土曜日, 4月 25, 2009

パールマン




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 雨の一日。外出するのでこの鬱陶しい気分を転換すべく、パールマンの小品集を聞きながら歩く。
1.と19.のバックは前者はプレヴィン/ピッツバーグ響、後者はプレヴィンのピアノ伴奏。8.と9.はパールマン/ロンドン・フィル、ほかはサミュエル・サンダースのピアノ伴奏。

【内容/ジャケットは別】
1. ツィゴイネルワイゼンop.20(サラサーテ)
2. 亜麻色の髪の乙女(ドビュッシー/ハルトマン編)
3. 金髪のジェニー(フォスター/ハイフェッツ編)
4. アメリカの思い出(ヴュータン)
5. 故郷の人々(フォスター/ハイフェッツ編)
6. 妖精の踊りop.25(バッツィーニ)
7. エストレリータ(ポンセ/ハイフェッツ編)
8. ヴァイオリン協奏曲第1番「春」より第1楽章(ヴィヴァルディ)
9. ヴァイオリン協奏曲第4番「冬」より第4楽章(ヴィヴァルディ)
10.カプリース第24番イ短調op.1-24(パガニーニ)
11.愛の喜び(クライスラー)
12.愛の悲しみ(クライスラー)
13.踊る人形(ボルディー二/クライスラー編)
14.ロンドンデリー・エア(アイルランド民謡/クライスラー編)
15.アンダンテ・カンタービレ(チャイコフスキー/クライスラー編)
16.ノクターン(ショパン/ハイフェッツ編)
17.ヴォカリーズop.31-14(ラフマニノフ)
18.メロディー(チャイコフスキー/フレッシュ編)
19.ジ・エンターテイナー(ジョプリン/パールマン編)

金曜日, 4月 24, 2009

クラシック音楽 聴きはじめ 9 バーンスタインのマーラー











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バーンスタイン/ニューヨーク・フィルは1970年に来日、マーラー交響曲第9番を東京文化会館で演奏した。高校生だった個人的な思い出だが、会場で打ちのめされたような<衝撃>を受けて以来、このマーラー像に魅せられている。    
本全集は、バーンスタイン (1918-90年)が42才から57才頃までの最もエネルギッシュな活躍の時代に録音されたが、その後の再録もあるので一般には「旧盤」と呼ばれる。8番と『大地の歌』以外は手兵ニューヨーク・フィルとの演奏で、一貫してバーンスタインの、「没入型」ともいえる独自のマーラー解釈が表現され、迸るような熱い強奏と深く沈降するような弱奏が全般に早いテンポで交錯する。ワルター、クレンペラーの世代とは一線を画し、新マーラー解釈の扉を開いたといった当時の評価が思い出される。    
録音は古くなったが、演奏の最高の質、破格の値段(CD12枚組)からみて、シノーポリのような「分析型」との対比聞き比べの妙味でも、マーラー全集選択の最右翼である。 

【データ(録音年)】 
第1番ニ長調『巨人』(1966年)、第2番ハ短調『復活』(1963年)、第3番ニ短調(1961年)、第4番ト長調(1960年)、第5番嬰ハ短調(1963年)、第6番イ短調『悲劇的』(1967年)、 第7番ホ短調『夜の歌』(1965年)、第8番変ホ長調『千人の交響曲』(1966年、ロンドン響)、第9番ニ短調(1965年)、『大地の歌』(1972年、イスラエル・フィル)、第10番嬰ヘ長調「アダージョ」(1975年)

日曜日, 4月 19, 2009

ブルックナー/最近聴いているもの


 ワルター/コロンビア響で、4,7,9番および連続してテ・デウム、テンシュテットで左の3番(バイエルン放送響)と8番(ロンドン・フィル)、ウェルザー=メスト/ロンドン・フィルのライブで5番、クレンペラー/ニュー・フィルで6番を最近買ったalneoで通勤途上で聴いている。

土曜日, 3月 21, 2009

ブルックナーとブラームス
























 
 先週は、久しぶりにカルロス・クライバーの交響曲のCDを持ち歩いて聴いていた。ベートーヴェンの5番、7番のカップリングとブラームスの4番である。どちらも名だたる秀演である。
 しかし、今日はそのことを書こうとは思わない。最近、気分次第でブラームスをよく聴く。クラシック音楽に目覚めた中高校生頃はそれこそ夜も日も明けずブラームスにはまっていた時期もあった。しかし、いまの関心はブルックナーとの比較の視点から面白いと思う。 かつて書いた文章ーー

  1833年生まれのブラームスは、ブルックナーよりも9歳年下です。そのブラームスの第1番交響曲が21年の歳月をへて完成し(それ以前の「習作」などは廃棄したとも言われます)1876年に初演された時、彼は43歳でした。さかのぼって1868年、ブルックナーは第1番交響曲を自らの手で初演します。時に44歳でした。年齢差こそありますが、交響曲作曲家としてのデビューは2人ともほぼ同年代であったわけです。
  北ドイツのハンブルク生まれのブラームスが活動の拠点を音楽の都ウイーンに移したのは1862年、ブルックナーは7年遅れて1869年にウイーンに入ります。ブラームスが満を持して1番のシンフォニーを発表する以前、彼は「ドイツ・レクイエム」を世に問い自信を深めたと言われます。ブルックナーも同様に、ミサ曲二短調(1864年)、ミサ曲ホ短調(1866年)、ミサ曲へ短調(1867年)と相次いで作曲したうえで翌年1番のシンフォニーを期待とともに送り出します。
  ブラームスの最後の交響曲第4番は1884年から翌年にかけて作曲されますが、この年還暦を迎えたブルックナーは交響曲第7番をライプチッヒの市立歌劇場で、アルトゥール・ニキシュ指揮で初演し輝かしい成功を飾っています。さらにその後、ブルックナーは交響曲の作曲に10年に歳月をかけ1894年第9番のシンフォニーの第1から3楽章を完成させています。
  こうして見てくると稀代の交響曲作曲家としての2人の同時代性がよくわかります。有名な2人にまとわるエピゴーネン達の論争や足の引っ張り合いなどは一切捨象して、お互いの作風の違いや共通するその高い精神性への相互の思いなどをタイムスリップして聞いてみたくなります。
  両者の音楽理論的な異質性の論評は専門家や評論家の仕事でしょうが、両者の名演を紡ぎ出す指揮者がフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュ、シューリヒトはじめ多く共通しているのは興味深いと思います。これは、広義のドイツ文化圏のなかで捉えるべきものなのか、同時代性のもつ意味なのか、あるいは双方なのかーーブルックナー、ブラームスともにこよなく好きな日本の一リスナーといえどもやみがたく関心のそそられる問題ではあります。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!247.entry?&_c02_owner=1

