水曜日, 12月 31, 2008

東急 ジルベスターコンサート 2008-2009

 久しぶりに家内と渋谷のオーチャードホールにコンサートに行く。<カウント・ダウン>も<TVライヴ>も新鮮だったし、いろいろと思うところはあるが、いくつかを備忘録まで。
 第1に、小曽根真のピアノが実に素晴らしかった。天才的な音感の持ち主で、かつ指が自然と動いていくような技倆をもっているのでは・・・と感じた。どの曲も緊張感に満ち見事な出来映えで、帰路もそのことばかりが気になった。
 第2に、マエストロ井上道義について。関西でもアンサンブル金沢のコンサートを聴いた(アンコールがなんと「六甲おろし」で唖然とした)が、この人の聴衆へのサービス精神には脱帽する一方、もっと、「ぶっきらぼう」でも良いのにとも思う。自作の「メモリコンクリート」の義父の偲んでの演奏も、森麻季のアリアでのピアノ伴奏でも非常な才気を感じるだけに、余計にそう思う次第である。
 第3に、上野水香のバレエも見応えがあった。肉体的な運動能力の高さと精神統一が表裏一体といった演じぶりで、次代のプリマが期待されるのも当然と思った。
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2008-2009 東急ジルベスターコンサート
  今回は「ラプソディー・イン・ブルー」で2009年をカウントダウン。曲が終わる瞬間に新年を迎える、華やかでスリリングなコンサート!
 “踊るジルベスター”をテーマに、今回は「ラプソディー・イン・ブルー」で2009年を華やかにカウントダウン。曲が終わる瞬間に新年を迎える、贅沢な緊張感が人気のコンサートをお届けします。指揮者は世界的なマエストロ、井上道義。日本を代表するバレリーナの上野水香や金メダリスト荒川静香も、ソリストとして出演。華やかでスリリングな時間をお過ごしください。司会は大のクラシックファンでもある、西村雅彦。
出演 (指揮)井上道義 (管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団 (ソリスト)ピアノ:小曽根真、ヴァイオリン:古澤巌、ソプラノ:森麻季、バレエ:上野水香・高岸直樹、スケート:荒川静香(大阪中継)、 (司会)西村雅彦、大江麻理子(テレビ東京アナウンサー)
<主要演奏曲>
○ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー (カウントダウンは井上道義&小曽根真&上野水香で白熱のラプソディー!)○ヘンデル:オンブラ・マイ・フ (年明けは森麻季の美声で厳かに。2009年はヘンデルイヤー)○チャイコフスキー:バレエ「くるみ割り人形」から「ロシアの踊り」○サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン(スケート生中継、荒川静香が舞う!)○ショスタコーヴィチ「ジャズ組曲」より「ワルツ第2番」 (マエストロの十八番で上野水香と高岸直樹が華麗なペアバレエ!)

火曜日, 12月 30, 2008

サラ・ブライトマン


ワールドプレミアムライブ アンコール 12月30日(火)BShi 午後7:30~8:50












 これは凄いコンサート。度胸のよさと透明感のある美声が、いわく言い難くマッチングしている。教会の長い残響と少しくグロテスクな彫刻群を、音楽と光線で生かしながら、そこに君臨する大歌手を活写していた。
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サラ・ブライトマン。北京オリンピックの開会式でのパフォーマンスも記憶に新しいが、今回紹介するのは、今年1月16日にウィーンの聖シュテファン寺院で収録されたコンサート。ハブスブルク家ゆかりの、オーストリア最大のゴシック建築教会である荘厳な寺院を舞台に、最新アルバム「神々のシンフォニー」の収録曲を中心に「オペラ座の怪人」や「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」など名曲の数々を幻想的な映像とともにお届けする。サラ・ブライトマンは、アンドレア・ボチェッリとのデュエット「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が、全世界で1500万枚以上のセールスを記録した。【司会】クリス・ペプラー,RENA

http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/b344f59ce3752b033a723644553ae13a

 サラ・ブライトマン(1960年生)は、世界を代表するミュージカル女優として君臨する著名な歌手です。 一般的には馴染みも薄いですが、ミュージカル・ファンにとって最も信頼できる歌唱を身に付けた歌姫(ディーバ)の一人として認知されています。 
 また、8月に開催された北京五輪のオープン・セレモニーにおいて、公式テーマ・ソングを歌った歌手として認知された方も多いと感じます。
 (個人的な見解ですが、その秀でた歌唱は、先般放送されたセリーヌ・ディオンとならんで、ポスト・バーブラ・ストライサンドに一番近い位置にある歌手ではないかと感じます。) 
1981年に、ロンドンのミュージカル劇場での「キャッツ」のオリジナルキャストとして出演で、世間の注目を集めました。 
1984年「キャッツ」の作曲家であり、近年の大ヒット・ロングラン・ミュージカルを数々作曲したアンドリュー・ロイド・ウェバーと結婚。 
(ロイド・ウェバー作品は、日本でおなじみの劇団四季のロングラン・プログラムとして、「ジーザス・クライスト・スーパースター」、「エビータ」等、多くの作品が上演されている。1990年にサラ・ブライトマンとは離婚。)  
1986年、ロイド・ウェバーの代表作「オペラ座の怪人」の主演/クリスティーヌ役に抜擢され大成功し、世界の歌姫としての地位を確立しました。 
その後、ミュージカル界の世界を越えて、多くの分野の歌手達と共演しており、アンドレア・ボチェッリとのデュエット「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が全世界で、1500万枚以上のセールスを記録するなど、数多くのヒット作品を送り出しています。 また、日本では、2006年10月に発売された、ベスト・アルバム『輝けるディーヴァ、~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン~』が、国内だけで55万枚以上のセールスを記録するなど、その人気は、しっかりと日本人にも根付いていることを証明しました。
 
<曲目リスト> 1、PIE JESU  2、FLEURS DU MAL  3、SYMPHONY  4、SANVEAN  5、CANTO DELLA TERRA  6、SARAI QUI  7、ATTESA  8、I WILL BE WITH YOU(WHERE THE LOST ONES GO)  9、STORIA D’AMORE 10、PASION 11、RUNNING 12、LET IT RAIN 13、THE PHANTOM OF THE OPERA 14、TIME TO SAY GOODBYE 15、AVE MARIA

土曜日, 12月 20, 2008

クラシック音楽 聴きはじめ 6 アルゲリッチ




 今日は一日中、下記のアルゲリッチを聴いていた。1970年の来日公演(バッハ、ベートーヴェン、ショパン、プロコフィエフ)を聴いて以来のファンだが、彼女の名演がこの価格でマーケットに出ること自体に正直、戸惑いと憤りすら感じる。  

  1941年生まれのアルゲリッチ10代から42才頃までのソロ・アルバムの集大成。以下の7人の作曲家の名曲がラインナップされている。
 
 彼女の凄さは、リリー・クラウス、ハスキルやへブラーなどそれ以前の「女流ピアニスト」という言葉を、文字通り鍵盤の迫力で叩き潰したことにあると思う。リリックな部分の音感も秀抜だが、その一方、ベートーヴェンでもプロコフィエフでも大きな構えと強烈な音量で堂々と聴衆を圧倒する。語弊のある言い方で恐縮だが当時「女リヒテル」の異名すらあった。しかも若く美しい20代前後から、である。  

 そうした点では、この選集は彼女の個性の全てを網羅はしていないが、これだけの名演をこの価格で入手できることは特質に値する。自分は録音年代順に再トレースするつもりで多くのダブり覚悟で買ったが、これからライヴラリーを揃えたい向きにも最適な選択だろう。

<作曲家別収録曲>
■ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、第3番、スケルツォ第2番、第3番、ポロネーズ第6番、第7番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、マズルカ第36番、第37番、第38番、24の前奏曲、前奏曲嬰ハ短調、前奏曲変イ長調(遺作)、舟歌 嬰ヘ長調
■リスト:ハンガリー狂詩曲第6番、ピアノ・ソナタ ロ短調
■シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、子供の情景、クライスレリアーナ
■ラヴェル:水の戯れ、夜のガスパール、ソナチネ、高雅にして感傷的なワルツ
■ブラームス:2つのラプソディ第1番、第2番
■プロコフィエフ:トッカータ ハ長調
■J.S.バッハ:トッカータ BWV.911、パルティータ第2番、イギリス組曲第2番


土曜日, 12月 13, 2008

諏訪内晶子 ブラームス





















ウイークエンドシアター 諏訪内晶子&ニコラ・アンゲリッシュ デュオ・リサイタル
BShi 2008年12月13日(土) 0:18~2:00(102分) 

                       
「バイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.454から第1楽章、第3楽章」モーツァルト作曲                              「バイオリン・ソナタ」ドビュッシー作曲
「バイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 作品100」ブラームス                              「バイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 作品108」ブラームス                              「ハンガリー舞曲 第2番 ニ短調」ブラームス
「バイオリンとピアノのための5つのメロディー作品35b から 第1曲」プロコフィエフ

(バイオリン)諏訪内晶子
(ピアノ)ニコラ・アンゲリッシュ                                           ~収録: 2008年4月10日東京・サントリーホール~
 
 毎年NHKが企画・主催しているクラシック音楽の祭典「NHK音楽祭」。 今回のテーマは「魅惑のバイオリン 魂のコンチェルト」。 NHKホールを舞台に世界一流のバイオリニスト、指揮者、そしてオーケストラによる夢の共演が実現する 「NHK音楽祭 2008」の第四夜を放送する。

 1. 交響詩「フィンランディア」 作品26   ( シベリウス作曲 ) 2. バイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 ( シベリウス作曲 ) [ アンコール ]   無伴奏バイオリン・ソナタ 第3番 からラルゴ( バッハ作曲 ) 3. 交響曲 第2番 ニ長調 作品43( シベリウス作曲 ) [ アンコール ]   悲しいワルツ ( シベリウス作曲 ) 

バイオリン:諏訪内 晶子 管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団 指 揮 :ウラディーミル・アシュケナージ        
収録: 2008年12月8日, NHKホール

