金曜日, 2月 11, 2011

カラヤン Karajan Symphony Edition 


 
カラヤンはデビュー以来、晩年にいたるまで常に時代の寵児であり、並ぶものなきスターであった。よって、その膨大な録音記録(同一演目の再録音が多いことでも例がない)が以下の年代別に出ている。

カラヤンは、大宗において初期から後期に至るまで、その演奏スタイルは一貫している。その一方、初期は並々ならぬ気迫に満ちており、後期は同時代の先頭を走るがごとく音響学的に充実している。しかし、両者は時とともにいわば【トレード・オフ】の関係にある。 

小生は初期カラヤンの「斬新さ」に強い魅力を感じる一人(★)だが、カラヤンを評価するという共通の立ち位置から、どの時代のカラヤンを聴くかはリスナーの嗜好如何と言えよう。70年代のカラヤンは、覇気、音響両ファクターで丁度「中庸」の時代と言えるかも知れない。 

★デビューから1960年まで(1938-60年)
Herbert von Karajan: Recordings 1938-60 Collection
 
第二次大戦後、フルトヴェングラーが苦労のすえ古巣のベルリン・フィルの指揮台に再び立ち、その復興に尽力したことが、どれほど大きくベルリン市民のみならずドイツ国民全体に勇気を与えたか。同様に、冷戦下の大変厳しい政治環境にあって、カラヤンが、世界最高のスキル・フルな楽団としてのベルリン・フィルをいかに手塩にかけて育て上げ世に問うたか。それによって、当時「孤島ベルリン」の安全保障になんと有形・無形の貢献をしたことか。
いまから過去を振り返れば、至極あたりまえに見えることが、両人の血の滲むような努力なくしては決して成し得なかったことを考えると、フルトヴェングラーからカラヤンにいたる連続した時代の重みをズシリと感じる。
そのカラヤンのデビューから1960年までの昇竜期の117枚の記録。以下は小生の聴いてきた初期の録音を中心に若干のコメントを。

まず、1938〜43年にかけてのSP録音の≪序曲/前奏曲集≫。戦前、戦中の若き日のカラヤンの英姿がここにある。ドイツ・イタリア枢軸国の代表的な名曲集といった「きな臭い部分」はあろうが、耳を傾けると、そこには類い希な才能にめぐまれた若手指揮者の立ち姿が浮かび上がってくる。特に、イタリアものの響きが、切なく可憐で、しかも初々しくも凛々しい。よくこんな音楽を奏でることができるものかと思う。30代前半のカラヤンの充ち満ちた才能に驚く1枚。

◆序曲集 Herbert von Karajan : The Early Recordings (1938-1946)
(1938年2月〜)
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同様に30歳台を中心とするカラヤンの青壮年期の記録。圧倒的なスピード感、メリハリの利いた解釈、気力溢れる演奏。しかし、力押しばかりでなく、ときに柔らかく溌剌としたフレーズが心に滲みてくる。天才的な「冴え」である。後日、ベルリン・フィルがフルトヴェングラーの後任にカラヤンを指名した理由がよくわかるような気がする。カラヤンのベートーヴェンの斬新さはいま聴いても凄いと思う。
40年代のコンセルトヘボウとの共演も興味深く、ブラームス交響曲第1番でのカラヤンは溌剌とし実に巧い。

◆ベートーヴェン 交響曲第3番  Herbert von Karajan : Early Recordings, Vol. 7 (German Radio Recordings 1944)
(1944年5月)
◆ベートーヴェン 交響曲第5番  Symphony 5/Adagio
(1948年11月)
◆ベートーヴェン 交響曲第7番  Herbert von Karajan : Early Recordings, Vol. 3 (1941-1942)
(1941年6月)
◆ベートーヴェン 交響曲第9番  Herbert von Karajan - Beethoven: Symphony No. 9
(1947年11月〜12月)
◆ブラームス 交響曲第1番 Herbert von Karajan : Early Recordings, Vol. 6 (Amsterdam 1943)
(1943年9月6〜11日)
◆チャイコフスキー 交響曲第6番 Herbert von Karajan (Early Recordings Volume 1 1938 - 1939)
(1939年4月15日)
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カラヤン、50年代のフィルハーモニア管弦楽団との演奏。モノラルながら聴きやすい録音。明確な解釈、快速な運行、品位ある抒情性に特色。特に、ヴェルディ「レクイエム」は迫力にあふれた出色のもの。
協奏曲では相性のよいギーゼキングとベートーヴェンの4,5番、グリーグなども名匠ギーゼキングと相性よく粒ぞろいの名曲・名演集となっている。

◆1950年代ボックス・セット(各10枚) Karajan
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1951年、カラヤンのバイロイト音楽祭「デビュー戦」の旧盤。カラヤンの凄まじいまでのプライドと気概が伝わってくる演奏。これはカラヤン・ライブラリイのなかでも、その異質性において、インパクトの強い代物である。カラヤンは自己主張がはっきりしている性格。天下のバイロイトも翌年はでたがその後、演出の考え方の相違で袂をわかって足を運ばず。後にウィーン国立歌劇場とも同様に決裂。「既存」の「権威」に対して、いつでも闘うがゆえの「帝王」の呼称か。しかし、音楽の豊かさ、しなやかさ、抒情性などは別物。素晴らしく純化され、しかし颯爽としたマイスタージンガーの演奏である。

◆ワーグナー マイスタージンガー  Wagner: Die Meistersinger
(1951年8月)
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1950年代の古い音源で、その後の新録もあるのでスーパー廉価盤。しかし、いずれも歴史的名演の名を欲しい儘にしてきたもの。この時代ならではの名歌手の熱唱がぎっしりと詰まっている。
  「レクィエム」は、リザネク、クリスタ・ルートヴィヒらによるザルツブルグ音楽祭のライヴ録音。「アイーダ」は、テバルディ、ベルゴンツィ、シミオナートが競演したもので、テバルディにとっても代表盤。同じく、「トロヴァトーレ」はカラス、ステーファノ、パネライが、「ファルスタッフ」では、ゴッビ、シュヴァルツコップにくわえて美貌でならした若きアンナ・モッフォを起用。
 ベルリン・フィルに活動を集中する以前、ウィーン、ザルツブルク、ミラノ、ロンドンを股にかけ、欧州オペラ界を制覇したかの観のある帝王カラヤンの最盛期の記録である。

◆カラヤン ヴェルディ集 Verdi/ Aida - Il Trovatore - Falstaff - Requiem

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60年代
Karajan 1960's: the Complete DG Recordings

70年代
Karajan 1970's: The Complete DG Recordings

80年代
Karajan 1980s: Complete Deutsche Grammophon Recordings 1979-1990


 
また、これとは別にオペラ演目し絞った
Various: the Opera Recordings

本集は、70年代を中心に、8人の作曲家による59曲の交響曲集(ほかに序曲なども収録)を38枚のCDに収めた超×超廉価盤である。

その内訳は、ベートーヴェン9曲(6枚組:1975-77年録音)、ブラームス4曲(3枚組:1977,78年録音)、ブルックナー9曲(9枚組:1975-81年録音)、ハイドン18曲<パリ・セット6曲、ロンドン・セット12曲>(7枚組:1980-82年録音)、メンデルスゾーン5曲(3枚組:1971,72年録音)、モーツァルト10曲<29,32,33番、35~41番:1965,75-77年録音>(3枚組)、シューマン4曲(3枚:1971,87年録音)、チャイコフスキー6曲(4枚:1975-79年)となっている。
 

Beethoven: The 9 Symphonies, Overtures
 
Karajan Symphony Editionにて聴取。カラヤンの70年代のベートーヴェン。1970年大阪万博でカラヤンの交響曲第4番、第7番をライヴで聴いた。強烈なインパクトであった。

カラヤンは、大宗において初期から後期に至るまで、その演奏スタイルは一貫している。その一方、初期は並々ならぬ気迫に満ちており、後期は同時代の先頭を走るがごとく音響学的に充実している。しかし、両者は時とともにいわばトレードオフの関係にある。

一例としてベートーヴェンの第5番をみれば、40年の懸隔のある初期(初出の1948年11月盤 20th Century Maestros にて聴取可能)と後期(最後の1988年12月盤)の楽章別演奏時間は、I. Allegro con brio(7:21、7:29)、 II. Andante con moto(10:45、9:43)、III. Allegro(5:00、5:15)、 IV. Allegro(8:45、9:00)、全体計(31:51、31:27)である。初期盤ではII.で大胆に減速はしているがそれ以外は驚くべきほど差がないことがわかる。

小生は初期カラヤンの「斬新さ」に強い魅力を感じる一人だが、カラヤンを評価するという共通の立ち位置から、どの時代のカラヤンを聴くかはリスナーの嗜好如何と言えよう。70年代のカラヤンは(それはもちろんベートーヴェンに限らないが)、覇気、音響両ファクターで丁度「中庸」の時代と言えるかも知れない。
 
Brahms: The Symphonies
 
Karajan Symphony Editionにて聴取。カラヤンの70年代のブラームス。1970年大阪万博でカラヤン/ベルリン・フィルは大阪ではベートーヴェンの交響曲全曲演奏、一方、東京ではざまざまな演目を取り上げたが、ブラームスの第2番、第3番をライヴで聴いた。強烈なインパクトであった。