 ブルックナーのあとでブラームスの交響曲を聴くと、ブラームスの音楽は、引き締まって、筋肉質で、とても凝縮感があるように感じる。その交響曲は、ブルックナーは長く、ブラームスはその相対比較においては実に短く感じる。当時のオーケストラ・メンバー(ウイーン・フィルが典型だが)に、程良い演奏時間からも聴衆の受けでも、ブラームスが好かれブルックナーが当初不評だったこともよくわかる。もっと端的に言えば、ブラームスは当時の「音楽界」の諸事情を洞察し、1作品の時間管理にしても、管弦楽団のモティベーションを高めるオーケストレーションの方法論にしても十分心得て作曲をしていたとも言えるかも知れない。合理的で無駄がなく、その音楽には情熱も気品もある。だからこそ、反ワーグナー派がここまで熱中するファンになったのだろう。

 ブルックナーはその点で大いに不利である。日本的な比喩では「独活(うど)の大木」という言葉が連想されるが、ブラームス愛好家からすれば、当時のウイーンではこうした世評があったとしても不思議ではない。クライバーの素晴らしい切れ味のブラームス4番を聴いているとその感を強くする。また、クライバーがブルックナーよりブラームスを好んで演奏したのも、そのスタイリッシュさからの共感あってではないかとも思う。

 蛇足だが、ブラームス(写真)はハンサムだったとの説が多い。晩年の憂いを含んだ髭の重厚な面影もご婦人にはもてたであろう。その点でもブルックナーは分が悪い。でも、あの無骨でぶきっちょで、粘着質な音楽への拘りの主、ブルックナーのほうが好きな人だって多くいる。私ももちろんその一人だが・・・。

金曜日, 3月 20, 2009

クラシック音楽の危機

  
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大御所中の大御所、名盤中の名盤の代表例:フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲第5番

 クラシックのCDの売れ筋を見ていると、いまや鬼籍に入った演奏家の古い録音が実に多い。もともとぼくは、どちらかといえば、「古き名盤」ばかりを聴いているので、違和感はないのだが、マーケットに放出される厖大な音源のなかで、長きにわたって生き残ることは至難であり、一部の若手や個性的な大家を除く現役の音楽家の苦悩はとても深いのではないかと思う。

  かつては音楽会にも足繁く通ったが、いまはまったく行く気がしない。仕事の一環でやむを得ずといった、余程のことでもないと自発的な意思でチケットを買うことはなくなった。
  毎日、CDを聴いているのに、ライヴにモティベーションがわかないのは、40年にわたって素晴らしい実演に接して、その記憶をたどりつつ、またいまの自分の尺度からは、あまり期待するモノがないからかも知れない。喰わず嫌いといわれようとも、意欲が湧かなければ、趣味である以上、これは仕方がないだろう。

  CDでもTVやFMでもライヴでも、いずれも同様だが、ここまで「過去」の大家が君臨する以上、この領域(クラシック音楽界)の現在および将来は危機だろう。演奏法、解釈などで新たなアプローチもあるが、それはそれで面白いけれど、だからと言って栄光の「過去」を塗りかえるようなエネルギーが、いま十分にあるとも思えない。

  加えて、特定の作曲家への偏重、人気のある一部(人口に膾炙した)名曲への特化、全曲ではなく切り売り型の商品化がより一層進んでいるように思う。この傾向からは、希少な作曲家、現代音楽などがとりあげられる機会の減少、コンサート採用曲などのヴァリエーションの狭隘化、いわゆる癒し系・イージーリスニング系の小曲ブームなどが顕著になり、ますますマーケットが狭くなっているような気がする。

 なにを隠そう、このブログで最近、自ら取り上げているものだって、そうじゃないかと思う。軽め、話題性、一部贔屓への傾倒など・・・。時代が人をつくり、その人が時代の音楽をつくり奏でるとすれば、出でよ、英雄(女帝)!ということになるのだろうか。

土曜日, 2月 07, 2009

ブルックナーとマーラー



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 <ブルックナーとマーラー>
 この2人は、一種の師弟関係でもあり、同時代にウイーンで過ごし活躍した偉大な交響曲作曲家でもあるが、その特質はだいぶ異なっている。
 マーラーの音楽は、世紀末の都会的な雰囲気に満ちているように思う。日中、強い太陽光線に射られて、路上を鋭角的に切り取るビルの影絵のような陰影があり、その一方で、時に異様に派手なオーケストレーションは、夜の帳が下りてからのネオンサインのような華やかさがある。
 ブルックナーの音楽は、マーラーとの対比において都会的ではなく、田舎の畦道に注ぐ陽によって、むんむんたる土臭さが強烈に立ち上がってくるような、そして夜は、真鍮のような深い闇に煌々たる月光が注がれるようなイメージがある。
 もちろん、こんな感じ方自体が「書き割り」的であることは意識しておこう。マーラーの腺病質的な音感とブルックナーのある意味、素朴で健康的な響きの対比も同様に「書き割り」的であろうし、宗教的な受容だって、おのおの都市と農村に育った両巨頭の差異は大きかろう。
 朝比奈隆がかつて語っていたが、オーケストラの楽員にとって、マーラーの音楽はスリリングで演奏への積極的な動機付けがあるが、ブルックナーはその点、面白さに欠けその執拗な繰り返しには忍耐を要するというのも頷ける気がする。
 都会生活の刺激と大らかだが単調さに時に辟易とする田舎暮らしに通じるものがあるかも知れない。これも朝比奈の言葉だが、ブルックナーを「田舎の坊さん」と呼んだ含意には、そうしたブルックナーの特質を良く言い得ていると感じる。
 ぼくは、ブルックナーもマーラーも聴くが、ブルックナーにより惹かれるのは、鄙びた山村に生まれ育った原風景が堅固に内在する「田舎志向」にあるのかも知れない。都会生活によって、実はその利便性、快適性をふんだんに享受する一方、何か満たされないものを彼の音楽が無意識に埋めてくれているのかも、とも思う。
 洋の東西を問わず、都会と田舎の関係性のなかで人は、さまざまに移動しその人生を送る。その点では文明国に生きる限り共通、共有するものは多いはずである。マーラーに惹かれる時、またブルックナーに魅せられる時、人は、心象における<都会>と<田舎>2極の振り子の振幅のなかに自らを置いているのではないかと感じる次第である。

