ベームというと一見固いイメージもあるが、どうしてこうした洒脱なオペラ・ブッファでの愉しみかたも存分に心得ている巨匠である。モーツァルトの演奏では定評があるが、それは交響曲などに限らず、「フィガロ」でも、この「コシ」でも決定的な名演を残している。
「コシ」の他愛もないストーリーが、ベームの手にかかると珠玉のアリアが満載された隙のないオペラ・ブッファであることが明らかとなり、また管弦楽だけに耳を澄ますとモーツァルトの整然とした音響美をものの見事に表現していることに気づく。
「コシ」では1955年に、ウィーン・フィルを振って、リーザ・デラ・カーザ、クリスタ・ルートヴィヒのコンビでのセッション録音 Mozart: Cosi Fan Tutte Complete もあるが、この62年盤は、明らかにそれを凌駕せんとする気迫に満ちている。
穿った見方をすれば、この時期カラヤンにウィーン・フィルを明け渡し、そのカラヤンがそれまで拠点としていたフィルハーモニーに降り立っての「スワップ」収録であり、何するものぞ、という意識も高かったかも知れない。
そのために揃えた歌手陣が凄い。シュヴァルツコップとルートヴィヒの女声に加えて、フェランド役にアルフレード・クラウス、ドン・アルフォンゾ役にヴァルター・ベリーの男声は当代随一のキャスティングだったと思う。独唱、二重唱~四重唱などすべてに周到な目配りがあり絶品の出来である。
ベームはこうした演目であえて洒脱に構えているわけではないと思う。モーツァルトの企図したとおりに再現してみせるという一種の職人気質もあるのだろうが、むしろ、天与の感性がモーツァルトに(両掌が合うように)ぴたりと共感しているからではないか。この感覚はオペラにおいて、実はモーツァルトに限らず、「ヴォツェック」や「ルル」(ベルク)までの彼が得意とした作曲家全般にあてはまるようにも思う。
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ベームがいかにモーツァルトの歌劇を得意としていたのか。1955年5月から翌年にかけて以下の録音がライヴ盤(L)をふくめウィーン・フィル他と残されていることからも、往時のエネルギッシュな活動とその実力を知ることができるだろう。
・『コジ・ファン・トゥッテ』K.588(1955年5月、ウィーン)
クリスタ・ルートヴィヒ(メッゾ・ソプラノ)
アントン・デルモータ(テノール)
パウル・シェフラー、エーリヒ・クンツ(バリトン)
ウィーン国立歌劇場合唱団&ウィーン・フィル
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・『魔笛』K.620(1955年5月、ウィーン)
クリスタ・ルートヴィヒ(メッゾ・ソプラノ)
ヒルデ・レッセル=マイダン(コントラルト)
レオポルド・シモノー、アウグスト・ヤレッシュ(テノール)
パウル・シェフラー(バリトン)
ヴァルター・ベリー、クルト・ベーメ(バス)
ウィーン国立歌劇場合唱団&ウィーン・フィル
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・『ドン・ジョヴァンニ』 K. 527(1955年11月、ウィーン)
ルートヴィヒ・ウェーバー (バス)
リーザ・デラ・カーザ
(ソプラノ)
アントン・デルモータ
(テノール)
セーナ・ユリナッチ
(ソプラノ)
エーリッヒ・クンツ (バリトン)
ウォルター・ベリー
(バス・バリトン)
イルムガルト・ゼーフリート (ソプラノ)
ウィーン国立歌劇場合唱団&ウィーン・フィル
(なお、本曲には1954年9月、ロンドンでのライヴ音源もある)
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・『フィガロの結婚』K.492(1956年4月、ウィーン)
クリスタ・ルートヴィヒ(メッゾ・ソプラノ)
イラ・マラニウク(コントラルト)
エーリヒ・マイクート(テノール)
パウル・シェフラー(バリトン)
ヴァルター・ベリー、オスカー・チェルヴェンカ(バス)
ウィーン国立歌劇場合唱団&ウィーン響
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・『イドメネオ』K. 366(1956年7月、ザルツブルクL)
ワルデマール・クメント (テノール)
ヒルデガルト・ヒレブレヒト (ソプラノ)
クリステル・ゴルツ (ソプラノ)
エベルハルト・ヴェヒター (バリトン)
ウィーン国立歌劇場合唱団&ウィーン・フィル
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・『後宮からの誘拐』 K. 384(1956年、フランクフルトL)
アントン・デルモータ (テノール)
ハンニー・シュテフェク (ソプラノ)
マレイ・ディッキー (テノール)
ヨーゼフ・グラインドル (バス)
ハンス・ゲオルク・ラウベンタール (ヴォーカル)
ヘッセン放送合唱団&放送響
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