カラヤンは、大宗において初期から後期に至るまで、その演奏スタイルは一貫している。その一方、初期は並々ならぬ気迫に満ちており、後期は同時代の先頭を走るがごとく音響学的に充実している。しかし、両者は時とともにいわばトレードオフの関係にある。

一例としてブラームスの交響曲ではカラヤン、現存する最初の録音記録である第1番(1943年9月6~11日、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との演奏  Maestro Vol. 1: Herbert von Karajanにて入手可能)を比較の上で取り上げよう。

第1楽章冒頭の重くパセティックな出だしから、基本的にカラヤンの解釈は後年のあまたの録音と変わっていないことに驚く。テンポは遅くじっくりと音を積み上げていく。一方、フレーズは短く艶やかに処理していく。
第2楽章のアンダンテ・ソステヌートは、明暗交錯する複雑な心理の綾を表情豊かに描いてみせる。やや濃厚な味わいという気もするが、この時代のコンセルトヘボウの音色ゆえかも知れない。
第3楽章に入ると速度を上げ陰から陽への移行提示がこめられる。終楽章の劇的な展開も後年の録音と共通し、すっきりと機敏な進行は思い切りがいい。全般に、なお荒削りながらもブラームス解釈を概成していた若き日のカラヤン像がそこにあり、後年はこれに老練の技が加わっていったという感想をもつ。

小生は初期カラヤンの「斬新さ」に強い魅力を感じる一人だが、カラヤンを評価するという共通の立ち位置から、どの時代のカラヤンを聴くかはリスナーの嗜好如何と言えよう。70年代のカラヤンは(それはもちろんブラームスに限らないが)、覇気、音響両ファクターで丁度「中庸」の時代と言えるかも知れない。

価格の信じられない安さに加えて、かつてカラヤンの「バラ売り」では入手できなかった曲(初期のブルックナーやチャイコフスキーなど。そうした一般にはマイナーなものでも一切の妥協のない質の高さを誇る。ブルックナー Karajan Bruckner: 9 Symphonies はヨッフム盤とともに、チャイコフスキーTchaikovsky: The Symphoniesはムラヴィンスキー盤とともにいまもベストの全集と言ってよい)も所収されており、その点でもコレクション上、誠に有意である。
 

Karajan Bruckner: 9 Symphonies
 
≪カラヤンのブルックナー≫
1950 年代、日本でいまだブームが胎動するまえだが、ブルックナーのレコードはなかなか入手できなかった。フルトヴェングラー、ワルター、クナッパーツブッシュ、コンヴィチュニー、ヨッフムらが先鞭をつけたが、カラヤン/ベルリン・フィル盤の8番 Bruckner: Symphony No.8 - Overtures by Mendelssohn, Nicolai, Wagner & Weber が1959 年頃にリリースされ、名演の誉れ高しとの評価を得た。

1930 年代から幅広い演目で多くのレコードを精力的に録音してきたカラヤン Herbert von Karajan in Berlin The Early Recordings だが、ブルックナーの取り上げについては実は慎重な印象があった。いまでは全く考えられないことだが、「カラヤンはブルックナーが実は苦手なのでは・・」といった勝手な風説すら当時の日本ではあった。

1970 年頃を境に、この「風説」が一吹される。順番は別として、4,7,9番が相次いでリリースされ、その録音がベルリンの教会で行われたことから残響がとても豊かで美しく、ブルックナーのシンフォニーに見事に適合しており、これを境にブルックナーはカラヤンのメインのレパートリーと認識されることになった。

その後、この全集がでて、カラヤンの評価は決定的となる。1,2,3,5,6番の正規録音(ライヴ盤を除く)はこの全集所収のみである。再録の多いカラヤンにあって、これは記憶にとどめておいていいだろう。いずれも非常にレヴェルの高き演奏で、カラヤンは3,5番は別の機会を考慮していたかも知れないが、概ね「これで良し」と一応の評価をしていたのではないかと考える。5番および6番については1楽章を欠いているがフルトヴェングラーの音源があるけれど、他はフルトヴェングラーの記録はない。カラヤンは密かに独壇場と思っていたかも知れない。

晩年、ウィーン・フィルとの7,8番が出る。特に7番は、ブルックナーの作曲時のエピソード(ワーグナーへの葬送)に加え、死の3ヶ月前の最後の録音であったことから、カラヤン自身への「白鳥の歌」と大きな話題を呼んだ。オーストリア人カラヤンにとって、故国の大作曲家たるブルックナーは、むしろ特別な存在であったのかも知れない。なお、7,8番に関しては、この新録音よりも本全集所収の旧録の迫力を小生は評価している。

全番に一貫するカラヤンらしい明晰な解釈、流麗な音の奔流、なによりもその抜群の安定感からみて、ヨッフムとともに全集決定盤の最右翼である。
 
Tchaikovsky: The Symphonies

Tchaikovsky: The Symphonies

カラヤンは、チャイコフスキーを得意としていた。交響曲第1〜3番は全集化するための一種の「消化試合」でたった1回の録音だが、4番は53〜85年にかけて8、5番は52〜84年にかけて10、そして6番にいたっては39〜88年に14の録音記録があるようだ(旧録として Masterworks も参照)。特に「悲愴」は半世紀にわたって主要演目の中心にあったことがわかる。

本集はこのうち75〜79年(スラヴ行進曲、イタリア奇想曲は66年)の録音だが、メロディの彫琢において完成度が高い一方、覇気の優越においては、それ以前の後期3曲を一気に収録した71年盤 
Symphonies Nos 4 5 & 6 (Bril) のほうに軍配を上げる向きもあろう。

カラヤンのチャイコフスキー(に限らないかも知れないが)には一定の「節度」を感じる。メランコリーはあるが、それにのめり込まずメロディの美しさが強調される。劇的な表現でも「激烈」にはならず、オーケストラのバランスは崩れない。全体が調和とともに最大のボルテージに達する。チャイコフスキーは聴かせどころ満載で、両者の交互の相克はスリリングである。

「悲愴」はその典型であり、小生は聴きなれた64年盤 
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」/バレエ組曲「くるみ割り人形」 が好みだが実にカラヤン手中の演目であったろう。

ほとんどをライヴ(197086年)、LP、テープ、CDで聴いてきた身からすれば、腹立たしさすら感じる強烈な<価格破壊>だが、カラヤン生誕100周年記念のドイツ・グラモフォンのファン・サービスと考えようか。

カラヤン嫌いの向きは別として最盛期の集大成であり、その均質性、完成度から各作曲家別に通番で聴く選択としては、いまも最優秀。

<2016.5.14追記>

Karajan Symphony Edition
http://www.amazon.co.jp/Karajan-Symphony-Herbert-von/dp/B001DCQIAU/ref=sr_1_3?s=music&ie=UTF8&qid=1463214355&sr=1-3&keywords=karajan+box

土曜日, 1月 22, 2011

The Complete Christmas Celebration

 ガーディナーは、リヒター以来のバッハ/4大宗教曲集(クリスマス・オラトリオ:本セット所収、マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、ロ短調ミサ曲)の名録音で知られる。一方、古楽器演奏の大家ホグウッドは、ヘンデル演奏でも第一人者でありメサイアは得意の演目。この2つのカップリングだけで十分に元は取れる。
 ドイツ系ソングのレーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊は、単発でも販売されていて渋いが根強い支持のあるもの。イギリス系ソングのケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団も実力ある合唱団でこの手の小品集では双璧の構えだろう。ここまでの企画は文句なしに素晴らしい。
 しかし、なぜかこれにゲルギエフの「くるみ割り人形」が入っている。通俗名曲も、これも名の通った人気指揮者で「販売戦略上」入れたかったのかも知れないが、異質な感を否めない(★ひとつダウン)。ゲルギエフを除き、全体に派手さはないが低廉かつ実のある良質なクリスマス・セットである。

【収録作品】
■CD1~2:J.S.バッハ/クリスマス・オラトリオBWV.248 モンテヴェルディ合唱団 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)1987年1月録音
■CD3~4:ヘンデル/オラトリオ『メサイア』HWV.56(1754年版)オックスフォード・クライスト・チャーチ聖歌隊(サイモン・プレストン指揮)エンシェント室内管弦楽団 クリストファー・ホグウッド(指揮)1979年9月録音
■CD5:チャイコフスキー/バレエ音楽『くるみ割り人形』Op.71(全曲)マリインスキー(キーロフ)劇場合唱団&管弦楽団 ワレリー・ゲルギエフ(指揮)1998年8月録音
■CD6:ドイツのクリスマス・ソング集 レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊 ゲオルク・ラッツィンガー(指揮)
■CD7:イギリスのクリスマス・キャロル集 ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団  ステファン・クレオバリー(指揮)

土曜日, 1月 08, 2011

クラシック音楽の危機 

 
 クラシック音楽だけが危機にあるわけではない。西欧の価値観そのものが揺れている世紀である。かつては、ヨーロッパ領主らにとって豪勢な料理と同様、ひとつの嗜好品であった宮廷「音楽」、聖歌に代表され、ミサなどの儀式に欠くことができない宗教「音楽」、民衆のフォークロアとしての民族主義的な「音楽」、思想を表現する手段としての標題「音楽」などなど、クラシック音楽の源流にも多様性がある。
  