金曜日, 1月 02, 2009

謹賀新年


新年なので・・・。織工、廉価盤お奨めのリストマニアです。

♪新リスナー向け"超廉価盤"25選♪

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♪廉価盤で聴く管弦楽曲/名曲・名演集♪

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♪静謐への誘い~超廉価盤選♪
♪くつろぎの時間を楽しむー廉価盤の魅力♪

◆名演奏家~その肖像:廉価盤で聴く◇

■懐かしの名曲名演廉価盤選□

水曜日, 12月 31, 2008

東急 ジルベスターコンサート 2008-2009

 久しぶりに家内と渋谷のオーチャードホールにコンサートに行く。<カウント・ダウン>も<TVライヴ>も新鮮だったし、いろいろと思うところはあるが、いくつかを備忘録まで。
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 第1に、小曽根真のピアノが実に素晴らしかった。天才的な音感の持ち主で、かつ指が自然と動いていくような技倆をもっているのでは・・・と感じた。どの曲も緊張感に満ち見事な出来映えで、帰路もそのことばかりが気になった。
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 第2に、マエストロ井上道義について。関西でもアンサンブル金沢のコンサートを聴いた(アンコールがなんと「六甲おろし」で唖然とした)が、この人の聴衆へのサービス精神には脱帽する一方、もっと、「ぶっきらぼう」でも良いのにとも思う。自作の「メモリコンクリート」の義父の偲んでの演奏も、森麻季のアリアでのピアノ伴奏でも非常な才気を感じるだけに、余計にそう思う次第である。
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 第3に、上野水香のバレエも見応えがあった。肉体的な運動能力の高さと精神統一が表裏一体といった演じぶりで、次代のプリマが期待されるのも当然と思った。
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2008-2009 東急ジルベスターコンサート
  今回は「ラプソディー・イン・ブルー」で2009年をカウントダウン。曲が終わる瞬間に新年を迎える、華やかでスリリングなコンサート!
 “踊るジルベスター”をテーマに、今回は「ラプソディー・イン・ブルー」で2009年を華やかにカウントダウン。曲が終わる瞬間に新年を迎える、贅沢な緊張感が人気のコンサートをお届けします。指揮者は世界的なマエストロ、井上道義。日本を代表するバレリーナの上野水香や金メダリスト荒川静香も、ソリストとして出演。華やかでスリリングな時間をお過ごしください。司会は大のクラシックファンでもある、西村雅彦。
出演 (指揮)井上道義 (管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団 (ソリスト)ピアノ:小曽根真、ヴァイオリン:古澤巌、ソプラノ:森麻季、バレエ:上野水香・高岸直樹、スケート:荒川静香(大阪中継)、 (司会)西村雅彦、大江麻理子(テレビ東京アナウンサー)
<主要演奏曲>
○ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー (カウントダウンは井上道義&小曽根真&上野水香で白熱のラプソディー!)○ヘンデル:オンブラ・マイ・フ (年明けは森麻季の美声で厳かに。2009年はヘンデルイヤー)○チャイコフスキー:バレエ「くるみ割り人形」から「ロシアの踊り」○サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン(スケート生中継、荒川静香が舞う!)○ショスタコーヴィチ「ジャズ組曲」より「ワルツ第2番」 (マエストロの十八番で上野水香と高岸直樹が華麗なペアバレエ!)

火曜日, 12月 30, 2008

サラ・ブライトマン


ワールドプレミアムライブ アンコール 12月30日(火)BShi 午後7:30~8:50
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 これは凄いコンサート。度胸のよさと透明感のある美声が、いわく言い難くマッチングしている。教会の長い残響と少しくグロテスクな彫刻群を、音楽と光線で生かしながら、そこに君臨する大歌手を活写していた。
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サラ・ブライトマン。北京オリンピックの開会式でのパフォーマンスも記憶に新しいが、今回紹介するのは、今年1月16日にウィーンの聖シュテファン寺院で収録されたコンサート。ハブスブルク家ゆかりの、オーストリア最大のゴシック建築教会である荘厳な寺院を舞台に、最新アルバム「神々のシンフォニー」の収録曲を中心に「オペラ座の怪人」や「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」など名曲の数々を幻想的な映像とともにお届けする。サラ・ブライトマンは、アンドレア・ボチェッリとのデュエット「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が、全世界で1500万枚以上のセールスを記録した。【司会】クリス・ペプラー,RENA

http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/b344f59ce3752b033a723644553ae13a

 サラ・ブライトマン(1960年生)は、世界を代表するミュージカル女優として君臨する著名な歌手です。 一般的には馴染みも薄いですが、ミュージカル・ファンにとって最も信頼できる歌唱を身に付けた歌姫(ディーバ)の一人として認知されています。 
 また、8月に開催された北京五輪のオープン・セレモニーにおいて、公式テーマ・ソングを歌った歌手として認知された方も多いと感じます。
 (個人的な見解ですが、その秀でた歌唱は、先般放送されたセリーヌ・ディオンとならんで、ポスト・バーブラ・ストライサンドに一番近い位置にある歌手ではないかと感じます。) 
1981年に、ロンドンのミュージカル劇場での「キャッツ」のオリジナルキャストとして出演で、世間の注目を集めました。 
1984年「キャッツ」の作曲家であり、近年の大ヒット・ロングラン・ミュージカルを数々作曲したアンドリュー・ロイド・ウェバーと結婚。 
(ロイド・ウェバー作品は、日本でおなじみの劇団四季のロングラン・プログラムとして、「ジーザス・クライスト・スーパースター」、「エビータ」等、多くの作品が上演されている。1990年にサラ・ブライトマンとは離婚。)  
1986年、ロイド・ウェバーの代表作「オペラ座の怪人」の主演/クリスティーヌ役に抜擢され大成功し、世界の歌姫としての地位を確立しました。 
その後、ミュージカル界の世界を越えて、多くの分野の歌手達と共演しており、アンドレア・ボチェッリとのデュエット「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が全世界で、1500万枚以上のセールスを記録するなど、数多くのヒット作品を送り出しています。 また、日本では、2006年10月に発売された、ベスト・アルバム『輝けるディーヴァ、~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン~』が、国内だけで55万枚以上のセールスを記録するなど、その人気は、しっかりと日本人にも根付いていることを証明しました。
 
