Friday, June 03, 2016

ベルリン・フィルの憂鬱



 § ベルリン・フィル、その栄光の時代


フルトヴェングラーの戦中・戦後の時代、その後のカラヤンとの黄金時代にあって、ベルリン・フィルの栄光は眩かった。アバドもラトルも、もちろん良く頑張ったと思うけれど、かつてレコード(CD)を出せばすべて名演間違いなしといったベルリン・フィル神話は徐々に色褪せていったと思う。

今年もベルリン・フィルはラトルとともに来日するが、それはおそらくは稼げるアジア・ツアーの1シーンであろうし、曲目もベートーヴェン・チクルス、それが最高チケット価格なんと42000円で完売と聞けば、いささか日本が小馬鹿にされているようで寂しい。


そのベルリン・フィルも実は憂鬱をかこっているように思う。試みにベートーヴェン交響曲全集をamazon(日本)で上位5つを拾ってみると以下のとおり。 

Karajan, Beethoven: The Symphonies

1.Karajan, Beethoven: The Symphonies

 
2.ロイヤル・フィルによる廉価盤
ベートーヴェン交響曲全集 ( CD6枚組 ) BCC-520
ラトルの名誉ために、同様な試みを、amazon(ドイツ)でやれば、ラトル/ウィーン・フィル(ベルリン・フィルにあらず!)が堂々のトップ、しかしそれに続くカラヤン盤の方が価格は高い。つまり、amazon(日本)にみるロイヤル・フィルの廉価盤的な好みも入っているということか。

Smtliche Sinfonien 1-9 (Ga)

Smtliche Sinfonien 1-9 (Ga)

 2012 | Box-Set

 

§ ベルリンの壁の撤去と栄光の時代の終わり


「ベルリンの壁」の撤去とともに皮肉にもベルリン・フィルの栄光の時代は終わった。「ベルリンの壁」(東西ドイツ分断)の時代、西ベルリンでベルリン・フィルを聴くことには、一種の儀式的意味と特有の緊張感があった。ベルリン・フィルの海外公演しかりで、やはり「ベルリンの壁」から出てきた特殊部隊といった有り難さもあった。そしてその総司令官たるカラヤンのカリスマ性が、それを増幅していた。「壁」の撤去はカラヤンとの別れにも繋がり、ベルリン・フィルの自由(緊張感の弛緩)とプライドの増長を生んだ。

ウィーン・フィルだって同様な有様はあるが、彼らはそれなりに必死に自分たちのレゾン・デートルを引き立ててくれる指揮者に片っ端に声をかけ、綺羅星のような偉大な指揮者を客演に迎えて、売れる音源をつくってきた。それに比べてもベルリン・フィルには慢心があったように思う。

ウィーン・フィル ブラームス 交響曲全集神話
http://shokkou3.blogspot.jp/2013/07/blog-post_4853.html

佐渡 裕 ベルリン・フィル・デビューLIVE

佐渡 裕 ベルリン・フィル・デビューLIVE


それを如実に感じたのは、上記の佐渡裕のベルリン・フィル、デビューをTVの特番で見たときのことだ。指揮者の品定めは彼らの当然の行動様式ながら、見ていて不愉快になるくらいの「上から目線」であった。尊大だなあと感じた。
 
さて、そのベルリン・フィルの常任指揮者が2018年からキリル・ペトレンコに交代する。

【参考】ベルリン・フィル歴代常任・首席指揮者

ルートヴィヒ・フォン・ブレナー(1882年~1887 常任指揮者)
ハンス・フォン・ビューロー(1887年~1892 常任指揮者)
アルトゥール・ニキシュ(1895年~1922 常任指揮者)

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1922年~1945 常任指揮者)
レオ・ボルヒャルト(1945 常任指揮者)
セルジュ・チェリビダッケ(1945年~1952 常任指揮者)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1952年~1954 終身指揮者)

ヘルベルト・フォン・カラヤン(1955年~1989 終身指揮者・芸術監督)

クラウディオ・アバド(1990年~2002 首席指揮者・芸術監督)
サイモン・ラトル(2002年~2018[予定]  首席指揮者・芸術監督)

キリル・ペトレンコ(2018年~[予定]首席指揮者・芸術監督)
 
 

