Friday, August 25, 2017

ギレリス 律儀なピアニズム  Emil Gilels

Emil Gilels - Virtuose mit Noblesse
Emil Gilels - Virtuose mit Noblesse

ギレリス(1916~85年)は、古希を前に非常に惜しまれて昇天した。本集は50年代の演奏が中心で、彼が30後半~40歳台前半の記録。いかに若くして嘱望され、晩年にいたるまで安定して活躍したかがわかる。
当時のソ連政府の方針で、早くから西側で名を知られ、ゆえに、ライナー/シカゴ響やクリュイタンス/パリ管の優れた協奏曲記録も幸い残された。しかし、本集では全般にはロシアものの作品やソヴィエトの演奏家との共演が多い。
ギレリスの魅力に接するのであれば、本集以前に Emil Gilels Plays Concertos & Sonatas が小生のお勧めだが、それで気に入ったら古き音源として本集へ遡及し、若きギレリスの勇姿に触れるのも一興。両セットは収録にダブりが少なく幅広いギレリスの音楽領域に接することができる。

(収録情報)
【協奏曲】
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番(1957年)、第4番(1958年)
 ザンデルリンク/レニングラード・フィル  
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番(1955年)ライナー/シカゴ響
→ Fritz Reiner - The Complete Chicago Symphony Recordings on RCA にも代表盤として所収
サン=サーンス:ピアノ協奏曲 第2番( 1954年)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第3番(1955年)
→ Gilels Plays Saint-Saens, Rachmaninov, Shostakovich 
 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団  
カバレフスキー:ピアノ協奏曲 第3番(1954年)
 ディミトリ・カバレフスキー指揮、ソヴィエト国立放送響  

【ソナタ】
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第16番
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」(1951年)
ショパン:ピアノ・ソナタ 第2番(1954年)
ドビュッシー:12の練習曲より「組み合わされたアルペジオのための」(1954年)
ラフマニノフ:絵画的練習曲 変ホ短調、楽興の時 変ニ長調 Op.16-5(1951年)
ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガより 第1番、第5番、第24番(1954年、1955年)
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第2番(1951年)
バラキレフ:イスラメイ(1951年)

【室内楽曲】
ハイドン:ピアノ三重奏曲 ト短調 Hob.XV:19(1950年)
ハイドン:ピアノ三重奏曲 ニ長調 Hob.XV:16(1953年)
モーツァルト:ピアノ三重奏曲 第7番((1953年)
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番(1956年)、第9番(1950年)
シューマン:ピアノ三重奏曲 第1番(1958年)
フォーレ:ピアノ四重奏曲 第1番(1958年)※
 コーガン(Vn)、ロストロポーヴィチ(VC)、※ルドルフ・バルシャイ(Vla)
ヘンデル:フルート・ソナタ イ短調 Op.7、アレクサンドル・コルネーエフ(Fl)  (1958年)

Schubert: Piano Sonata in D D 850 Op. 53/Liszt: Pi
Schubert: Piano Sonata in D D 850 Op. 53/Liszt: Pi

シューベルトのソナタは、温かみのある親しみやすいメロディが盛られている一方で、長く単調な音階がつづき、全曲を集中して聴くには忍耐が必要なこともある。本曲も「大曲」といわれるが、演奏時間は一般に35~40分を要する「長曲」と言うべきであり、凡庸な演奏では退屈を余儀なくされる。
ギレリスは、シューベルトの心の深奥に想像力は馳せ、内面から沸きあたるような喜びや哀歓、溌剌さを一貫して伸び伸びと表現している。初歩の教則本のような技術的には一見易しいパッセージにこそ、集中力を殺がせる陥穽が潜んでいることを十分に意識して、全曲を瑞々しくも生気あるものとしている。
鋼鉄のピアニストの片鱗はどこにも見せず、内攻し音楽的に深い解釈を示す。そこから紡ぎだされるメロディは素朴で美しく飽きさせない。
なお、本曲は村上春樹『海辺のカフカ』でも言及され、彼の好きな曲としても知られる。

→ Emil Gilels Plays Concertos & Sonatas にて聴取

グリーグ:叙情小曲集
グリーグ:叙情小曲集

ギレリスは冷戦時代、鋼鉄のピアニストという異名をもって西側に登場した。分厚い胸板、がっしりとした骨格で、ピアノの前に一個の巌を置いたような外観も、そのイメージを倍加していたかも知れない。しかし一方、豊かな髪を額にかけて弾く双眸には優しさや哀歓を湛えており、繊細なタッチや弱音部の際立った美しさもひとしおで、そのギャップも魅力であった。グリーグには、後者のギレリスの精華を感じる。

