木曜日, 2月 20, 2025

バロック・オペラ なぜブームに?


 






(ジャケットは別です)



1970年代からのバロック・ブームについては、さまざまな要因が考えられるだろう。

クラシック音楽界といういささか特殊な「供給側」からみると、カラヤン、ベーム、バーンスタインなどの巨匠時代がそろそろピークアウトする変革期を迎えていた。神々の黄昏ならぬ巨匠時代の終焉の時代が近づきつつあった。

もしかするとシノーポリ、マデルナなどの「現代音楽」がこれに取って代わる可能性もあったが、シノーポリは頓死してしまい残念ながらそうしたムーブメントにはならなかった。

一方、クラシック音楽の「需要側」は、あらゆる音楽ジャンルの選択肢のなかで、それまでのクラシック音楽に特化する理由はなく、むしろ関心は求心的ではなくどんどん拡散していった。

そうした中、一部のファンは「現在および将来へ」の関心ではなく、「現在から遡及し過去へ」の嗜好が強くなっていった。古楽器ブーム、古典派以前のバロック・ロココ音楽への関心の高まりなどはその典型であったろう。

古楽器ブーム、古典派以前のバロック・ロココ音楽には、マーラーやブルックナー、ショスタコーヴィチなど大規模オーケストラによる巨大な交響曲の演奏とは対極の室内楽的な音色に新鮮さがあった。「需要側」に訪れたこの変化は「供給側」を機敏に刺激し双方の蜜月時代がはじまった。

これはオペラの世界も同様で、大規模なオペラ上演は、さまざまな理由で難しい時代を迎えていた。音楽祭では、バイロイトが徐々に凋落し、ザルツブルクもカラヤンの死は大きな衝撃であったろう。また、演出の「現代化」とは経費の節約と同義であり、これも切実な要因であったろう。

さて、バロック・オペラの蘇演がこの頃から本格化する。比較的少人数で小回りがきき、演出も古式でもなんとかやりきれる。これは大規模オペラの抽象的な演出に辟易としていた聴衆にノスタルジックな魅力を提供した。小難しくない本来のオペラのあっけらかんとした楽しさ、そこは理屈抜きの愉悦をたたえていた。そして、そうした取り組みは世界中で芽吹いていった。

月曜日, 2月 17, 2025

バロック・オペラ 指揮者の実力


 







(ジャケットは別です)


モンテヴェルディについてはアーノンクール

👉モンテヴェルディⅠ 歌劇三部作

 モンテヴェルディ三部作については、アーノンクールの先駆的な取り組みが大きい。1977『オルフェオ』、1978『ポッペアの戴冠』、1979『ウリッセの帰還』
この3年間、毎年チューリヒ歌劇場で収録した金字塔はいまも光を失っていないだろう。


◆カヴァッリについてはレッパード

👉レッパードのカヴァッリ 『オルミンド』『カリスト』

 レッパードは、1967年および1971年のグラインドボーン音楽祭でカッヴァリのオペラを指揮して現代に蘇らせた。


◆ペーセルについてはガーディナー

👉ガーディナー パーセル: 作品集


シャルパンティエについてはクリスティ

👉シャルパンティエ・ボックス

 1979年にクリスティによって設立されたアンサンブル「レザール・フロリサン」。シャルパンティエの音楽劇≪花咲ける芸術≫から名前をとっており、クリスティはこれまでにシャルパンティエの作品を25ほど録音しており、シャルパンティエがクリスティにとっていかに特別な存在であることがわかる。


◆ラモーについてはミンコフスキほか

👉ラモー『オペラ・コレクション』


◆ヘンデルについてはホグウッド

👉The Baroque Era


◆ハイドンについてはドラティ

👉ハイドン・オペラBOX


ヤーコプスの貢献も大

👉バロック・オペラ・ボックス Opera Baroque

👉ルネ・ヤーコプス 作品群


ルネ・ヤーコプス

プロフィール

カウンター・テノール歌手、指揮者。1946年ベルギーのヘント生まれ。ヘントの大聖堂の少年合唱団に所属し、ヘント大学では哲学を修める。その後、ブリュッセルとハーグで声楽を学ぶ。アルフレッド・デラーのマスタークラスでカウンター・テノールの訓練を積む。バーゼルで教えるかたわら、徐々に指揮活動を行ない、バロック・オペラなどの再演を積極的に行なう。最近はハンブルク国立歌劇場などでロマン派のオペラの上演も行なっている。

2012/07/30 (2014/06/27更新) (CDジャーナル)

水曜日, 2月 12, 2025

音楽の力 歴史はかわる


 









昔むかし、学校に音楽室というのがあり、だいたい大作曲家の肖像画がかかっていた。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン・・・といったところが定番だったと思う。

クラシック音楽を聴き始めた頃、ヴィヴァルディがこの流れに棹さした。

バッハだけではなく、モーツァルト以前にヘンデルやハイドンもいたことは音楽史で習う。でも、ヴィヴァルディはちょっと意外な登場で『四季』がにわかに躍り出てきた印象だった。ところが、その後のバロック・ブーム、古楽器演奏の台頭などで『四季』だけでない、実はヴィヴァルディは凄いオペラ作曲家であり、さらに遡るとモンテヴェルディらがいる、と知ることになる。

オペラについても、昔むかしは、一般にモーツァルト以前はあまり顧みられなかった。19~20世紀オペラの紹介が中心であった。

ところが、バロック・オペラ(1600年以降)の世界が広がるとその光景は一変する。モーツァルト以前、イタリアやフランス、そしてイギリスにも多くのオペラ作曲家が犇めいていたことが、どんどん世に紹介されることになった。音楽史では、いわゆる古典派以前、そしてドイツ・オーストリア音楽以前のイタリア、フランスといったラテン系の輝き・・・。いまや、それは外せない前提になっていると思う。

この半世紀で、明らかに初学者向けの(西洋)音楽史はかわったと思う。そしてこれから先も変化を続けていくことだろう。

👉バロック・オペラの魅力 作曲家別インデックス

バロック・オペラ 浮世の煩い


 







(ジャケットは別です)


バロック・オペラはときに猥雑で、節操がない。でも、その生々しさが下世話な覗き趣味を満足させるのかも・・・。超人的な売れっ子作家だったピエトロ・メタスタージオの作品群は、この人がいかに人生の機微に通じていたかの証だろう。以下、三題噺風に。


ヒロインは捨てられた女

👉大ヒロイン ディドーネ


男はつらいよ~悩める長男編

👉長男はつらいよ シロエ


これぞ悪女の典型

👉女帝&魔性 セミラミス(セミラーミデ)


音楽の力 ピエトロ・メタスタージオの作品

https://shokkou3.blogspot.com/2025/02/blog-post_7.html

日曜日, 2月 09, 2025

音楽の力 ポルポラ

 

ポルポラ&ヘンデル:歌劇からの作品集


ニコラ・アントニオ・ポルポラ(Nicola Antonio Porpora [niˈkɔ.la ˈporpora]1686年8月17日 - 1768年3月3日)はイタリア後期バロック音楽オペラ作曲家声楽教師
この人は長生きしたが、波瀾万丈の人生であったようだ。

【以下は引用】

ハッセとポルポラといえば、ヘンデルとモーツァルトの間に活躍した18世紀イタリア語オペラの作曲家たちの中でも、最も人気が高かった二人。イタリア半島で華々しい活躍をみせた後にドレスデン宮廷楽団の楽長となったほか、フリードリヒ大王が宮廷外の作曲家で唯一偏愛したことでも知られるハッセと、ナポリ楽派の俊才でハッセ同様に国際的な活躍をみせたポルポラは、どちらも一時はヘンデルの強敵としてロンドンの歌劇界を湧かせ、映画『カストラート』(1994/95)でも重要な見せ場は彼らのアリアに彩られていました。彼らのオペラが近年の欧州歌劇界で着実に上演機会を増やしつつあり、録音物も抜きん出て増加傾向にあることは、その作品の質の高さを証明するものです。
ナクソス・ジャパン



土曜日, 2月 08, 2025

音楽の力 ツァラトゥストラはこう語った Also sprach Zarathustra


 




【以下は再掲】

『ツァラトゥストラはこう語った Also sprach Zarathustra』をはじめて読んだ時、西欧思想のコンテクストのなかで、これは革新的な思想の転換の書だと思い強い衝撃をうけた。しかし、その後に仏教関係のインドの本に親しむようになって、この転換の思想、すなわち「神は死んだ」「超人Übermenschの定立」「永劫回帰」の思想は、「原始仏教およびその源流の否定」「小乗仏教から大乗仏教への転回」「無の発見」と符合すると思うようになった。
インド仏教における「定番」は、山に籠って一人沈思黙考する、既存の価値観・宗教を否定し、より本源的・超越的思想へと止揚していくプロセスを語ることにあり、これは、『ツァラトゥストラ』と共通する。
『ツァラトゥストラ』が、ゾロアスター教の開祖の名前であるザラスシュトラ(ゾロアスター)をドイツ語読みしたものであるとすれば、その根本において、はるか以前の東洋思想と同じ源流に行きつくことに不思議はない。ニーチェはニヒリズムの元祖でもあるが、その「虚無主義」と仏教における「無」は、実は、「虚」の一字を冠するか否かの差であり、ながき仏教の系譜と体系のなかでは、「虚無」は「無」によって克服されるべき考え方であるとも言える。
さらに、ギリシア哲学とキリスト教を二元的な価値体系と捉える「西洋哲学」以前から、認識論の発達とその歴史を誇る「インド哲学」はあり、両者の関係性の理解なくして、『ツァラトゥストラ』の真の解読はできないかも知れない、とも思う次第である

https://shokkou3.blogspot.com/2016/05/also-sprach-zarathustra.html

金曜日, 2月 07, 2025

音楽の力 ピエトロ・メタスタージオの作品


 






(ジャケットは別です)



ピエトロ・メタスタージオPietro Metastasio, 本名:ピエトロ・アントニオ・ドメニコ・トラパッシ, Pietro Antonio Domenico Trapassi1698年1月3日 – 1782年4月12日)の作品の一部は以下のとおり。

捨てられたディドーネ(Didone abbandonata)

👉様々な ≪ディドーネ(ディド)≫


シローエ(Siroe)

👉様々な ≪シロエ≫


ウティカのカトーネ(Catone in Utica)

👉様々な ≪カトーネ≫


エツィオ(Ezio)

👉2つの ≪エツィオ≫


許されたセミラーミデ(Semiramide riconosciuta)

👉様々な ≪セミラーミデ≫


皇帝ティートの慈悲(La clemenza di Tito)

👉様々な ≪ティートの慈悲≫


アルタセルセ(Artaserse)

👉ヴィンチ: 歌劇『アルタセルセ』


オリンピーアデ(L'Olimpiade)

👉様々な ≪オリンピアーデ≫

日曜日, 2月 02, 2025

バロック・オペラ 地域の広がり


 







(ジャケットは別です)


バロック・オペラといってもその地域的な広がりと各地での特色ある展開には妙味がある。以下は、ヴェネツィア、ローマ、ナポリの特集だが、フランスでも大いに隆盛をみている。


👉ヴェネツィアにおけるバロック歌劇の開花


👉ローマ、バロック揺籃の地


👉ナポリの物語


👉イタリア・バロック ~オペラ作曲家たちのアリアとカンタータ~


【以下は引用】
フィレンツェに起こったこの新様式の音楽は、たちまちイタリア全土へと広まり
ましたが、特にヴェネツィアに現れたモンテヴェルディ(C. Monteverdi, 1567
-1643)によって、さらに進展することになります。モンテヴェルディには
《オルフェウス》をはじめ、いくつもの歌劇作品があります。彼はそれらの作曲
を通して、従来の諸形式と新様式を融合し、朗唱ふうな独唱をより旋律的なもの
にしました。それと同時に、その表現内容を深めて、劇的な要素を盛り上げ、そ
うすることによって発生当時の単純な音楽劇を一歩歌劇的なものへ進めたのです。
また、当時使用されていたさまざまな楽器を一堂に集めて、合奏形態による伴奏
を初めて行い、後のオーケストラへの道を開いたことも注目すべき業績といえます。
ヴァイオリンのトレモロや弦楽器のピッツィカート等の奏法を初めて用いたのも
モンテヴェルディだといわれています。

https://jp.yamaha.com/services/music_pal/study/history/baroque/p2/index.html


👉フランス・バロック声楽作品に描かれる女性たち