからね(暗譜はしない)」と言ったとか言わなかったとか・・。しかし、実際は譜面台の総譜を全くめくらなかったとも。面白い人です。
 その明るさがブルックナーの健全な魂ともしかすると共鳴する部分があるのではないでしょうか。これこそが聴き終わったあとのスカッとした爽快感の源泉かも知れません。破顔大笑したチャーミングな表情がジャケットになったり、多くのファンから「クナ」と愛称されたことなども、思わず手元のCDに手を伸ばしてしまう吸引力のなせる技か。私は、周期的に聴きたくなる常連のリスナーです。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!945.entry?&_c02_owner=1


2008年3月にはこう書いた。

ブルックナー3番 (クナッパーツブッシュ、セル、ベーム、ヴァント)


①クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィル(1954年:スタジオ録音)ノヴァーク版第3稿
②セル/シュターツカペレ・ドレスデン(1965年:ザルツブルク音楽祭ライヴ)1888~89年版
③ベーム/ウイーン・フィル(1970年:スタジオ録音)ノヴァーク(1958年ブルックナー協会)版
④ヴァント/ケルン放送交響楽団(1981年:スタジオ録音)ノヴァーク版第3稿 

 以上の4枚を聴き比べる、というと正確ではない。①をずっとCDプレイヤーに入れて持ち歩いて聴いている。ほかのクナッパーツブッシュの演奏でも記したとおり、いわゆる「大見得を切り、大向こうを唸らせるような」演奏であり、(自分もその一人だが)クナッパーツブッシュ好きなら、<堪らない>節回しである。もっとも、クナッパーツブッシュは同番についてステレオ録音をふくめ多くの記録を残しているが、1954年盤は珍しくスタジオ録音盤である。 

 ①を聴いていて、別のアプローチを味わいたくて②を取り出す。その感想については下記のとおりだが、セルについては同じザルツブルクでの7番もあり、両方ともに再度、よく聴き直してみたいとは思う。 
 ③は②にいささかの不満を抱いて比較したくて聴く。その感想はすでにいろいろと書いてきたので省略するが、やはり実に良いと思う。これは、自分にとっての<規準盤>である。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!941.entry?&_c02_owner=1 

 ④は久しぶりに聴く。ヴァントの演奏もベームと似たところがあるが、こちらの方が肌合いが柔らかく、抒情的なメロディの表現の部分ではグッとくる向きもあろう(逆に、人によってそこに好悪もあろうが)。

http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A185EQOC8GHUCG?ie=UTF8&display=public&page=5 

 録音時点も、使用版もちがうので一概に比較はできないが、こうして4枚を聴いてくると、いまの自分の感性では、やはりクナッパーツブッシュが頭一つ抜けているように思う。ベームの緊張感溢れる演奏は平均的にみてベストと思いつつ、肩の力を抜いて、「ひらり」と演奏してしまうような軽ろみの美学がクナッパーツブッシュにはあり、これが他の指揮者とは大いに違う点だと思う。クナッパーツブッシュ自身、ブルックナーが好きで、各曲の解釈に絶対の自信をもち、かつ、ある意味、ご本人はこよなく楽しんで演奏しているような大家の風情がある。 

 しかも、それはけっして単調、単純な演奏ではなく、ときにパッショネイト丸出しのように振る舞うかと思うと、一転、沈着冷静に構えたりと一筋縄ではいかない。その<意外性>こそ、この晦渋なる3番でのクナッパーツブッシュの面目躍如と言えそうだ。http://shokkou3.blogspot.com/2007_12_01_archive.html

日曜日, 6月 01, 2008

ヴァント ブルックナー2番

 1番、2番のカップリング。1番はウイーン稿による佳演。2番については下記の指摘がある。1番ではリンツ版の秀演ノイマンについて記したところ。この2番のヴァントはいいなあと思う。力みなく、ケルン響とブルックナーの最良の部分を引き出していこうじゃないか・・とはじめた全集づくりという気がする。
   何度も聴いての感想。ジュリーニ、ヨッフムとともに至高の演奏。カンタービレの強調も、少しく劇的な解釈の適用もなく、全くの自然体の構えの演奏ながら、作曲家の思いを目一杯盛り込もうとするような作曲家との<距離の近さ>が身上か。だからこそ1番は練りに練ったウイーン改訂版を用い、この2番でもベートーヴェン的な援用は思い切ってベートーヴェン的に、ワーグナーから影響のあるメロディは、これまた、それらしく時に雄々しく、時にリリックにと奏でているように聞こえる。もしも客席にブルックナーがいたら、リヒターに対してよろしく、感謝して握手を求めてくるような・・心情の名演である。

