Friday, August 25, 2017

アラウの魅力 真の職人芸 Claudio Arrau

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番&第5番「皇帝」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番&第5番「皇帝」

アラウ晩年の「皇帝」。一切の気負いがなく、高音部が粒の揃った丁寧な演奏(特に第2楽章が絶品)。一音一音大切にリスナーに届けようという誠実さが伝わってくるようで、そこに感動の「原質」があるように思う。

さて、コリン・デイヴィスの演奏が聴きもの。コヴァセヴィッチとのバルトーク(協奏曲3曲)ではけっして出すぎず引き立て役に徹していたデイヴィスが、ここでは恬淡たるアラウに対して、バックで少しく劇的な背景を提供しているように感じる。あくまでもアラウの至芸を前面に、しかしいつになくアクセントをつけた熱っぽい追走である(特に第3楽章)。これは一種の感動への「触媒」といっていいかも知れない。その心栄え、掛け合いがなんとも清清しい。

→ Philips Years にて聴取。


リスト:ピアノ作品集
リスト:ピアノ作品集

1950年代初頭からアラウはリストを得意としており、晩年にいたるまで、ベートーヴェンやショパンとともに主要なレパートリーであった。

「超絶技巧練習曲」のような思い切り技量を発揮する演目から、「巡礼の年」のような静謐なポエティックな曲まで、アラウは豊富な経験からしかと手中にしている。前者ではことさらに技巧を誇示せず、むしろテンポをしっかりと保ち、後者ではあえて過度な感情移入を抑制しているように感じる。これは、技巧的な曲は華麗に、詩的な曲は叙情たっぷりにという「のめり込み」タイプではなく、あくまでも沈着冷静な「中庸」型。抜群の安定度が持ち味であり、これぞ晩年までリストを十全に弾きえた大家アラウ流ともいえようか。本盤はそのエッセンスである。

→ リスト・ソロ・レコーディングス クラウディオ・アラウ 5枚組 にて聴取


ショパン:ワルツ全集
ショパン:ワルツ全集

アラウはショパンを系統的に録音した。「24の前奏曲」(1973年)、「バラード集:第1番~第4番」(1977年)、「夜想曲全集:第1番~第21番」(1978年)、「スケルツォ集:第1番~第4番」(1984年)、そして本「ワルツ集:第1~19番」(1979~1980年)などである。

アラウのショパンを聴いていると、単純で無邪気な明るさから、陰陰鬱鬱たる感情の深い屈折まで、実に丁寧に表現していると感じる。ショパンの心象は実に複雑で、音楽の凝縮感の技法は天才的である。アラウは没入型とはちがい、一歩下がったところから、客観的に、しかし十分な愛情をもってショパンに臨場している。ワルツ集ではとくに気高き抒情性が屹立している。座右の名盤である。


Etudes Op.10 Et 27 - Arrau
Etudes Op.10 Et 27 - Arrau

アラウはショパンを系統的に録音した。「24の前奏曲」(1973年)、「バラード集:第1番〜第4番」(1977年)、「夜想曲全集:第1番〜第21番」(1978年)、「ワルツ集:第1〜19番」(1979〜1980年)、「スケルツォ集:第1番〜第4番」(1984年)などである。

さて、本「練習曲集」(Op.10、Op.25、3つの新しい練習曲、演奏会用アレグロ Op.46)は、それらのはるか以前の1956年録音(モノラル)。しかし、音はリマスターでそれなりに鮮度がある。

アラウのショパンを聴いていると、単純で無邪気な明るさから、陰陰鬱鬱たる感情の深い屈折まで、実に丁寧に表現していると感じる。ショパンの心象は実に複雑で、音楽の凝縮感の技法は天才的である。アラウは没入型とはちがい、一歩下がったところから、客観的に、しかし十分な愛情をもってショパンに臨場している。練習曲集ではとくに感情の屈折が大きく、アラウ50才台のパワーあふれる集中度が伝わってくる。歴史的な名演と思う。

→ Serious Wizard of Sound にて聴取

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