 宮廷の嗜好品としての音楽は市民革命とともにとっくに時代遅れになった。また、宗教的な音楽の伝統は西欧に限らないが、カトリック、プロテスタントなどの宗派の別はあれど、いまも大きな儀典的な役割を演じているだろう。しかし、それは宗教関係者以外では、どちらかといえば限定的、非日常的なものだろう。一方、民衆のなかから生まれおち継承されてきた音楽の裾野は広く健在だ。もちろん、それはクラシック音楽のジャンルを超えて、より大きな集合、広い領域で語られるべきものであろう。さらに、思想性のある音楽、たとえばワーグナーの楽劇のようなそれは、むしろ原初の思想性の纏を脱いで、今日純粋な古典として迎えられているようにも思う。  

 さて、いずれにせよ、いわゆるクラシックという音楽ジャンル自体が時代とともに、大きく変化をしているはずだが、一時的なブームはあっても長期の趨勢としてこれが拡大しているようには見えない。

 
クラシック音楽とは、まず西欧の音楽といってよいのだろうが、「西洋(西欧)の没落」(オスヴァルト シュペングラー, Oswald Spengler) 以来、水平的な国家・民族の多元主義が台頭し、文明史観そのものがかわっているのだから、西欧の音楽の相対化、あるいは地位低下は当然のことであろう。

 西欧の考え方の基底には、ギリシア哲学やローマ文明がある。その後、キリスト教が燎原の火のように域内に拡大して浸透する。ゲルマンが力を得て、そこから融合型、統合的な音楽が生み出されてくる。

 音楽の領域でもはじめに理論として登場するのはピタゴラス、プラトン、アリストテレスらのギリシア哲学においてであろう。その後、キリスト教との関係ではグレゴリア聖歌などは容易に想像できる名前である。ルネサンス、バロックの時代に、ローマ文明の再興とでもいうべきブレークスルーがあって、いまのクラシック音楽の塑形がつくられ、楽器が発明、開発され、イタリア、フランスがこうした革新の先導役を果たす。ラテン語がクラシック音楽で重要なのは自明である。ルターの宗教改革以降、欧州の後進地とみなされたドイツでそれ以前の価値観や技術が体系的されて、クラシック音楽の発展の苗田が生まれる。

 産業革命とともに世界標準としての価値観たらんと勃興した西欧文明は、先のシュペングラーの指摘を俟つまでもなく多元化の時代に突入していく。クラシック音楽は素晴らしいけれど、それはあくまでも音楽ジャンルのひとつである、という相対化の進行である。アメリカの影響は大きかった。ジャズ、ソウル、そしてロックといった音楽が人々の心を捉えていく。そして、いまやそうしたジャズ、ソウル、ロックも時代の変遷をへて「古典」、すなわち広義の「クラシック音楽」化という認識もなされている。


 

日本という「極東」の島国から見ていると、クラシック音楽は西欧文明の一部を形成するものであり、日本自体の西欧化(「近代化」という言葉が支配的な理念となったが)とともに広がっていったと言えよう。第二次世界大戦を区切りとする見方からすれば、戦前も刻苦勉励した日本人先覚者はいたが、なんと言っても、戦後の民主化の過程とともに学校教育でもその地位の向上が図られていく。雅楽は知らなくとも笑われないだろうが、バッハやモーツアルト、ベートーヴェンという名前くらいは小学生でも「学習」する。

 さて、クラシック音楽の危機は、その担い手論に直結する。小澤征爾をおそらく現在までの頂点として、最近の日本の若者のこの世界での活躍ぶりはいつも眉目をあつめるけれど、日本で音楽大学をでても、国内のオーケストラに入団するのはとても狭き門であり、俗にいう食っていくのは大変だろう。でも、それをもってクラシック音楽の危機というのではない。

 

ぼくはクラシック音楽を聴き始めて40年以上になる。1960年代の終わり頃からだが、現在までの間に、とても大きな環境変化があった。中学生の時にその魅力に取り付かれたが、その頃は本当に多くの大家が元気にひしめいていた。音楽雑誌を読んでいても実にスリリングだった。当時はわからなかったが、厳しい競争関係のなかで、レコードやコンサートで口の端にあがるのは、そのごく一部の音楽家であっただろうが、有名音楽家の来日コンサートなどは行幸並みの扱いだったし、ましてヨーロッパなど世界にライヴで音楽を聴きにいくなどは夢のまた夢に近かった。そこは日本の経済成長もあり、グローバル化の進行もあって、いまは何のこと?といった隔世の感があるだろう。

 事例と言っては失礼かも知れないが、ぼくは諏訪内晶子さんの活動がその典型のように覚えている。その意味で 1990年はひとつの基準年であろう。 1981年、全日本学生音楽コンクール(小学校の部、東日本大会)で第1位。 1985年、全日本学生音楽コンクール(中学校の部、全国大会)で第1位。 1987年、日本音楽コンクールで第1位。 1988年、パガニーニ国際コンクールで第2位。 1989年、エリザベート王妃国際音楽コンクールおよび日本国際音楽コンクールで第2位。 1990年、チャイコフスキー国際コンクールで第1位(最年少、日本人初、全審査員の一致による優勝)。同時にバッハ作品最優秀演奏者賞とチャイコフスキー作品最優秀演奏者賞を受賞。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%8F%E8%A8%AA%E5%86%85%E6%99%B6%E5%AD%90

 

日本人がこのクラシック業界で活躍することもそうだが、1990年代以降、日本の若いリスナーにとっても、ザルツブルクだろうがバイロイトだろうが憧れの世界の音楽祭にも相応の努力をすれば行ける時代になった。夢はかなう時代、しかし、皮肉なことに、その頃からいわゆる大家はとても少なくなった、というよりも、かつての大家の時代は終わってしまったということかも知れない(60年代に活躍した大家達が鬼籍に入っていった)。ぼく自身、この頃を境にコンサートにはほとんど行かず、過去のCDばかりを聴くようになった。

 いま、さまざまな媒体で、いわゆるクラシック音楽ファンが聴いているのは、圧倒的に過去の大家の演奏の俗に言うリマスター版である。 かつ、作曲家、曲目での蓄積は、クラシック全領域のなかでもかなり限定されている。そこにいまのクラシック音楽の危機の一因があると思う次第であるが、この問題を少し自分なりに考えてみたいと思っている。

金曜日, 12月 31, 2010

謹賀新年



2011年 元旦

以下は昨年このブログに書いた記事の一覧です。今年も宜しくお願いします。

サンソン・フランソワ
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クレンペラー 
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ホロヴィッツ
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フルトヴェングラー ブラームス 交響曲第4番 
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マタチッチ/N響 ブルックナー8番 
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チェリビダッケ ブルックナー9番 
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ハイティンク ブルックナー4番 
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アイヒホルン ブルックナー5番 
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スクロヴァチェフスキ ブルックナー第2番 
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アバド ブルックナー1番 
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メータ ブルックナー0番、8番 
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ブーレーズ ブルックナー8番
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バーンスタイン 
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ベーム ブルックナー8番
http://shokkou3.blogspot.com/2010/08/blog-post_28.html
ムラヴィンスキー チャイコフスキー:交響曲第4-6番
http://shokkou3.blogspot.com/2010/08/4-6.html
ブルックナー メモ書き 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/08/blog-post.html
CD時代の終焉! 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/08/blog-post_07.html
クラシック音楽 聴きはじめ 3 マルケヴィッチ
http://shokkou3.blogspot.com/2010/07/blog-post_09.html
カルロス・クライバー 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/07/blog-post.html
ショパン ボックス・セット 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/06/blog-post_11.html
クラシック音楽 聴きはじめ 2 ミュンシュ
http://shokkou3.blogspot.com/2010/06/blog-post.html
クラシック音楽 聴きはじめ 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/05/blog-post_21.html
大指揮者の「先生」
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ベイヌム ブルックナー 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_30.html
ベーム ブルックナー8番 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_27.html
バーンスタイン マーラー9番 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_24.html
ブルックナー 雑感 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_20.html
カラヤン エクセレンス!
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_13.html
ブルックナー vs フルトヴェングラー 交響曲第9番
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_08.html
ブルックナー vs ホルスト・シュタイン
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/vs.html
ブルックナー vs カラヤン 
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_05.html
織工から http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post_03.html
ブルックナー vs フルトヴェングラー 交響曲第7番
http://shokkou3.blogspot.com/2010/04/blog-post.html
ブルックナー vs  カラヤン 交響曲第8番(1944年)
http://shokkou3.blogspot.com/2010/03/1944.html
ブルックナー vs フルトヴェングラー 交響曲第6番
http://shokkou3.blogspot.com/2010/03/blog-post_6454.html
ブルックナー vs フルトヴェングラー 交響曲第5番
http://shokkou3.blogspot.com/2010/03/blog-post_28.html
ブルックナー vs フルトヴェングラー 交響曲第4番
http://shokkou3.blogspot.com/2010/03/blog-post.html
ブルックナー vs クナッパーツブッシュ
http://shokkou3.blogspot.com/2010/02/cd-195821-195710-bpovpo6cd-cd-319541011.html
ブルックナー vs ダヴァロス
http://shokkou3.blogspot.com/2010/02/blog-post.html
ブルックナー vs クレンペラー
http://shokkou3.blogspot.com/2010/01/blog-post_5155.html
ウイーン・フィル 魅惑の名曲
http://shokkou3.blogspot.com/2010/01/blog-post_30.html
ブルックナー vs マタチッチ
http://shokkou3.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
ブルックナー vs  カラヤン
http://shokkou3.blogspot.com/2010/01/blog-post_26.html
パーヴォ ヤルヴィ @ ベートーヴェン
http://shokkou3.blogspot.com/2010/01/blog-post_2918.html
ブルックナー HMVランキング
http://shokkou3.blogspot.com/2010/01/blog-post_16.html

