木曜日, 11月 04, 2021

クリュイタンス 総特集 André Cluytens











まず、古い音源から。ベルギー生まれのクリュイタンスは幼児からフランス語、ドイツ語をマスターすべく父親から教育された。それは彼にとって得がたい財産となり、敵対し戦った両国の戦後の大変”微妙”な時代にあって、両国から受け入れられた数少ない指揮者となった。

クリュイタンス 気高く調和のとれた演奏スタイル

アンドレ・クリュイタンス(1905〜67年)の1950年代の音源。60年代の録音もあるので旧録・廉価盤(グノー以外はモノラル)にあたるが、その内容は充実している。フランスものでは、この時代の第一人者であり、主要演目を本集でもカヴァーしている。
一方、ドイツものでも定評があり、稀有なバイロイト指揮者、かつ、ベートーヴェン交響曲
全集  Beethoven: Les 9 Symphonies  にはいまも根強いファンがいる。

フランスの主力オケはもとより、ベルリン・フィル(『田園』)、ウィーン・フィル(R.シュトラウス)を振った佳演も収録。クリュイタンスの気高く調和のとれた演奏スタイルが好きな向きには揃えて損のない選集。

(収録情報)
◆グノー:歌劇『ファウスト』より、ニコライ・ゲッダ(テノール)、ボリス・クリストフ(バス)、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(ソプラノ)、他 パリ・オペラ座管弦楽団(1958年)

◆ベルリオーズ:幻想交響曲 フランス国立放送管弦楽団(1955年)、劇的交響曲『ロメオとジュリエット』 Op.17より(ロメオひとり/悲しみ/遠くに聞こえる音楽会と舞踏会の音/キャピュレット家の宴会/愛の情景) パリ・オペラ座管弦楽団(1956年)
→別盤だが、 
ベルリオーズ:幻想交響曲、他  も参照

◆サン=サーンス:交響曲第3番『オルガン付き』、アンリエット・ピュイグ=ロジェ(オルガン) パリ音楽院管弦楽団(1955年)

◆ビゼー:『アルルの女』第1組曲、第2組曲 フランス国立放送管弦楽団(1953年)

◆フランク:交響的変奏曲、アルド・チッコリーニ(ピアノ)パリ音楽院管弦楽団(1953年)
→別盤だが、 
Beethoven: Piano Concerto No.4 / Franck: Symphony  も参照

◆ラヴェル:高雅にして感傷的なワルツ、古風なメヌエット、海原の小舟 フランス国立放送管弦楽団(1954年、1957年)

◆ドビュッシー/カプレ編曲:おもちゃ箱 フランス国立放送管弦楽団(1954年)
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◆モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番、クララ・ハスキル(ピアノ)フランス国立放送管弦楽団(1955年)

◆ベートーヴェン:交響曲第6番『田園』 ベルリン・フィル(1955年)

◆ワーグナー:ジークフリート牧歌、『ジークフリート』〜森のささやき、『神々の黄昏』〜ジークフリートのラインの旅、『神々の黄昏』〜ジークフリートの葬送行進曲 パリ・オペラ座管弦楽団(1958年)

◆R.シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』、『火の危機』〜愛の場面 ウィーン・フィル(1958年)

◆ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、第2番 ドミトリー・ショスタコーヴィチ(ピアノ)、フランス国立放送管弦楽団(1958年)

◆ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、エミール・ギレリス(ピアノ)パリ音楽院管弦楽団(1955年)
→ 
Icon: Emil Gilels, 25th Anniversary of Death  も参照

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次は、ディスコグラフィの全体を見てみよう。この人の懐の深さと研鑽の努力を知ることができると思う。

クリュイタンス、ベートーヴェンやワーグナーでも堂々たる大家

クリュイタンスはベートーヴェン  Beethoven: Les 9 Symphonies  を得意としていたのみならず、秀でたワーグナー指揮者  Wagner: Bayreuth Live  でもあった。日本では、フォーレやベルリオーズなど<フランスもの>の名匠というイメージが強いが、当時の欧州においてバイロイトの「常連」であった点も見落とせない。

さて、下記に収録曲を整理してみると、クリュイタンスの好みがわかって興味深い。レパートリーは広いながら、ラヴェルは実に積極的に取り上げている一方、ドビュッシーは聖セバスチャンの殉教(全曲)ほかは散発的。<ロシアもの>への関心は高いが、チャイコフスキーの収録は少ない。また、ストラヴィンスキーには関心が低かったようにも見受けられる。
なお、スーパー廉価盤  
A Collection of His Best Recordings  (◆で表示)でもモノラル旧録はかなりカヴァーできるので念のため。