<曲目リスト> 1、PIE JESU  2、FLEURS DU MAL  3、SYMPHONY  4、SANVEAN  5、CANTO DELLA TERRA  6、SARAI QUI  7、ATTESA  8、I WILL BE WITH YOU(WHERE THE LOST ONES GO)  9、STORIA D’AMORE 10、PASION 11、RUNNING 12、LET IT RAIN 13、THE PHANTOM OF THE OPERA 14、TIME TO SAY GOODBYE 15、AVE MARIA

土曜日, 12月 20, 2008

クラシック音楽 聴きはじめ 6 アルゲリッチ




 今日は一日中、下記のアルゲリッチを聴いていた。1970年の来日公演(バッハ、ベートーヴェン、ショパン、プロコフィエフ)を聴いて以来のファンだが、彼女の名演がこの価格でマーケットに出ること自体に正直、戸惑いと憤りすら感じる。  

  1941年生まれのアルゲリッチ10代から42才頃までのソロ・アルバムの集大成。以下の7人の作曲家の名曲がラインナップされている。
 
 彼女の凄さは、リリー・クラウス、ハスキルやへブラーなどそれ以前の「女流ピアニスト」という言葉を、文字通り鍵盤の迫力で叩き潰したことにあると思う。リリックな部分の音感も秀抜だが、その一方、ベートーヴェンでもプロコフィエフでも大きな構えと強烈な音量で堂々と聴衆を圧倒する。語弊のある言い方で恐縮だが当時「女リヒテル」の異名すらあった。しかも若く美しい20代前後から、である。  

 そうした点では、この選集は彼女の個性の全てを網羅はしていないが、これだけの名演をこの価格で入手できることは特質に値する。自分は録音年代順に再トレースするつもりで多くのダブり覚悟で買ったが、これからライヴラリーを揃えたい向きにも最適な選択だろう。

<作曲家別収録曲>
■ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、第3番、スケルツォ第2番、第3番、ポロネーズ第6番、第7番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、マズルカ第36番、第37番、第38番、24の前奏曲、前奏曲嬰ハ短調、前奏曲変イ長調(遺作)、舟歌 嬰ヘ長調
■リスト:ハンガリー狂詩曲第6番、ピアノ・ソナタ ロ短調
■シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、子供の情景、クライスレリアーナ
■ラヴェル:水の戯れ、夜のガスパール、ソナチネ、高雅にして感傷的なワルツ
■ブラームス:2つのラプソディ第1番、第2番
■プロコフィエフ:トッカータ ハ長調
■J.S.バッハ:トッカータ BWV.911、パルティータ第2番、イギリス組曲第2番


土曜日, 12月 13, 2008

諏訪内晶子 ブラームス





















ウイークエンドシアター 諏訪内晶子&ニコラ・アンゲリッシュ デュオ・リサイタル
BShi 2008年12月13日(土) 0:18~2:00(102分) 

                       
「バイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.454から第1楽章、第3楽章」モーツァルト作曲                              「バイオリン・ソナタ」ドビュッシー作曲
「バイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 作品100」ブラームス                              「バイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 作品108」ブラームス                              「ハンガリー舞曲 第2番 ニ短調」ブラームス
「バイオリンとピアノのための5つのメロディー作品35b から 第1曲」プロコフィエフ

(バイオリン)諏訪内晶子
(ピアノ)ニコラ・アンゲリッシュ                                           ~収録: 2008年4月10日東京・サントリーホール~
 
 毎年NHKが企画・主催しているクラシック音楽の祭典「NHK音楽祭」。 今回のテーマは「魅惑のバイオリン 魂のコンチェルト」。 NHKホールを舞台に世界一流のバイオリニスト、指揮者、そしてオーケストラによる夢の共演が実現する 「NHK音楽祭 2008」の第四夜を放送する。

 1. 交響詩「フィンランディア」 作品26   ( シベリウス作曲 ) 2. バイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 ( シベリウス作曲 ) [ アンコール ]   無伴奏バイオリン・ソナタ 第3番 からラルゴ( バッハ作曲 ) 3. 交響曲 第2番 ニ長調 作品43( シベリウス作曲 ) [ アンコール ]   悲しいワルツ ( シベリウス作曲 ) 

バイオリン:諏訪内 晶子 管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団 指 揮 :ウラディーミル・アシュケナージ        
収録: 2008年12月8日, NHKホール

 
CDで聴いた特には高音は美しいが、もう一歩迫力には欠けると感じたシベリウスが、アシュケナージの熱っぽい名サポートで生き生きと奏でられ、コンチェルトも良かった。
 しかし今日、しみじみと聴いたのは(掲載順序とは逆だが、その後演じられた)ブラームスである。写真は「営業用」に微笑を浮かべているが、諏訪内がコンサートではほとんど笑わないのが映像で見ていて良くわかる。演目終了後の挨拶もあっさり、さっぱりしていてベタつくところが全くない。
 名器「ドルフィン」からの連想で、そういえば前の持ち主ハイフェッツの苦みばしった恬淡とした対応が思い出されるが、表情を抑えるのは諏訪内自身のポリシーなのかも知れない。
 だが、演奏は少しく違う。ぼくはブラームスのバイオリン・ソナタは結構聴いているつもりだが、年寄りの枯れた演奏でなく、壮年期のヴァイオリストでこのように美しくも<感興>あるブラームスはなかなか耳にできないと思った。
 どの曲でも「笑わない」、冷静で沈着で、もしかすると感性がいつも「醒めている」ような諏訪内のブラームスは、けっして乾いてはいないし無機質的でもない。ハイフェッツで感じたことと同じく、大仰ではない仄かな悲しみ、それを表現する暖かみ、ぬくもりは確かにあるように思う。
 抑えに抑えても(あるいはそうすることによってこそ逆に自然に)発散する、その曲に確固と内在し聴衆に伝播していく作曲家の深い<感興>が今日の演奏では見事に引き出されていたという気がした。