土曜日, 12月 25, 2010

サンソン・フランソワ


 サンソン・フランソワ(1924-1970年)の文字通りの集大成である。1970年代、レコードを集中して聴きはじめた頃、フランソワはすでに活動を終えており当初は親近感がなかった。しかし、56年、67年の来日公演があったので日本での知名度は高かった。
 その後、ショパンを聴くようになって、ルビンシュタインとフランソワの演奏には深く心動かされた。はじめにルビンシュタインを聴き、その比較でフランソワに接したが、フランソワの激情に驚きこんなに違うのかと感じた記憶がある。当時、ショパンではこの2人が、一方ドイツ系ではバックハウスとケンプがそれぞれ2大巨匠というのが通り相場だった。

 神童中の神童であり、19才でロン・ティボー国際音楽祭で優勝するが、これでもあまりに遅すぎるデビューと言われた天才肌のピアニスト。46才での逝去は普通なら「これから円熟期」と惜しまれるところだが、この人に限っては、23才のSP録音から20年にわたってすでに下記の膨大なデスコグラフィを残していたのだから驚愕を禁じえない。抜群のテクニックを軽く超越したような奔放、華麗な演奏スタイルはこの時代でしか聴けない大家の風貌である。本価格とボリュームなら文句の言いようのないボックスセット。

<収録内容>
CD1~14:ショパン、CD15~16:ラヴェル、CD17:ラヴェル、フランク、CD18:フランク、フォーレ、CD19:フォーレ、ドビュッシー、CD20~22:ドビュッシー他、CD23:フランソワ、ヒンデミット、CD24: J.S.バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、CD25:ベートーヴェン、シューマン、CD26:シューマン、リスト、CD27:メンデルスゾーン、リスト、CD28:リスト、CD29:プロコフィエフ、バルトーク、スクリャービン、CD30:プロコフィエフ、CD31:(SP録音)ショパン、ラヴェル他、CD32:ブザンソン音楽祭(1956年9月)、モントルー音楽祭(1957年9月17日)他、CD33:ブザンソン音楽祭(1958年9月12日)他、CD34:日本来日公演(東京、1956年12月6日、1967年5月8-9日)、CD35~36:サル・プレイエルリサイタル(1964年1月17、20日)

日曜日, 12月 19, 2010

クレンペラー


◆ブルックナー:交響曲第5番

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC5%E7%95%AA-%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%BC-%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC/dp/B000CSUWQW/ref=cm_cr-mr-title

 クレンペラーのブルックナーは、4番<ウィーン交響楽団、バイエルン放送交響楽団>に加えて4~9番はフィルハーモニア管弦楽団で録音、その他の音源もリリースされており、幸いかなり数多く耳にすることができる。そのなかにあって、本盤の魅力は1968年6月2日ウイーン・フィルとのライブ録音であることである。
 音楽の構築が実に大きく、テンポは遅く安定しており滔々とした大河の流れのような演奏。その一方、細部の音の磨き方にも配慮は行きとどいている。録音のせいもあるかも知れないが、ウイーン・フィルらしい本来の艶やかなサウンドを抑えて前面にださず、むしろ抜群の技倆のアンサンブルを引き立たせている印象。そこからは、ウイーン・フィルがこの巨匠とのライブ演奏に真剣に対峙している緊張感が伝わってくる。
 また、ブルックナーの交響曲の特色である大きな枠組みをリスナーは聴いているうちに自然に体感していくことになる。マーラーが私淑していたブルックナー。そのマーラーから薫陶をうけたクレンペラーだが、マーラーの解釈が、クレンペラーを通じて現代に甦っているのでは・・と連想したくなるような自信にあふれた演奏であり、晩年のクレンペラーの並ぶものなき偉丈夫ぶりに驚かされる貴重な記録である。

◆ブルックナー:交響曲第8番

 1957年6月7日ケルンWDRフンクハウスでの演奏。クレンペラーの8番では、最晩年に近い1970年ニュー・フィルハーモニア管弦楽団を振ったスタジオ録音があるが、こちらは第4楽章で大胆なカットが入っており、それを理由に一般には評判が芳しくない。一方、本盤は遡ること13年前、カットなしのライヴ録音である。


 驚くべき演奏である。巨大な構築力を感じさせ、またゴツゴツとした鋭角的な枠取りが特色で、いわゆる音を徹底的に磨き上げた流麗な演奏とは対極に立つ。また、第3楽章などフレーズの処理でもややクレンペラー流「脚色」の強さを感じる部分もある。小生は日頃、クナッパーツブッシュ、テンシュテットの8番を好むが、このクレンペラー盤は、その「個性的な際だち」では他に例をみないし、弛緩なき集中力では両者に比肩し、第1、第4楽章のスパークする部分のダイナミクスでは、これらを凌いでいるかも知れない。ケルン響は、クレンペラーにとって馴染みの楽団だが、ライヴ特有の強い燃焼度をみせる。「一期一会」ーいまでも日本では語り草になっているマタチッチ/N響の8番に連想がいく。リスナーの好みによるが、小生にとっては8番のライブラリーに最強カードが加わった新たな喜びを感じる。

◆ブルックナー:交響曲第6番 ハース版

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC6%E7%95%AA-%E3%80%90HQCD%E3%80%91-%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%BC-%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC/dp/B002WQ7HRE/ref=cm_cr-mr-title

 オットー・クレンペラーはフルトヴェングラー亡きあと、19世紀「最後の巨匠」との異名をとった人物です。特に、私淑したマーラーやブルックナーなどの演奏では独自のスケールの大きさを示すことでいまも根強いファンがいます。
 6番は、ハース版での演奏です。1964年の録音ですが、その古さを割り引いても大変な名盤だと思います。6番は第1、2楽章にウエイトがかかっていて特に第2楽章のアダージョの美しさが魅力ですが、緩楽章の聴かせ方の巧さはマーラーの9番などに共通します。一方、クレンペラーの照準はむしろ後半にあるように思えます。短いスケルツォをへて一気にフィナーレまで駆け上る緊縮感は他では得難く、ここがクレンペラーの真骨頂でしょう。ハース版が嫌いな方は別として、6番ではいまだ最高レベルの演奏と思っています。

土曜日, 12月 18, 2010

ホロヴィッツ

Horowitz: Complete Recordings [Box set, Import, from US]
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0041O9AW0/ref=cm_pdp_rev_itm_img_1

 20世紀の音楽界は巨匠が覇を競った時代。ピアノ界で若き日から名声を欲しいままにし、かつ晩年も元気に輝いたその1人がホロヴィッツであり、本集は1985~87年(81~83才の時)に、ニューヨーク、モスクワ、ミラノ、ウイーン、ハンブルクで録音されたもの。
 ホロヴィッツがながき沈黙を破って、1965年5月9日カーネギーホールに再デビューしたときの衝撃はいまも忘れていない。過去のピアニストと思っていた巨人がふたたび歩みだした鮮烈な印象だった。
 さて本集では、まずは80才を超えて旺盛に活動する芸術家とは・・・といった「畏敬の念」がまずは必要。次にプログラムとの適合性に注目。下記のとおり、J.S.バッハからモシュコフスキまで10名の作曲家の作品が取り上げられているが、おそらく技巧、体力面から、そしてなによりもっとも共感し得意とする演目を慎重に選んでのことだろう。よって同じ曲がなんども重複して取り上げられている点は注意(【回数】で表示)。
 ホロビッツファンにとっては垂涎のものだろうが、下記のリストはいまにいたるまで最高級の演奏として記憶されるべきものでもある。 

<収録曲>
・J.S.バッハ(ブソーニ編):コラール前奏曲『いざ来たれ、異教徒の救い主よ』
・D.スカルラッティ:ソナタ ロ短調K.87、ホ長調K.135、ホ長調K.380 
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第3,10【2回】,13番【2回】、ロンドニ長調K.485【2回】、アダージョ ロ短調K540
・ショパン:マズルカ(へ短調Op.7-3,イ短調Op.17-4, 嬰ハ短調Op.30-4, ロ短調Op.33-4)、スケルツォ第1番ロ短調Op.20、ポロネーズ第6番『英雄』【2回】
・シューベルト:即興曲(変イ長調D.899-4,変ロ長調D.935-3)、(タウジヒ編):軍隊行進曲変ニ長調D.733-1、(リスト編):ワルツ・カプリース第6番『ウィーンの夜会』【4回】、楽興の時~第3番ヘ短調D780-3【2回】、(リスト編):白鳥の歌~セレナードD957-4、ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D.960【3回】
・シューマン:ノヴェレッテ ヘ長調Op.21-1、クライスレリアーナOp.16、子供の情景Op.15~トロイメライ【3回】
・リスト:コンソレーション第3番変ニ長調、即興曲嬰へ長調、忘れられたワルツ第1番、巡礼の年第2年『イタリア』~ペトラルカのソネット第104番
・ラフマニノフ:前奏曲嬰ト短調Op.32、W.R.のポルカ
・スクリャービン:練習曲(嬰ハ短調Op.2-1【2回】、嬰ニ短調Op.8-2、嬰ニ短調Op.8-12)
・モシュコフスキ:練習曲ヘ長調Op.72-6 、花火Op.36-6【2回】