グリーグのピアノ・ソナタは、演奏家の表現力によって大きな差がでると言われる。難技巧的な曲、非常に速いパッセージ処理を要する曲などであれば、その山場が格好の聴かせどころとなるが、抒情小曲集は、北欧の野草の花束の如く単純で素朴な旋律の曲が多く、強烈な打鍵や劇的な演出とは異質である(慧眼の先行レビュアー、ボヘミャーさんが述べられているとおり、ギレリスはむしろ、こうした曲を考え抜いて選んでいるようにも感じる)。

ギレリス盤には、グリーグの喜怒哀楽の心象に同化し、感情の起伏に寄り添う独特の風情があり、アリエッタ、蝶々、おばあさんのメヌエット、余韻へとほのぼのとした感動が持続する。 ギレリスの代表盤であるとともに、いまだ本曲のベスト盤であると思う。

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

特に第2楽章を聴いて下さい。研ぎ澄まされた感覚と静かな深い思索がここに息づきます。ヨッフム/ベルリン・フィルの分厚い音質もブラームスの感興を自然に、徐々に熱を込めて伝えてくれます。他演奏との比較でも、低弦の豊かな響きにみる「重心の安定性」とギレリスの心を込め、粒の揃った、しかも迫力ある表現力の融合は抜群で、大変な名演を生みだしました。
→ ブラームス:ピアノ協奏曲第1&2番、他 も参照

Emil Gilels Plays Concertos & Sonatas
Emil Gilels Plays Concertos & Sonatas

1972年4月22日、東京文化会館でエミール・ギレリスによるリストのピアノ・ソナタ ロ短調を聴いた。すでに「幻のピアニスト」リヒテルの初来日後であり、ソビエト出身のスーパースターのなかで、やや存在感のうすくなった感もあったが、その演奏は格段にすばらしく、リヒテルの「笑わん殿下」とは違った、いかにも誠実で気さくな人柄を感じさせるステージ・マナーも聴衆を魅了した。
その後、ヨッフム/ベルリン・フィルとの ブラームス:ピアノ協奏曲第1&2番、他 に接した。これはいまも小生のベスト盤だが、硬質な叙情性はクリスタル硝子の輝きに譬えたい気がする。一方、時にボヘミアングラスのような温かみ、素朴さも随伴していることこそ、ギレリスの懐の深さの表出と思う(例えば、グリーグ:叙情小曲集 )。確かな技量のもと、その音楽性はすぐれて内面的であり豊かである。

本セットは格安ながら、ギレリスの魅力を十分味わうことができる。上記のリストやブラームスに加えて、バッハやシューベルトでも深き解釈には得がたい説得力がある。

(収録情報)
【協奏曲】
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
(1)ライナー/シカゴ響(1955年10月29日)
→ Tchaikovsky:Piano Concerto No1
(2)メータ/ニューヨーク・フィル(1979年11月14日、ライヴ)
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番、ライナー/シカゴ響(1958年2月8日)
ショパン:ピアノ協奏曲第1番、オーマンディ/フィラデルフィア管(1964年12月31日)
→ ショパン:ピアノ協奏曲第1番 他

【ソナタ】
J.S.バッハ:フランス組曲第5番(1960年2月25日)
同:前奏曲ロ短調(ジロティ編曲)(1979年11月14日、ライヴ)
シューベルト:ピアノ・ソナタ第17番(1960年1月16~22日)
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調(1964年12月~1965年1月)
ショスタコーヴィチ:ピアノ・ソナタ第2番(1964年1月8日)

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バッハ:フランス組曲第5番,ショスタコーヴィチ:ソナタ第2番&リスト:ロ短調ソナタ
バッハ:フランス組曲第5番,ショスタコーヴィチ:ソナタ第2番&リスト:ロ短調ソナタ

Emil Gilels Plays Concertos & Sonatas にて聴取(なお、ここには1979年11月14日、バッハ/シロティ編:前奏曲ロ短調 BWV.855のライブ・アンコールも所収されている)。リストもショスタコーヴィチも聴きものだが、以下はバッハ:フランス組曲第5番について。

ギレリスはあまりバッハの録音を残していない。フランス組曲といえば、たとえば、グールドの名盤  バッハ:リトル・バッハ・ブック  が有名。

グールドと比べるとギレリスは安定したタッチで、ある意味でオーソドックスな解釈。しかし、豊かで魅力的な演奏である。BWV816の7曲(1.アルマンド、2.クーラント、3.サラバンド、4.ガヴォット、5.ブーレ、6.ルール、7.ジーグ)のうち、特に後半が聴きもの。有名な4はまるで教則本を正しく弾くが如くゆっくりと固い音、一転し、5はものすごく速いパッセージ、6はふたたび減速し意味深長な含意をこめ、終曲7では力強い打鍵で一気に盛り上げる。この曲集だけでも聴きこむ価値があり、得難い充足感があるだろう(1960年2月25日の録音)。