 
CDで聴いた特には高音は美しいが、もう一歩迫力には欠けると感じたシベリウスが、アシュケナージの熱っぽい名サポートで生き生きと奏でられ、コンチェルトも良かった。
 しかし今日、しみじみと聴いたのは(掲載順序とは逆だが、その後演じられた)ブラームスである。写真は「営業用」に微笑を浮かべているが、諏訪内がコンサートではほとんど笑わないのが映像で見ていて良くわかる。演目終了後の挨拶もあっさり、さっぱりしていてベタつくところが全くない。
 名器「ドルフィン」からの連想で、そういえば前の持ち主ハイフェッツの苦みばしった恬淡とした対応が思い出されるが、表情を抑えるのは諏訪内自身のポリシーなのかも知れない。
 だが、演奏は少しく違う。ぼくはブラームスのバイオリン・ソナタは結構聴いているつもりだが、年寄りの枯れた演奏でなく、壮年期のヴァイオリストでこのように美しくも<感興>あるブラームスはなかなか耳にできないと思った。
 どの曲でも「笑わない」、冷静で沈着で、もしかすると感性がいつも「醒めている」ような諏訪内のブラームスは、けっして乾いてはいないし無機質的でもない。ハイフェッツで感じたことと同じく、大仰ではない仄かな悲しみ、それを表現する暖かみ、ぬくもりは確かにあるように思う。
 抑えに抑えても(あるいはそうすることによってこそ逆に自然に)発散する、その曲に確固と内在し聴衆に伝播していく作曲家の深い<感興>が今日の演奏では見事に引き出されていたという気がした。

土曜日, 11月 29, 2008

ブルックナー 水泳







 ブルックナーの名字は、「橋」をあらわすブリュッケに由来するとのこと。運動「音痴」にみえるブルックナーは実は水泳やダイビングが巧かったとの口伝もある。砂粒を数える心身症にも悩まされたブルックナーはこれも水に縁のある温浴療法のお世話にもなった。


 シャイーのブルックナー演奏からは「波動」を強く意識した。ブルックナーの音楽には寄せては返すような波の動きがあるように思われる。写真はリンツだが、ブルックナーも愛したというヨハン・シュトラウスの作品のひとつ美しく青き「ドナウ」は、ブルックナーにとっても身近な存在であった。

 山脈や森林のイメージがどうしても先にくるブルックナーの音楽はこのように「水」とのシナジーもある。ジャケットでも水の景色が使われていた例もあった。そう言えば、チェリビダッケは、ブルックナーの音楽に禅の境地を重ね合わせているが、枯山水のジャケットも違和感がない。ここでも石とともにその隠れた主役は見えない水の流れである。
http://shokkou3.blogspot.com/2008_07_01_archive.html
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!947.entry?&_c02_owner=1

土曜日, 11月 15, 2008

カラス・アッソルータ


ウイークエンドシアター ドキュメンタリー「カラス・アッソルータ 究極のカラス」

チャンネル:BShi
放送日:2008年11月15日(土)
放送時間:翌日午前0:15~翌日午前1:53(98分)
伝説的なソプラノ歌手、マリア・カラスの芸術と人生をよみがえらせたドキュメンタリー映画。歌手であり、一人の女性であったマリア・カラスの、ときにオペラそのものをしのぐドラマティックな人生を、過去の映像を交えて再現する。
[ 制作:2007年, フランス (Swan Productions / ARTE France) ]
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 上記の本は『マリア・カラス―ひとりの女の生涯 (単行本) ピエール=ジャン レミ (著), Pierre‐Jean R´emy (原著), 矢野 浩三郎 (翻訳)』 みすず書房
 プリマドンナとしてオペラ界に君臨し、一挙手一投足がマスコミの称賛と非難を呼んだマリア・カラス。その栄光の陰の苦悶、海運王オナシスとの恋、ひとりの孤独な女としての素顔を浮彫にする。84年刊の新装。
 「1947年イタリアのフェニーチェ座で『トゥーランドット』他の上演でデビューを飾ってから、1965年ロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場の舞台までの17年間がマリア・カラスの全盛時代だった。彼女の一挙手一投足はつねにマスコミの称賛と非難を呼び、時に「牝虎」「気紛れなプリマドンナ」と言われながらも、成功への階段を登りつめる。だが、その遍歴のなかにこそ栄光の輝きと共に苦悶の呻吟があったのである。夫でありマネージャーだったメネギーニとの二人三脚と突然の離婚、海運王オナシスとの恋は世間の注視を浴びることになった。しかし、あのカラスが彼女をとりまく男たちの奴隷となり、称賛をえ、それを持続させていくための代償として、己れの身をけずり命を縮めるひとりの孤独な女としての姿は、本書に初めて明らかにされるものである。オペラをオペラとして蘇らせ、聴衆を夢と発見と熱狂の渦に巻きこんだ、今世紀の最も魅力的な舞台女優の知られざる素顔・情熱・ドラマがここにある」。
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 寝るまえに、この本をいま読んでいる。なかなか面白い。その矢先、ドキュメンタリー番組をやるというので見ることにする。映像を見ていて、マリア・カラスが持って生まれた美貌と途轍もない才能の持ち主であることを改めて実感する。本で詳細の記述があるので、一応の背景は知ったうえで映像を追うと、その表情の陰にある深い喜怒哀楽が 思われて興味深い。
 シュワルツコップもそうだが、マリア・カラスも非常な努力の人である。途轍もない才能をもった芸術家が、若き日から刻苦勉励の努力を積み重ねて、大変な高みに登る。これは世紀のサクセス・ストーリーであり、また、オナシスという稀代の実業家との悲恋がこれを彩る。
 その一方、酷使しすぎた心身、そして声は栄光と反比例して失われていく。そのテンポは、本来の老化以上に急速にすすみ、マリア・カラスの最盛期は短かった。
 シュワルツコップがオペラから年とともに歌曲に転じて、新たな、そして未踏の境地に行きついたことと全く別の人生航路をカラスは歩むが、53才での孤独で不遇な死は、彼女らしい直線的な生き様を貫いたという意味で、それ自身、ドラマツルギー性をもっている。
 本も映像もフランス作成だが、パリで死した彼女への関心と憧憬はこの国の人々にいまも鮮烈に焼き付いている証だろう。

土曜日, 11月 08, 2008

カラヤン ドキュメンタリー



生誕100年記念ドキュメンタリー Aモード・ステレオ
「ヘルベルト・フォン・カラヤン ~その目指した美の世界~ 」
11月8日(土) 23時56分00秒 ~ 翌01時27分00秒 [1時間31分00秒]
<内容>
 インタビューやリハーサルの風景を元に、カラヤンの内面に迫るドキュメンタリー。 多くの映像は、12年間にわたりカラヤンのミュージック・フィルムを手がけた ユニテルが保有しているものであり、それらのフッテージを補完するものとして 彼の妻と娘をはじめ、グンドゥラ・ヤノヴィッツ、エフゲニー・キーシン、小澤征爾、サイモン・ラトルら 彼に関わった多くの男女の率直なコメントが盛り込まれている。 その結果、本作品は20世紀最大の巨匠の深遠にして複雑な姿を描き出し、 ある意味ではさらにミステリアスな存在として、その多様な人物像に光をあてている。 [ 制作:2007年 (ドイツ) ]
 なにげなく見だして、最後まで集中して堪能した。上記のほか、ルートビッヒ(クリスタ)、シュワルツコップ(エリザベート)、ムター(アンネ=ゾフィー)、コロ(ルネ)はじめベルリン・フィル、ウイーン・フィルの楽員はもとより、ヘルムート・シュミット元首相らがインタビューに登場するなど実に多くの証言が盛り込まれた充実した作品。知られざるエピソードにも事欠かないし、プライヴェートな映像も満載で、あっという間の91分だった。
 必ずしも「カラヤン礼賛」といった作り方ではなく、欠点や批判的な意見も含め、その巨大な人間像を描き出そうという制作者の意図が感じられた。
 「全て暗譜の猛烈な勉強家」(ルートビッヒ)、「公私ともに厳しい規律正しさ」(シュミット)といったコメントがある一方、ウルム、アーヘン時代の赤貧ぶり、ナチとの関係(2度の入党)から晩年のベルリン・フィルとの決別経緯、椎間板の病気との闘い、老いへの慨嘆といった点も浮き彫りにされていて新鮮な印象。
 指揮者では、フルトヴェングラーやチェリビダッケとの関係といった書き割りパターンとは別個のアプローチで、バーンスタインとのライバル関係にスポットをあてていた。カラヤンはじめてのアメリカ公演ではバーンスタインのお世話になった。当時、バーンスタインはNYフィルでの登壇をセットしたが、カラヤンは終生、バーンスタインをベルリン・フィルには招かなかったとか、小澤征爾が両巨頭の弟子の「二股」で大丈夫かと言われたとか、晩年の2人の邂逅エピソード(ウイーン・フィルを半分ずつ振るプログラムをやろうと言ったとか)、カラヤン追悼でバーンスタインがマーラーの5番を選択したとかがここで取り上げられていた。マーラーの5番は2人の練習風景を交互に写しその違いを強調するなど小憎らしいくらい凝った部分も見どころだった。
 
 全体から受けた印象は、「帝王」といったレッテルよりも、抜群の才能に満ちた指揮者、我が儘だが生真面目な実務家、先駆的なエンジニア兼総合芸術プロデューサーの共存といった感じで、むしろ番組を見る前よりも身近な存在に思えた。幼少の娘2人に熱いスパゲッティを取り分けてあげる場面などの挿入があるからかも知れないが、「人間カラヤン」の素顔に少しく触れた思いがした。なお、ブルックナーでは9番の映像が入っていた。

金曜日, 11月 07, 2008

シノーポリ ブルックナー 3番









ブルックナー 交響曲第3番 二短調
(ノヴァーク/第2稿 1877年 )
ドレスデン国立管弦楽団
録音:1990年4月 ドレスデン、ルカ教会
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 シノーポリのブルックナーは廃盤がつづき、今日現在では輸入盤で5番が手にはいるくらいで、根強いファンを除いてはあまり聴かれていないようだ。

 小生は「稿」の問題はあまり気にしない質だが、3番で良く演奏される稿としてノヴァーク第2稿(1877年)と第3稿(1889年)がある。この第3稿では相当なカットが行われていることから、演奏時間に影響しどちらをとるかには否応なく関心の集まるところだ。最近はワーグナーの影響の濃い第1稿(1873年)を演奏するのも一種のブームだが、シノーポリ盤はブルックナーの自主的な改訂を踏まえた第2稿(ノヴァーク版)を採用している。第2稿では他にエーザー版もあり、小生はクーベリック盤を好んで聴いている。また、シノーポリと同じノヴァーク版Ⅱ採用組では朝比奈盤がある。