土曜日, 12月 11, 2010

フルトヴェングラー ブラームス 交響曲第4番














http://www.geocities.jp/furtwanglercdreview/bra4.html によれば、フルトヴェングラーのブラームス4番には、以下の5種類の演奏がある。

1 1943.12.12- BPO PH 
2 1948.10.22 BPO Dahlem 
3 1948.10.24 BPO TP 
4 1949.6.10 BPO Wiesbaden 
5 1950.8.15 VPO Salzburg 

  聴いているのは3であり、TPはティタニア・パラストの略である。かつて以下の感想を書いた。  

1948年10月24日、ティタニア・パラストでの演奏。フルトヴェングラーのブラームスでは、憂愁の深みを表現するうえで、感情移入によるテンポの大胆な緩急などについて多く語られるが、それに加えて、この演奏でのリズムの刻み方の切れ味はどうだろう。  一般に語られる4番のもつブラームスの「人生の秋、枯淡の味わい」といった抒情的な解釈よりも、古典的な造形美を最後まで貫き、絶対音楽のもつ孤高性こそを生涯、変わることなく主張したブラームスの芯の強い本質にフルトヴェングラーは、鉈を振り下ろすような圧倒的にリズミックな隈取りと時に自信に満ちた強大なダイナミクスをもって応えているように思われる。  しかもオーケストラは指揮者の意図を明確に理解し、細心の注意と最大限の集中力をもって臨場している。だからこそ、そこから湧きたつ音楽は、少しの曖昧さもなく説得的であり、深い感興をリスナーに与えることができるのだと思う。ドイツ的な名演という意味は、彼らのもつ「絶対音楽」の伝統を誇りをもって示しうるところにこそあるのかも知れないーーそうしたことをこの類い希な名演はわれわれに教えてくれている。 http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A185EQOC8GHUCG?ie=UTF8&display=public&sort_by=MostRecentReview&page=7  この1週間くらい、

また全集を取り出して聴いている。かつて毎朝、日が昇らずマイナス20度の寒さに街頭にでる経験をしたが、北ドイツの冬は暗くて実に寒い。同じドイツでもバイエルンなどの南の地方は少しく印象がちがうが、北方の生活者には憂鬱症といつも熟考する思慮深さ、そして厳しい環境、困難に負けない強い意志などがない交ぜになっているように感じることがある。よくブラームスを聴きながら通勤したが、これぞ風景と一体の感興があった。  この4番は、交響曲作曲家として満を持しての決意表明たる1番、比較的温暖で明るい2番をへて、叙情性のもっとも良くでた3番ののち、晩年の集大成としての作品だが、ウイーンでの名声や華やかな生活の影響などどこにも感じられず、原点回帰、ブラームスの心象風景たる北ドイツの冬の寂寥感を強く意識させる。  フルトヴェングラーの演奏は、その寂寥たる雰囲気を保ちながらも、その一方、上に記したように北方ドイツ人の強靭な意志をより印象づける。大胆なリズミックさとどこまでも底知れず沈降していく深みの感覚、テンポのたくまぬ可変性、フレージングの自由な処理、そして全体から受ける孤独に耐える知性的な闘争心。こういう演奏は他にない。

土曜日, 11月 27, 2010

マタチッチ/N響 ブルックナー8番


1984年3月7日,NHKホールでのコンサート・ライヴ。全曲74分13秒

 有名なN響とのライヴである。本当に久しぶりに聴く。まずもって驚かされるのはN響の緊張感あふれる応対で、第1楽章から管楽器も実力を思いっきり発揮すべく、奮戦の気構えで臨場している様が伝わってくる。
 マタチッチの音楽づくりは、いつもどおり隈取りくっきり、リズムも小刻み、よく切れる包丁でザクザクと刃をいれていく印象ながら、その切り口はけっして大雑把ではない。否、細部に神経の行き届いた、それでいて生き生きとした溌剌さを失わせない統率力こそその持ち味だろう。名シェフといった趣である。

 かつ、ハイテンションの気迫が最後まで衰えない。演奏がすすむほど熱気が籠もってくる感じで、こういうライブに居合わせたら、聴衆は徐々に「金縛り」の状況になっても不思議はない。
 全般にテンポは早く、第3楽章も一気に駆け抜ける爽快感があり、そのため弦、木管の叙情性あふれる表情は抑えられているように感じる。
 

土曜日, 10月 30, 2010

チェリビダッケ ブルックナー9番


 チェリビダッケのブルックナー交響曲第9番の録音は、少なくとも以下の3つが入手可能である。
1.録音:1969年5月2日 トリノRAI交響楽団 
2.録音:1974年4月5日 シュトゥットガルト、リーダーハレ[ステレオ] 
3.録音:1995年9月10日 ミュンヘン・フィル(ライヴ) 

いま聴いているのは、2であるが、重厚かつ真に厳しい感性が伝わってくる。特に終楽章の充実ぶりには舌を巻く。ここまで高密度で内的な力の籠もった演奏ができるということは、偶然ではありえない。いかに、チェリビダッケがこの曲を自家薬籠中のものとしていたか、「驚異的」という言葉を思いつく。

ハイティンク ブルックナー4番


 ぼくは、コンセルトヘボウのブルックナーではベイヌムの演奏が好きだ。ヨッフムも5番などは独壇場。さて、その後任のハイティンクは、一所懸命、先人の背中を追いながら、なかなかその距離が縮まらないと思ってきた。そのうち、代替わりがあってシャイーがでてきた。シャイーはジュリーニばりに音楽を柔らかく包括的にとらえ、他方、その音を磨き込み、先人とは違うアプローチでブルックナー演奏でも存在感を示した。

 さて、そのハイティンクの4番。オーケストラはウイーン・フィル。1985年の録音。聴いていて、素直にいいなと思える演奏である。ハイティンク、会心の出来ではないか。不慮の水死を遂げたケルテスも、ウイーン・フィルとはブラームスで立派な業績を残しているけれど、この狷介で、ときにじゃじゃ馬的な天下の名門オケは興が乗れば、凄い演奏をする。ブルックナーの4番では、ベームの秀演があるけれど、ハイティンクは、ベームには届かないものの、それ以来の録音を残したと言っても良いかも知れない。

金曜日, 10月 29, 2010

アイヒホルン ブルックナー5番


 アイヒホルンがバイエルンを振って、聖フローリアン教会でライヴ収録した5番。1990年の演奏だから晩年に近い記録だが、生き生きとした息吹は「老い」というより「老練」という言葉を惹起させる。解説書を読まずにまずは耳を傾ける。もしも、ブラインドで、オーケストラだけ知らせて、「さあ指揮者は誰?」と問えば、ヴァントかな・・・?否、ヨッフムではないか・・・?といった回答が多いのではないかと思う。

 端整、オーソドックスな解釈で、第1楽章の充実ぶりに特色があり、4楽章全体の力の入れ方のバランスが実に良い。その一方、第4楽章は引っぱるところは思いっきり伸ばし、残響豊かにブルックナー・サウンドを展開する。小刻みにアッチェレランドやリタルダンドも駆使する場面もあるけれどそう不自然さは感じない。テンポに関して小生の好みから言えば、いささか遅すぎ、ときに緊張感を削ぐけれど、実演に接しているリスナーには別の感動があったのかも知れない。

 アイヒホルンもブルックナー指揮者の一角をしめ、リンツ・ブルックナー管弦楽団との諸作品が残されているが、ヴァント、朝比奈隆らとともに晩年、特にその動静が注目された。「早起きは三文の得」をもじって、ブルックナー演奏に関しては、「長生きは指揮者冥利」とでもいうべきか。ヴァントはベルリン・フィルを、朝比奈はシカゴ響を、そしてアイヒホルンはこのバイエルンを振って話題を集めた。老いの一徹がなぜかブルックナーには良く合うのが不思議ではある。

(参考)以下はウィキペディアの引用
クルト・ペーター・アイヒホルン(Kurt Peter Eichhorn, *1908年8月4日 ミュンヘン - †1994年6月29日 ムルナウ)はドイツの指揮者。ヴュルツブルクで音楽教育を受け、1945年からミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、バイエルン国立歌劇場、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務めるかたわら、ミュンヘン音楽アカデミーで教鞭を執る。リンツ・ブルックナー管弦楽団の桂冠指揮者に任ぜられて、日本のカメラータ・レーベルにブルックナーの《交響曲第2番》ならびに《第5番》から《第9番》までを録音した。これらの音源はいずれも、ギュンター・ヴァントの解釈に匹敵するものとして批評筋から評価が高い。また、《第9番》の第4楽章補作版を録音している。また、音楽監督をつとめたミュンヘン・ゲルトナープラッツ劇場を拠点に長年オペレッタやオペラを指揮。数点のオペレッタ録音では、青年期にここで修行したC・クライバーを連想させる推進力に満ちた指揮ぶりを残している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%92%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%B3