<収録情報>(※でダブりの数を表示)
【ウェーバー】
・歌劇『オベロン』序曲

【エロルド】
・歌劇『クレルクの草原』序曲

【ガーシュウィン】
・『パリのアメリカ人』

【グノー】
・歌劇『ミレイユ』序曲(※※)
・歌劇『ファウスト』よりバレエ音楽(※※)◆

【グリンカ】
・『カマリンスカヤ』

【サン=サーンス】
・交響曲第3番ハ短調Op.78『オルガン付』◆
・ピアノ協奏曲第2番ト短調Op.22
・歌劇『黄色の王女』序曲

【シャブリエ】
・狂詩曲『スペイン』

【シャルパンティエ】
・『主の御降誕のカンティクム H416』より「夜」

【シューベルト】
・交響曲第8番ロ短調D.759『未完成』(※※)

【シューマン】
・交響曲:第3番『ライン』、第4番
・マンフレッド序曲Op.97
・チェロ協奏曲イ短調Op.129

【R.シュトラウス】
・『ブルレスケ』
・交響詩『ドン・ファン』◆
・歌劇『火の危機』より愛の場◆

【ショスタコーヴィチ】
・交響曲第11番ト短調Op.103『1905年』
・ピアノ協奏曲:第1番(ピアノとトランペット、弦楽合奏のための協奏曲)◆、第2番◆

【ショパン】
・ピアノ協奏曲第2番
・アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ

【ストラヴィンスキー】
・メロドラマ『ペルセフォーヌ』

【スメタナ】
・『モルダウ』、『ボヘミアの森と草原から』

【ダンディ】
・フランスの山人の歌による交響曲Op.25

【チャイコフスキー】
・交響曲:第4番(第3楽章)、第6番『悲愴』(第3楽章)
・ピアノ協奏曲第1番

【ドヴォルザーク】
・交響曲第9番『新世界より』(第2楽章)

【ドビュッシー】
・聖セバスチャンの殉教(全曲)
・バレエ音楽『遊戯』
・管弦楽のための映像 、神聖な舞曲と世俗的な舞曲
・(カプレ編):おもちゃ箱◆、子供の領分

【モーリス・ドラージュ】
・4つのインドの詩、アザラシの子守歌

【ドリーブ】
・バレエ『コッペリア』より抜粋
・バレエ『シルヴィア』より抜粋

【セルジュ・ニグ】
・ピアノ協奏曲第1番

【ハイドン】
・交響曲:第45番『告別』、第94番『驚愕』、第96番『奇蹟』、第104番『ロンドン』

【C.P.E.バッハ】
・チェロ協奏曲第3番

【ピエルネ】
・ハープと管弦楽のための小協奏曲Op.39
・バレエ『シダリーズと牧羊神』組曲(抜粋)

【ビゼー】
・交響曲ハ長調
・序曲『祖国』Op.19(※※)
・『カルメン』第1組曲(※※)
・『アルルの女』第1&2組曲(※※)◆
・歌劇『美しきパースの娘』より「ボヘミア娘の場」組曲

【ファリャ】
・『三角帽子』第2組曲

【フォーレ】
・レクィエムOp.48(※※)
・バラード Op.19

【フランク】
・交響曲ニ短調
・交響的変奏曲◆
・交響詩:『贖罪』(※※)、『呪われた狩人』(※※)、『アイオリスの人々』、『ジン(魔神)』
・『プシュケ』組曲

【プロコフィエフ】
・ピアノ協奏曲第3番

【ベルリオーズ】
・オラトリオ『キリストの幼時』Op. 25(全曲)(※※)
・幻想交響曲(※※)◆
・『ファウストの劫罰』より3つの小品(※※)
・劇的交響曲『ロメオとジュリエット』より抜粋(※※)(スケルツォ「マブの女王、または夢の妖精」ほか)◆
・序曲集:『ベンヴェヌート・チェッリーニ』、『ベアトリスとベネディクト』、『ローマの謝肉祭』、『海賊』(以上※※)、
・序曲『リア王』
・歌劇『トロイの人々』より「王の狩りと嵐」
・ウェーバー(ベルリオーズ編):舞踏への勧誘 

【ベートーヴェン】
・交響曲全集(一部※)
・ピアノ協奏曲:第1番~第4番(一部※)
・ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61
・序曲集:『プロメテウスの創造物』序曲(※※)、『エグモント』序曲(※※)、『フィデリオ』序曲、『コリオラン』序曲、レオノーレ序曲第3番、『アテネの廃墟』序曲