土曜日, 11月 29, 2008

ブルックナー 水泳


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 ブルックナーの名字は、「橋」をあらわすブリュッケに由来するとのこと。運動「音痴」にみえるブルックナーは実は水泳やダイビングが巧かったとの口伝もある。砂粒を数える心身症にも悩まされたブルックナーはこれも水に縁のある温浴療法のお世話にもなった。


 シャイーのブルックナー演奏からは「波動」を強く意識した。ブルックナーの音楽には寄せては返すような波の動きがあるように思われる。写真はリンツだが、ブルックナーも愛したというヨハン・シュトラウスの作品のひとつ美しく青き「ドナウ」は、ブルックナーにとっても身近な存在であった。

 山脈や森林のイメージがどうしても先にくるブルックナーの音楽はこのように「水」とのシナジーもある。ジャケットでも水の景色が使われていた例もあった。そう言えば、チェリビダッケは、ブルックナーの音楽に禅の境地を重ね合わせているが、枯山水のジャケットも違和感がない。ここでも石とともにその隠れた主役は見えない水の流れである。
http://shokkou3.blogspot.com/2008_07_01_archive.html
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!947.entry?&_c02_owner=1

土曜日, 11月 15, 2008

カラス・アッソルータ


ウイークエンドシアター ドキュメンタリー「カラス・アッソルータ 究極のカラス」

チャンネル:BShi
放送日:2008年11月15日(土)
放送時間:翌日午前0:15~翌日午前1:53(98分)
伝説的なソプラノ歌手、マリア・カラスの芸術と人生をよみがえらせたドキュメンタリー映画。歌手であり、一人の女性であったマリア・カラスの、ときにオペラそのものをしのぐドラマティックな人生を、過去の映像を交えて再現する。
[ 制作:2007年, フランス (Swan Productions / ARTE France) ]
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 上記の本は『マリア・カラス―ひとりの女の生涯 (単行本) ピエール=ジャン レミ (著), Pierre‐Jean R´emy (原著), 矢野 浩三郎 (翻訳)』 みすず書房
 プリマドンナとしてオペラ界に君臨し、一挙手一投足がマスコミの称賛と非難を呼んだマリア・カラス。その栄光の陰の苦悶、海運王オナシスとの恋、ひとりの孤独な女としての素顔を浮彫にする。84年刊の新装。
 「1947年イタリアのフェニーチェ座で『トゥーランドット』他の上演でデビューを飾ってから、1965年ロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場の舞台までの17年間がマリア・カラスの全盛時代だった。彼女の一挙手一投足はつねにマスコミの称賛と非難を呼び、時に「牝虎」「気紛れなプリマドンナ」と言われながらも、成功への階段を登りつめる。だが、その遍歴のなかにこそ栄光の輝きと共に苦悶の呻吟があったのである。夫でありマネージャーだったメネギーニとの二人三脚と突然の離婚、海運王オナシスとの恋は世間の注視を浴びることになった。しかし、あのカラスが彼女をとりまく男たちの奴隷となり、称賛をえ、それを持続させていくための代償として、己れの身をけずり命を縮めるひとりの孤独な女としての姿は、本書に初めて明らかにされるものである。オペラをオペラとして蘇らせ、聴衆を夢と発見と熱狂の渦に巻きこんだ、今世紀の最も魅力的な舞台女優の知られざる素顔・情熱・ドラマがここにある」。
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 寝るまえに、この本をいま読んでいる。なかなか面白い。その矢先、ドキュメンタリー番組をやるというので見ることにする。映像を見ていて、マリア・カラスが持って生まれた美貌と途轍もない才能の持ち主であることを改めて実感する。本で詳細の記述があるので、一応の背景は知ったうえで映像を追うと、その表情の陰にある深い喜怒哀楽が 思われて興味深い。
 シュワルツコップもそうだが、マリア・カラスも非常な努力の人である。途轍もない才能をもった芸術家が、若き日から刻苦勉励の努力を積み重ねて、大変な高みに登る。これは世紀のサクセス・ストーリーであり、また、オナシスという稀代の実業家との悲恋がこれを彩る。
 その一方、酷使しすぎた心身、そして声は栄光と反比例して失われていく。そのテンポは、本来の老化以上に急速にすすみ、マリア・カラスの最盛期は短かった。
 シュワルツコップがオペラから年とともに歌曲に転じて、新たな、そして未踏の境地に行きついたことと全く別の人生航路をカラスは歩むが、53才での孤独で不遇な死は、彼女らしい直線的な生き様を貫いたという意味で、それ自身、ドラマツルギー性をもっている。
 本も映像もフランス作成だが、パリで死した彼女への関心と憧憬はこの国の人々にいまも鮮烈に焼き付いている証だろう。

土曜日, 11月 08, 2008

カラヤン ドキュメンタリー



生誕100年記念ドキュメンタリー Aモード・ステレオ
「ヘルベルト・フォン・カラヤン ~その目指した美の世界~ 」
11月8日(土) 23時56分00秒 ~ 翌01時27分00秒 [1時間31分00秒]
<内容>
 インタビューやリハーサルの風景を元に、カラヤンの内面に迫るドキュメンタリー。 多くの映像は、12年間にわたりカラヤンのミュージック・フィルムを手がけた ユニテルが保有しているものであり、それらのフッテージを補完するものとして 彼の妻と娘をはじめ、グンドゥラ・ヤノヴィッツ、エフゲニー・キーシン、小澤征爾、サイモン・ラトルら 彼に関わった多くの男女の率直なコメントが盛り込まれている。 その結果、本作品は20世紀最大の巨匠の深遠にして複雑な姿を描き出し、 ある意味ではさらにミステリアスな存在として、その多様な人物像に光をあてている。 [ 制作:2007年 (ドイツ) ]
 なにげなく見だして、最後まで集中して堪能した。上記のほか、ルートビッヒ(クリスタ)、シュワルツコップ(エリザベート)、ムター(アンネ=ゾフィー)、コロ(ルネ)はじめベルリン・フィル、ウイーン・フィルの楽員はもとより、ヘルムート・シュミット元首相らがインタビューに登場するなど実に多くの証言が盛り込まれた充実した作品。知られざるエピソードにも事欠かないし、プライヴェートな映像も満載で、あっという間の91分だった。
 必ずしも「カラヤン礼賛」といった作り方ではなく、欠点や批判的な意見も含め、その巨大な人間像を描き出そうという制作者の意図が感じられた。
 「全て暗譜の猛烈な勉強家」(ルートビッヒ)、「公私ともに厳しい規律正しさ」(シュミット)といったコメントがある一方、ウルム、アーヘン時代の赤貧ぶり、ナチとの関係(2度の入党)から晩年のベルリン・フィルとの決別経緯、椎間板の病気との闘い、老いへの慨嘆といった点も浮き彫りにされていて新鮮な印象。
 指揮者では、フルトヴェングラーやチェリビダッケとの関係といった書き割りパターンとは別個のアプローチで、バーンスタインとのライバル関係にスポットをあてていた。カラヤンはじめてのアメリカ公演ではバーンスタインのお世話になった。当時、バーンスタインはNYフィルでの登壇をセットしたが、カラヤンは終生、バーンスタインをベルリン・フィルには招かなかったとか、小澤征爾が両巨頭の弟子の「二股」で大丈夫かと言われたとか、晩年の2人の邂逅エピソード(ウイーン・フィルを半分ずつ振るプログラムをやろうと言ったとか)、カラヤン追悼でバーンスタインがマーラーの5番を選択したとかがここで取り上げられていた。マーラーの5番は2人の練習風景を交互に写しその違いを強調するなど小憎らしいくらい凝った部分も見どころだった。
 
 全体から受けた印象は、「帝王」といったレッテルよりも、抜群の才能に満ちた指揮者、我が儘だが生真面目な実務家、先駆的なエンジニア兼総合芸術プロデューサーの共存といった感じで、むしろ番組を見る前よりも身近な存在に思えた。幼少の娘2人に熱いスパゲッティを取り分けてあげる場面などの挿入があるからかも知れないが、「人間カラヤン」の素顔に少しく触れた思いがした。なお、ブルックナーでは9番の映像が入っていた。

金曜日, 11月 07, 2008

シノーポリ ブルックナー 3番


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ブルックナー 交響曲第3番 二短調
(ノヴァーク/第2稿 1877年 )
ドレスデン国立管弦楽団
録音:1990年4月 ドレスデン、ルカ教会
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 シノーポリのブルックナーは廃盤がつづき、今日現在では輸入盤で5番が手にはいるくらいで、根強いファンを除いてはあまり聴かれていないようだ。

 小生は「稿」の問題はあまり気にしない質だが、3番で良く演奏される稿としてノヴァーク第2稿(1877年)と第3稿(1889年)がある。この第3稿では相当なカットが行われていることから、演奏時間に影響しどちらをとるかには否応なく関心の集まるところだ。最近はワーグナーの影響の濃い第1稿(1873年)を演奏するのも一種のブームだが、シノーポリ盤はブルックナーの自主的な改訂を踏まえた第2稿(ノヴァーク版)を採用している。第2稿では他にエーザー版もあり、小生はクーベリック盤を好んで聴いている。また、シノーポリと同じノヴァーク版Ⅱ採用組では朝比奈盤がある。

 シノーポリのブルックナーの人気が「いまいち」なのは何故か。シノーポリと言えば「大胆な解釈で異質の演奏」といったイメージが強い。このイメージを植え付けた典型的なマーラーなどとは違い、ブルックナーではある意味、「常識的」でオーソドックスな演奏だからかも知れない。しかし、聴きこんだブルックナー好きにとっては共感が持てると思うし、もっと陽があたってよいと感じる。

 全般にテンポの可変性を抑えた運行である。第1楽章、ヴァイオリンを中心とする第2主題の提示ではドレスデンの良質な弦のアンサンブルを際だたせ、第3主題の管の強奏ではこれを存分に響かせるなど、この楽章は、オーケストラの力量をみせるいわば「顔見せ興業」のような印象をうける。
 第2楽章以降もこの傾向はつづくが、録音のせいかやや管楽器の物量が大きく出すぎているような場面もある。弦楽器の残響の美しいルカ教会での収録なので、ドレスデンの薄墨を引いたような上品な良さがある弦楽器がもっと前面にでても良いのにと思う。また、ある楽章にアクセントをおき、それをもって全曲の隈取りをはっきりさせるといったヨッフム、クレンペラー的なスタイルをとらず、シノーポリは各楽章毎に実に淡々とこなしていくといった流儀とみえる。

 それがゆえに、アクの強い演奏に慣れていると物足りなさを感じる向きもあろう。クナッパーツブッシュ的な「わくわくドキドキ感」はない一方、曲の構造、メロディの細部に関心が寄せられるような集中度の置き方である。小生はこれをもって「分析的」と思うのだが、こうした演奏も大変好ましく感じる。今週は、出勤途上にCDを持ち歩いて久しぶりに聴いているが、飽きない。じわじわと噛みしめるような良さがある。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!259.entry?&_c02_owner=1

土曜日, 11月 01, 2008

シュワルツコップ3  ○●○●○




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  シュワルツコップの魅力はドイツリートである。もちろん!しかし、オペラでの存在感も大きい。フルトヴェングラー、クレンペラー、セル、ベーム、カラヤンらは彼女の才能を極めて高く評価していた。オペレッタの洒脱な雰囲気も上質である。つまり、オールラウンドの歌い手である。そして、それは弛まぬ努力によって保たれていたことは有名である。
 引退近くの1970年に来日して、はじめてライヴでヴォルフの歌曲を聴き虜になった。それ以前からのファンだからもう40年近くになる。
 織工のリストマニア(シュワルツコップの項目)を今日久しぶりに更新した。国内での販売(現存盤)が減っていて正直寂しかった。海外ではしっかりと全集や初期の録音も出されているようだ。ライヴは本当に素晴らしかったし、その高潔な人柄も偲ばれる。海外で身近に接した多くのファンがいることは理解できる。むしろ、そうした比較では日本だって結構、根強く聴かれていると評価したほうがいいのかな。
 ヴォルフは好きだが、明るい曲も聴きたくなる。オペレッタの特集が気に入っている。たしか織工Ⅱに書いたことがある(一番右のジャッケット)。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 エリーザベト・シュヴァルツコップ(Olga Maria Elisabeth Frederike Schwarzkopf, 1915年12月9日 - 2006年8月3日)ドイツのソプラノ歌手。
 プロイセン王国ポーゼン州(現ポーランド、ヴィエルコポルスカ県)のヤロチン(独:Jarotschin, 波:Jarocin - ロック・フェスティヴァルで有名)で生まれ、ベルリン音楽大学で学んだ。最初はコントラルトであったが、後に歌手で名教師のマリア・イーヴォギュンに師事し、ソプラノに転向した。1938年、ベルリン・ドイツ・オペラで『パルジファル』の花の乙女を歌い、デビューした。1943年に当時ウィーン国立歌劇場の総監督だったカール・ベームに認められたため、同歌劇場と契約し、コロラトゥーラ・ソプラノとして活躍を始めた。
 