 「ヴァントは、北ドイツ放送交響楽団とはブルックナーの交響曲第1、2番を録音していない(ケルン放送交響楽団とは交響曲全集を完成している)。交響曲第1番を振らない理由としてヴァントは、同曲が病的な作品であるからだ、と述べている(なお、交響曲第2番の第1、2楽章については肯定的な評価を下しており、同曲を晩年に振らなかった理由は詳らかでない)。この、交響曲第1、2番の演奏を避けるという選択は、やはりブルックナー指揮者として有名なチェリビダッケと共通する。
※交響曲第2番に関して:ヴァントはこの曲について、「これはもう録音したでしょう」と発言している。これは、あるインタヴューにおいて「『もうその作品は何度も指揮されたではないですか』と言われると、私は悲しくなりますよ」と述べ、特に最晩年においては同じ作品を繰り返し演奏したヴァントとしては異例のことである。理由としては、ケルン放送交響楽団との録音に相当満足していたのではないかということが考えられる。同様の例としては、シューベルトの交響曲第2番が挙げられよう。彼は、ケルン放送交響楽団との録音に満足し、これ以上の演奏は出来ないと考えて、その後この曲を録音することはなかった」。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金曜日, 5月 30, 2008

ノイマン ブルックナー1番

ブルックナー交響曲第1番ハ短調
ノイマン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
:1965年12月13-14日、ライプツィヒ救世主教会(ハイランツキルヒェ)BERLIN Classics(輸入盤 0094662BC)

 ブルックナー探訪の面白さは、ときたまこうした逸品に出会えることだと思う。この第1番はワーグナーの影響が強いとも言われるが、第4楽章でベートーヴェンの第9のメロディの一部が垣間見えたり、また、第1楽章では第7と少しく共通するリズムの乱舞があるように聞こえる部分もある。
 ノイマンの演奏は、そうした面白さも反映しつつ、とにかく音が縦横に良く広がる。打者の手前でビヨーンと伸びる変化球のように、聴き手の予想を超えて音がきれいに伸張し、それが次に心地よく拡散していく瞬間の悦楽がたまらない。また、丁寧に丁寧に音を処理していく。第4楽章などに顕著だが繰り返しも忠実に行うなど、ノイマンらしい総じてとても真面目で端整な演奏である。
  それでいて飽きさせないのは例えば第2楽章Adagio( 変イ長調)において、そのメロディの歌わせ方が絶妙でこよなく美しいこと、全般に程良いダイナミズムが持続することにある。陰影の付け方などはかなり工夫もあり、ここは「ベートーヴェン的」に演奏しているのでは・・と思わせるところもある。とにかく嵌って何度も繰り返し聴いている。文句なしの「名演」であり、現状、1番のベスト5に入るといっても大袈裟ではないと思う。感心した。lle.jp/classic/your_best/bruckner_1_neumann_gewandhaus_katayama_20020717.html
(以下、引用)
ヴァーツラフ・ノイマンがライプツィヒ時代に残した録音の中の最も優れたものの一つ、ブルックナーの交響曲第1番が今年(2002年)5月に初めてCDとして発売されました。ローベルト・ハース編纂のリンツ版(1865/66年)による演奏です。
 この演奏の美しさは他に比類を見ません。ホルンはおそらくペーター・ダムが吹いているものと思われます。木管群の純粋な美しさは、例えば同じくドイツの一流楽団とは言えベルリン・フィルでは望むらくもないレベルです。それに交響曲第1番(のリンツ版)はまだ「親切な」取り巻きから色々と口出しされたり、ハンス・リックの執拗な攻撃に曝される前の傷付かずのブルックナーの純粋な感性が良く表われている曲だと思います。それを十分に演奏していると言う点では私の知る限りこの演奏が断然優れていると思います。因みに80年代前半にNHK-FMで放送された大作曲家の時間ブルックナーで土田英三郎氏が当時既に廃盤久しかったこの録音をわざわざ選んだ理由は、私には十分理解できました。
(後略)