【ヘンデル】
・『水上の音楽』第1組曲(ハーティー版)

【ボイエルデュー】
・歌劇『白衣の婦人』序曲

【ボロディン】
・中央アジアの草原にて(※※)、だったん人の踊り

【エマニュエル・ボンドヴィル】
・交響詩、歌劇『ボヴァリー夫人』第3幕より(抜粋)

【マスネ】
・『復讐の女神たち』への音楽
・組曲:第4番『絵のような風景』、第7番『アルザスの風景』
・序曲『フェードル』

【ムソルグスキー】
・禿げ山の一夜(※※)
・歌劇『ホヴァーンシチナ』前奏曲
・(ラヴェル編):展覧会の絵

【ジャン・カルロ・メノッティ】
・ピアノ協奏曲ヘ長調

【メンデルスゾーン】
・交響曲第4番『イタリア』(第4楽章)

【モーツァルト】
・交響曲第40番(第1楽章)
・アイネ・クライネ・ナハトムジーク(第1楽章)
・歌劇『ドン・ジョヴァンニ』序曲

【ラヴェル】
・『ダフニスとクロエ』(全曲) 、『ダフニスとクロエ』第1&2組曲
・ラ・ヴァルス(※※※※)
・亡き王女のためのパヴァーヌ、スペイン狂詩曲、マ・メール・ロワ(組曲を含む)(以上※※※)
・クープランの墓、ボレロ、道化師の朝の歌、、古風なメヌエット◆、高雅で感傷的なワルツ◆、海原の小舟◆(以上※※)
・ピアノ協奏曲ト長調
・左手のための協奏曲

【ラウル・ラパラ】
・ハバネラ

【ラフマニノフ】
・ピアノ協奏曲:第2番、第3番◆

【ラロ】
・スペイン交響曲Op.21
・歌劇『イスの王様』序曲

【リスト】
・交響詩『前奏曲』

【R=コルサコフ】
・『シェエラザード』
・『ロシアの復活祭』序曲、スペイン奇想曲(以上※※)
・熊蜂の飛行、樅と棕櫚Op.3-1、毒樹アンチャール(ウパスの木)、予言者

【ルーセル】
・交響曲:第3番、第4番
・バレエ音楽『バッカスとアリアーヌ』第2組曲
・バレエ音楽『蜘蛛の饗宴』より交響的断章
・弦楽のためのシンフォニエッタOp.52

【ロッシーニ】
・歌劇『セミラーミデ』序曲

【ワーグナー】
・ジークフリート牧歌◆
・楽劇『ジークフリート』〜森のささやき◆、楽劇『神々の黄昏』〜ジークフリートのラインの旅◆、葬送行進曲◆
・歌劇『タンホイザー』序曲、歌劇『さまよえるオランダ人』序曲
・楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より第1幕への前奏曲
・歌劇『ローエングリン』より第1&3幕への前奏曲

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ラヴェルに焦点をあてて、以下、少し深掘りしてみたい。まずは、この選集から

ラヴェルの両大家、歴史的名盤を廉価で

クリュイタンス/パリ音楽院管とサンソン・フランソワの組み合わせによる6枚組のラヴェル曲集(1957~67年録音)。往年の演奏ながら、故国の作曲家を”十八番”とした最強の布陣だろう。クリュイタンスはバイロイト指揮者にも名を連ね、ドイツ系でも多くの秀演を残したフランスの名指揮者。音に独特の“円み”と品格がある演奏スタイルで多くの支持をえた。一方、フランソワは若き日からショパンなどで天才的閃きをみせたフランス至宝のピアニスト。本集では、クリュイタンスの管弦楽・バレエ曲集とフランソワのピアノソロを中心に、協奏曲2曲で両者がジョイントしている。いずれも歴史的名演であり、録音の古さを気にしなければ、この価格で入手できるのはかつてでは考えられない僥倖といえよう。
<収録情報>
【管弦楽曲、バレエ】
・『ボレロ』、『ラ・ヴァルス』、『スペイン奇想曲』、『マ・メール・ロワ』、
・バレエ音楽『ダフニスとクロエ』(全曲)
【ピアノ協奏曲】
・ピアノ協奏曲ト長調
・左手のためのピアノ協奏曲
【ピアノ曲 ※複数演奏あり】
・亡き王女のためのパヴァーヌ※
・古風なメヌエット※
・夜のガスパール※
・高雅で感傷的なワルツ※
・クープランの墓※
・水の戯れ
・鏡
・ソナティネ
・マ・メール・ロワ
・ハイドンの名によるメヌエット
・前奏曲
・シャブリエ風に
・ボロディン風に