スクロヴァチェフスキ ブルックナー第2番


 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団の演奏。ジャケットは全集で本盤とは別、ここで取り上げるのは交響曲第2番(1877年、第2稿)。1999年の録音、基本的にはライヴ盤だが、部分的には微調整がなされ、その後の編集で修正されているようだ。
 ブルックナー愛好家の特色は、一種の判官贔屓(レパートリーの広い大家よりもブルックナーに「強い」指揮者を好む)、来日演奏家への敬意(もちろん、いわゆる「畢生の演奏」をやった人)、高齢者尊重といった傾向がある。この3要素をスタニスラフ・スクロヴァチェフスキは見事に満たしている。
 聴いていて、根強いファンがいる理由がよくわかる。きめ細かい周到な解釈、オーケストラを縦横にコントロールして渋い良さを引き出す、76才のブルックネリアーナ指揮者としての充実した演奏。かつてのマタチッチ、レーグナーなどの系譜を継いで、スクロヴァチェフスキも訪日時に多くファンに親しまれている。
 この2番も良い演奏である。アクがない素直さが持ち味。難を言えば淡泊すぎて突出した個性が乏しいことだろうか。レーダーチャートで分析すれば、どの要素も平均をはるかに超えるが、ここが一番といったところが際だたない。しかし、そうした演奏スタイルがあってもよいと思う。同じ2番でショルティ盤と聴き比べる。キュッキュと締めた演奏のショルティに対して、オーケストラを無理なく緩めにコントロールしているスクロヴァチェフスキの姿が浮かび上がる。どちらの行き方もあるのだろうし何が好ましいかは聴き手の心象次第とも言える。


(参考)以下はウィキペディアからの引用
スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ(Stanisław Skrowaczewski, 1923年10月3日 -)は、ポーランド出身の指揮者、作曲家。ファースト・ネームは日本では「スタニスラフ」と表記されることが多い。名前が長く読みにくい為、欧米では略してMr.Sとも呼ばれる。彫琢された細部の積み重ねからスケールの大きい音楽を形成する独特の指揮で定評がある。作曲家としての活動も活発で、世界的評価がある。

ポーランドのルヴフ(現ウクライナ)生まれ。4歳でピアノとヴァイオリンを始め、7歳でオーケストラのための作品を作曲したという。11歳でピアニストとしてリサイタルを開き、13歳でベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を弾き振りするなど、神童ぶりを発揮した。しかし、第二次世界大戦中の1941年、ドイツ軍の空襲によって自宅の壁が崩れて手を負傷したため、ピアニストの道を断念。以後、作曲と指揮に専念するようになる。
1946年、ブロツワフ・フィルハーモニー管弦楽団指揮者。
1949年、カトヴィツェ・フィルハーモニー管弦楽団指揮者。
1954年、クラクフ・フィルハーモニー管弦楽団指揮者。
1956年、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団音楽監督。同年、ローマの国際指揮者コンクールに優勝。
1958年、ジョージ・セルから招かれて渡米、クリーブランド管弦楽団を指揮してアメリカデビューを果たす。
1960年-1979年、ミネアポリス交響楽団(現ミネソタ管弦楽団)音楽監督。現在桂冠指揮者。
1984年-1991年、イギリスのハレ管弦楽団(マンチェスター)首席指揮者。
1994年からザールブリュッケン放送交響楽団(現ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団)首席客演指揮者。
2007年4月、読売日本交響楽団常任指揮者(~2010年3月〔2010年4月から桂冠名誉指揮者〕)。

もともと実力派の指揮者として好事家の支持を受けていた。1960・70年代のミネアポリス交響楽団音楽監督時代には、マーキュリー・レーベルに大量の録音を行い、同レーベルの録音の優秀さとともに注目を集めていた。1990年代以降、ザールブリュッケン放送交響楽団とのブルックナーの交響曲全集録音でカンヌ・クラシック賞及びマーラー・ブルックナー協会の金メダルを受賞し、ウィーンではトーンキュンストラー管弦楽団などを指揮し、日本でも一躍知られるようになった。ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、フランス国立管弦楽団、ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団など世界各地の歌劇場・オーケストラに客演している。日本では、NHK交響楽団と読売日本交響楽団、さらに札幌交響楽団に客演している。
録音も多く、そのどれもが水準が高いが、とりわけ、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、ショスタコーヴィチの演奏は名盤とされる。現在アメリカ・ミネアポリス市在住。

【作曲家としての活動】
戦後の1947年にフランス大使館の奨学金を受けて2年間パリに滞在、ナディア・ブーランジェやアルチュール・オネゲルに作曲を師事した。パリ滞在中に、「ゾディアク」という前衛グループを設立した。世代的にはルトスワフスキとペンデレツキの中間のポーランド楽派における繋ぎ役とされる。
20世紀を代表する作曲家ピエール・ブーレーズ、ルイジ・ノーノ、カールハインツ・シュトックハウゼンらとの交流がある。しかし、最も強い影響を受けたのは、ブルックナーという
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD

水曜日, 10月 27, 2010

アバド ブルックナー1番

 
 1996年1月ウイーンでのライヴ・レコーディング。ノヴァーク1866年リンツ稿での録音。なんとも白熱の演奏である。ウイーン・フィルは実に巧い。「ブルックナーってこんなに面白かったのか」といった新たな発見があるかも知れない。
 しかし、これは何度も聴くには問題がある。フレーズの終わりに奇妙な装飾的処理があり、はじめは新鮮、驚きをもって惹きつけられるが、繰り返し聴くとこの部分の作為性がいささかならず鼻につく。

 CD付録の解説書が参考になる。ヨッフム、ノイマンそして、カラヤンらに比べて、アーティキュレーション(※1)の技法に工夫があり、「アバドはアーティキュレーションのあり方を、音楽の進行(未来)に対して千変万化させる。それによって生まれる音楽の息づき方は、かつて出会ったことのないしなやかさを獲得する」と賛美、分析される。この指摘は聴いていて得心できる。しかし、それをもって、カラヤン(でなくとも良いのだが)の手法にくらべて、ポリフォニーが個々の楽器ごとに際だつことが、ブルックナー解釈の新たな行き方だとするのはどうかなと思う。

 アバドを聴きおわったあと、比較の対象になっているカラヤンの1番を聴く。果たしてどちらが、長期、反復的なリスニングに耐えうるのか・・・。ぼくは、明らかにカラヤン盤であると思う。サラリと処理し、全集のための消化試合といった穿った見方もあるが、完璧主義者で、あれだけ音楽に拘りのあるカラヤンが、大切なブルックナーでそんな安易な対応をするはずはない。録音の計算も周到だ。カラヤン盤は、はじめ聴くとパンチ力に欠ける印象があるだろう。弦楽器のアンサンブルが前にでて、木管のメロディの浮き彫りがこれに重なり、金管は距離をおいて抑制されたバランスで響く。アバド盤のように、金管は熱く目眩るめく鳴ってくれ!というリスナーの要望は少しく裏切られるだろう。しかし、このある意味、禁欲的なブルックナーは、硬質な初期ブルックナーらしさ(といっても何度も改訂をしているのでいわゆる「初々しさ」とは別物だが)が看取できる。なるほど、楽譜に忠実とは、安易な技巧を労さず、音楽の自然の流れを尊重することなのだなと感じる。だから反復して聴くとスーッと入ってくる。カラヤン嫌いは、この処理そのものが問題だとするのだろうが、それはさておく。

 アバド盤の熱気は若きブルックナーファンには受けるかも知れない。しかし、俗に言う、おもちゃ箱をひっくりかえしたような矢継ぎ早の個々の楽器パートの次から次へとフレーズのバトンタッチの強調は、4Dオーディオといった録音技術で一層倍加され、面白いけれどもブルックナーが本来、伝えたかったであろう素朴なメッセージを背後に隠してしまうように思える。ぼくには、地味な作家の本を派手な装丁で売っているような違和感がある。

 いわゆる初期ブルックナーでも、0番のショルティ、2番のジュリーニは、流列を尊重し、一定の抑制を効かせた、したたかな巧者であると思う。また、1番ではノイマンの駘蕩とした見事な自然さはやはり心地よい。でも、アバド盤、この白熱さをかって、これもまたありかなと今日は言っておこうか。多様性の重視、あくまでも好みの問題かも知れないし・・・。
http://shokkou3.blogspot.com/2008/05/1-19651213-14berlin-classics-0094662bc.html

(※1)アーティキュレーション(articulation)とは、音楽の演奏技法において、音の形を整え、音や音のつながりに様々な強弱や表情をつけることで旋律などを区分すること。
 フレーズより短い単位で使われることが多い。スラー、スタッカート、アクセントなどの記号やそれによる表現のことを指すこともある。アーティキュレーションの付けかたによって音のつながりに異なる意味を与え、異なる表現をすることができる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3_(%E9%9F%B3%E6%A5%BD)

金曜日, 10月 22, 2010

メータ ブルックナー0番、8番

 
 メータをはじめて聴いたのは16才の時、1969年、ロスアンジェルス・フィルとの来日演奏会だった。2夜聴いたが、9月7日に、ベートーヴェン/エグモント序曲、ストラヴィンスキー/ペトルーシュカ、ブラームス/交響曲第1番、 9月10日は、アルベニス/イベリア、セビリアの聖体祭~トリアーナ~ナバーラ、クラフト/4人の打楽器奏者と管弦楽の為の協奏曲、チャイコフスキー/交響曲第4番(いずれも東京文化会館)というラインナップであった。
 その頃、写真の「ツァラトゥストラはかく語りき」が話題となっていた。溌剌たる精気、猛進の迫力がくっきりとでており、若き獅子のイメージどおりであった。
 忘れられないのは9月7日の公演前で、文化会館の2階に早く食事をするために上がったら(当時は、ここでハヤシライスを食べるのが楽しみだった!) 、メータも正装した団員とともに腹ごしらえをしていたことである。そのフランクさというか、リラックスぶりに驚いた。当時メータは33才、写真のとおりの若さ、エネルギッシュという言葉そのものであったろう。