§ カラヤン時代の挑戦、その一例としてのメンデルスゾーン

 
カラヤンの時代の成果は語りつくせないが、一例としてメンデルスゾーンMendelssohn-Bartholdy,Felix18091847年)の交響曲全集を取り上げよう。その収録は、197172年にかけて一気呵成になされ、結果的に「一期一会」といった形の音源となったが、カラヤン/ベルリン・フィルがなしえた先駆的な成果であり、その後、アバドも追随している。
この時期のカラヤンは全集志向を強め、様々な作曲家の交響曲を取り上げたが、先だって1968年、世を仰天させたシューベルト交響曲第98)番「グレート」について。
 
シューベルト:交響曲第9番 ハ
 
シューベルト:交響曲第8番「未完成」&第9番「ザ・グレイト」


この演奏がリリースされた時の衝撃は大きかった。同曲、ベルリン・フィルを振っての録音時間は、フルトヴェングラーが55:17(以下は全てNAXOSベース)、ベームが51:10に対して、カラヤンは46:43と超特急である(ちなみに、後年のラトルは57:42でフルトヴェングラーよりも遅く、カラヤンと真逆の路線をとった)。
はじめ聴くと特に第4楽章が速く感じるのだが、フルトヴェングラー11:45、ベーム11:27に対して、カラヤンは11:33で実は決して際立っていない(ちなみに、この楽章、遅い典型のクナッパーツブッシュ/ウィーン・フィルは13:57)。
煩瑣に演奏時間を記したが、カラヤン盤の衝撃とは、全体の「超速」感と終楽章のファナティックさにある。録音の工夫も当然あろうが、8番(196410月収録)での重い響きを一転開放して、9番(19689月)では色調もぐっと明るくし管楽器(ブレス)とベルリン・フィルの分厚い低弦を強烈に前面に立てている印象。その明るさと迫力が、あくまでも荘重に演奏するスタイルを疑わなかった当時の常識を覆した。カラヤン面目躍如の記録である。

ーーーーーーーーーーーー

「グレート」での前進を踏まえて、スピード感、劇的なアクセント、流麗な響きの<3つのカラヤン流儀>に自信を深め、それまで録音として取上げられる機会の少なかった大作曲家の初期作品などにあえて挑戦したのがカラヤンである。

Karajan Symphony Edition

Karajan Symphony Edition


メンデルスゾーンについて。以下、番号順に取り上げてみたい。
 

◆交響曲第1番

メンデルスゾーン15才の作品。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの影響を強く感じさせる習作的な作品だが、軽快なテンポが心地よく清新溌剌とした曲。カラヤンはかなり強くアクセントを付けて演奏しており、揺籃期の作品の、さまざまな要素の混在をキチンと整理して示しているかのようだ。

 
◆交響曲第2番《賛歌(讃歌)》

交響曲の概念を超える世俗的合唱曲とでも言うべき大作である。正式な名称は「讃歌 聖書の言葉による交響曲カンタータ」であり、第1曲シンフォニアは3楽章からなり約25分間はオーケストラだけで演奏。その後、第2曲から第10曲までは、下記の<全体構成>にみるとおり声楽・合唱を伴うので、ベートーヴェンの「第9」に比せられることもある。

カラヤンの演奏を聴くと、アプローチの基本に、得意のブラームス「ドイツ・レクイエム」http://www.amazon.co.jp/dp/B00H9N3IFK/ref=pdp_new_dp_review
を彷彿とさせるものがある。マティス、ヘルヴェヒ、レープマンの滋味あふれ緊張感ある独唱が本当に素晴らしい。

カラヤンの思い切りアクセントを付けた劇的な表現ぶりとオーケストラと合唱の融合した強烈なパワーにおいてはヴェルディ「レクイエム」も連想させる。終曲の迫力は圧倒的。畳み込むようなオーケストラの凌ぎ方は力感抜群で、おそらくカラヤン以前にここまで徹底した本曲録音はなかったのではないかと思わせる。

 <全体構成>

「讃歌 聖書の言葉による交響曲カンタータ」作品52
Lobgesang Eine Symphonie-Kantate nach Worten der Heiligen Schrift op. 52

【第1曲】シンフォニア
1.Maestoso con moto
2.Allegretto un poco agitato
3.Adagio religioso

【第2曲】すべてのもの、息あるものよ(合唱、ソプラノ独唱)
Alles was Odem hat, lobe den herrn! - Lobt den Herrn mit Saitenspiel - Lobe den Herrn, meine Seele