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さらに、ラヴェルに絞って個別の音源について見てみたい。

ラヴェル:ボレロ―ラ・ヴァルス―スペイン狂詩曲(クラシック・マスターズ)

 クリュイタンス、知的アプローチ

クリュイタンスにはCD65枚の大選集 Andre Cluytens The Complete Orchestral & Concerto Recordings  がある。このうち、フランスものはメインの領域であり、とくにラヴェルは積極的に取り上げている。
ミュンシュという“巨樹”の影にかくれていたような印象はあるが、ラヴェルに関しては一家言をもっており、直観的でダイナミックなミュンシュに対して、ラヴェルの音楽を一作毎に研究し別の角度から切り込んでいるように感じる。

Aスペイン狂詩曲(作品番号:M54、作曲年:1907)では若いエネルギーを爆発させるような激しさがあるが、Bラ・ヴァルス(M72、1920)ではより洒脱さと管弦楽の色彩感を強調し、Cボレロ(M81、1928)にいたって、完成されたラヴェル管弦楽の精髄をゆっくりとしたテンポで再現してみせる。
AからCまで、ラヴェルの作曲には20年以上の年月が流れているが、クリュイタンスは、あたかも初演指揮者のように作品ごとにその特色を見事に表現している。作品研究に基づく知的なアプローチと思う。

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クリュイタンス、冷静にして規範的な名演

ダフニスとクロエ(M57、1909-12)は、ラヴェルの代表作。
第1部「序奏」は、フラクタルな出だし、「宗教的な踊り」は同一旋律の繰り返しによる荘厳な行進曲ふう(のちのボレロを連想させる)、「若い娘達とダフニス」ではクリュイタンスらしい香気がある。「全員の踊り」をへて「ドルコンとダフニス」では音楽による叙事詩的な語り口が印象的で、続く「リュセイオンの踊り」までの3つの踊りは合唱とともに展開されるが、このあたりのクリュイタンスの展開の巧さとニュアンスのつけ方は絶妙で、一瞬の弛緩もない。不安定な心持ちの「夜想曲」ののち、「3人のニンフの神秘的な踊り」は夢想的、そして第1部終曲「間奏曲」でふたたび合唱が加わりその中締めは詠嘆的。

第2部の短い「序奏」のあとの「戦いの踊り」は最大の聴かせどころで、金管の誘導のもと大きく盛り上がる。ここでのクリュイタンスの切れ味は実に鋭く、ストラヴィンスキーの音楽を連想させずにはおかない。静寂のなかでの「クロエの哀願の踊り」はパリ管ご自慢の木管パートが活躍する。

第3部「序奏」のあとの「夜明け」はとりわけ有名な旋律だが、クリュイタンスは上質な色彩感とともに“弦と管の一体の融合感”を醸すが、ここは後日のブーレーズの演奏スタイルの先駆のようである。「無言劇」ではボレロ的な技法が顔をだすが、とくにフルートがウイッティかつ美しい。大団円の「全員の踊り」は明るく、めくるめく、そして乱れぬ統一感のなかでピリオドが打たれる。クリュイタンス、冷静にして規範的な名演である。

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各曲演奏の最右翼の地位をいまもキープ

・古風なメヌエット(作品番号:M7、作曲年:1895)では、クリュイタンスは初期作品の取り上げらしく、余分な表情づけをおさえ、やや生硬に、古典的なフラグメントをあるがままに表現している。
・亡き王女のためのパヴァーヌ(M19、1899)はメロディ・メーカーとしてのラヴェルの才能を開花させた作品だが、けっして甘美に流れることなく、むしろリスナーの想像力に委ねるといった冷静なスタンスをここでは感じさせる。
・道化師の朝の歌、海上の小舟(M43、1905)はいずれも組曲『鏡』から管弦楽編曲されたもの。スペイン狂詩曲(作品番号:M54、作曲年:1907)へと続く萌芽があり、前者のやや荒削りのダイナミズムと後者の幻想的な風景描写のコントラストをクリュイタンスはそれぞれに的確に描いてみせる。
・クープランの墓(M68、1919)は、ラ・ヴァルス(M72、1920)の前年に管弦楽版として作曲されたもの。いかにもラヴェルらしく、即物的な「墓」やこれ見よがしの「追悼」曲のイメージに頼らず、感性を昇華させて抽象的な世界に誘っている。クリュイタンスは、ラ・ヴァルスと共通し、明るい響きと色彩感を強調している。
以上、いずれも半世紀の年月をへて各曲演奏の最右翼の地位をいまもキープしている名演。


👉  忘れられない名指揮者


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