月曜日, 12月 16, 2024

バックハウスのベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番 










(若き日のバックハウス)


ルガーノにて。シューリヒト80才の泰山北斗ぶり。まず、バックハウス(74才)との皇帝は、両雄が真剣勝負のなか、大いなる愉悦をもって「音楽」をしている様がリスナーにも伝わってくる。明るく雄雄しき演奏。これをもって泰山のごときとすれば、燦燦と照らされた陽光のようなモーツァルト、シルキーな柔らかさに始まり、あえて荒ぶり劇的に締めくくるフィンガルの洞窟ここでは北斗七星の輝きに似たり。大家の技量をあますところなく見せつける素晴らしき一夜を追体験できる。


<収録情報>
・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5 変ホ長調 Op.73『皇帝』

   ・モーツァルト:交響曲第40 ト短調 K.550
   ・メンデルスゾーン:序曲『フィンガルの洞窟』

カール・シューリヒト(指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団

  ヴィルヘルム・バックハウス(p)
  
   録音:1961427日 ルガーノ、アポロ劇場https://shokkou3.blogspot.com/2013/11/blog-post.html


別のテースト、現代的な「皇帝」なら以下も参照

https://shokkou3.blogspot.com/2024/07/blog-post_18.html

https://shokkou3.blogspot.com/2022/03/5_23.html


⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)


ルービンシュタインのショパン ピアノ協奏曲第1番











ショパン:ピアノ協奏曲第1番

リスナーの胸のなかにショパンの心象風景が鮮明に焼きつくような、文字通り心の通った名演である。柔な感傷とは別の、いわば「硬質な抒情性」がルービンシュタインの均質な音づくりによって意識され、過度にならない感情表出によって、かえって抑制的な感動が次第にふくらんでいくような演奏。ショパンの静かなメロディのうちに熱きパッションが内在されていることを見事に表現している(録音:1961年7月8、9日)。

https://shokkou3.blogspot.com/2016/12/arthur-rubinstein.html


ルービンシュタインについて 薫りたつ品位

ルービンシュタインのチャイコフスキー、ラフマニノフについて
https://shokkou3.blogspot.com/2014/01/blog-post_3.html

こちらもお奨め



⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)


ホロヴィッツのチャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番












チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(1941年録音)
巨大な楽曲のスケール感、歴史的名演

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番は、1941年5月6日&14日ニューヨーク、カーネーギーホールにおけるライヴ。岳父に気を使って極力合せようなどとはつゆ思ってはいなかっただろうが、トスカニーニとの呼吸はピッタリで、かつ燃えるように熱い演奏である。ホロヴィッツの楽曲のスケール感は実に巨大で、その打鍵の剄さと正確さは強力で精度のたかいバネのようだ。贅言を要せぬ歴史的名演であると思う。

http://shokkou.blog53.fc2.com/blog-entry-684.html

ホロヴィッツについて 晩年のホロヴィッツの輝き

トスカニーニについて https://shokkou3.blogspot.com/2022/01/blog-post_36.html

 

こちらもお奨め

https://shokkou3.blogspot.com/2017/05/blog-post.html


⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

リヒテルのグリーグ ピアノ協奏曲










このリヒテルvsマタチッチ共演は特異の名演。リヒテルのハンマーのような屈強さ、マタチッチの無骨といった表面的な印象を超えて、迫力満点のグリーグでは思わぬ抒情性にはっと心がぐらつく。その一方、たっぷりの哀愁のシューマンの底にはとぐろを巻く強い情念が疼く。しかし、こうした意表を衝くスリリングさの先に、どちらもとびっきりに心を籠めた真の「音楽」を感じる。

リヒテルは強烈な個性のピアニストである一方、集中力あふれる堅牢な演奏スタイルは、当時のソビエト連邦の象徴だったハンマーにたとえられた。あらゆる演目で駄作といったものがないのは、当時のソ連の鉄の政治体制を反映したような完璧性ともイメージの共有がある。音楽、音楽家といえども、否、それが人びとの心をぎゅっと掴む作用をもっている以上、むしろそれゆえに時代が反映されている。

リヒテルについて  リヒテルー協奏曲集にみる絢爛、豪華な陣容

マタチッチについて https://shokkou3.blogspot.com/2017/03/lovro-von-matacic.html


リヒテルといえば、協奏曲ではチャイコフスキーやプロコフィエフを挙げるべきとの見方が一般的かなとも思う。ここでは、あえてミケランジェリと対比したくて、グリーク/シューマンのカップリングを選んだ。

指揮者との組み合わせでも、

リヒテル (ロシア) VS  マタチッチ(ルーマニア)【ロシア・東欧系コンビ】

ミケランジェリ(イタリア)  VS ミトロプーロス(ギリシア)【ラテン系コンビ】

は面白い。また、ギレリスとの対比も一興。 

https://shokkou3.blogspot.com/2021/12/blog-post_6.html


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https://shokkou3.blogspot.com/2022/01/5_27.html

 

⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

ミケランジェリのシューマン ピアノ協奏曲


 








(ジャケットは別です)


シューマン/ピアノ協奏曲:ミトロプーロス:ニューヨーク・フィル(1948年)は録音は古いが名演。ミケランジェリのクリスタルな硬質の美は他に代えがたい。併録のさらに録音は古いグリーグも同様。 https://shokkou3.blogspot.com/2019/04/5.html

ミケランジェリについて 強烈な個性の完全主義者

ミトロプーロスについて https://shokkou3.blogspot.com/2014/03/dimitris-mitropoulos.html


ミケランジェリといえば、協奏曲では上記ジャケットにあるようにラヴェルやラフマニノフを挙げるべきとの見方が一般的かなとも思う。ここでは、あえてリヒテルと対比したくて、シューマン/グリークのカップリングを選んだ。

指揮者との組み合わせでも、

ミケランジェリ(イタリア)  VS ミトロプーロス(ギリシア)【ラテン系コンビ】

リヒテル (ロシア) VS  マタチッチ(ルーマニア)【ロシア・東欧系コンビ】

は面白い。


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https://shokkou3.blogspot.com/2022/01/5_27.html

 

⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

木曜日, 12月 12, 2024

グルダのベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番


 








(若き日のグルダ)


グルダのベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集。5曲の演奏は均一の見事なる出来ばえである。なにしろグルダといえば、早熟の十代からスターダムにのり、しかも若きベートーヴェン弾きとして注目されたのだから。ここでは第4番を掲げたが、バックはホルスト・シュタイン/ウィーン・フィルと完璧な布陣。

しかし、彼はその後、現代音楽としてのジャズに傾倒していく。なお、小生は、以下を聴いてその実力に恐れ入った。

http://blog.livedoor.jp/shokkou/archives/2169397.html


第4番について。以下はCDの解説文からの引用。https://tower.jp/item/5060766

優美な旋律と柔和な表現が忘れられない印象を残す第4番。性格の全く異なるピアノ協奏曲2曲を的確な技巧と柔軟な感性で見事に弾き分けています。奇才と呼ばれたグルダの音楽性が光る名盤


【曲目】
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58

【演奏】
フリードリヒ・グルダ(ピアノ)
ホルスト・シュタイン(指揮)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

【録音】
1971年4月(第4番) ウィーン


第4番について、グルダはクリュイタンスとのライヴ音源もあるが、こちらは残念ながらオケのバランスがいま一歩。

https://shokkou3.blogspot.com/2016/04/andre-cluytens.html


ホルスト・シュタインについて https://shokkou3.blogspot.com/2010/04/vs.html

クリュイタンスについて 

https://shokkou3.blogspot.com/2021/11/andre-cluytens.html


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https://shokkou3.blogspot.com/2018/05/4_24.html


⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

水曜日, 12月 11, 2024

グールドのシェーンベルク ピアノ協奏曲










グールドといえば、バッハやべートーヴェン、ブラームスなどいわゆる”3B”がただちに連想されるが、シェーンベルクも主要な演目だった。


ピアノ協奏曲 Op.42(1942年)は、ロバート・クラフト/CBC響(1961年1月21日)との共演。グールドは比較的短いこの曲から多面的な表情を引きだしており、十二音技法による斬新さよりもダイナミックなピアノの妙技にリスナーの関心は向かおう。管弦楽のバックは意図的にか、目立たせず相当音量を抑えた対応を感じさせる(トロント、マッシー・ホールで収録)。

初期の「3つのピアノ曲」Op.11(1909年)では強い高音がなにか現状に抗するようなレジスタンスを感じさせる。あるいはグールド自身の思いの投影かもしれないが意欲的な演奏。
それが「ピアノ組曲」 op.25(1923年)やピアノ曲 op.33a&b(1931年)になると無調傾向ながらも曲想ははるかに豊かになり変化をむしろ楽しんでいるかのような演奏。グールドは、伸び伸びと表情豊かに弾き込んでいる。曲の性格を見切ってのグールドのシェーンベルクは明確で愉悦的ともいえる成果。

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⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

アシュケナージのバルトーク ピアノ協奏曲全集(第1~3番)


 









バルトーク:ピアノ協奏曲第1 Sz.83、2 Sz.95、3 Sz.119

バルトークの3曲の変遷はドラマティックで、第1番第3楽章の強靭、激烈な音響と第3番第2楽章の諦観的な静寂美の対照などは、表現者にとっては面白くもありしんどくもあろう。ショルティの揺るぎないバルトーク像をアシュケナージが深く理解し完全に融合した演奏。いわばピアノ付交響曲全集。

https://shokkou3.blogspot.com/2016/05/bartok-bela.html

https://shokkou3.blogspot.com/2012/08/blog-post_11.html

https://shokkou3.blogspot.com/2013/10/blog-post_26.html


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アルゲリッチのプロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番











1970年1月22日アルゲリッチ初来日のライヴでプロコフィエフの「戦争ソナタ」を聴いた。当日の最後の演目だったが、音の大きさ、両腕が機械のように律動したときの目にもとまらぬ鍵盤上の指の動き、なによりその強烈な迫力に驚嘆した。いかに彼女がプロコフィエフを手中の演目にしているかを知る機会であった。

本盤はその3年前の録音だが、上記の特質とともに、特にリズム感が鋭敏で、表現の拡張性に挑戦しているような大胆さを感じる。アバド/ベルリン・フィルは、ピタリと寄り添いつつ、アルゲリッチと共同実験をしているような一体感がある。全体に生硬さはあるが、それが切れ味の良さにすべて転化しているような溌剌たる演奏。

(参考)ラヴェル:ピアノ協奏曲第1番

アルゲリッチのラヴェルの旧盤。色彩感あふれ抜群の巧さのベルリン・フィルゆえにバックは水も漏らさぬ構え、一方でアルゲリッチはそうした点で気おくれなど一切している風情なく、真っ向からむきあって自分の音楽を丁寧に表現している。特に、アバドの差配でオケの音量をミニマムに絞った第2楽章での、アルゲリッチの透明で緻密でありながら深い感性をたたえたピアニズムに酔う。26歳の女性ピアニストの演奏とは思えぬ落着きと一種の威厳すらを感じる。

➡ Martha Argerich Collection 2: The Concerto Recordings にて聴取



1941年生まれのアルゲリッチ10代から42才頃までのソロ・アルバムの集大成。1970年の来日公演(バッハ、ベートーヴェン、ショパン、プロコフィエフ)を聴いて以来のファンである。

彼女の凄さは、リリー・クラウス、ハスキルやへブラーなどそれ以前の「女流ピアニスト」という言葉を、文字通り鍵盤の迫力で叩き潰したことにあると思う。リリックな部分の音感も秀抜だが、その一方、ベートーヴェンでもプロコフィエフでも大きな構えと強烈な音量で堂々と聴衆を圧倒する。語弊のある言い方で恐縮だが当時「女リヒテル」の異名すらあった。しかも若く美しい20代前後から、である。

 

⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

ポリーニのブラームス ピアノ協奏曲 第2番



 





ポリーニ34才、アバド43才頃の1976年の録音である。ウィーン・フィルがその持ち味の馥郁たる響きで応じている。この盤がでる以前、ウィーン・フィルによる同曲では、バックハウス+ベームの歴史的な名盤があった。

ポリーニ+アバドを起用したプロデューサーはこれに変わる新風を求めたのだろう。バックハウス盤は1967年録音。当時、バックハウス83才、ベーム73才頃の収録で、枯淡を超えて神々しいまでの演奏に対して、ポリーニ、アバドにはいかにも若き獅子の挑戦といった緊迫感がある。

ポリーニの演奏はいつもどおり分析的で曖昧さのないクリアーな解釈である。音は美しく響くが柔なセンチメンタリズムとは無縁、無機質的では決してないけれど音の陰影の付け方はストイックで抑制的である。

一方、アバドの追走が見事。ポリーニの高質の一音、一音を大切に浮かび上がらせようと細心の注意を払っている。その神経質なまでの配意が演奏をキリリと締め、これがリスナーに伝わりとても好ましく思われる。ポリーニ+アバドのコンビは余程相性が良いのだろう。その後、ベルリン・フィルでも同曲をライヴで取り上げているほか全集も残した。しかし、76年盤の重みは、ウィーン・フィルが決定盤の名を欲しいままにしたバックハウス+ベームに対して、約10年振りに若き2人の見事な共同作業によって拮抗せんとしたことにあるだろう。その挑戦はいまも燦然と輝く見事な成果を生んでいる。 

 http://shokkou.blog53.fc2.com/blog-entry-29.html


 ポリーニ70歳記念盤で1960〜2009年の録音。伝説の1960年ショパン国際コンクール優勝時のショパン/ピアノ協奏曲第1番も所収。自選集ということで、ポリーニの半世紀の活動の核心にふれることができる。演奏は現代ピアニズムの一つの頂点を極める高品位、最上等である。
装丁も立派。過去のディスコグラフィもジャケット写真付で年代別に見ることができとても便利。

【収録情報】(カッコ内総演奏時間)
◆CD1(76:44)
1. ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3章
2. ショパン:12の練習曲Op.25
3. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番
4. ヴェーベルン:ピアノのための変奏曲Op.27

◆CD2(77:47)
1. ショパン:ポロネーズ嬰ヘ短調Op.44、同変イ長調Op.53『英雄』
2. ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番『皇帝』(ベーム指揮、ウィーン・フィル)
3. リスト:悲しみのゴンドラ第1稿、リヒャルト・ワーグナー−ヴェネツィア
4. ドビュッシー:雪の上の足跡、西風の見たもの、沈める寺

◆CD3(77:09)
1. モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ長調K.491(ウィーン・フィル)
2. J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻〜前奏曲とフーガ嬰ハ短調、ト長調
3. ショパン:ピアノ協奏曲第1番(カトレヴィッツ指揮、ワルシャワ・フィル)

 マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ、指揮:CD3-1)

⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

ケンプのベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番










・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37
 ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
 パウル・ファン・ケンペン(指揮)
 録音:1942年(モノラル)



 1970年、東京でケンプのベートーヴェンのライヴに行きました。当時「19世紀のロマンティズムを伝える唯一のピアニスト」ということで、バックハウスと比類する大家の実演に接した感激はひとしおでした。「ケンプ休止」という絶妙な間の取りかた、気品と風格に満ちたコンサートマナーはすばらしく、聴衆を強く惹きつけるものがありました。また、ケンプの演奏は常に安定しており、それはライブに限らずスタジオ録音でも同様です。

 本集は、メインのベートーヴェン(CD10枚)、シューベルト(9枚)のピアノ・ソナタ全集に加えて、バッハ(4枚:オルガン集を含む)、シューマン(4枚)、ブラームス(3枚)、ショパン(2枚)、リスト、モーツァルト(各1枚)にボーナス(古い録音やケンプの肉声を集めたスピーチ集)の全35枚で構成されています。下記には掲載しませんでしたが、ケンプ得意の各作曲家の主要な「幻想曲」が一同に聴けること、また所収されている粒ぞろいの小品群も魅力です。

 文字通り、半世紀におよぶケンプ芸術の集大成ですが、すでに各作曲家別には先行したボックス・セットが別販売されており、本集がそれをはるかに上回る<超廉価盤>であるがゆえに、これが出るなら購入を暫し待ったのに・・・というリスナーも多いと思います(★1つ留保。実は小生もその一人です)。

 下記の主要収録作品の多くは40年以上にわたって耳にしてきましたが、「ケンプ博士」の深く落ち着いた解釈は、テクニック抜群の機能主義的な今日のピアノ演奏にはない深み、慎みがあり、何度聴いても厭きのこないものです。なにより博士の真摯な演奏のモットーは「心から心へ」でした。本集のもつ最大の特色ではないでしょうか。

【主要収録作品】(括弧内は録音年)
<CD1〜4>
◆バッハ:ゴルトベルク変奏曲(1969年)、平均律クラヴィア曲集第1巻、第2巻(抜粋:1975年、1980年)、オルガン曲集(広島世界平和記念聖堂オルガン除幕式ライヴ:1954年)他
<CD5〜14>
◆ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集(1964-65年)他
(参考:ASIN: B001CGJ3QS)
<CD15〜17>
◆ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番(1958年)、間奏曲集(1963年)他
<CD18〜19>
◆ショパン:ピアノ・ソナタ第3番、即興曲1〜4番(1958年)他
<CD20>
◆リスト:伝説、巡礼の年(イタリア)(1974年)、同左(スイス)(1950年)
<CD21>
◆モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番、第11番(1962年)他
<CD22〜30>
◆シューベルト:ピアノ・ソナタ全集(1965-69年)他
(参考:ASIN: B00004SA8A)
<CD31〜34>
◆シューマン:蝶々、ダヴィド同盟舞曲集、謝肉祭、交響的練習曲、子供の情景、クライスレリアーナ他(1966-74年)
<CD35:ボーナス>
◆バッハ:イタリア協奏曲(1931年)、スピーチ集等


⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

フランソワのショパン ピアノ協奏曲第2番










ショパン:ピアノ協奏曲 第1番、第2番 ルイ・フレモー/モンテカルロ国立歌劇場管(1965

1番は、ジョルジュ・ツィピーヌ/パリ音楽院管(1954)、第2番はパウル・クレツキ/フランス国立放送管(1958)の旧録音もあるが、本集はフレモーのステレオ録音盤(1965)である。

フランソワならでは、とでもいうべき大胆に自由で、詩情あふれる演奏で、両番ともに第2楽章が充実している。オーケストラのバックの弱さがよく指摘されるが、たしかにアルゲリッチ盤、アシュケナージ盤などとの比較ではその点は否めないが、ショパンに関する限り、こうした軽く柔らかな追走もひとつの選択肢とも思う。フランソワの好みを反映しているのかもしれない。


1970年代、レコードを集中して聴きはじめた頃、サンソン・フランソワ(1924-1970年)はすでに活動を終えており当初は親近感がなかった。その後、ショパンを聴くようになって、ルビンシュタインとフランソワの演奏には深く心動かされた。当時、ショパンではこの2人が、一方、ドイツ系ではバックハウスとケンプがそれぞれ2大巨匠というのが通り相場だった。

 神童中の神童であり、19才でロン・ティボー国際音楽祭で優勝するが、これでもあまりに遅すぎるデビューと言われた天才肌のピアニスト。46才での逝去は普通なら「これから円熟期」と惜しまれるところだが、この人に限っては、23才のSP録音から20年にわたってすでに下記の膨大なディスコグラフィを残していたのだから驚愕を禁じえない。抜群のテクニックを軽く超越したような奔放、華麗な演奏スタイルはこの時代でしか聴けない大家の風貌である。ショパンはもとよりラヴェル、ドビュッシー、フォーレなどはいまに語り継がれる歴史的名演。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R16NEQLN3K25JI/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=B004258ATM

 

⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

ギレリスのブラームス ピアノ協奏曲第1番


 







 ブラームスは4曲の交響曲を世に出したが、ピアノ協奏曲2曲はいわば「ピアノ独奏」付交響曲とでもいうべき壮大な構築を誇る。特に第1番は交響曲以上に激しいパッションが第1楽章から示されブラームス作品のなかでも異色の劇的要素に富む。また第2番の終楽章は、それまでのパセティックな重い色調が一変し、明朗な感情が思いがけなくも素直に語られるような意外性がある。それゆえ、両曲演奏には、複雑なパッセージの処理など高度な技術性が要求されることはもちろんだが、それ以上に、ブラームスの心象風景を際立たせ、これぞという納得感のある作品に仕上げることは至難であると思う。

 ギレリスもヨッフムも超一流のアーティストだが、ともに派手さを嫌う理性的なタイプ。しかし、この2曲での両者の<競演>は、達意のプロ同士が、己の力を賭した真剣勝負の鍔迫り合いによって、ときに激烈な感情表出を、ときに天国的至福感を見事に描ききったという点において、予測を超えた最高の仕事をなしえたといった感がある。そして両者を繋ぐ最良のパートナーとして、抜群の追走をしたベルリン・フィルがあったことには疑う余地がない。

 かつてドイツ駐在中、一時期この演奏を持ち歩いて、毎日聴いていたが飽きるということがなかった。これぞブラームスの本姿ではないかという勝手な連想すらしていた。1972年の録音だが、今日聴きなおして、なおいまでもこの三者の組み合わせを超える音源に出会ったことがない。

ギレリスについてはリヒテルとの対比も一興。 

https://shokkou3.blogspot.com/2021/12/blog-post_6.html


⇒ 13人の偉大なるピアニストたち(協奏曲編)

月曜日, 12月 09, 2024

アーサー・フィードラーの「ジェラシー」









アーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップス管弦楽団のクラシック小品集といえば、それだけで駄演なし、文句なく楽しめる一大トップ・ブランドだった。クラシック・ファンのみならず、誰でもが親しめ、寸鉄の如きインパクトのある元気な曲(剣の舞い)から、知らずに涙腺を刺激する感傷的な曲(ホフマンの舟歌)まで、なんでもどうしてここまで巧く演奏できるのだろうかという一種の驚きがあった。しかも、指揮者やオケが目立つことなく、リスナーが曲に自然にはいっていけるところが真の名人芸ということだろう(1956~60年のステレオ録音)。


<収録情報>
・ペルシャの市場(ケテルビー)
・剣の舞い(ハチャトリアン)
・火祭りの踊り(ファリャ)
・ハンガリー狂詩曲第2番嬰ハ短調(リスト)
・ワルキューレの騎行(ワーグナー)
・くまばちは飛ぶ(リムスキー=コルサコフ)
・ホフマンの舟歌(オッフェンバック)
・ワルツ「ドナウ河のさざ波」(イヴァノヴィッチ)
・スケーターズ・ワルツ(ワルトトイフェル)
・ワルツ「金と銀」(レハール)
・メリー・ウィドウ・ワルツ(レハール)
・愛の夢(リスト~ハーバート編)
・グリーンスリーヴズによる幻想曲(ヴォーン・ウィリアムズ)
ジェラシー(ガーデ)

これも秀逸 大家の名タクト

 

シャイ-の「アレクサンドル・ネフスキー」












プロコフィエフ/カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」op.78

シャイーの演奏は、オルフ「カルミナ・ブラーナ」を彷彿とさせるダイナミックな表現力が魅力である。シャイーはほかにもショスタコーヴィチ「ジャズ音楽集」、「ダンス・アルバム 」やメシアン「 トゥーランガリーラ交響曲」などを得意としているが、こうしたメリハリの利いた民族色豊かな曲に魅力を感じているようだ。メゾ・ソプラノのアルヒポヴァの声も奥行きがありながら柔らかく陶然たるもの。

プロコフィエフ/カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」op.78 


リッカルド・シャイー(指揮):クリーヴランド管弦楽団、クリーヴランド管弦楽団合唱団(合唱指揮…ロバート・ペイジ)、イリーナ・アルヒポヴァ(メゾ・ソプラノ) 
1983年3月録音 (収録)
1.モンゴルの制圧にあえぐロシア、
2.アレクサンドル・ネフスキーの歌、
3.プスコーフの十字軍士、
4.めざめよ、ロシア人民、
5.氷上の戦い、
6.死の原野、
7.アレクサンドルのプスコーフ入城