第二次世界大戦後、後に夫となるHMV/EMI/英コロムビアレコードの名プロデューサー、ウォルター・レッグと出会った。レッグは『セビリアの理髪師』のロジーナを歌うエリーザベトを聴き、即座にレコード録音の契約を申し出た。しかし、当時から完全主義者だった彼女がきちんとオーディションをするよう望むと、レッグは厳しいオーディションを行った。ヴォルフの『誰がお前を呼んだのか』(Wer rief dich denn?:『イタリア歌曲集』中の1曲)を繰り返し様々な表情で歌わせるというもので、これを1時間以上も続けたという。
 居合わせた指揮者カラヤンはあまりの執拗さに、レッグに対し「あなたは余りにもサディスティックだ」と言い置いて立ち去った。しかし、シュヴァルツコップはレッグの要求以上の才能を見せ、2人はその夜EMIへの専属録音契約を交わした。それ以来レッグは彼女のマネージャーと音楽上のパートナーを務め、1953年に2人は結婚した。
 当初は彼女の声質により、ブロントヒェン(『
後宮からの誘拐』)やツェルビネッタ(『ナクソス島のアリアドネ』)などコロラトゥーラの役を歌っていたが、レッグの勧めもあって、次第にリリックなレパートリー、すなわちアガーテ(『魔弾の射手』)や伯爵夫人(『フィガロの結婚』)などに移行していった。 バイロイト音楽祭やザルツブルク音楽祭にも出演し、ベーム以外にもカラヤンやフルトヴェングラーともしばしば共演した。1947年にはイギリスのコヴェント・ガーデン王立歌劇場に、1948年にはミラノ・スカラ座に、1964年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場にデビューし、そのほか各地の歌劇場で歌い、あるいは歌曲のリサイタルを行った。 1952年には元帥夫人(『ばらの騎士』)をスカラ座においてカラヤンの指揮で歌い、成功を収めた。以来、この役は彼女を代表する役柄として知られるようになった。オットー・アッカーマンの指揮のもと、EMIにオペレッタの録音を残している。
R.シュトラウスやヴォルフの歌曲録音は高く評価された。
 他人を誉める事は少ない。しかしながら、
フィッシャー=ディースカウを「神のような存在」、白井光子とハルトムート・ヘルのリート・デュオを「世界最高の音楽家夫婦」と賛辞を送っている。
 シュヴァルツコップは
1976年に歌劇場での現役を退くとともに、歌曲リサイタル(1979年引退)と後進の指導に力をいれた。1992年、イギリス女王エリザベス2世は、シュヴァルツコップにDBE(Dame Commander of the Most Excellent Order of the British Empire)の称号(ナイト爵に相当し、女性に与えられる)を授与した。
2006年8月3日、オーストリア西部のフォアアールベルク州シュルンスの自宅で死去。死因は不明。90歳だった。

シュワルツコップ2

シュワルツコップ1


日曜日, 8月 24, 2008

ヴァント ブルックナー6番

 このジャケットは「似ていて非」の別物ですが、久しぶりにケルン響で6番を聴きました。1976年8月16日~25日、ケルンのWDRグローサー・ゼンデザールでの録音です。
 熱っぽい演奏、そして秘めた意志力が、すべて真率な「音」に転化されていくような演奏。そうした「音」束が生き生きと、再現・創造の場でたしかな「運動」をしていると感じるような演奏。

 6番についての先入主ー5番と7番の谷間の比較的小振りの曲で仄かな明るさが身上(これはベートーヴェンからのアナロジーかな)といった一般的な解釈をヴァントはとっていません。
 色彩的には全般に暗く、むしろ、(ある意味で当然ですが)5、6、7番には底流で作曲上の「連続した一貫性」があること、そこをあえて忠実に再現しようとする解釈を感じます。その姿勢は、奇をてらわず、いつもながら淡々として臨んでいるともいえるでしょうし、一方、上記のような通説、定番の見方などは、自分には一切関係なし、己は己の道を征くといった気迫もあります。

 ヴァントらしい細部の丁寧な処理は他番の演奏と変わりません。しかし、私からみて、6番では、なかなかしっくりとする演奏に出会わないなかにあって、本盤はあくまでも「ヴァント流」でほかが追随できない高みに上った秀演と言ってよいのではないでしょうか。
 
(参考)ヴァントの他の6番

・Anton Bruckner (1824 - 1896)  Symphony no 6 in A major, WAB 106
Wand, Gunter/ North German Radio Symphony Orchestra
録音場所: 05/15/1995, Music Hall, Hamburg, Germany [Live ]
・同上[1881年稿(ハース)]
・同上:北ドイツ響/1996年7月7日、リューベック、コングレスハレ(ライヴ収録)

・同上:ミュンへン・フィル/1999年6月24日ミュンヘン、ガスタイク

土曜日, 8月 16, 2008

西本智実 ショスタコーヴィッチ 交響曲第5番


交響曲第5番ニ短調 作曲: ショスタコーヴィチ
ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム” 指揮: 西本智実
1812年*祝典序曲 作曲: チャイコフスキー
ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”, ユルロフ合唱団 指揮: 西本智実

 3つの「臆断」(バリア)を意識しないようにしようと思って聴く。
第1に、女性指揮者であること。第2に、オーケストラの力量についての予断。第3に、ショスタコーヴィッチ解釈の最近の動向。とは言っても、あらかじめ、そうした過剰な潜在意識があるからこそ、それを排そうとしているわけだから、所詮は無理なのかも知れないが。