 さて、ブルックナーである。イスラエル・フィルを振った2曲を聴く。
<DISK1>交響曲第8番ハ短調(1890年稿 ノヴァーク版)第1~3楽章
<DISK2> 同第4楽章、交響曲第0番ニ短調(1869年稿 ノヴァーク版)
いずれも1989年の録音である。メータ53才頃の演奏である。このCD付録の解説書を読むと、評者はどうも戸惑っているようで、そのブルックナー解釈について「確たる芯の欠陥を見ることも可能」といった表現をポロッとしている。前後ではいろいろと糊塗した言い方もしているが、これはどう考えても褒めていない。珍しいことではある。メータのブルックナーは、ほかにウイーン・フィルとの9番やテデウムもあるが、こちらも一般に評価は芳しくない。


 予断を廃して聴くが、まず感じるのはいかにも「大味」だということである。録音、あるいはオケのせいかも知れないが全体にメリハリの乏しい茫洋、淡々とした演奏。メータは、チェリビダッケを大変尊敬していて、特にその速度感について、「あそこまで遅くして崩れないのは驚異」といった発言をしていたはずだが、メータ盤のテンポはそう遅くない。
 8番については、下記のブーレーズ/ウイーン・フィルの巧みすぎるようなポリフォニー解析に感心した直後に聴いたこともあって、余計に感じたかも知れないが、よく言えば鷹揚、悪く言えば音楽の細部に神経が通っていない印象である。0番はまあ、程良くアクセントをつけて指揮者の技倆で乗り切っているが、各指揮者、渾身の8番では、切れ味のよいメータらしくない不思議な解釈である。好きな指揮者であるがゆえに誠に残念!
 あえて想像を逞しくすれば、チェリビダッケ的ではなく、晩年のカラヤン的な雰囲気を参考とした節がある。しかし、細密画をさらに入念にチェックするような晩年のカラヤン(ぼくはあまり好きではない)に対して、メータはむしろ非統制的な運行、いわば大仰さを強調したかったのかも知れないが、その試みは巧くいっていない。バレンボイム/ベルリン・フィル盤とともに再度、手に取ることに逡巡するものである。

日曜日, 10月 17, 2010

ブーレーズ ブルックナー8番

 ブルックナー没後100年記念として1996年9月、ザンクト・フローリアン教会でのウイーン・フィルとのライヴ録音。ハース版による演奏。なぜ、この記念すべきコンサートにブーレーズが起用されたのかどうかはわからないが、それまでブーレーズがブルックナーを振った音源が一般に知られておらず、その話題性は十分だった。
 ブーレーズは周到に準備をしたと思う。驚くべき解析力であり、さすがにスコアを読み尽くし音楽を再構成するという、自身も現代音楽の代表的な作曲家であるブーレーズならではアプローチの演奏である。
 残響効果も巧みに計算に入れて全体構成を考えており、ウイーン・フィルの持ち前の木管楽器の世界最高水準の美しさは絶品。その分、金管の咆哮はかなり抑え気味で(実際の臨場感は別、こちらは録音テクニックかも知れないが)、全体のバランス感が見事に統御されている。

 アゴーギクなどは抑制されほとんど感じないレベル、いわゆる「激情型」とは無縁の理知的な運行ながら、しかしクールな計算だけでない、音楽へのブーレーズ流の渾身の「入れ込み」は確実に伝わってくる。特に、テンポの微妙な変化と休止ごとに刻み込むようなフレーズの融合、シンクロナイズが絶妙で、長い楽章も局所変化が多様でまったく飽きさせない。ブルックナーでもこうした「知的」演奏スタイルは実に有効といった見本のような演奏。恐れ入って聴いた。

月曜日, 10月 04, 2010

バーンスタイン

 

§ 作曲家としてのバーンスタイン

 バーンスタイン作曲の交響曲は、コープランドが後世を託したといわれるだけの実力を感じさせる力作で、メロディの親しみやすさが現代音楽の晦渋さを緩和している。ラフマニノフの自作自演コンサートをライヴで聴いて感動したといわれるバーンスタインが、そうした体験を自身生かしているといえるかも知れない。リズムの切れ味はストラヴィンスキーに通じる部分もある。マーラーやショスタコーヴィッチで秀でた演奏を残したバーンスタインだが、この2人の影響も垣間見えるような独特の量感もある。作曲家としてのバーンスタインは、フルトヴェングラー、ブーレーズなどと違い若き日から最高の栄誉を得ていた。創造性の高い、しかし誰でもが親しめる人々の心を鷲掴みにする時代の子であった。


バーンスタイン作品集)
交響曲
第1番『エレミア』 (Symphony No.1 "Jeremiah") (1942年)
第2番『不安の時代』(ピアノと管弦楽のための) (Symphony No.2 "The age of anxiety") (1947年-1949年/1965年改訂)
第3番『カディッシュ』(管弦楽、混声合唱、少年合唱、話者とソプラノ独唱のための) (Symphony No.3 "Kaddish") (1963年/1977年改訂)

バレエ『ファンシー・フリー』 (Fancy Free) (1944年)
ミュージカル『オン・ザ・タウン』 (On the Town) (1944年初演)
ミュージカル『ウエスト・サイド物語』 (West Side Story) (1957年初演)
ミュージカル『キャンディード』 (Candide) (1956年初演/1989年最終改訂)
オペラ『タヒチ島の騒動』 (Trouble in Tahiti) (1952年)
この作品は後年に大幅な拡大改訂が施され、オペラ『静かな場所』 (A Quiet Place)となった。(1983年)
クラリネット・ソナタ (Sonata for Clarinet and Piano) (1942年)
5つの子供の歌『私は音楽が嫌い』 (I Hate Music) (1943年)
合唱曲『チチェスター詩篇』 (Chichester Psalms) (1965年)
歌手と演奏家、踊り手のためのミサ曲 (Mass - A theatre piece for singers, dancers, and players) (1971年)
合唱曲『ソングフェスト』 (Songfest) (1977年)
前奏曲、フーガとリフ (Prelude, fugue and riffs) (1949年/1952年改訂)
映画『波止場』 (On the Waterfront)の音楽 (1954年)
セレナード (Serenade) (1954年)
バレエ『ディバック』 (Dybbuk) (1974年)
オーケストラのためのディヴェルティメント (Divertimento for Orchestra) (1980年)
ハリル (Halil) (1981年)
ピアノ曲『タッチズ』(コラール、8つの変奏とフーガ) (Touches - Chorale, Eight Variations and Coda) (1981年)
アリアとバルカロール(メゾ・ソプラノ、バリトンと4手ピアノのための) (Arias and Barcarolles) (1988年)
 

§ クラシック高踏主義を砕いた音楽家

クラシックとそれ以外のジャンルの垣根を自在に跳び越えるスケール感もバーンスタインの特色である。グルダはじめ後進は、バーンスタインが切り開いた道を歩み、ゆえなきクラシック高踏主義を砕いた。
レパートリーの広さも他を圧していた。カラヤンと双璧とも言われたが、オペラではカラヤンが圧倒的ながらそれ以外の領域、現代音楽ではバーンスタインのほうがはるかに広範だとも言えよう。
 小澤征爾、クラウディオ・アバド、ズデニェク・コシュラーはじめ
ヨーヨー・マ、ティルソン・トーマス、エッシェンバッハ、ネルソンスなど後進の音楽家の育成にも熱心であり、青少年のためのコンサート(これはTVで結構見た)などの語り口も絶妙で時代を風靡した。この点でも小澤征爾らに与えた影響は大きい。



§ 気さくなスーパースター

 さて、オールド世代にとって、バーンスタインは気さくなスーパースターだった。1970年、東京文化会館でマーラーの第9番をライブで聴いた。当時、コンサートがはねた後、文化会館の楽屋口で待っていると運がよければサインをもらえた。当夜(1970.9.7)、バーンスタインはとても疲れていたろうが一高校生に笑顔でサインをしてくれた。帝王カラヤンではあり得ないことだった。40年たったいまもぼくの貴重な財産である。 