 シノーポリのブルックナーの人気が「いまいち」なのは何故か。シノーポリと言えば「大胆な解釈で異質の演奏」といったイメージが強い。このイメージを植え付けた典型的なマーラーなどとは違い、ブルックナーではある意味、「常識的」でオーソドックスな演奏だからかも知れない。しかし、聴きこんだブルックナー好きにとっては共感が持てると思うし、もっと陽があたってよいと感じる。

 全般にテンポの可変性を抑えた運行である。第1楽章、ヴァイオリンを中心とする第2主題の提示ではドレスデンの良質な弦のアンサンブルを際だたせ、第3主題の管の強奏ではこれを存分に響かせるなど、この楽章は、オーケストラの力量をみせるいわば「顔見せ興業」のような印象をうける。
 第2楽章以降もこの傾向はつづくが、録音のせいかやや管楽器の物量が大きく出すぎているような場面もある。弦楽器の残響の美しいルカ教会での収録なので、ドレスデンの薄墨を引いたような上品な良さがある弦楽器がもっと前面にでても良いのにと思う。また、ある楽章にアクセントをおき、それをもって全曲の隈取りをはっきりさせるといったヨッフム、クレンペラー的なスタイルをとらず、シノーポリは各楽章毎に実に淡々とこなしていくといった流儀とみえる。

 それがゆえに、アクの強い演奏に慣れていると物足りなさを感じる向きもあろう。クナッパーツブッシュ的な「わくわくドキドキ感」はない一方、曲の構造、メロディの細部に関心が寄せられるような集中度の置き方である。小生はこれをもって「分析的」と思うのだが、こうした演奏も大変好ましく感じる。今週は、出勤途上にCDを持ち歩いて久しぶりに聴いているが、飽きない。じわじわと噛みしめるような良さがある。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!259.entry?&_c02_owner=1

土曜日, 11月 01, 2008

シュワルツコップ3  ○●○●○




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  シュワルツコップの魅力はドイツリートである。もちろん!しかし、オペラでの存在感も大きい。フルトヴェングラー、クレンペラー、セル、ベーム、カラヤンらは彼女の才能を極めて高く評価していた。オペレッタの洒脱な雰囲気も上質である。つまり、オールラウンドの歌い手である。そして、それは弛まぬ努力によって保たれていたことは有名である。
 引退近くの1970年に来日して、はじめてライヴでヴォルフの歌曲を聴き虜になった。それ以前からのファンだからもう40年近くになる。
 織工のリストマニア(シュワルツコップの項目)を今日久しぶりに更新した。国内での販売(現存盤)が減っていて正直寂しかった。海外ではしっかりと全集や初期の録音も出されているようだ。ライヴは本当に素晴らしかったし、その高潔な人柄も偲ばれる。海外で身近に接した多くのファンがいることは理解できる。むしろ、そうした比較では日本だって結構、根強く聴かれていると評価したほうがいいのかな。
 ヴォルフは好きだが、明るい曲も聴きたくなる。オペレッタの特集が気に入っている。たしか織工Ⅱに書いたことがある(一番右のジャッケット)。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 エリーザベト・シュヴァルツコップ(Olga Maria Elisabeth Frederike Schwarzkopf, 1915年12月9日 - 2006年8月3日ドイツソプラノ歌手
 プロイセン王国ポーゼン州(現ポーランドヴィエルコポルスカ県)のヤロチン:Jarotschin, Jarocin - ロック・フェスティヴァルで有名)で生まれ、ベルリン音楽大学で学んだ。最初はコントラルトであったが、後に歌手で名教師のマリア・イーヴォギュンに師事し、ソプラノに転向した。1938年ベルリン・ドイツ・オペラで『パルジファル』の花の乙女を歌い、デビューした。1943年に当時ウィーン国立歌劇場の総監督だったカール・ベームに認められたため、同歌劇場と契約し、コロラトゥーラ・ソプラノとして活躍を始めた。
 
第二次世界大戦後、後に夫となるHMV/EMI/英コロムビアレコードの名プロデューサー、ウォルター・レッグと出会った。レッグは『セビリアの理髪師』のロジーナを歌うエリーザベトを聴き、即座にレコード録音の契約を申し出た。しかし、当時から完全主義者だった彼女がきちんとオーディションをするよう望むと、レッグは厳しいオーディションを行った。ヴォルフの『誰がお前を呼んだのか』(Wer rief dich denn?:『イタリア歌曲集』中の1曲)を繰り返し様々な表情で歌わせるというもので、これを1時間以上も続けたという。
 居合わせた指揮者カラヤンはあまりの執拗さに、レッグに対し「あなたは余りにもサディスティックだ」と言い置いて立ち去った。しかし、シュヴァルツコップはレッグの要求以上の才能を見せ、2人はその夜EMIへの専属録音契約を交わした。それ以来レッグは彼女のマネージャーと音楽上のパートナーを務め、1953年に2人は結婚した。
 当初は彼女の声質により、ブロントヒェン(『
後宮からの誘拐』)やツェルビネッタ(『ナクソス島のアリアドネ』)などコロラトゥーラの役を歌っていたが、レッグの勧めもあって、次第にリリックなレパートリー、すなわちアガーテ(『魔弾の射手』)や伯爵夫人(『フィガロの結婚』)などに移行していった。 バイロイト音楽祭ザルツブルク音楽祭にも出演し、ベーム以外にもカラヤンやフルトヴェングラーともしばしば共演した。1947年にはイギリスコヴェント・ガーデン王立歌劇場に、1948年にはミラノスカラ座に、1964年にはニューヨークメトロポリタン歌劇場にデビューし、そのほか各地の歌劇場で歌い、あるいは歌曲のリサイタルを行った。 1952年には元帥夫人(『ばらの騎士』)をスカラ座においてカラヤンの指揮で歌い、成功を収めた。以来、この役は彼女を代表する役柄として知られるようになった。オットー・アッカーマンの指揮のもと、EMIにオペレッタの録音を残している。
R.シュトラウスやヴォルフの歌曲録音は高く評価された。
 他人を誉める事は少ない。しかしながら、
フィッシャー=ディースカウを「神のような存在」、白井光子ハルトムート・ヘルのリート・デュオを「世界最高の音楽家夫婦」と賛辞を送っている。
 シュヴァルツコップは
1976年に歌劇場での現役を退くとともに、歌曲リサイタル(1979年引退)と後進の指導に力をいれた。1992年、イギリス女王エリザベス2世は、シュヴァルツコップにDBE(Dame Commander of the Most Excellent Order of the British Empire)の称号(ナイト爵に相当し、女性に与えられる)を授与した。
2006年8月3日、オーストリア西部のフォアアールベルク州シュルンスの自宅で死去。死因は不明。90歳だった。

シュワルツコップ2

シュワルツコップ1


日曜日, 8月 24, 2008

ヴァント ブルックナー6番

 このジャケットは「似ていて非」の別物ですが、久しぶりにケルン響で6番を聴きました。1976年8月16日~25日、ケルンのWDRグローサー・ゼンデザールでの録音です。
 熱っぽい演奏、そして秘めた意志力が、すべて真率な「音」に転化されていくような演奏。そうした「音」束が生き生きと、再現・創造の場でたしかな「運動」をしていると感じるような演奏。

 6番についての先入主ー5番と7番の谷間の比較的小振りの曲で仄かな明るさが身上(これはベートーヴェンからのアナロジーかな)といった一般的な解釈をヴァントはとっていません。
 色彩的には全般に暗く、むしろ、(ある意味で当然ですが)5、6、7番には底流で作曲上の「連続した一貫性」があること、そこをあえて忠実に再現しようとする解釈を感じます。その姿勢は、奇をてらわず、いつもながら淡々として臨んでいるともいえるでしょうし、一方、上記のような通説、定番の見方などは、自分には一切関係なし、己は己の道を征くといった気迫もあります。

 ヴァントらしい細部の丁寧な処理は他番の演奏と変わりません。しかし、私からみて、6番では、なかなかしっくりとする演奏に出会わないなかにあって、本盤はあくまでも「ヴァント流」でほかが追随できない高みに上った秀演と言ってよいのではないでしょうか。
 
(参考)ヴァントの他の6番

・Anton Bruckner (1824 - 1896)  Symphony no 6 in A major, WAB 106
Wand, Gunter/ North German Radio Symphony Orchestra
録音場所: 05/15/1995, Music Hall, Hamburg, Germany [Live ]
・同上[1881年稿(ハース)]
・同上:北ドイツ響/1996年7月7日、リューベック、コングレスハレ(ライヴ収録)

・同上:ミュンへン・フィル/1999年6月24日ミュンヘン、ガスタイク

土曜日, 8月 16, 2008

西本智実 ショスタコーヴィッチ 交響曲第5番


交響曲第5番ニ短調 作曲: ショスタコーヴィチ
ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム” 指揮: 西本智実
1812年*祝典序曲 作曲: チャイコフスキー
ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”, ユルロフ合唱団 指揮: 西本智実

 3つの「臆断」(バリア)を意識しないようにしようと思って聴く。
第1に、女性指揮者であること。第2に、オーケストラの力量についての予断。第3に、ショスタコーヴィッチ解釈の最近の動向。とは言っても、あらかじめ、そうした過剰な潜在意識があるからこそ、それを排そうとしているわけだから、所詮は無理なのかも知れないが。

 第1の感想として、テンポに厳格、あくまでも沈着冷静で研ぎ澄まされた上質の感性が光る良い演奏であると思う。色調はどちらかというと全体に暗めであり、オーケストラの集中度は一定程度は感じ取れるけれど、かつてのムラヴィンスキー/レニングラードフィルに親しんできた自分などからすると、集中の強度はいまひとつで、その響きはいかにも薄く、かつ軽く感じる(第2の予断に抵触しているかな・・・)。

 第2に、2曲ともに解釈が「楷書」的にキチンとした印象で、紡がれる響きも清んでおり、それが印象に残る。弦楽器の響きは十分に美しく、管楽器は鳴らせすぎない(音が軽い)、打楽器は逆に強調しすぎのきらいの部分もあるが、指揮者の意図は十分に伝わっていて、全般には「制御」された演奏。

 西村は、おそらくスコアを読み尽くすタイプの相当な分析癖のある現代的な指揮者であり、このアプローチ法であれば、今後多くのレパートリーを無難にこなしていくだろう。その意味でちょっとシノーポリを連想させる部分もある。反面で、シノーポリほど天才肌ではない(もちろん、シノーポリのような大物指揮者は空前絶後だ)から、この「分析的」な演奏が好きでない向きからは、「解釈に面白みに欠ける」、「線が細い」といった批判も予測されうる。自分はシノーポリ、ポリーニ好みなので、この点の違和感はない。