 第1の感想として、テンポに厳格、あくまでも沈着冷静で研ぎ澄まされた上質の感性が光る良い演奏であると思う。色調はどちらかというと全体に暗めであり、オーケストラの集中度は一定程度は感じ取れるけれど、かつてのムラヴィンスキー/レニングラードフィルに親しんできた自分などからすると、集中の強度はいまひとつで、その響きはいかにも薄く、かつ軽く感じる(第2の予断に抵触しているかな・・・)。

 第2に、2曲ともに解釈が「楷書」的にキチンとした印象で、紡がれる響きも清んでおり、それが印象に残る。弦楽器の響きは十分に美しく、管楽器は鳴らせすぎない(音が軽い)、打楽器は逆に強調しすぎのきらいの部分もあるが、指揮者の意図は十分に伝わっていて、全般には「制御」された演奏。

 西村は、おそらくスコアを読み尽くすタイプの相当な分析癖のある現代的な指揮者であり、このアプローチ法であれば、今後多くのレパートリーを無難にこなしていくだろう。その意味でちょっとシノーポリを連想させる部分もある。反面で、シノーポリほど天才肌ではない(もちろん、シノーポリのような大物指揮者は空前絶後だ)から、この「分析的」な演奏が好きでない向きからは、「解釈に面白みに欠ける」、「線が細い」といった批判も予測されうる。自分はシノーポリ、ポリーニ好みなので、この点の違和感はない。


 この演奏を聴く限り、いまの人気からみても、早晩、超一流のオーケストラとの録音もでるだろうが、技術的に優れたオーケストラとの共演を是非、聴いてみたいと思う。

(参考)公式サイトから引用
西本 智実 (指揮)
大阪に生まれる。

1994年 大阪音楽大学音楽学部作曲学科作曲専攻卒業。
1996年 ロシア国立サンクトペテルブルク音楽院に留学し、V.フェドートフ、I.ムーシンに学ぶ。 
1998年 文化庁芸術インターンシップ奨学金研修生に選ばれる。
1998年 京都市交響楽団を指揮し日本デビュー。
1999年 「出光音楽賞」を受賞。同年、ショスタコーヴィチ記念サンクトペテルブルクフィルハーモニアホールにてサンクトペテルブルク・フィル(旧レニングラードフィル)のメンバーによる室内管弦楽団を指揮した演奏会が絶賛を博す。
2000年 大阪市「咲くやこの花賞」受賞。
2002年 ABC音楽賞本賞、大阪21世紀協会特別賞受賞。
2002年 ロシア・ボリショイ交響楽団ミレニウムの首席指揮者に就任し(2002ー2004)その間、モスクワ音楽院大ホールにてニューイヤーコンサートを含む、多くの演奏会を行い、同楽団の来日公演を実現。更に、キーロフ(マリィンスキー)劇場の提携公演による関西歌劇団公演にてチャイコフスキー『エウゲニ・オネーギン』を指揮して大成功に導いた。


2003年 ハバロフスク・ダーンヌイ・ヴァストーク交響楽団に客演。サンクトペテルブルク放送交響楽団に客演。同交響楽団の日本公演を指揮した。更に、チャイコフスキー記念財団ロシア交響楽団の来日公演を指揮し、その的確な音楽性を認められ翌年同楽団の、芸術監督兼首席指揮者に就任した。10月にはムソルグスキー記念 サンクトペテルブルク国立アカデミックオペラ・バレエ劇場(旧レニングラード国立歌劇場)にてヴェルディの「椿姫」を指揮。その成果が認められ急遽シーズン内での指揮依頼を受け、「リゴレット」を指揮。その成功により首席客演指揮者に就任。

2004年5月 チャイコフスキー記念財団・ロシア交響楽団 芸術監督・首席指揮者に就任(2004-2007)。9月 ムソルグスキー記念 サンクトペテルブルク国立アカデミックオペラ・バレエ劇場(旧レニングラード国立歌劇場)首席客演指揮者に就任(2004-2006)。オペラ指揮者としての地位を確立している。

2005年8月「プラハ・プロムズ 2005 国際音楽祭」でチェコ・ナショナル交響楽団を指揮、11月には同交響楽団を率いて日本国内6都市で公演を行い、大成功を収めた。また11月6日国立チャイコフスキーの家博物館ホール(クリン市)にて、チャイコフスキー未完成交響曲「ジーズニ」第2楽章の初演を指揮。その模様はロシアや日本においてもニュース、新聞などでとりあげられた。

2006年5月7日 クリン市チャイコフスキーの家博物館記念ホールにて、チャイコフスキー未完成交響曲「ジーズニ」全楽章初演を指揮。その後チャイコフスキー記念財団ロシア交響楽団を率いて、日本国内7ケ所(8公演)来日公演。

2006年8月「第52回スプリット夏の音楽祭」「第57回ドゥブロヴニク夏の音楽祭」を指揮。10月にはハンガリー国立歌劇場来日公演で「トスカ」を指揮。

2007 年 2 月、モスクワ交響楽団ロシアフィルを指揮。 4 月にはオーストリアのリンツ、ブルックナーハウスにおいてブルックナー管弦楽団定期演奏会を好演、大成功をおさめ、ヨーロッパでの活躍の第一歩となった。 9 月 16 日モナコに於いてのモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団との公演では熱狂的な大成功を収め翌日の新聞では大きく取り上げられた。 10月プラハ国立歌劇場の来日公演で「椿姫」を指揮。聴衆に深い感動を与えた。

2008年4月、再びモスクワ交響楽団ロシアフィルを指揮し、好評を博す。6月昨年に続きモナコにおいてモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、その後、来日公演11ヶ所(11公演)を行い、大成功を収める。10月20日、21日にはハンガリー国立歌劇場において、ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団を指揮する予定である。
 
国内においては1998年デビュー以来、新日本フィル、東京交響楽団、東京シティ・フィル、東京都交響楽団、東京フィル、日本フィル、読売日本交響楽団、神奈川フィル、オーケストラ・アンサンブル金沢、大阪フィル、大阪センチュリー交響楽団、大阪シンフォニカー交響楽団、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、関西フィル、札幌交響楽団、名古屋フィル、広島交響楽団、九州交響楽団など国内の主要オーケストラを指揮し、好評のためチケットは完売になることが多い。

http://www.tomomi-n.com/profile.html