土曜日, 8月 28, 2010

ベーム ブルックナー8番

 ベームのブルックナー交響曲第8番、終楽章。これは実に見事な演奏である。ブルックナーは当初、この交響曲を自信をもって書いた。しかし、ブルックナーを取り巻くシンパはこの作品について厳しい評価をした。7番は成功した。そのわかりやすさ、ボリューム感からみると、8番は晦渋であり、なんとも長い。ブルックナー使徒達は、8番での評価の低下を懼れて、いろいろとブルックナーに意見をした。ブルックナーは深刻に悩み自殺も考えたと言われる。悩みは続き、9番が未完に終わったのも、この桎梏からブルックナー自身が脱けられなかったからかも知れない。
 さて、ベームの演奏が見事なのは、ブルックナーの当初の「自信」に共感し、それを最大限、表現しようとしているからではないかと感じる。もちろん8番の名演はベームに限らない。このブログでも繰り返し取り上げてきたように、クナッパーツブッシュ、フルトヴェングラー、シューリヒト、クレンペラー、ヨッフム、チェリビダッケ、ヴァント、初期のカラヤンなど大家の名演が目白押しであり、どれが最も優れているかといった設問自体がナンセンスとすら思う。皆、このブルックナー最後の第4楽章に重要な意味を見いだし、魂魄の演奏をぶつけてきており火花が散るような割拠ぶりである。
 ベームの演奏は、そうしたなかにあってベームらしい「オーソドックス」さが売りかも知れない。テンポは一定、ダイナミズムの振幅は大きくとり、重厚かつノーミスの緻密さを誇る。しかし、それゆえに、「素材」の良さをもっとも素直に表出しているように思う。飽きがこない、何度も聴きたくなるしっかりとした構築力ある演奏。いまはこれに嵌っている。

(参考)ブルックナー交響曲第8番第4楽章
Finale. Feierlich, nicht schnell  ハ短調、2/2拍子。ソナタ形式。
 弦五部が前打音つきの4分音符を連打する中から、第1主題が金管のコラールと、トランペットのファンファーレで奏でられる。コラールのようなこの第1主題は、ブルックナー自身によれば「オルミュッツにおける皇帝陛下とツァーリの会見」を描いたものであり、「弦楽器はコサックの進軍、金管楽器は軍楽隊、トランペットは皇帝陛下とツァールが会見する時のファンファーレを示す」。

休止が置かれ、弦楽器を主体とする第2主題が変イ長調で始まる。その途中(第93小節以後)から、交響曲第7番で用いられたモチーフが取り入れられる。

第3主題は変ホ短調のジグザグとした旋律でこの主題には nicht gebunden (音をつながずに)という標語もある。

第3主題が休止で中断すると、159小節からホ長調のコラールが入る。すぐに第1主題の荒々しい行進曲「死の行進」が入る。この後ソナタ形式の展開部に入るが、ほとんど第3主題と第1主題の交替で進む。

再現部は第437小節から始まり、第2主題は第547小節から、第3主題がハ短調で再現される。これは短く、すぐに第1楽章の第1主題が第617小節から全合奏で再現される。再び第3主題のリズムと交代しながら、コーダへと移行する。

コーダは第647小節から始まる。第1・第2ヴァイオリンが上昇音型を始め、テノールチューバが荘重さを強める。まず最初に、第679小節からホルンによって第2楽章のスケルツォ主題が戻ってくる。やがてハ長調で、全4楽章の4つの主題の音形が重ね合わされる。第1楽章の主題はファゴット、第3・第4ホルン、トロンボーン、ヴィオラ、コントラバス、バス・チューバが、第2楽章の主題はフルート・クラリネット・第1トランペット、第3楽章の主題はヴァイオリンと第1・第2ホルンが、そして第4楽章の主題要素は第1楽章のものと織り合わされて、全曲を力強く締めくくる。これが「闇に対する光の完全な勝利」と称賛されるゆえんである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC8%E7%95%AA_(%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC)#.E7.AC.AC4.E6.A5.BD.E7.AB.A0

土曜日, 8月 21, 2010

クラシック音楽 聴きはじめ 12 ムラヴィンスキー

 
レニングラード・フィルは、日本にEXPO’70で来演したが、残念ながらこの時はヤンソンスの代演となった。しかし、それですら衝撃的で言葉を失った鮮烈な記憶がある。オケのメンバーはステージ上、誰も無駄話などしない。皆がソリストのような緊張感にあふれ、彼らの合奏は、よく訓練された軍隊の一糸乱れぬ閲兵式を彷彿とさせるものであった。そして、数年後、今後はムラヴィンスキーご本人で、さらに強烈なライヴ体験を味わった。 

ムラヴィンスキーは旧ソビエト連邦時代、全ソビエト指揮者コンクールで優勝、直ちに当時同国最高のレニングラード・フィル(現在のサンクトペテルブルク)の常任となる。1938年、時に35才の俊英であった。  
本盤所収の録音は、4番(1960年9月14~15日、ロンドン、ウェンブリー・タウンホール)、5番(同年11月7~9日、ウィーン、ムジークフェラインザール)、6番(同年11月9~10日、5番と同じ)であり、この「幻の」指揮者とオケの実質、西欧デビュー盤である。 これぞチャイコフスキー本国の正統的な解釈の演奏というのが当時のふれこみであったろうが、実際は、そんな生易しいものではなく、冷戦時代の旧ソ連邦の実力を強烈に印象づける最高度の名演である。  
十八番の名演といった表面的なことでなく、この時代、このメンバーでしかなしえない、極度の緊張感と強力な合奏力を背景とした、比類なきチャイコフスキー演奏といってよいだろう。4、5、6番ともに通底する一貫した解釈と各番の性格の違いの明確な浮き彫りにこそ、本盤の特色がある。  録音は半世紀前であり、いまのレヴェルでは物足りないだろうが、それを上回る往時の覇気がある。歴史的名盤である。


日曜日, 8月 08, 2010

ブルックナー メモ書き

http://www.hmv.co.jp/product/detail/217761

 shokkouブログではユニーク・ジャケットの<拾遺集>を取り上げました。ブルックナーのCDジャケットは、作曲家の肖像、教会など地味なものが多く、ハッとする、あまり目をひくものがないのですが、ちょっと茶目っ気の滲むものもあり、楽しめると思います。
http://blog.livedoor.jp/shokkou/archives/1834533.html

 上記の「女性入り」はブルックナー系では珍しいのですが、これはジャケットではなく演奏そのものがユニークなので掲載しました。

 ブルックナー・ブログは「夏バージョン」ということで、<自然系>のジャケットを並べてみました。虹のかけ橋も、夏にふさわしいのでは・・・。どうぞあわせてご覧下さい。
 さて、最近は・・・。alneoにベームを入れて、携帯して聴いています。

ベーム→
http://shokkou.spaces.live.com/blog/cns!9E9FE7463122BF4E!1305.entry?&_c02_owner=1

<自然系>
http://shokkou.spaces.live.com/default.aspx?&_c02_owner=1&wa=wsignin1.0&sa=39283556


【HMV レビュー】 (以下は引用)
ブルックナー:交響曲第7番 室内アンサンブル版  リノス・アンサンブル

 1999年デジタル録音。シェーンベルクがウィーンで主宰した「私的室内楽協会」コンサートのための編曲リストの中に、ブルックナーの交響曲第7番が存在することは以前から知られていましたが、1921年夏の初演以降、取り上げられた記録はなぜかまったくなく、このCDに収められた演奏が80年ぶりの蘇演となるのは少し意外な気もします。
 交響曲第7番は、ブルックナーの交響作品の中では珍しく初演から成功し、当時から比較的ポピュラーな人気を獲得していたもので、ヨハン・シュトラウの編曲などで知られていた私的室内楽協会が、編曲の対象に選んだとしても不思議はありません。
 この室内楽版は、クラリネット、ホルン、ハーモニウム、ピアノ、弦楽四重奏、コントラバスの9人編成を採っています。編曲の実作業はシェーンベルク門下の3人が分担しておこなったとのこと。ハンス・アイスラーが第1楽章と第3楽章、エルヴィン・シュタインが第2楽章、カール・ランクルが第4楽章をそれぞれ担当していますが、音を聞く限りそれぞれ編曲者が違うという感じはあまりしません。おそらくスコアリングの綿密な打ち合わせが当事者間でおこなわれていたのでしょう。
 新ウィーン楽派の面々によるブルックナー観が、この編曲を通して見えてくるのは間違いありません。ブルックナーの作品はよく「オルガン的」と言われ、実際、オルガンによる演奏もリリースされているのですが、この編曲ではむしろその「オルガン臭」が排除されているのが印象的です。ハーモニウムやピアノも、足りない声部の単なる補強ではなく、音色パレット上の一構成要素として作用し、色彩の変化が元のオーケストラ版よりも強くなっているのがポイントとなっています。
 第7番はブルックナーの交響曲の中では最も親しみやすい旋律美を持つ作品ですが、前半2楽章の重さに較べ、後半2楽章、というよりも第4楽章がフル・オーケストラで聴くとアンバランスなほど軽い感じがしていたことも確か。が、このヴァージョンで接するとそうした問題が解消され、一貫したムードが保たれているように聴こえるのが面白いところです。
 室内楽版ならではの自発的アンサンブルや、自由でのびやかな歌いまわしが楽しめるのもこのヴァージョンの魅力のひとつ。
 名手揃いのドイツのグループ、リノス・アンサンブルはその利点を最大限に生かしており、大オーケストラによる演奏ではマスクされてしまいがちな対旋律や経過句を明瞭かつ立体的に響かせることに成功していて、作品の構造面への興味を抱かせる効果も十分といったところです。たいへん優れた編曲作品の登場と言えるでしょう。  

土曜日, 8月 07, 2010

CD時代の終焉!

 もはやCD価格は存在しなくなったともいえる時代であろうか。上記の25枚の全集などは、なお真っ当な?値段がついているほうだが、HMVでの安売りは尋常ではない。1枚100円程度のボックスセットがどんどんでており、単品で買うよりも破格に安いという現象が怒濤のように押し寄せている。
http://shokkou.blog53.fc2.com/