 この演奏を聴く限り、いまの人気からみても、早晩、超一流のオーケストラとの録音もでるだろうが、技術的に優れたオーケストラとの共演を是非、聴いてみたいと思う。

(参考)公式サイトから引用
西本 智実 (指揮)
大阪に生まれる。

1994年 大阪音楽大学音楽学部作曲学科作曲専攻卒業。
1996年 ロシア国立サンクトペテルブルク音楽院に留学し、V.フェドートフ、I.ムーシンに学ぶ。 
1998年 文化庁芸術インターンシップ奨学金研修生に選ばれる。
1998年 京都市交響楽団を指揮し日本デビュー。
1999年 「出光音楽賞」を受賞。同年、ショスタコーヴィチ記念サンクトペテルブルクフィルハーモニアホールにてサンクトペテルブルク・フィル(旧レニングラードフィル)のメンバーによる室内管弦楽団を指揮した演奏会が絶賛を博す。
2000年 大阪市「咲くやこの花賞」受賞。
2002年 ABC音楽賞本賞、大阪21世紀協会特別賞受賞。
2002年 ロシア・ボリショイ交響楽団ミレニウムの首席指揮者に就任し(2002ー2004)その間、モスクワ音楽院大ホールにてニューイヤーコンサートを含む、多くの演奏会を行い、同楽団の来日公演を実現。更に、キーロフ(マリィンスキー)劇場の提携公演による関西歌劇団公演にてチャイコフスキー『エウゲニ・オネーギン』を指揮して大成功に導いた。


2003年 ハバロフスク・ダーンヌイ・ヴァストーク交響楽団に客演。サンクトペテルブルク放送交響楽団に客演。同交響楽団の日本公演を指揮した。更に、チャイコフスキー記念財団ロシア交響楽団の来日公演を指揮し、その的確な音楽性を認められ翌年同楽団の、芸術監督兼首席指揮者に就任した。10月にはムソルグスキー記念 サンクトペテルブルク国立アカデミックオペラ・バレエ劇場(旧レニングラード国立歌劇場)にてヴェルディの「椿姫」を指揮。その成果が認められ急遽シーズン内での指揮依頼を受け、「リゴレット」を指揮。その成功により首席客演指揮者に就任。

2004年5月 チャイコフスキー記念財団・ロシア交響楽団 芸術監督・首席指揮者に就任(2004-2007)。9月 ムソルグスキー記念 サンクトペテルブルク国立アカデミックオペラ・バレエ劇場(旧レニングラード国立歌劇場)首席客演指揮者に就任(2004-2006)。オペラ指揮者としての地位を確立している。

2005年8月「プラハ・プロムズ 2005 国際音楽祭」でチェコ・ナショナル交響楽団を指揮、11月には同交響楽団を率いて日本国内6都市で公演を行い、大成功を収めた。また11月6日国立チャイコフスキーの家博物館ホール(クリン市)にて、チャイコフスキー未完成交響曲「ジーズニ」第2楽章の初演を指揮。その模様はロシアや日本においてもニュース、新聞などでとりあげられた。

2006年5月7日 クリン市チャイコフスキーの家博物館記念ホールにて、チャイコフスキー未完成交響曲「ジーズニ」全楽章初演を指揮。その後チャイコフスキー記念財団ロシア交響楽団を率いて、日本国内7ケ所(8公演)来日公演。

2006年8月「第52回スプリット夏の音楽祭」「第57回ドゥブロヴニク夏の音楽祭」を指揮。10月にはハンガリー国立歌劇場来日公演で「トスカ」を指揮。

2007 年 2 月、モスクワ交響楽団ロシアフィルを指揮。 4 月にはオーストリアのリンツ、ブルックナーハウスにおいてブルックナー管弦楽団定期演奏会を好演、大成功をおさめ、ヨーロッパでの活躍の第一歩となった。 9 月 16 日モナコに於いてのモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団との公演では熱狂的な大成功を収め翌日の新聞では大きく取り上げられた。 10月プラハ国立歌劇場の来日公演で「椿姫」を指揮。聴衆に深い感動を与えた。

2008年4月、再びモスクワ交響楽団ロシアフィルを指揮し、好評を博す。6月昨年に続きモナコにおいてモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、その後、来日公演11ヶ所(11公演)を行い、大成功を収める。10月20日、21日にはハンガリー国立歌劇場において、ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団を指揮する予定である。
 
国内においては1998年デビュー以来、新日本フィル、東京交響楽団、東京シティ・フィル、東京都交響楽団、東京フィル、日本フィル、読売日本交響楽団、神奈川フィル、オーケストラ・アンサンブル金沢、大阪フィル、大阪センチュリー交響楽団、大阪シンフォニカー交響楽団、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、関西フィル、札幌交響楽団、名古屋フィル、広島交響楽団、九州交響楽団など国内の主要オーケストラを指揮し、好評のためチケットは完売になることが多い。

http://www.tomomi-n.com/profile.html

水曜日, 8月 13, 2008

クーベリック ブルックナー第3番(再掲)


 「3番はなににしようかな」と思って、クーベリック盤に手が伸びる。やはり凄い演奏だ。いまは、冷静にテクスチャーを読み込み、それを忠実に再現していくという「楷書」型の演奏が主流だが、たっぷりと墨をふくませ剛毅に筆を揮ったような大家の書蹟を思わせるようなタイプである。これを古いと片付けることはできないだろう。2007年2月23日に以下をこのブログに書いた。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
 いま聴いているのはクーベリックの1970年録音のブルックナー交響曲第3番。

 「HMV レビュー」からの転載では、「第3番は記録によれば、手兵バイエルンだけでも3種の録音が知られています。 まず、1962年11月8、9日のライヴ。これは前年1961年音楽監督就任後に、クーベリックがバイエルンと初めてこの曲を取り上げた記念すべきもの(未発売)。次いで今なお高い評価を獲得している1980年のスタジオ盤(SONY)。そして今回の1970年ライヴ。いずれにも共通する特徴としてはエーザー版を使用している点・・・ちなみにクーベリックはアウディーテ・レーベルのライヴ盤(1970年)、クラシックスのライヴ盤(1954年)でも第2稿エーザー版を使用していますから、やはりこだわりがあったのでしょう録音の記録は、ブルックナー:交響曲第3番ニ短調[第2稿] バイエルン放送SO録音:1970年1月30日ミュンヘン、レジデンス・ヘルクレスザール(ライヴ)となっている」。

 エーザー版はノヴァーク第2版(N2)とほぼ同じであり、巷間言われるように余程のブルックナーマニアでない限り、個々のフレーズの違いに時折、はっとはするが全体としてはそう際だった異質感はないように思われる。
 ここではむしろ演奏スタイルの違いのほうが印象的である。テンポは全般にかなり早い。そのうえでアゴーギクは相当大胆に用いられる。ブラームスはブルックナーの音楽は買っていなかったがドヴォルザークの「メロディ創造力」は高く評価していたと言われるが、クーベリックの演奏を聴いているとブルックナーのメロディがドヴォルザークと二重写しで錯覚して聞こえるような気すらする。クーベリックの織りなすメロディは生気に満ち実に溌剌としている。個々のメロディに愛着をもって音楽を再現している姿が眼に浮かぶような演奏である。弦や管の各パートも、アド・リビトウム(自由度のあるテンポ)で情感たっぷりにメロディを奏でているように聞こえるが、それでいて全体のバランスや統一感はきりりとしている。こんなにも胸に迫るメロディが満載された曲だったのかと思う一方、弛緩された部分が一切ないのが不思議だ。これぞ音楽に熱い「血のかよった」クーベリック・スタイルなのかも知れない。

ブルックナーの「隠れた」魅力 

 夏休みで、一日中 ブルックナー三昧の生活である。どんな凡人でも日々に精進すればなにかは見えてくるものかも知れない。否、ここは酔狂人のたんなる世迷い言と思っておいたほうが良いかも・・・

 8番のシューリヒト/ウイーン・フィルを聴きながらこれを書いている。ブルックナーは、汲めども尽きぬ泉が湧き出るように、ときに美しく、ときに雄々しい希代の「メロディ・メーカー」であると感じることがある。
 これを、<主題(主旋律)>にすれば、ブラームスなら、その変奏によってもっともっと多くの交響曲を描くことができたのではないか。これは、彼の天敵、ハンス・リックもその才能を認めざるを得なかったブルックナーの最強の「得手」である。しかし、彼は、そうした<主題>をいとおしみながらも拘泥はせず、むしろそこに至る延々とした「過程」をこそ大切にしたのではないか。

 ゼヒターから学んだ高度対位法は、「目的ではなく作曲のための手段」と言い切り、意外性を演出する強力な手法として、その禁則使用は「(大家)ワグナーは使っても良いが、教師の自分は排除する」と作曲後、その事後チェックに余念のなかったブルックナーは、いま風に言えば、音楽における頑固なコンプライアンス・オフィサーのようだ。

 執拗な(ときに度を超した)同一リズムの繰り返し、音階の規則的な上下動と逆行・反復的な使用、フレーズの異様な長さのあとの突然の休止といった「忍耐」のあとに、オアシスのように出現する美々しく高貴なメロディ ーそれは完結することなく、いつしかデクレッシェンドし、また長い「忍耐」期間に舞い戻るー しかし、そのスイッチバックの情動は、折り返すごとに確実に高みに登攀していく。

 ブルックナー好きは、もちろん聴く前からこのプロセスは「先刻ご承知」だから、「忍耐」も喜んで受け入れる。このあたりの所作は、ちょっと宗教的な儀式にも通じるかも知れない。また、いつしか、この「忍耐」も折りふせば、座禅にのぞむように快々とした愉楽にも通じる日がくる。

 さて、待ちに待った「聴き所」の到来である。良い演奏とそうでないものとの分水嶺は、ここではっきりとでる。前者は何度聴いても心に「直入」れしてくるものだ。このシューリヒト盤がそうだ。聴き終わって、またすぐに聴きたくなる。そして2度目、3度目を聴いても、また同じ所でぞくぞくする感興が襲っている。これぞブルックナーの隠れた魅力。