【第3曲】レチタティーヴォ:語りなさい、救われたひとたち(テノール独唱)
Saget es, die ihr erlost seid - Er zahlet unsre Tranen

【第4曲】語りなさい、救われたひとたち(合唱)
Sagt es, die ihr erloset seid

【第5曲】私は主を待ち焦がれました(ソプラノ独唱、合唱)
Ich harrete des Herrn

【第6曲】死の綱がわたしたちを取り巻いた(テノール独唱)
Stricke des Todes hatten uns umfangen

【第7曲】夜は過ぎ去った(合唱)
Die Nacht ist vergangen

【第8曲】さあ、感謝しましょう(コラール)
Nun danket alle Gott - Lob, Ehr' und Preis sei Gott

【第9曲】それゆえ私は歌います(テノール、ソプラノ独唱)
Drum sing' ich mit meinem Liede ewig

【第10曲】あなたたち諸々の民よ(終曲合唱)
Ihr Volker! bringet her dem Herrn Ehre und Macht - Alles danke dem Herrn! - Alles, was Odem hat, lobe den Herrn!

 
<収録情報>

エディット・マティス  Edith Mathis (ソプラノ)
ヴェルナー・ヘルヴェヒ  Werner Hollweg (テノール)
リゼロッテ・レープマン  Liselotte Rebmann (ソプラノ)
合唱指揮:ヴァルター・ハーゲン=グロル / ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団
録音: September 1972, Jesus-Christus-Kirche, Berlin, Germany


◆交響曲第3番《スコットランド》

1楽章冒頭、弦楽器によって奏でられるメランコリックな旋律はこよなく美しい。カラヤン/ベルリン・フィルの洗練された美的センスの良さと心地よき響きには嘆息を禁じ得ない。
作品番号とは別にメンデルスゾーン最後の交響曲だが、中間楽章では美しさとともに、軽やかで懐かしい民族音楽的メロディが盛られており、そこも魅力である。ここでは後年のドヴォルザークなどの作品に連想を馳せることも一興。メンデルスゾーンの柔らかな感性には今風に言えば癒しの効果がある。
終楽章では生命力に満ちた、力強いパッセージと一抹の寂しさの陰りある旋律が交錯するが最後は前者の明るさが支配し締めくくられる。

◆交響曲第4番《イタリア》

メンデルスゾーンの交響曲で最も人気の演目だけに名盤も多いが、カラヤンは一貫して、快速なテンポの運行、管楽器の質量を重視した劇的な躍動感の横溢、そして弦楽器・木管楽器のピッチの揃った美しきメロディ創造力を組み合わせて、純度の高い演奏を展開している。
第1楽章は弾けるような力走、第2、第3の中間楽章ではテンポは一定にメローディアスな別世界に誘い、そして終楽章は劇的な表現力を全開に、強烈な迫力をもってあたるが、重なり合う弦楽器のメロディは、実に細密で肌理細かく、単なる力押しではないカラヤン流儀の典型をここにみることができるだろう。

◆交響曲第5番《宗教改革》

ルーテル教会300周年を記念して書かれた交響曲第5番は「宗教改革」と命名されているが一種の機会音楽ゆえ、平板なイメージがつきまとう。パルジファルの「聖杯の動機」に援用されるメロディやルターが1529年に作曲したと言われるコラールなど魅力的な旋律を浮き立たせつつ、カラヤンは極力、劇的な展開に配意しスピード感をもって処理している。


§ ポスト・カラヤン時代の展望


   カラヤンと袂をわかってから、「失われた20(30)」というと、どこかの国の経済政策を連想させるが、ペトレンコ時代に一気に憂鬱を吹き飛ばすことができるのかどうか、注目したい。

以下の音源は小生の好きな古き名盤だが、もう一つの生き方は、謙虚に音楽に向き合い、機能主義的なグローバルオーケストラとして、あらゆる現代音楽ジャンルも貪欲にこなし、さまざまな指揮者との鍔迫り合いの緊張感ある演奏を積み上げていくことではないか。これは足下、N響にもあてはまるように思う。

いまのベルリン・フィルには、高額を払ってベートーヴェンを有り難く聴きにいくインセンティヴは小生にはない。

→お奨めのベルリン・フィルの古き名盤                              
Berliner Philharmoniker Plays with Various Conductors

Portrait

2011
Berliner Philharmoniker

No comments: