Saturday, May 13, 2017

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 これが名盤 5種

Piano Concerto 1 / Piano Concerto 3
Piano Concerto 1 / Piano Concerto 3

草創期のチャイコフスキー国際コンクールは1958年が第1回(第1位:クライバーン)、62年が第2回(第1位:アシュケナージとオグドン)であった。

この間、アルゲリッチは1957年ブゾーニとジュネーヴの両国際コンクールで16歳にして1位をとり、65年ショパン国際コンクールで優勝している。因みに、同コンクールでは、55年(第1位:ハラシュヴィチ、第2位:アシュケナージ)、60年(第1位:ポリー二)だった。この演奏を聴きながら、アシュケナージとの比較において「もしもアルゲリッチがチャイ・コンに出場していたら」と考えるのも楽しい。

本盤は、1970年12月ロンドンで収録されたデュトワ/ロイヤル・フィルとの共演。第1楽章中間部まではテンポが緩くアルゲリッチらしい快速、パワーフルな演奏を期待すると意外感がある。あえて、情感豊かに弾き込むスタイルをとろうということかも知れない。第2楽章も大人しい、落ち着いた演奏で他の録音に比べても、管弦楽の音が前面に出ている。終楽章はテンポを上げて、シンフォニックさは強調されるがピアノがですぎないように制御されているようにも感じる。全体としてはメロディの美しさを際だたせた、ピアノとオケの融合感に配慮した正統派の演奏。

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/ラヴェル:ピアノ協奏曲
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/ラヴェル:ピアノ協奏曲


アルゲリッチのチャイコフスキー協奏曲初録音は、1970年デュトワとの共演 Piano Concerto 1 / Piano Concerto 3。本盤は、ほぼ四半世紀後のアバド/ベルリン・フィルとの演奏(1994年12月 ベルリン)。

デュトワ盤では、殊勝にも指揮者を立てている印象のアルゲリッチが、気心の知れた相性抜群のアバドとの収録では、年ふる経験を積み重ね、目いっぱい個性を開放している。全般にテンポが速く、自由奔放にイメージを膨らませながら、なんともゴージャスなベルリン・フィルの音響をバックに「引き連れて」、超絶技巧的な難曲を楽しみながらドライブしているような姿が思い浮かぶ。
終楽章、あまりに快速で飛ばす完璧な技巧に驚愕するとともに、アバドの合わせかたが、さりげなくも実に堂々としており、強烈なインパクトのある成果である。

→ Martha Argerich Collection 2: The Concerto Recordings にて聴取。

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番


1962年9月ウィーンでの録音。リヒテルの西側デビューが1960年で、「幻の巨匠」の噂は西欧を走ったが、2年後、その評価を決定づけたのが本盤。カラヤンのバックで、いわばキラー・コンテンツのチャイコフスキーの1番を引っさげての登場だったので話題性は十分。付随的に、カラヤンは当時、ウィーン・フィルとの関係が冷えており、(実はかつてから相性のよい)ウィーン響を使っての演奏。これも「意外性」があって一層注目度を上げた。

個人的な思い出だが、中・高校の昼休みに毎日、このレコードがかかる。幾度も耳にした演奏だが、いま聴き直すとライヴ的なぶつかりあい感、「即興性の妙」よりも、リヒテルの強烈な個性と巨大な構築力を、周到に考えぬきカラヤンが追走している姿が思い浮かぶ。カラヤンはEMI時代から、協奏曲でもギーゼキングなどとの共演で抜群の巧さをみせるが、特に本盤での阿吽の呼吸は、ピアニストと共同して音楽の最高の地点に登攀していくような臨場感がある。けっして出すぎず、しかし背後の存在感は巨大といった感じ。だからこそ、リヒテルという稀代の才能の「衝撃」に聴衆の照準はぴたりと合う。これぞ協奏曲演奏の模範とでも言えようか。

Tchaikovsky:Piano Concerto No1
Tchaikovsky:Piano Concerto No1


「鋼鉄のピアニスト」という冠は、本曲の第2楽章を聴くとエッと思うのではないだろうか。これほどデリカシーをたたえた演奏は稀である。晩年のギレリスにつながるこの上質な抒情性こそ、奥の深い彼の魅力の源泉であると感じる。

もちろん、第1楽章や第3楽章の速く完璧なパッセージ処理(すべての音がどんなに早くとも均質に聴こえる)は驚愕だが、これは最近の技能著しい若手でもあるいは可能かもしれない。しかし、いわゆるロシア的ともちがう、もっと内奥からこみあげてくるような、純粋さの吐露ともいえるギレリス39才のピアニズムは誰ともちがって絶品である。

1955年の収録ながら豊かな響きは当時、米国においてライナー/シカゴ響という大指揮者と名管弦楽団をバックとし、技術の粋を尽くしているからだろう。しかし、今日からは、(致し方ないことながら)幾度も耳にすると左右の音の分離などあまりに人工的に感じられるのは小生だけであろうか。

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
http://shokkou3.blogspot.jp/2014/01/blog-post_3.html


爆発的な音量をもって圧倒するタイプの演奏でない。いかにも落ち着いた、一音一音にニュアンスを丹精にこめた演奏である。しかし、快活さやスリリングさもあますところなく表現しており、聴きすすむうちに、こうした上質なチャイコフスキー像に引き寄せられていくだろう。ただし、録音のせいかも知れないが、オーケストラの精度がいまひとつの印象(録音:196335日)。

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