 だが、それは高度な作曲技法と、巧まざる心理学的な「公理」(残念ながら、いまだ、的確な説明の言葉がでてこないのがもどかしいが、この難しい言葉で代用)に負っているのかも知れない。8番のスケルツオの後半の一瞬のメランコリィなメロディなど、「ここはブラームスじゃないか!」と錯覚することさえある。もっともその直後には、また、いつもの延々と手順を踏むブルックナーに戻るのだが・・・

 「忍従のあとの歓喜」といえば、まず連想するのはベートーヴェンだが、ブルックナーは、その1点において楽聖の最良の弟子とは言えまいか。また、ブルックナーは、(ご本人がよく言うように、神の啓示があったかどうかは別にしても)己のスタイルをあくまで頑なに貫こうとした筋金入りの音楽家であったと思う。

火曜日, 8月 12, 2008

ハイフェッツ(1) 協奏曲 

1.チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
2.メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
3.チャイコフスキー:ゆううつなセレナード Op.26
4.チャイコフスキー:ワルツ~弦楽セレナードハ長調 Op.48 より

ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団(1)
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団 (2)
室内管弦楽団(3、4)

録音: 1957年4月19日、シカゴ、オーケストラ・ホール(1)
    1959年2月23&25日、ボストン、シンフォニー・ホール(2)
    1970年7月8&10日、ハリウッド、RCAスタジオA(3&4)
    ステレオ録音

 ハイフェッツは1959年の夏に事故で腰を痛め、その後、演奏活動が激減したと言われるが、チャイコフスキーは55才、メンデルスゾーンは事故直前の57才の円熟期の演奏。オーケストラのバックも申し分ない。ライナー/シカゴ響、ミュンシュ/ボストン響は、当時、全米のみならず欧州を含め、最高の技倆を誇った指揮者と交響楽団の組み合わせであり、録音時点はその最盛期に位置する。
 逆説的だが、「抜群の演奏」とは、こうしたものを指すのだろう。チャイコフスキーが作曲後、協奏曲を当初謹呈しようとしたアウアーは当初、難曲すぎるとしてこの申し出を断ったが、そのアウアーはハイフェッツの先生でもあるという歴史的な「いわく」も付く。両協奏曲とも、美しく、激しく、緊張感に満ち、しかし聴いていて完全に満たされていくような演奏。抜群の演奏としか言いようのない完成度である。
 ハイフェッツについては、いまにいたるまで、技巧派、冷たい演奏といった見方もあるが、よく耳を澄ませば、怜悧で厳しい演奏スタイルのなかに、ほの明るい色調と抑制のきいた深い感情表現を見いだすことができる。あとはこうした演奏スタイルを好ましく感じるかどうかの受け止めの問題であろう。

(参考)
ヤッシャ・ハイフェッツ(Иосиф("Яша") Робертович Хейфец [Iosif Robertovich Heifetz], Jascha Heifetz-Ruvimovich, 1901年2月2日 - 1987年12月10日
< 経歴>
 ハイフェッツは現
リトアニアビルナ生まれのユダヤ人。3歳からヴァイオリンを習い始め、6歳でメンデルスゾーンヴァイオリン協奏曲を演奏したという。1910年にはペテルブルグ音楽院にてレオポルト・アウアーに学び、翌年に演奏デビュー。12歳でアルトゥール・ニキシュに招かれベルリンデビューを果たすと、同年ニキシュの指揮ベルリン・フィルと演奏。
 
1917年にはカーネギー・ホールアメリカデビュー。同年のロシア革命を避けるために、そのままアメリカ在住、1925年にアメリカの市民権を得ている。後年、南カリフォルニア大学で後進の指導も行っている。1987年にロサンゼルスにて死去。
演奏面の特徴>
 ハイフェッツのボウイングの特徴として弓速が速いことが一般的に挙げられている。しかし弓の返しや先弓での粘りは、丁寧で等速的にゆっくりである。そこからわかるように、一概には分類できない幅広い表現方法を持つ。ハイフェッツの特徴的な音色は、このボーイングに依るところも大きい。 具体的には、指を開かず丸めずに弓を持ち、右手の人差し指は
PIP関節(第2関節)より深く竿に当て、小指と親指で主にバランスをとる。アウアー(ロシア派)のボーイングを基本とする。緩やかなボーイングの細部に到る丁寧さを持ち、また一方、技巧的なダウンスタッカートなどを自在に操る。ハイフェッツの運弓の技巧で、右に出るものはいない。 トルテキッテルパジョなど、最高級の弓の構造に最も適った運弓法である。
 左手のポジショニングや運指は完璧と形容するにふさわしく、映画「カーネギーホール」でチャイコフスキーの協奏曲(第1楽章:短縮版)を演奏している場面では、その超絶技巧を視覚的にも堪能することができる。 手首をひねらず指を弦方向に伸縮させるだけの、特殊なヴィヴラートを用いる。これにより音楽的に、より意志の強い表現を可能とする。
 演奏のテンポは概して速く、晩年になっても遅くなることはほとんど無かった。またその特徴的な音色もデビュー当時から基本的には変化しておらず、ハイフェッツの演奏スタイルが早い時期に完成されていたことがうかがえる。
 なおハイフェッツは楽器の2番弦(A線)と3番弦(D線)に現代の主流である金属巻の弦ではなく、プレーン・ガット弦を使用している(CD のジャケット写真で確認可)。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

月曜日, 8月 11, 2008

ブロムシュテット ブルックナー4番、7番

・ブルックナー:交響曲第3番(1873年第1稿) 
         録音:1998年9月3、4日
・ブルックナー:交響曲第4番 録音:1981年(デジタル)
・ブルックナー:交響曲第4番 録音:1993年 /サンフランシスコ響
・ブルックナー:交響曲第6番 録音:1990年 /サンフランシスコ響
・ブルックナー:交響曲第7番 録音:1980年(デジタル)
・ブルックナー:交響曲第7番(WAB.107、ハース版) 
         録音:2006年(ライヴ)
・ブルックナー:交響曲第8番(WAB.108、ハース版)

         録音:2005年7月1日(ライヴ) 
         録音場所:ライプツィヒ、ゲヴァントハウス大ホール
・ブルックナー:交響曲第9番 録音:1995年

 いつも青年のように若く見えた菜食主義者のブロムシュテットも81才になる。ブルックナーは日本公演でも取り上げていたが得意の演目と言えるだろう。
http://blogs.yahoo.co.jp/irigomi45/51388470.html

 4番(1981年)、7番(1980年)を聴く。信じられないくらいの廉価盤だが、演奏は見事である。4番の感想はこう書いた。

 ー1981年9月ドレスデンのルカ協会での演奏。2回目の全集を同じドレスデン・シュターツカペレで収録中のヨッフムの4番は翌1982年録音だから、この時期シュターツカペレはブルックナーに実に集中して取り組んでいたことになる。薄墨をひいたような弦楽器の少しくすんだ音色も、ルカ協会特有の豊かな残響ともに共通するが、ブロムシュテット盤も秀逸な出来映えで両盤とも甲乙はつけがたい。
 
 ブロムシュテットは全般にヨッフムよりも遅く、かつテンポはベーム同様、実に厳しく一定に保つ(いずれもノヴァーク版使用。ヨッフム:ブロムシュテットで各楽章別に比較すれば、第1楽章、17’48:18’23、第2楽章、16’40:16’30、第3楽章、10’02:10’51、第4楽章、20’22:21’06)。  

 ブルックナーの音楽は本源的に魅力に溢れ聴衆に必ず深い感動をあたえるという「確信」に裏打ちされたように、小細工など一切用いず、素直に、しかし全霊を傾けてこれを表現しようとする姿勢の演奏。どの断面で切っても音のつくりに曖昧さがなく、全体にダイナミズムも過不足ない。  

 ブルックナー好きには、演奏にえぐい恣意性がなく、作曲家の「素地」の良さを見事に表現してくれた演奏と感じるだろう。ヨッフム盤とともにお奨めしたい。

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC4%E7%95%AA%E3%80%8C%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%80%8D/dp/B00008BDCU/ref=cm_cr-mr-title

 7番も基本的にこれと変わらないが、弦楽器の合奏がこよなく美しい。音色は、妙なる清潔感を醸しだし、耳を傾けていて天上へと導かれるような至福の思いを抱く。木管楽器もこれに溶け込み、微妙な表現になるが、音に<色彩感>を与えている。それとの相対比較では、管楽器が没個性的かなと感じる。これは、同じゲヴァントハウスで、コンヴィチュニーをよく聴いているので、余計、そう感じるのかも知れない。

(参考)
ヘルベルト・ブロムシュテット(Herbert Blomstedt,
1927年7月11日 - )はアメリカ生まれのスウェーデン指揮者称号バンベルク交響楽団名誉指揮者など。
仕事で渡米していたスウェーデン人の両親の元
マサチューセッツ州スプリングフィールドに生まれる。2歳の時一家は帰国し、ストックホルム音楽大学ウプサラ大学に学んだ後、イーゴリ・マルケヴィッチに師事。さらにアメリカ合衆国に留学してジュリアード音楽学校でジャン・モレルに、タングルウッドのバークシャー音楽センターでレナード・バーンスタインに師事。1953年クーセヴィツキー賞を獲得し、1955年ザルツブルク指揮コンクールで優勝した。
1954年2月にロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団ベートーヴェンヒンデミットなどの作品を指揮して指揮者として本格的にデビュー。その後、ノールショピング交響楽団オスロ・フィルハーモニー管弦楽団デンマーク放送交響楽団スウェーデン放送交響楽団の首席指揮者を歴任した後、名門のシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者に就任。ドレスデンを去った後はサンフランシスコ交響楽団1985年1995年、現在は桂冠指揮者)、北ドイツ放送交響楽団(1995~1998年)を経て、1998年から2005年までライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席指揮者を務めた(現在は名誉指揮者)。また、バンベルク交響楽団とNHK交響楽団の名誉指揮者でもある。
その演奏は、華やかな個性とはあまり縁がなく、高い名声を誇りながらもどこか地味な印象が強いが、指揮するオーケストラの持つ美質を最大限に引き出して充実感溢れる演奏を行うという点では現代屈指の指揮者であるといえるだろう。近年は、以前にもまして熟練の度合いを深めており、今後、更なる深化が期待される。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 