月曜日, 5月 26, 2008

ブルックナーの伝記

 このところブルックナーの伝記をまた繰っている。いろんな伝記本を読んでいると、いわば決まったシナリオというか、一定の見方というかが強いとも感じる。おそらく海外の大家の研究家の影響かも知れないが、同じ履歴をなんども見ていると、少し違った解釈もありえるのではないかとも思う。
 伝記とは、対象となる人物に伝記作家自身の投影をみるとも言われるが、ブルックナー研究家はもしかすると少し変わっているところがあるのかも知れない。いやいや!それ以前に、これを書いている自分自身、ブルックナー、そしてその伝記作家と「同類」であり、だからこそ双方に惹かれるのだとも思う。さはあれど、自分が感じるこの「少し違った見方」について、しばらく考えてみたいなというのが一閑人の思いである。

土曜日, 5月 17, 2008

ワルター ブルックナー4番

 ブルックナーの4番をワルターで聴く。コロンビアsoを振った1960年2月13,15,17日スタジオ録音盤ではなく、遡ること20年前のNBCsoとの1940年2月10日のライヴ録音である。これがなんとも面白い。録音はレコードの復刻であろうか、雑音、ヒスが多く「凄まじく悪い」が、この演奏の迫力はそれを凌駕して貴重な4番の記録となっている。

 比較的ヒスが少なく音がきれいに録れている3楽章から聴いてみると良いと思う。このスケルツオのメロディのなんとも暖かな素朴さ、リズムの躍動感、次第に強烈なパッションが表出するオーケストラの高揚感、そしてブルックナー休止そのままの突然の楽章そのもののエンディング。こんな演奏にはめったにお目にかかれない。かってワルター/コロンビアsoの9番でも書いたが、一点の曇りもない明快な解釈に裏打ちされ、しかも緊張感ある迫力十分の4番の名演である。

http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!937.entry?&_c02_owner=1

 この4番の演奏は、「ロマンティック」といった感傷性とはまったく異質な、「剛」のものの行進であり、晩年の柔らかなワルターのイメージとも一致しない。管楽器は輝かしく咆哮し、ティンパニーの連打は前面で多用されて全体の隈取りはくっきりと強い。
 テンポは全般にはやく(16:44,14:45,8:29,18:48/計58:48)、しかも大胆に可変的である。とても男性的できわめてパッショネイトな演奏とでも言っておこうか。いまでは、評論家が許してくれまいが、原典版、改訂版といった厳密さとは無縁な大指揮者時代の貴重な遺産である。

(参考)

ヘスス・ロペス=コボス ブルックナー6番 

 以前買ったヘスス・ロペス=コボス/シンシナティ交響楽団の6番を聴く。可もなし不可もなしといった演奏。ところどころ、「ここはなかなかいいな」と思うフレーズがある一方で、スウーと緊張感が緩んでいくような凡長な処理もあり、全体に胸打つ演奏とは言えない。
 聴き方の問題かな、と思いヨッフム/ドレスデンを次にかけてみる。違いは歴然。特に第2楽章のアダージョの深さなどは彼我の差は大きい。6番ではこれぞ、という名演に出会う機会が少ない。ロペスに、「あるいは・・・」と期待したが残念ながら<外れ>であった。

(参考)
ヘスス・ロペス=コボス(Jesús López-Cobos, 1940年2月25日 サモラ県トロ - )はスペイン指揮者カスティーリャ・レオン州の出身。マドリード総合大学哲学科にて学位を取得。卒業後にフランコ・フェラーラハンス・スワロフスキーに指揮を師事。
1981年から1990年までベルリン・ドイツ・オペラの総監督に、1984年から1988年までスペイン国立管弦楽団の音楽監督に就任した。1986年から2000年までシンシナティ交響楽団の、1990年から2000年までローザンヌ室内管弦楽団の首席指揮者も担当。2003年からはマドリード王立劇場の音楽監督に転身した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

水曜日, 5月 14, 2008

ハイフェッツ


 ハイフェッツの映像を以下に。天下の難曲なのに、こうも楽々となんの衒いもなくクールに弾いているように見えるところが大家の証明でしょうか、いやはや凄いなあ・・と思います。
Jascha Heifetz plays Tchaikovsky Violin Concerto: 1st mov.

Jascha Heifetz plays Tchaikovsky Violin Concerto in D Major, Op. 35: I. Allegro moderato *NOTE: This was from a movie, so Heifetz skips Jascha Heifetz plays Tchaikovsky Violin Concerto in D Major, Op. 35: I. Allegro moderato*NOTE: This was from a movie, so Heifetz skips a LOT of the first movement due to time constraints. He skips nearly half of the piece, and so does the orchestra.So please don't ask for second or third movements because I do not have them.You also get to see a bit of Heifetz acting at the end. A great treat!Conductor: Fritz ReinerThis is my favorite rendition of the Tchaikovsky Violin Concerto. I think Heifetz played a bit faster than in his recording.
もっと見たい方のために・・・

日曜日, 5月 11, 2008

映像の魔力

ここ数日、インターネットで名指揮者の古い映像を矢継ぎ早に見ていた。これだけ厖大な映像がタダで、たやすく見ることのできる時代の意味は奥深い。

 かつ
て、巨匠たちの演奏はめったにはお目にかかれず、貴重な記録を映画でみるためにお金を払ってわざわざ映画館に通ったこともある。

 しかし今日、デジタル化された無尽蔵とも思えるこうした動画が、いつでも、なんどでも繰り返し、自宅で思うさま鑑賞することができる。
 往年の名指揮者の指揮ぶりを十分に時間をかけて比較研究することももちろん可能である。クナッパーツブッシュとフルトヴェングラーの「竜虎の戦い」もいろんな角度から見ることができる。映像に撮られているときに、当の指揮者ご本人は、まさかこんな時代がくるとはまったく予測も予感もしていなかったに違いない。
 しかし、今日、職業としての指揮者やソリスト、オーケストラなど音楽界を生業としている人たちは否応なく、こうしたことを当たり前のことと受け取り、常時、気を抜くことなくそれに対応せねばならない。いやはや<映像の魔力>とは大変な時代になったものである。
http://shokkou.spaces.live.com/default.aspx?&_c02_owner=1

火曜日, 5月 06, 2008

織工のレビュー@ブルックナー

織工のレビューでいままでに取り上げた推薦盤は以下のとおり。
http://www.amazon.co.jp/gp/pdp/profile/A185EQOC8GHUCG/ref=cm_aya_pdp_home

 0番から2番まではカラヤン、ヨッフムの全集でもカヴァーされているが、00番ではインバル、ロジェストヴェンスキーを聴いている。
 3番では最近よく聴くクナッパーツブッシュが入っていない。これは名演中の名演。4番ではベイヌム/コンセルトヘボウもあるが、本盤は録音、オーケストラのコンデションともあまりに悪いのでオミットしている。ベイヌムはそれ以外の4曲(5、7、8、9番)はすべて取り上げている。逆に、レーグナーは6番しかあげていないが、ほかの演奏も捨てがたい。
 そうした意味では、ワルターやクレンペラーも同様で、掲載盤以外の他番でも滋味あふれる素晴らしい演奏記録がある。こうして本日現在、進行中のラインナップをチェックしてみると、まだまだ傾聴すべき名盤が多いことに気づく( 太字は★5をつけたもの)。

■0番: ショルティ/シカゴ響

■1番: シャイー/ベルリン放送響

■2番: ジュリーニ/ウイーン響

■3番:①アーノンクール/コンセルトヘボウ
     ②ヴァント/ケルン放送響
     ③ベーム/ウイーン・フィル
     ④クーベリック/バイエルン放送響

■4番:①ベーム/ウイーン・フィル
     ②テンシュテット/ベルリン・フィル
     ③クーベリック/バイエルン放送響
     ④ヴァント/ケルン放送響
     ⑤フルトヴェングラー/ウイーン・フィル
     ⑥クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィル
     ⑦ヨッフム/ベルリン・フィル
     ⑧プロムシュテット/ドレスデン国立

■5番:①ヨッフム/バイエルン放送響
     ②ベイヌム/コンセルトヘボウ
     ③フルトヴェングラー/ウイーン・フィル
     ④ヴァント/ケルン放送響
     ⑤クレンペラー/ウイーン・フィル
     ⑥マタチッチ/チェコ・フィル
     ⑦ヨッフム/コンセルトヘボウ
     ⑧クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィル

■6番:①クレンペラー/ ニュー・フィルハーモニーカー
     ②フルトヴェングラー/ベルリン・フィル
     ③シャイー/コンセルトヘボウ
     ④ヴァント/ケルン放送響
     ⑤レーグナー/ベルリン放送響

■7番:①マタチッチ/チェコ・フィル
     ②シューリヒト/ハーグ・フィル
     ③ヨッフム/ドレスデン国立
     ④ベイヌム/コンセルトヘボウ
     ⑤ジュリーニ/ウイーン・フィル
     ⑥メスト/ロンドン・フィル

■8番:①クナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィル
     ②ベイヌム/コンセルトヘボウ
     ③シューリヒト/ウイーン・フィル
     ④フルトヴェングラー/ベルリン・フィル
     ⑤クナッパーツブッシュ/ベルリン・フィル