ショパン:ピアノ協奏曲第1番 他
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 他

【第1番について】
オーマンディ/フィラデルフィア管の響きが本当に美しい(1964年の収録というのが信じられない秀でたもの)。出だしから優しく包み込まれるような美麗音である。そしてギレリスは自然体の構えで、キラキラとした輝きをもった純粋な音で相対している。あまりに音が綺麗すぎて、ショパンのパッションが表にでないとの見方もあろうが、ここまで美しければ、それはないものねだりということではないかと思う。

本曲では、ギレリスにはコンドラシン/モスクワ・フィルとのライヴ盤が、オーマンディにはクライバーンとの協演盤もあるが、天の時、人の和ではないが、ギレリス&オーマンディ/フィラデルフィア管の組み合わせには、僥倖ともいえる相性の良さを感じさせる。

本曲はもちろん様々なアプローチから名盤の「宝庫」であることは承知しつつも、これほどピアノとバックが完全に融合し、明るく至福の思いを与えてくれる演奏はざらにないだろう。尖ったところの全くない、まろやかで高貴なショパン像がここに甦るような秀演である。

Tchaikovsky:Piano Concerto No1
Tchaikovsky:Piano Concerto No1

「鋼鉄のピアニスト」という冠は、本曲の第2楽章を聴くとエッと思うのではないだろうか。これほどデリカシーをたたえた演奏は稀である。晩年のギレリスにつながるこの上質な抒情性こそ、奥の深い彼の魅力の源泉であると感じる。

もちろん、第1楽章や第3楽章の速く完璧なパッセージ処理(すべての音がどんなに早くとも均質に聴こえる)は驚愕だが、これは最近の技能著しい若手でもあるいは可能かもしれない。しかし、いわゆるロシア的ともちがう、もっと内奥からこみあげてくるような、純粋さの吐露ともいえるギレリス39才のピアニズムは誰ともちがって絶品である。

1955年の収録ながら豊かな響きは当時、米国においてライナー/シカゴ響という大指揮者と名管弦楽団をバックとし、技術の粋を尽くしているからだろう。しかし、今日からは、(致し方ないことながら)幾度も耳にすると左右の音の分離などあまりに人工的に感じられるのは小生だけであろうか。

Beethoven Sonatas
Beethoven Sonatas

ピアニストにとってベートーヴェンのピアノソナタ全集を後世に残すことは、ピアノ音楽の最高峰に登攀することと等しいだろう。ギレリスはその急逝によって5曲は未完となったが、主要な演目はほぼカヴァーしており、本集は金字塔といってよい成果である。

1972年4月22日、東京でギレリスのソロ・ライヴを聴いた。集中力を高めるため、鍵盤を前にしての長い沈黙・長考の時間があり聴衆も緊張感をもって相対したことを思いだす。その一方、コンサート・マナーはとても気さくな印象で当時、ソ連からのピアニストとして人気を二分したいささか「高踏的」なリヒテルと好対照だった。しかし、その演奏の並外れた熟度というか、一曲毎に籠められる崇高な音楽性では両者は文字通りの双璧だった。

ベートーヴェンのピアノソナタ(全)集では、小生はケンプ博士の演奏がバックハウスよりも好みである。同様に、ギレリスとリヒテルではギレリスにより親しみを感じる。ケンプもギレリスも技巧を超越した「心から心へ」といった深き心映えが胸に浸みる。抜群の才能あるピアニストが精進を重ねた、その最高の芸術と言えよう。

Complete Recordings on Deutsch
Complete Recordings on Deutsch

全24枚のうち古きモノラル演奏が7枚ある。ここはスーパー廉価の別セット Emil Gilels - Virtuose mit Noblesse もあるので比較考量されたい。ステレオ録音の17枚の構成は、別売りのベートーヴェンのソナタ集全9枚 Beethoven Sonatasが太宗。残り8枚はブラームス( ブラームス:ピアノ協奏曲第1&2番、他 など)3枚、モーツァルト2枚、グリーグ( グリーグ:叙情小曲集 )、シューベルト、ショパン各1枚(ソナタ、室内楽、協奏曲等)という構成である。
いずれも定評のある名演ながら、新規に集めるリスナーにとってはお得ながら、ギレリス・ファンですでに保有している分が多いとダブり分で割安感があまりない。この価格だと慎重な判断が必要かも知れない。

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