水曜日, 7月 23, 2008

シャイー ブルックナー9番

 シャイーはブルックナーの全集を録音している。

■第0番 ニ短調(1869年ノヴァーク版) ベルリン放送交響楽団 1988年2月 15:15+13:47+06:47+10:35=46:24
■第1番 ハ短調(1891年ウィーン版)  ベルリン放送交響楽団 1987年2月 13:13+13:45+09:11+18:05=54:14
■第2番 ハ短調(1877年ハース版)   コンセルトヘボウ管弦楽団 1991年10月 19:39+18:13+09:42+19:39=67:13
■第3番 ニ短調(1889年ノヴァーク版) ベルリン放送交響楽団 1985年5月 20:41+15:49+07:01+12:20=55:51
■第4番 変ホ長調(1886年ノヴァーク版) コンセルトヘボウ管弦楽団 1988年12月 18:43+15:05+10:20+21:56=66:14
■第5番 変ロ長調(1878年原典版)   コンセルトヘボウ管弦楽団 1991年6月 20:24+18:07+13:07+23:31=75:29
■第6番 イ長調(1881年原典版)     コンセルトヘボウ管弦楽団 1997年2月7:05+16:44+08:58:14.27=57:30
■第7番 ホ長調(1885年ノヴァーク版)  ベルリン放送交響楽団 1984年6月22:46+22:48+09:58+13:21=69:08
■第8番 ハ短調(1890年ノヴァーク版)  コンセルトヘボウ管弦楽団 1999年5月 16:05+14:59+25:29+22:06=79:01
■第9番 ニ短調(1894年ノヴァーク版)  コンセルトヘボウ管弦楽団 1996年6月 24:44+10:41+27:22=62:47

 しかし、一気呵成にではない。7番の1984年から8番の1999年まで、なんと15年をかけてのじっくりと構えた録音であり、ベルリン放送交響楽団(7、3、1、0番)に続けて、コンセルトヘボウ管弦楽団(4、5、2、9,6,8番)にバトンタッチしての録音。版もノヴァークを基軸としつつも、曲によっては、原典、ハース、ウイーンを採用するなど独自の解釈を覗かせている。

 今日は9番をかける。<波動>が伝わってくる。大きな波動、小さな波動、強い波動、ゆるい波動、そして見事な合成ーそのうねりがひたひたと迫ってくる。その目には見えない<波動>が心に浸潤してくるような演奏。第一楽章冒頭から「巧いなあ」と思う。いわゆる音楽への「没入型」ではなく、指揮者はあくまでも、どこか醒めた感覚は維持しながら、その見事な<波動>をつくっていく技倆は抜群である。
 次にこうなってほしい、こういう音を聞きたいとリスナーに期待させる実に巧みな誘導ののちに、それを凌駕するテクスチャーを次々に繰り出していくような感じ。意図的に嵌めていく、と言えば「えぐい」だろうが、<波動>がとても美しく、力強く連続していく快感のほうが先にきて、技法の妙は隠して意識させない。こんな演奏をできる指揮者はそうざらにいない。ブルックナーの聴かせどころ、ツボを研究し尽くしているからこそできる技だろうが、だからといってけっしてリスナーには安易に迎合はしていない。
たいしたものです。

火曜日, 7月 22, 2008

ヨッフム ブルックナー8番(ベルリン・フィル)

 ヨッフムの旧盤(ベルリン・フィル)を聴く。1964年の録音。ノヴァーク版を使用。この年の録音ということについての意味を少しく考えてみよう。8番については、クナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィル、シューリヒト/ウイーン・フィルの歴史的な名演がある。これらはいずれもこの前年1963年に録音されている。

           シューリヒト     クナッパーツブッシュ    ヨッフム
版           1890年      レーヴェ等の改訂版   ノヴァーク版
第1楽章      15´31"      15´51"           13’36”
第2楽章      13´58"      15´54"           13’54” 
第3楽章      21´42"      27´42"           26’35”
第4楽章      19´42"      26´00"           19’49”
録音        1963年12月    1963年1月         1964年

 版が違うのだから一概に比較はできないにせよ、第1、第2楽章はシューリヒトより早く、思わぬ快速感がある。一転、第3楽章はクナッパーツブッシュばりの急減速に驚く。そしていま一度、転じて第4楽章はほぼシューリヒト並の運行速度に戻る。
 ヨッフムが、この2人のブルックナーの<大家>の演奏をどこまで意識していたかどうかはわからないが、楽章別のアクセントの「付けかた」という観点からは実に興味深い。
 当時の東独の情報がこれまた、どこまで伝わっていたかどうかも不詳だが、ゲヴァント・ハウスでは、ブルックナーを十八番とするコンヴィチュニーが君臨していたことは既に「西側」にも音源が紹介されていたから、もちろん良く知っていたであろうし、海を渡った英国には彼の<怪物>クレンペラーが闊歩していた。
 なによりも、同じベルリン・フィルではカラヤンの8番の録音(1958年)は一世を風靡し、ベルリン・フィル自体が<カラヤン・マシン>に徐々に改造されつつあった。そういう時期の録音である。 

 なぜ、こうもくだくだと並べてみたかと言うと、ヨッフムの演奏の<アク>が、その後のドレスデンとの収録に比べて強いと感じるからである。ヨッフムの8番は、この他にも、ハンブルク国立歌劇場管弦楽団(1982 年)、 バンベルク響(1982年9月15日)ライヴ盤もあるが、ヨッフムの8番「正規盤」としては初のベルリン・フィルとの共演には、彼の並々ならぬ意気込みを感じることができる。
 それが、冒頭比較した演奏時間にもあらわれているように思うし、第1楽章の金管のやや過度に強調した鳴らせ方では、コンヴィチュニーを連想したりもする。

 ヨッフムは当時においても、自信に満ちたブルックナー演奏の第一人者であったのだから、そうそう他の指揮者のことを歯牙にかけていたわけではないよ、と言えるかも知れないが、前半と後半2楽章の演奏スタイルはかなり違っており、同じベルリン・フィルでもカラヤン盤の<遅さ>と<重さ>に比べて、全般に<早く>て<ほの明るい>サウンドを導出しているようにも聞こえる。

 ブルックネリアーナ指揮者にとって、8番は完成された最後の交響曲であり、その特異さから改訂の憂き目をみ、ブルックナーの生前、ほとんど演奏されなかったいわく付きの大曲である。演奏者にとっては、いまもブルックナー解釈の真価が問われる<ポレミークな作品>であることは間違いない。本盤は緊張感に満ち素晴らしい演奏だが、どうも、いつものヨッフムらしからぬ気負い、自意識を感じるのは自分の聴き方が穿ちすぎているからであろうか。

土曜日, 7月 19, 2008

コンヴィチュニー ブルックナー 5番

ブルックナー 交響曲第5番 変ロ長調 コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 録音:1960年DENON(国内盤 COCO-75402/3)  コンヴィチュニーのブルックナーの交響曲は、 第2番(1951年モノラル) ベルリン放送交響楽団 第4番(1961年ステレオ) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団          他に、ウイーン・フィル、チェコ・フィルの録音もあり 第5番(1960年ステレオ) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 第7番(1958年モノラル) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 第8番(1959年モノラル) ベルリン放送交響楽団 第9番(1962年ステレオ) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 などが知られている。 でも、この人は地味だから発売されていないだけで、ライヴを含め、優れた音源はもっとありそうにも思う。 http://shokkou3.blogspot.com/2008_05_01_archive.html

 ぼくは、コンヴィチュニーでは8番はよく聴くが、今日は最近入手した5番をかける。どっしりとした厚みある音響が満ちていく。テンポは第3楽章を除き、全般に鷹揚としており、ゲヴァントハウスの弦楽器のとても自然で滑らかなれど、どことなく淡くくすんだ音色が実に魅力的である。管楽器の音色も8番とは違ってけっして出すぎず、刺激的でなく安定しており、そして両者の融合は見事である。

 全体に、8番同様、意外性のないオーソドックスな解釈で、誰が演奏しているかを当てることは難しいような運行なのだが、個々の響きが重畳的に厚みをもって、徐々に迫ってきてだんだん感動へのエネルギーにこれが変換されていくように感じる。音楽の進行とともに、思わず引きこまれていく不思議な感興が湧いてくる。

 コンヴィチュニーのほかの演奏をあまり聴いていないので、その「流儀」について触れることはできないが、ことブルックナーに関する限り、(ほかの人の優れた演奏でも書いてきたとおり)「原曲のもつ良さを作為なく、あくまで自然に表現さえすれば、感動は自ずと随伴する」という確信に満ちているような演奏。そして、それを可能ならしめているのは、質量ともに「名器」と言うべき、歴史と伝統に培われた固有の音響をもったこの古きオーケストラを守り、育ててきた指揮者自らの強い自信があるからなのだろう。


👉  忘れられない名指揮者

日曜日, 6月 29, 2008

サイモン・ハルシー(Simon Halsey) ブルックナー ミサ曲第2番

 今日はSimon Halsey/CBSO(バーミンガム市交響楽団)合唱団で、ブルックナーのミサ曲第2番ほかを聴く。 以下は関連サイト(ベルリン放送響)からとったものの簡易意訳で正確ではないが概要はわかろう。
 本盤は1990年、彼が32才の時の録音だが、ブルックナーの心情の吐露を無理なく表現しようとしているような感じ。ミサ曲2番は合唱と管楽器のみで演奏される<変則>ながら、その違和感がまったくない。合唱の柔らかな響きが弦楽器に見事に代替しているように聞こえる。実に自然な一体感である。
 なお、「2つのエクアーレ ハ短調」(1847年)、「アヴェ・マリア」(1861、1882年)、「乙女らは王の御前に導かれ ヘ長調」(1861年)、「この所は神がつくり給いぬ ハ長調」(1869年)なども所収されているが、演奏されるのが珍しい曲も含まれている。


(lifepr) Berlin, 06.03.2008 - Kaum sind die Grammy-Freudenwogen verklungen, gibt es erneut Anlass zu feiern: Der Rundfunkchor Berlin gratuliert seinem Chefdirigenten Simon Halsey zum 50. ( lifepr )ベルリン、 2008年6月3日 –ベルリン放送響合唱団の首席指揮者サイモン・ハルシーが2008年3月5 0才の誕生日を迎えた。

  2001年4月以来、サイモン・ハルシーは、8年間にわたってベルリンフィルハーモニー管弦楽団、ベルリンドイツ交響楽団およびベルリン放送交響楽団などと緊密で、ベルリンにて活動する一方多くの国際的オーケストラとも共演。「合唱音楽」というフィールドで素晴らしい活躍をしてきた。最近ではブラームスの「ドイツ・レクイエム」(サイモン・ラトル/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団)の合唱などは最高のパフォーマンスを示している。  
 サイモン・ハルシーは1958年ロンドン生まれ。 オックスフォード、ケンブリッジおよびロイヤルカレッジ・オブ・ミュージックで学び、ロンドン、スコットランド、グラスゴー、ウォーウィック大学などでオペラの合唱指導を行う一方、バーミンガム市交響合唱団とは、 25年以上の友好的な関係を保っている。

土曜日, 6月 07, 2008

クナッパーツブッシュ ブルックナー

(掲載ジャケットはベートーヴェン第3番です)
 今日はクナッパーツブッシュを聴いている。ミュンヘン・フィルを振った1959年3月19日の5番のライヴ盤を聴きながら、このブログと別ブログで書いたものの一部を整理してみた。

2006年9月にこう書いた。

クナッパーツブッシュ ブルックナー第4番

 1955年録音。レーヴェとシャルクの監修版という<オリジナル重視派>にとっては、おそらくは批判すべきバージョンによる演奏でしょう。また、最近の優れた録音に慣れたリスナーにとっては、壁1枚隔てて聞いているような、言われぬもどかしさが部分的にあるかも知れません。  
 しかし、以上の要素を考慮したとしても、この4番は「名演」です。どの版を採用するか以前に、作曲者への共感がどれくらいあるかが根本的に重要でしょうし、レーヴェもシャルクもブルックナーの忠実な使徒でした。「師匠」の音楽をなんとか多くの聴衆にわかってもらいたいと念じて奔走しました。そうした改訂者の思いを全て「込み」で受けて、クナッパーツブッシュが指揮台に立ったとしたら・・。  
 そうしたことを想起して本盤を聴かれたら、まずは素朴な演奏だなと思われるのではないでしょうか。テンポは遅く、メロディはとても美しく(特に弦楽器のふくよかな音の響きはウイーンフィルならではです)、曲の組み立てのスケールは大きく、蕩々と音楽が奏でられます。想像の世界ですが、古き良きウイーンの息吹が底流に脈々と流れてくるような駘蕩とした感があります。  
 多少の音の荒さは無視して、少しだけ音量を上げて楽しんで下さい。指揮者もオケもブルックナーに深く没入しているのが伝わってきます(一部割愛) 。
http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A185EQOC8GHUCG?ie=UTF8&display=public&page=4

2007年2月にこう書いた。

クナッパーツブッシュ ブルックナー第8番 

 今日聴いているのは1951年1月7~8日にかけて録音されたベルリン・フィルとの演奏(1892年改訂版)です。ジャケットはひび割れCD自体もかなり痛んできてそろそろ買い換え時期にある1枚です。
 1963年のミュンヘン・フィルとのライヴ演奏があまりにも有名で、かつ録音時点も本盤は古いことから一般にはあまり注目されませんが、これも素晴らしい演奏です。 
 クナッパーツブッシュの魅力は、うまく表現できませんが、独特の「節まわし」とでもいうべきところにあるのではないかと感じます。特に変調するときのリズムの刻み方などに彼特有のアクセントがあるような気がします。それがいまはあまり演奏されない「改訂版」の採択と相まって、通常の演奏とかなり異なった印象を醸す要因となっていると思います。 
 ベルリン・フィルの演奏は今日の精密機械にも例えられる機能主義的ではなく、もっとプロ・ドイツ的な古式の響きを感じさせますが、しっかりと8番の「重さ」を受け止めて質感あるブルックナー像を浮かび上がらせています。

クナッパーツブッシュ ブルックナー第5番
 これもジャケットが傷だらけの古い友人のようなCDです。1956年6月。ウイーン・フィルとの演奏(改訂版)。先に記した51年のベルリン・フィルとの8番との比較では、レーベルの違いももちろんありますが、この5年間で録音もオーケストラの質量もはるかに豊かに聴こえることに気づきます。
 ブルックナーの演奏では抑揚感というか、ダンスのステップを踏むような軽快さが心地よく気持ちを盛り上げてくれるスケルツオも楽しみの一つです。5番の第3楽章のモルト・ヴィヴァーチェは早いテンポのなか、畳み込むようなリズム感にあふれ、かつ特有の明るい和声が身上ですが、ここでクナッパーツブッシュ/ウイーン・フィルはなんとも見事な名人芸を披露してくれます。
 第4楽章はシャルクの手が大幅に入り、原典版に比して100小節以上のカットがあるといわれますが、峨々とした峡谷をいく流量の多い大河の流れにも似たクナッパーツブッシュの運行では、そうした割愛の不自然さをあまり意識させません。あるいは、自分がこの演奏に慣れすぎているせいかも知れませんが、これはこれで納得し良いと思ってしまいます。
そこも大家の腕かも知れません。聴き終わって実に充足感が味わえる1枚です。 

2007年12月にこう書いた。

クナッパーツブッシュ ブルックナー選集
・交響曲第3番(録音:1954年10月11日)バイエルン国立歌劇場管弦楽団
・交響曲第4番(1944年9月8日)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第5番(1956年6月)ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第7番(1949年8月30日)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第8番(1951年1月8日)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第9番(1950年1月28日)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

 この選集が良いのは3番から9番までのラインナップに加えて、録音時点ではもっとも早い4番(1944年)から5番(1956年)までの12年間の軌跡を追えること、そして3つの楽団での演奏が聴けることだろう。 

 3番についてはウイーン・フィル盤(1954年4月スタジオ録音)と同年の演奏、その後ウイーン・フィルとは有名なライヴ盤(1960年2月14日、ムジークフェライン大ホール)がある。このライヴ盤についてのHMV レビュー が両者を比較しているので以下、参考までに引用しておこう。 

 「有名なDECCAのスタジオ盤の6年後におこなわれた演奏。一連のクナッパーツブッシュのブルックナー録音と同じく、ここでも改訂版が用いられていますが、この作品の場合、小節数が最も一般的なノヴァーク第3稿と同じこともあり、さほどの違和感はありません。第8番と同様に原典版との差が比較的少ないため、安心してクナの音楽に浸ることが可能です。 
 拍手嫌いのクナらしく、ここでも聴衆の拍手が鳴り止まないうちに演奏が開始されます。冒頭からリズムの良い実にクナらしい進行で、ウィーン・フィルの弾力ある弦と味のあるウィンナ・ホルンの絡みが絶妙。音質が生々しいため、荒々しく巨大な第1主題部と、気持ちのこもった美しい第2主題部のコントラストも強烈で、クナッパーツブッシュの第3が特別な存在であることをすでに十分過ぎるくらいに印象付けてくれます。 
 第2楽章と第3楽章は、スタジオ盤に較べて少々テンポの速くなっている部分で、演奏に独特の勢いの良さがありますが、第2楽章第2主題部などの美しい旋律は徹底的に歌いこまれているため、ここでもやはり強いコントラストが感じられます。スケルツォ主部での豪快かつパワフルな演奏も見事。トリオも実に愉快です。 第4楽章は、スタジオ盤に較べて、より柔軟なアゴーギクが印象的。しかもウィーン・フィルの豊麗なサウンドが非常に効果的に作用しており、第4楽章第2主題でのとろけるような美しさや、コーダの圧倒的なスケールなどこのコンビでなければ不可能な深い味わいがたまりません」。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1918899 

 なお、3番についてはこのほかにミュンヘン・フィルを振ったライヴ盤(1964年1月16日)もある。本収録盤はバイエルン国立との協演であるところが聴き所だろう。4番はベルリン・フィル(1944年)だが、これはウイーン・フィル盤(1955年3月)のほうが一般的には有名。5番はウイーン・フィル(シャルク改訂版、1956年ステレオ録音)で比較的新しい。その後、ミュンヘン・フィルとのライブ盤(収録:1959年3月19日 ミュンヘン)がリリースされ大きな話題となった。これもミュンヘン盤について、HMV レビュー を一部引用しておこう。 

 「・・演奏は全体に、ライヴのクナッパーツブッシュならではのアクティヴな音楽の表情、強烈なコントラストと味のあるアゴーギクがたいへんに効果的なもので、第1楽章冒頭のピツィカートから、ドスの効いた低音と動的な表情がたまりません。第3主題も素朴な逞しさと無垢な美しさが並存する見事な演奏であり、絶妙すぎるテンポ・ルバートと共に忘れがたい感銘を与えてくれます。 
 クナッパーツブッシュが愛好した『シャルク改訂版』による演奏のため、原典版に慣れた耳には驚く個所もいくつかありますが、第4楽章フーガおよび二重フーガにおけるティンパニ追加や、コーダでの賑やかな打楽器追加など、演奏が良いためむしろ効果的と思える部分も少なくないのが面白いところです」。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1259358 

 7番もウイーン・フィル(収録:1949年8月30日、ザルツブルク[ライヴ])。7番では新しいケルン放送交響楽団盤(収録:1963年5月10日)もあり。 さて8番だが、有名なのはなんと言ってもミュンヘン・フィル盤(1963年)。スタジオ録音とライヴ盤の2種がある。本収録盤はベルリン・フィル(1951年)とだが、ほかにバイエルン国立(1955年12月)とのコンビ盤もあり8番はいろいろな演奏が楽しめる。本8番と次の9番のカップリング盤についてのHMV レビュー を以下、引用しておきたい。 

 
「クナッパーツブッシュ/ブルックナー第8&9番 1951&1950年録音。 正規の音源によるため、モノラルながら年代の割に音質が良いのが朗報(特に8番)。演奏の最大の特徴は、両曲ともに、改訂版を用いているという点。周知のように、ブルックナーの取り巻きたちによって、後期ロマン派風に変質させられたこのヴァージョンは、劇的な効果を追求した結果としての“改変”が随所に見受けられ、原典版に慣れた耳には楽しい驚きの連続ですが、骨の髄からワグネリアンであったクナッパーツブッシュには、あるいは自然なことだったのかも知れません。何しろ、残された数多くの録音のすべて(第3・4・5・7・8・9番)が、改訂版使用による演奏なのですから。 
 そのクナ自身も、後年、ミュンヘン・フィルとの第8番(ライヴ、スタジオ共に)では、ここまで過激なことは行っておらず、終楽章第3主題部など、実に大きな差があります。ちなみに、曲尾のティンパニは、ミュンヘン盤が、クナ独自仕様の三和音叩き分け型、ベルリン盤は、楽譜通りのトレモロ型です」。 http://www.hmv.co.jp/product/detail/503940 

 最後は上記でもコメントされているベルリン・フィルとの9番(1950年)。これもミュンヘン・フィル盤(収録:1958年2月10日)やバイエルン国立盤(1958年2月録音)もある。

2008年1月にはこう書いた。

ブルックナー/メモランダムⅩ③ークナッパーツブッシュ
 クナッパーツブッシュという指揮者は、エピソードを読む限り、人間的な魅力に富んでいたようです。ナチスに対してはぎりぎりまで節を曲げずに一定の距離をおきますが、それがゆえに戦時中は「干されて」苦労します。が、戦後は逆に比較的早くから音楽活動を再開することができました。 
 練習嫌いでは「名うて」ながら、それがゆえに一回の演奏に燃え上がる「ライブ派」からは、絶対の評価があります。オケも練習に血道をあげて成果がいまいちのうだつの上がらない指揮者に比べ、事前に「楽して」、本番勝負で名演なのですから人気があったこともわかります。
 お顔はどちらかと言えば、魁偉な風貌で取っつきにくい印象ですが、茶目っ気があり気さくな人柄が愛されたとの多くの証言があります。 フルトヴェングラーと同時代を生きながら、暗い苦闘の時代のマエストロといったパセティックな雰囲気とはほど遠く、結構、人生の楽しみ方を心得ていた達人といったイメージを醸し出してもいます。
 しかし、その音楽の構成力の「桁違い」の大きさや、ズービン・メータをして「ここまで遅くしてもダレない演奏ができるのは、音楽の本質を深く捉えていたからだ」と賛嘆させた、時に超スローな演奏スタイルといい、また、突然の急降下・急上昇ができる戦闘機の高度なパイロットのような(オケの)操縦術といい将に「天衣無縫」な偉丈夫ぶりです。

 トスカニーニが抜群の記憶力を誇り、暗譜で指揮することを旨としていたことー実は強度な近眼だった!ーを皮肉って「俺は眼が見えるからね(暗譜はしない)」と言ったとか言わなかったとか・・。しかし、実際は譜面台の総譜を全くめくらなかったとも。面白い人です。
 その明るさがブルックナーの健全な魂ともしかすると共鳴する部分があるのではないでしょうか。これこそが聴き終わったあとのスカッとした爽快感の源泉かも知れません。破顔大笑したチャーミングな表情がジャケットになったり、多くのファンから「クナ」と愛称されたことなども、思わず手元のCDに手を伸ばしてしまう吸引力のなせる技か。私は、周期的に聴きたくなる常連のリスナーです。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!945.entry?&_c02_owner=1


2008年3月にはこう書いた。

ブルックナー3番 (クナッパーツブッシュ、セル、ベーム、ヴァント)


①クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィル(1954年:スタジオ録音)ノヴァーク版第3稿
②セル/シュターツカペレ・ドレスデン(1965年:ザルツブルク音楽祭ライヴ)1888~89年版
③ベーム/ウイーン・フィル(1970年:スタジオ録音)ノヴァーク(1958年ブルックナー協会)版
④ヴァント/ケルン放送交響楽団(1981年:スタジオ録音)ノヴァーク版第3稿 

 以上の4枚を聴き比べる、というと正確ではない。①をずっとCDプレイヤーに入れて持ち歩いて聴いている。ほかのクナッパーツブッシュの演奏でも記したとおり、いわゆる「大見得を切り、大向こうを唸らせるような」演奏であり、(自分もその一人だが)クナッパーツブッシュ好きなら、<堪らない>節回しである。もっとも、クナッパーツブッシュは同番についてステレオ録音をふくめ多くの記録を残しているが、1954年盤は珍しくスタジオ録音盤である。 

 ①を聴いていて、別のアプローチを味わいたくて②を取り出す。その感想については下記のとおりだが、セルについては同じザルツブルクでの7番もあり、両方ともに再度、よく聴き直してみたいとは思う。 
 ③は②にいささかの不満を抱いて比較したくて聴く。その感想はすでにいろいろと書いてきたので省略するが、やはり実に良いと思う。これは、自分にとっての<規準盤>である。
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!941.entry?&_c02_owner=1 

 ④は久しぶりに聴く。ヴァントの演奏もベームと似たところがあるが、こちらの方が肌合いが柔らかく、抒情的なメロディの表現の部分ではグッとくる向きもあろう(逆に、人によってそこに好悪もあろうが)。

http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A185EQOC8GHUCG?ie=UTF8&display=public&page=5 

 録音時点も、使用版もちがうので一概に比較はできないが、こうして4枚を聴いてくると、いまの自分の感性では、やはりクナッパーツブッシュが頭一つ抜けているように思う。ベームの緊張感溢れる演奏は平均的にみてベストと思いつつ、肩の力を抜いて、「ひらり」と演奏してしまうような軽ろみの美学がクナッパーツブッシュにはあり、これが他の指揮者とは大いに違う点だと思う。クナッパーツブッシュ自身、ブルックナーが好きで、各曲の解釈に絶対の自信をもち、かつ、ある意味、ご本人はこよなく楽しんで演奏しているような大家の風情がある。 

 しかも、それはけっして単調、単純な演奏ではなく、ときにパッショネイト丸出しのように振る舞うかと思うと、一転、沈着冷静に構えたりと一筋縄ではいかない。その<意外性>こそ、この晦渋なる3番でのクナッパーツブッシュの面目躍如と言えそうだ。http://shokkou3.blogspot.com/2007_12_01_archive.html

日曜日, 6月 01, 2008

ヴァント ブルックナー2番

 1番、2番のカップリング。1番はウイーン稿による佳演。2番については下記の指摘がある。1番ではリンツ版の秀演ノイマンについて記したところ。この2番のヴァントはいいなあと思う。力みなく、ケルン響とブルックナーの最良の部分を引き出していこうじゃないか・・とはじめた全集づくりという気がする。
   何度も聴いての感想。ジュリーニ、ヨッフムとともに至高の演奏。カンタービレの強調も、少しく劇的な解釈の適用もなく、全くの自然体の構えの演奏ながら、作曲家の思いを目一杯盛り込もうとするような作曲家との<距離の近さ>が身上か。だからこそ1番は練りに練ったウイーン改訂版を用い、この2番でもベートーヴェン的な援用は思い切ってベートーヴェン的に、ワーグナーから影響のあるメロディは、これまた、それらしく時に雄々しく、時にリリックにと奏でているように聞こえる。もしも客席にブルックナーがいたら、リヒターに対してよろしく、感謝して握手を求めてくるような・・心情の名演である。

 「ヴァントは、北ドイツ放送交響楽団とはブルックナーの交響曲第1、2番を録音していない(ケルン放送交響楽団とは交響曲全集を完成している)。交響曲第1番を振らない理由としてヴァントは、同曲が病的な作品であるからだ、と述べている(なお、交響曲第2番の第1、2楽章については肯定的な評価を下しており、同曲を晩年に振らなかった理由は詳らかでない)。この、交響曲第1、2番の演奏を避けるという選択は、やはりブルックナー指揮者として有名なチェリビダッケと共通する。
※交響曲第2番に関して:ヴァントはこの曲について、「これはもう録音したでしょう」と発言している。これは、あるインタヴューにおいて「『もうその作品は何度も指揮されたではないですか』と言われると、私は悲しくなりますよ」と述べ、特に最晩年においては同じ作品を繰り返し演奏したヴァントとしては異例のことである。理由としては、ケルン放送交響楽団との録音に相当満足していたのではないかということが考えられる。同様の例としては、シューベルトの交響曲第2番が挙げられよう。彼は、ケルン放送交響楽団との録音に満足し、これ以上の演奏は出来ないと考えて、その後この曲を録音することはなかった」。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金曜日, 5月 30, 2008

ノイマン ブルックナー1番

ブルックナー交響曲第1番ハ短調
ノイマン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
:1965年12月13-14日、ライプツィヒ救世主教会(ハイランツキルヒェ)BERLIN Classics(輸入盤 0094662BC)

 ブルックナー探訪の面白さは、ときたまこうした逸品に出会えることだと思う。この第1番はワーグナーの影響が強いとも言われるが、第4楽章でベートーヴェンの第9のメロディの一部が垣間見えたり、また、第1楽章では第7と少しく共通するリズムの乱舞があるように聞こえる部分もある。
 ノイマンの演奏は、そうした面白さも反映しつつ、とにかく音が縦横に良く広がる。打者の手前でビヨーンと伸びる変化球のように、聴き手の予想を超えて音がきれいに伸張し、それが次に心地よく拡散していく瞬間の悦楽がたまらない。また、丁寧に丁寧に音を処理していく。第4楽章などに顕著だが繰り返しも忠実に行うなど、ノイマンらしい総じてとても真面目で端整な演奏である。
  それでいて飽きさせないのは例えば第2楽章Adagio( 変イ長調)において、そのメロディの歌わせ方が絶妙でこよなく美しいこと、全般に程良いダイナミズムが持続することにある。陰影の付け方などはかなり工夫もあり、ここは「ベートーヴェン的」に演奏しているのでは・・と思わせるところもある。とにかく嵌って何度も繰り返し聴いている。文句なしの「名演」であり、現状、1番のベスト5に入るといっても大袈裟ではないと思う。感心した。lle.jp/classic/your_best/bruckner_1_neumann_gewandhaus_katayama_20020717.html
(以下、引用)
ヴァーツラフ・ノイマンがライプツィヒ時代に残した録音の中の最も優れたものの一つ、ブルックナーの交響曲第1番が今年(2002年)5月に初めてCDとして発売されました。ローベルト・ハース編纂のリンツ版(1865/66年)による演奏です。
 この演奏の美しさは他に比類を見ません。ホルンはおそらくペーター・ダムが吹いているものと思われます。木管群の純粋な美しさは、例えば同じくドイツの一流楽団とは言えベルリン・フィルでは望むらくもないレベルです。それに交響曲第1番(のリンツ版)はまだ「親切な」取り巻きから色々と口出しされたり、ハンス・リックの執拗な攻撃に曝される前の傷付かずのブルックナーの純粋な感性が良く表われている曲だと思います。それを十分に演奏していると言う点では私の知る限りこの演奏が断然優れていると思います。因みに80年代前半にNHK-FMで放送された大作曲家の時間ブルックナーで土田英三郎氏が当時既に廃盤久しかったこの録音をわざわざ選んだ理由は、私には十分理解できました。
(後略)