■9番:①ベイヌム/コンセルトヘボウ
     ②ヨッフム/ドレスデン国立
     ③ワルター/コロンビア響
     ④朝比奈隆/東京交響楽団

■テ・デウム:朝比奈隆/東京交響楽団

■ミサ曲1~3番:ヨッフム/バイエルン放送響

■全集:①カラヤン/ベルリン・フィル
      ②ヨッフム/ドレスデン国立 

コンヴィチュニー ブルックナー 5番、7番、8番










 
 コンヴィチュニー ブルックナー第8番(1959年のスタジオ録音。ベルリン放送響)はごわごわした感触だがなかなか良い演奏である。
 昨日、いつもの古CD屋で以下の2組を入手する。
■ブルックナー 第5番、第7番(1960年、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団)。5番は2枚組である。
 いずれも<コンヴィチュニーの芸術>シリーズとして、1993年にDENONレーベルから発売されたものだが、いまは新譜や輸入盤でなかなか入手できないもの。しかし、1970年代までのブルックナー受容の我が国の揺籃期、コンヴィチュニーのブルックナーといえば、高い評価があった。これについては、過去、「古き名盤」ほかで記載してきたので以下も参照。さあ、これから聴くのが楽しみである。
(参考)
フランツ・コンヴィチュニー(Franz Konwitschny, *1901年8月14日 モラヴィア北部のフルネク - †1962年7月28日 ベオグラード)は東ドイツ指揮者。著名なオペラ演出家ペーター・コンヴィチュニーは息子である。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー時代のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団ヴィオラ奏者として活動を開始。その後に指揮者に転じて、1927年シュトゥットガルト歌劇場に加わる。1949年から没年まで、ゲヴァントハウス管弦楽団に戻って首席指揮者を務めた。1953年から1955年までドレスデン・シュターツカペレの首席指揮者も兼務。1955年以降はベルリン国立歌劇場の首席指揮者も務めた。1961年にゲヴァントハウス管弦楽団が初来日した時の指揮者でもある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

木曜日, 4月 10, 2008

モーツァルト 魔笛


■モーツァルト:・歌劇『魔笛』ハイライト ロバータ・ピータース イヴリン・リアー フリッツ・ヴンダーリヒ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ フランツ・クラス ハンス・ホッター、他 RIAS室内合唱団 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  カール・ベーム(指揮) 録音:1964年(デジタル)

■モーツァルト:歌劇 《魔笛》 K.620   夜の女王 … スミ・ヨー(ソプラノ)  パミーナ … ルート・ツィーザク(ソプラノ)  タミーノ … ウーヴェ・ハイルマン(テノール)  パパゲーノ … ミヒャエル・クラウス(バス)  パパゲーナ … ロッテ・ライトナー(ソプラノ)  ザラストロ … クルト・モル(バス)  モノスタトス … ハインツ・ツェドニク(テノール) ウィーン国立歌劇場合唱団 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  サー・ゲオルグ・ショルティ(指揮) 録音:1990年 [デジタル録音] 

 NHK「その時歴史は動いた」でモーツァルトの魔笛を取り上げていて、家にあるCDをかける。どちらも名演だが、ベームはちょっと緊張感がまさり重い。ショルティはやわらかくシルキーなウイーン・サウンドを紡ぎだして今日の気分では後者に軍配。

 NHKのアプローチは面白かったが、モーツァルトは音楽で「市民革命」の先鞭をつけたという政治性を少し強調しすぎかなとも思う。風刺、諧謔、語り、哄笑・・といった要素、「軽みの美学」といった粋があればこそ、今日にいたるまでの根強い人気の源泉ではないかとも感じる。<お馬鹿さん>の貴族階級に対して<民衆の味方>モーツアルトの音楽によるしっぺ返しという構図自体、書き割り的でちょっと説教臭いなあとも思う。

 しかしその一方で魔笛に全身全霊を傾注する姿を映し出してくれたのには、なるほどとも思った。「軽みの美学」を磨き上げるには命を削る努力があったという点は感動を生む。

土曜日, 3月 29, 2008

ブルックナー3番 (クナッパーツブッシュ、セル、ベーム、ヴァント)

①クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィル(1954年:スタジオ録音)ノヴァーク版第3稿
②セル/シュターツカペレ・ドレスデン(1965年:ザルツブルク音楽祭ライヴ)1888~89年版
③ベーム/ウイーン・フィル(1970年:スタジオ録音)ノヴァーク(1958年ブルックナー協会)版
④ヴァント/ケルン放送交響楽団(1981年:スタジオ録音)ノヴァーク版第3稿

 以上の4枚を聴き比べる、というと正確ではない。①をずっとCDプレイヤーに入れて持ち歩いて聴いている。ほかのクナッパーツブッシュの演奏でも記したとおり、いわゆる「大見得を切り、大向こうを唸らせるような」演奏であり、(自分もその一人だが)クナッパーツブッシュ好きなら、<堪らない>節回しである。もっとも、クナッパーツブッシュは同番についてステレオ録音をふくめ多くの記録を残しているが、1954年盤は珍しくスタジオ録音盤である。

 ①を聴いていて、別のアプローチを味わいたくて②を取り出す。その感想については下記のとおりだが、セルについては同じザルツブルクでの7番もあり、両方ともに再度、よく聴き直してみたいとは思う。

 ③は②にいささかの不満を抱いて比較したくて聴く。その感想はすでにいろいろと書いてきたので省略するが、やはり実に良いと思う。これは、自分にとっての<規準盤>である。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!941.entry?&_c02_owner=1

 ④は久しぶりに聴く。ヴァントの演奏もベームと似たところがあるが、こちらの方が肌合いが柔らかく、抒情的なメロディの表現の部分ではグッとくる向きもあろう(逆に、人によってそこに好悪もあろうが)。
http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A185EQOC8GHUCG?ie=UTF8&display=public&page=5

 録音時点も、使用版もちがうので一概に比較はできないが、こうして4枚を聴いてくると、いまの自分の感性では、やはりクナッパーツブッシュが頭一つ抜けているように思う。ベームの緊張感溢れる演奏は平均的にみてベストと思いつつ、肩の力を抜いて、「ひらり」と演奏してしまうような軽ろみの美学がクナッパーツブッシュにはあり、これが他の指揮者とは大いに違う点だと思う。クナッパーツブッシュ自身、ブルックナーが好きで、各曲の解釈に絶対の自信をもち、かつ、ある意味、ご本人はこよなく楽しんで演奏しているような大家の風情がある。
 しかも、それはけっして単調、単純な演奏ではなく、ときにパッショネイト丸出しのように振る舞うかと思うと、一転、沈着冷静に構えたりと一筋縄ではいかない。その<意外性>こそ、この晦渋なる3番でのクナッパーツブッシュの面目躍如と言えそうだ。

http://shokkou3.blogspot.com/2007_12_01_archive.html

セル ブルックナー3番

ブルックナー:交響曲第3番ニ短調 シュターツカペレ・ドレスデン ジョージ・セル(指揮)  録音:1965年、ザルツブルク[モノラル・ライヴ]  なんど聴いても、もう一歩物足りない。巨匠セルという「先入主」をのぞいて聴いて感動するのは難しいかも知れない。音のバランスが実によく、セルらしい潔癖で整った演奏である。音もそう暗くなく、テンポも無理なく軽快さを喪っていない。総じて欠点のない出来ではある。  しかし、クナッパーツブッシュの大見得を切るような強烈な3番を聴いたあとでかけると、「もっと深部に踏み込んでほしい」と思わず感じてしまう。ほかでも書いたが、この3番という曲の<異常性>が捨象されて、そつなく無難に料理されているような趣き。  これは個人的な好みの問題かも知れないが、3番と8番はクセの強い曲であるがゆえに、深くえぐり取るようなアプローチが性にあう。この2曲に関する限り、鳥肌が立つような演奏が相応しいと思っている。ベームは冷静な処理だが、結構メリハリを利かせてリスナーを唸らせる。それとの対比でもセルは大人しいなあと感じてしまう。多分に録音の悪さに起因する部分もあろうが、シューリヒトの3番同様、期待値が高いとその分の落差も大きいということか。 (参考)シューリヒト ブルックナー3番 http://shokkou3.blogspot.com/2007_03_01_archive.html


水曜日, 3月 19, 2008

ムラヴィンスキー ブルックナー7番

ブルックナー:交響曲第7番ホ長調 [ハース版] 1967年2月25日モノラル録音

次のエピソードがウィキペディア(Wikipedia)にのっている。

 BBCがムラヴィンスキーの特別番組を放送した中に、旧レニングラード・フィルのヴァイオリン奏者が語った彼の仕事ぶりを示す象徴的なエピソードがある。それは、ブルックナーの交響曲第7番のリハーサルの話である。
「ムラヴィンスキーはオーケストラのメンバーが完璧だと思っても満足せずに、家でスコア研究をし尽くし、メンバー全員にぎっしりと書き込みで埋まった楽譜を配布した。通しリハーサルの日は何度も何度も繰り返し細かい要求に答えなければならず体力的に厳しかった。忘れられない一日となった。最後の通しリハーサルのときはあまりにも完璧で信じられない演奏となり、そのクライマックスではまるでこの世のものではないような感覚に襲われた。しかし、最も信じ難いことは、ムラヴィンスキーがこの演奏の本番をキャンセルしてしまったことであった。その理由は『通しリハーサルのように本番はうまくいくはずがなく、あのような演奏は二度とできるはずがない』というものであった。」

 この録音7番はキンキンという管楽器が耳障りだとかって書いた。ライヴ録音で音響環境はよくない。しかし再度、聴いていて、演奏の充実ぶりには感嘆する。ブルックナーばかり聴いていると、普段は一応満足しているCDでも、気分によって「このフレーズはなんとも退屈な処理だな」と思うことがある。
 最近はあまりに遅い演奏にいささか辟易とすることもある。世評、名演の誉れ高いものであっても一定以上の遅さによって受忍限度を超える場合がある。ライブで聴いていれば、これは感じないものだろうが、なんども回すCDではあらかじめ演奏時間がわかっているので、鬱陶しさがはじめにくる。

 しかし、ムラヴィンスキーのこの演奏には<退屈なフレーズ処理>、<鬱陶しい遅さ>ともにまったく無い。というよりも、リズミックな躍動とときに軽快なスピードにゾクゾクする瞬間が波状的にくる。ただしメロディは磨かれて美しくあるも、それに金管が少し過剰にかぶさってくるときは率直に言って耳障りだが、それをのぞけば、全体としては実に整然とした構えをもち、音楽は生彩感に満ちている。
 8番でやや感情的に書いたが、底流に感じるのは猛烈なオーケストラと指揮者の「集中力」である。その点において、デモーニッシュなフルトヴェングラーの演奏を連想させる部分もある。
 ヴァントやベームの7番も好きだが、頬を張り、少し戦闘的な緊張感に浸りたいときには最右翼に聴きたい7番である。

土曜日, 3月 15, 2008

サンサーンス 組曲「動物の謝肉祭」ほか

【曲目】
1.組曲「動物の謝肉祭」(サン=サーンス) 2.青少年のための管弦楽入門op.34(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)(ブリテン) 3.組曲「ハーリ・ヤーノシュ」(コダーイ)
【演奏】
1.はアーサー・フィードラー/ボストン・ポップス管弦楽団(1961年8月14日録音)
2.はオーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団(1974年3月27,28日録音)
3.はラインスドルフ/ボストン交響楽団(1965年4月22日録音)
 ばらばらの素材をあつめたような編成だが、どうしてどれも粋で録音も悪くない。1.の軽妙、2.のオーケストラの技術力、3.の迫力とも聞かせる演奏で、3つの管弦楽団のサウンドが味わえるのも嬉しい。

月曜日, 3月 03, 2008

クナッパーツブッシュ ベートーヴェン 交響曲7番

 ハンス・クナッパーツブッシュ(指揮) ベルリン国立歌劇場管弦楽団(o.) 1929年の録音。
 結構、なんとか聴き取れる程度の録音。第4楽章を聴いていて、初期のカラヤンの7番のスピード感が二重写しに感じる。カラヤンはトスカニーニ張りとよく言われたが、どうして身近の大家の演奏をよく研究していたかも・・・。6:33の演奏時間の疾走感はなんとも爽快。 いつも遅いばかりじゃないぞ!という、このトリッキーさ。そこもクナッパーツブッシュのベートーヴェンの魅力かも知れない。

(参考)カラヤンの同番 初録音のデータ / 同じベルリン国立歌劇場での収録が興味深い
●ベルリン国立歌劇場管弦楽団
■録音年月日:1941年6月
■録音場所:ベルリン
■録音:モノラル
■原盤所有社:ドイツ・ポリドール
■タイミング:I:12:46、II:9:12、III:7:56、IV:6:28

クナッパーツブッシュ ベートーヴェン 交響曲第3番

 ベートーヴェン交響曲第3番。クナッパーツブッシュ/ベルリン・フィル。1943年の録音。
 ブルックナーばかり聴いているせいか、クナッパーツブッシュのこの演奏から、ブルックナー的なメロディや音階がときに出現し驚く。■「違うでしょ!ブルックナーが<エロイカ>を研究しつくしていたから近似性があるのでしょ」。●否、そうではなくて、クナッパーツブッシュの音楽へのアプローチが、ベートーヴェンもブルックナーも共通していると思うのだ。■「あたりまえでしょ!絶対音楽、ソナタ形式とも両者に共通しているのだから、鑑賞上そう感じて当然」。●否、うまく言えないのだが、音のつくり方、音楽の運行の仕方のようなところで、あっ、そうかと思う部分があるということ。葬送行進曲も「暗さ」が抑制されているし、終楽章のフォルテシモでは、さあいくぞというところで、実はぐっと音量を抑えてじっくりと構えてみたり、そういう「所作」がブルックナー演奏にもあると感じるんだな。■「それがクナッパーツブッシュ流の演奏スタイルなら、別にブラームスでもヒンデミットでも同様なんじゃないの・・・」●なるほど、他ももっと聴いてみないとわからないか・・・。
 そんなことを自問自答しながら耳を傾ける。敗戦の直前、クナッパーツブッシュ55才頃の録音、生硬だが組み立てのしっかりした実に良い演奏である。

日曜日, 3月 02, 2008

テンシュテット ブルックナー 4番 

ブルックナー: 交響曲 第4番 変ホ長調 「ロマンティック」 [ハース版]
【演奏】クラウス・テンシュテット(指揮)、ベルリン・フィル
【録音】1981年12月13,15,16日 フィルハーモニー,ベルリン
(”Cento Classics”シリーズの1枚)
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=770389&GOODS_SORT_CD=102

 久しぶりに聴く。第4楽章に顕著だが、ピアニッシモで慎重に奏でられる弦楽器の幽玄の響きにリスナーの神経は引きつけられ自然にそばだつ。その直後に、管楽器の光輝ある分厚い強奏が襲ってくるーその<コントラスト>の妙がこの演奏ほど見事に展開される例はあまりないのではないか。
 フルトヴェングラー的ともいっていい<技法>だが、テンシュテットでは、その演奏に<技法>という言葉は似つかわしくない。「それこそがブルックナーの企図したことなのだ」という強い信念が背景にあるような気がする。
 テンポはフルトヴェングラーのようには動かさず、振幅は大きく感じないが、繰り返されるこの<コントラスト>は累積するに及んで、じわじわと感動の原質になっていく。
 レントラー風と言われる素朴なメロディ形成の部分では、本当に親しみのこもった暖かみのある明るい響きが満載されるところも魅了される点だ。以前から小生にとって4番のベスト盤との評価だが、今日聴き直しても全く同じ感想である。

金曜日, 2月 29, 2008

ブルックナー 9番 (ヨッフム、ジュリーニ、シューリヒト)

① ヨッフム/ベルリン・フィル   1964年 (23:11,9:43,27:39)
② ジュリーニ/ウイーン・フィル 1988年  (28:02,10:39,29:30)
③ シューリヒト/ウイーン・フィル 1961年 (25:30,10:25,20:15)
 
 上記3枚の9番を聞き比べている。②はとにかく遅く、フレーズをこれでもかと引っ張る演奏、③は同じウイーン・フィルを振りながら第3楽章などは実に恬淡、スッキリと運行しており時間も短い。①はさまざまなオーケストラとの演奏があり、2回目の全曲録音のドレスデン盤を普段は聴いているが、ベルリン・フィルとの旧盤も解釈に基本的な違いはない。しかしベルリン・フィルの個々のプレイヤーの音はクリアでとにかく巧い。時折、その名技に参ったなあ!と感心する。カラヤン君臨時代のベルリン・フィルはカラヤン以外の録音のときはここぞと存分に技を披露している場合があるのではないか。だが、時に巧すぎて、私だけだろうか、<音楽>ではなく<音>に注意がいってしまうという贅沢な悩みもある。
 今日の気分ではシューリヒトがいい。同じウイーン・フィルで聞き比べると②は濃厚すぎて、少しく「けれん味」を感じてしまう。それにブルックナーなら、いくら遅くしてもよいということはないはずだ。第3楽章はいささかテンポが重すぎて疲れる。カラヤン、ジュリーニに共通するが完璧な音の再現のためにテンポを犠牲にしているような部分がないだろうか。それに対して、③は音楽の流れが自然であり、凝縮感も十分である。①もこの点は同様で心が「たゆとうて」くつろいで聴ける。②、③に共通してウイーン・フィルの柔らかな音色は喩えようがなく美しい。この9番に本当にあっている。多くのブルックナー指揮者がこの曲ではウイーン・フィルと共演したい気持ちがわかる気がする。